第三十四回 近松物語


今回は溝口健二監督の『近松物語』(昭和29年・大映)です。
日本映画界屈指の二枚目・長谷川一夫の名演が光る一作です。
では例によって粗筋からお読みください



京に店を構える大経師以春(進藤英太郎)は暦の発行権を一手に握っており、裕福であった。
以春の後添は、おさん(香川京子)といって、その実家も店を構えていたが、
当主である兄・道喜(田中春夫)の放蕩により借金で首がまわらなくなり、おさんに援助を求めていた。
以春に工面を頼むおさんであったが、吝嗇(しみったれ)の以春は冷たく撥ね付けた。

困ったおさんは、手代の茂兵衛(長谷川一夫)に相談する。
話を聞きその窮状を知った茂兵衛は知恵を絞った挙句、店の金から拝借することにする。
早速実行に移したのであったが、以春の印を白紙に押したところを、
同じく手代の助右衛門(小沢栄)に見られ、金を取ろうとしたことを以春に白状する。
しかし、おさんが関わっていることは伏せていた。

納屋に閉じ込められた茂兵衛であったが、夜抜け出し、母屋へ行く。
すると、おさんと鉢合わせ。
茂兵衛は店を出て行く、と言うがおさんは止める。
袖を引いたりしているうちに二人で倒れてしまったが、運悪くそこを助右衛門に目撃される。
その話を聞いた以春は2人が不義をはたらいていると勘ぐる。

店から逃げた茂兵衛であったが、そこにはおさんの姿もあった。
以春は店の女中に手をつけており、もうこれ以上はいられない、一緒に連れて行ってくれと言う。
こうして以春の手から逃れるべく、二人の旅が始まったのであった。



この作品は近松門左衛門の『大経師昔暦』と言う作品がもとになっております。
クレジットにもしっかりと「原作・近松門左衛門」と書いてあります。
江戸期の名作の映画化ということです。

さて、話の内容ですが、全体的な流れとしてはそれほど目新しいものではありません。
2人で逃げているうちにお互い情がほだされて…、という具合です。
しかしあれですね、やはり長谷川一夫はこういったメロドラマ、ではありませんが、
色恋の物語は上手いですね。
銭形平次のような明朗快活時代劇もいいですが、こちらの方がしっくり来ます。
得意分野のお芝居ということでございますね。

では、俳優を個別に見てまいりましょう。
まずは本作品のカタキ役、進藤英太郎です。
この人は時代劇ではどこへ行ってもほとんど悪役をやっておられまして、
例えば、忠臣蔵の吉良上野介、旗本退屈男シリーズの悪の親玉、なんかがそうです。
今回も大経師以春という、ケチで強欲な商人を見事に演じています。
つまり、金は出さず、奉公人をこき使い、上つ方には金を貸して雁字搦めにし、
器量のいい女中は妾代わりにするといった具合です。

進藤英太郎、相変わらずこういった役はあっております。
悪徳商人がここまで合うというのは体型や顔つきというのが大きいのでしょうが、
私は、あの声がまた雰囲気を出しているのではないかと思います。
どこぞの若旦那のように高い声ではなく、かといって悪の巨魁もできそうなほど低い声というわけでもない。
はたまた正義の侍のようにカラッと晴やかでもありません。
全く以って商人、それも悪い方のそれにむいた声だと思うのです。

では対照的に、今度は三枚目放蕩息子の道喜役の田中春夫を見てみます。
この方は、主に喜劇や三枚目役を多くやっておられまして、
例を出すと、次郎長三国志の法印大五郎、夫婦善哉の長助、
テレビでは新吾捕物長で新吾が下宿していた店の親父、といったところです。

この作品でも、遊びほうけて店を傾かせる放蕩息子を演じます。
小唄に茶の湯といわゆる風流人気取りをしているわけです。
ヘタの下にクソがつくような腕前ですが、こういう旦那は金払いがいいため師匠連はおだてます。
調子に乗ってどんどんのめり込む。腕は上がらず商売は落ち込んでいく。
おなじみのパターンです。
田中晴夫の軽い芸風と程よくあって好演でした。


溝口監督の名作映画、機会があったらどうぞごらんください。

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