どうしたんだっけ、俺?
あれ?
何も考えられない…。
2,接触
誰もが予想していなかった。
きっとものすごく悲惨な状態で帰ってくるだろうと考えていたのに。
「うわ〜、どうしようこの資料!」
大佐が異動となるため、五名とは部屋の片づけの真っ最中だった。
異動は一週間後だが後に回すとろくな事にならない。
ゆとりを持って準備することにしたのだが。
「お〜い、ハボック少尉〜、筆記具類はどこに入れるんだ?」
「あ、ええとこの箱ッスよ」
「ありがと」
ハボックにはいつもののように映っていた。
しかしロイとリザは帰ってきてから何かおかしい。
「?」
どうやら中佐の方を注視しすぎたようだ。
勢いよく方向転換をしてハボックに近寄る。
「俺の顔に何かついてる?」
相変わらずの整った顔を近づけられて思わず顔が熱くなった。
「いいいいいいいえ!」
やや赤く染まった顔に否定されても説得力はない。
「てっきりまたロイにいたずらされたのかと思ったよ」
その言葉にロイの背中が跳ねる。
自分のとった行動にやや後悔の色があった。
「いや…、そんなことはしない」
この時、その場にいたもの全てが気づいた。
ロイとリザがおかしいのではない、
がおかしいのだと。
「ん?どうかした?」
反応が返ってこない周囲には盛大にため息をついた。
そしていつものように頭に手をやる。
「そりゃ確かに、あいつが死んで俺はちょっと変わったかもしれないよ」
少し目を伏せて机に手を置く。
冷たい感触がして、その熱は次第に机に移っていった。
「なんだか痛みを感じにくくなっているんだ…」
「痛み?」
「そう、体の痛覚は前からだけどなんだか全然悲しみとか、苦しさとか感じない」
これは本当だ。
そもそもそんなことを感じるようにはなっていない。
痛みは警告だから。
自分には警告など必要ない。
「わからないんだ、俺はあいつが死んで悲しいのか」
バン、と軽く机を叩く。
これも《彼》の癖だ。
「…ならばなぜ早く言わない?」
「わからないんだ、何が何だか…」
ロイは苛立ちを隠せないようだ。
本気で怒るときはいつもこんな顔をしていた。
「馬鹿者!」
自分にまで影響してくる、この声。
ビリビリ響く。
そんなに大きな声を出したら彼が起きちゃうじゃないか。
「…ごめん」
そう、こう答えれば大丈夫。
「ごめん、ロイ…」
靴の音を響かせてロイが近づく。
手を伸ばされて体をすくめるのが正解の動作。
「馬鹿者」
頭を撫でられてはロイの軍服の裾をつかむ。
「ごめん…」
目を閉じる。
大丈夫、《彼》はもう目覚めない。
苦しくなんてないよ。
後はもう消えていくだけだからね。
片づけも半分終了。
気分転換に、とは街に出かけることにした。
あいつは本当に人のことをストーカーするのが好きらしい。
だけど話しかけるわけにはいかない。
そして、あいつもこっちに話しかけては来ない。
適当に無視を決め込むことにしたのだが、甲高い声でふと我に返った。
「ひったくりー!!」
まじめな軍人は犯人逮捕をしないとね。
あいつが笑っているのを感じながらは走り出した。
錬成は、できた。
自分はそのもの。
だから光の錬成ができないわけがない。
「チェックメイト、だね」
ナイフ投げは初めてだが、やはり体が覚えている。
ひったくりの犯人を地面に張り付ける。
「痛ぇよ!」
「そりゃそうだよ、顔打って鼻血出てるもん」
殺してはダメなのだろうか、とは手先でナイフを弄ぶ。
殺したい。
派手に血が見たい。
耐え難い疼きに体が震えた。
しかしそれは寸前のところでそれは止められてしまった。
騒ぎを聞きつけた軍人が走ってきたのだ。
そこには見知った顔があった。
ハボック少尉。
「中佐、無事ッスか!?」
「お〜、セーフセーフ」
ひらひらと手を振ってみせれば少尉は無防備に近づいてきた。
「おい!無視すんな!」
地面にうつぶせの状態で張り付けられた男は声を荒げる。
「どうしよっか…、とりあえず先にみんなで手足を押さえる?」
「そうッスね」
ハボックが合図をすると男の手足を軍人たちが押さえにかかる。
「じゃ、消すよ?」
指でパチン、と音を立てると一瞬でナイフは姿を消した。
軍人たちが必死で暴れる男を力ずくで押さえる。
機会は何度でもあるはずだ。
今日はお預け。
「災難でしたねぇ」
「はぁ、全くだよ…」
殺したかったのに。
邪魔が入った。
「あ〜あ、まじめな軍人は大変だねぇ」
わざとらしく声を上げて肩が凝ったと動いてみせる。
「…それは私に対する嫌がらせかね?」
帰ってから執務室でお茶をいただくことにした。
ハボックを除く全員が席についてティータイムを始めていた。
先ほどの事後処理に時間がかかっているようだ。
「ん〜、そうは言ってないよ」
優雅にカップを口に持っていく動作もいつもと変わらない。
「は〜、疲れた」
入ってきていきなり大きなため息をつくのは事後処理でお疲れのハボック。
「ご苦労様、大変だったねぇ」
自分の代わりに事後処理に回ってくれたかわいい部下のためにカップにお茶を注ぐ。
「あ、どもッス」
その様子に満足したようで、も自らの席について先ほどと同じようにカップを持ち上げた。
「、君の荷物はもうまとめ終わったのかい?」
ほかの机とは対照的にきれいにまとまっている。
綺麗に片づけられた机には最小限のものしかなかった。
必要になりそうなものは簡単に取り出せるように机の近くに置かれた段ボール箱の中に入っている。
これを片づけてしまえばすぐにでも移動ができそうだ。
「そりゃもちろん。あんたらと違って俺はする事はさっさとやる主義なの」
「ひどいッスよ〜」
「事実だろ?」
一番にロイの異変に気づいたのはフュリー曹長だった。
「あれ?どうしました大…」
「…誰だ」
一瞬にしてロイの周りの空気が変わった。
ホークアイ中尉の手からカップが落ちる。
「ん?」
「おまえは誰だ!」
いきなりの声に周りは全く理解できない。
「誰って…、に決まって…」
「嘘をつくな!」
緊迫した様子にリザは無意識のうちに銃に手をやった。
部下たちはロイのいきなりの豹変ぶりに唖然とするばかりだった。
「は普段は【あんた】という言い方はしない」
その言葉にはっとして部下たちもロイの方にじりじりと移動する。
「彼は我々のことを【君】としか言わない!」
失敗したなぁ。
残念だがここは退くしかなさそうだ。
「完璧じゃないなぁ…」
候補じゃなければ邪魔したこいつを殺してやるところだ。
「さすが親友のロイ・マスタング。正解だ」
その言葉にリザは手を掛けていた銃を構える。
「でもはずれでもある」
もはや《彼》のマネをする必要はなかった。
殺気をまとう笑顔に嫌な汗が流れる。
「外は、中は別物ってところだよ」
それから、とそのの形をしたものは笑う。
「《彼》はもうじき消えるだろうね」
「なっ…」
「完全な眠りに落としてから、消す」
その反応に期待通りだ、と笑顔を浮かべる。
「おまえは誰だ!」
「私?」
構えた銃に力が入る。
この世のものとは思えない悪魔の形相。
「だよ」
予想だにしなかった答えに誰も声を出すことができなかった。
「ま、驚くのは無理ないよ。一応死んだことになってるからね」
「本当に…」
「本当だよ。この体を手に入れるためにわざわざ一度死ななきゃならなかった」
悪びれる様子もなく《》は近くの机に腰掛けた。
「そもそも私には体なんてものはないわけ。最終的にこの体さえ手に入ればそれでよかった」
リザの心臓が大きく音を立てる。
彼に向かって銃を構えていることすら自信の混乱の原因になっていた。
「こいつの両親に人体錬成の方法を教えて、こいつを巻き込んで。それから騙して。結構簡単だったよ」
机に起きっぱなしにしていた紅茶を口へ運ぶ。
「騙した、だと?」
「そうそう。要するに結局のところこいつは私に体を渡すために必死になってたって事かな」
こうすることが当たり前だと言うように笑う。
「あんたたちは知らないんだね。そもそもこいつはここにいて良い人間じゃない」
「何のことだ!」
そうだ、とは立ち上がる。
再度銃を構え直す音が静まりかえった部屋に響く。
子供のように無邪気に微笑んだ。
「折角だから最後に《彼》に会わせてあげる」
そう言って目を閉じた次の瞬間、の体がぐらりと倒れた。
後ろの壁に倒れかかる。
「いっ…」
衝撃で後頭部を少々打ったらしい。
「あ、みん…な?」
何かの用でセントラルに向かっていたはずだが…?
何が何だか分からない様子で辺りを見回す。
「ロイ?」
「…なのか?」
反応がいつもより鈍い。
「う…ん」
意識が自分から離れている感じがする。
「わからない…、考えがまとまらないんだ…」
壊れて止まってしまいそうな機械のようだ。
誰かが先ほどから自分のことを呼んでいる気がする。
「わからない、眠い…」
「眠るな!」
ホークアイ中尉が止めるのを振り切ってあわてて駆け寄る。
「!」
「ロイ、ごめ…眠い」
最後に真紅の瞳はロイを捉えた。
「目を閉じるな、!」
しかしその声は届かない。
目を閉じ、そして次の瞬間にはロイはに押し倒されていた。
細身の体から想像も付かない力で床に縫いつけられる。
「はい、お別れ終了」
「くっ…」
部屋にいたもの全てが銃を構える。
「じゃあね、大佐」
頬に軽いキス。
そして一瞬のうちにリザの前に現れる。
「リザさん」
どう考えても自身にしか見えない。
それなのに体は拒絶反応を示している。
自分に向けられた銃をゆっくりと制した。
「愛してるよ」
そして一気に翼を広げて窓から飛び立つ。
完全にリザの動揺を楽しんでいるように笑った。
「またね」
撃つに撃てなかった。
撃つわけにはいかなかった。
微笑んだその笑顔は彼の笑顔そのものだった。
しばらくの間沈黙が支配する。
「が…消える、だと?」
ロイの拳が震える。
思い切り机にたたきつけると書類が空を舞った。
「…どうやら東部での最後の大仕事のようだ」
できるだけ冷静になるよう自分で自分に言い聞かせる。
「ハボック少尉、ブレダ少尉、手のあいているものをの捜索に当てろ」
「Yes,sir!」
「了解」
軽く敬礼をした後、すぐさまドアの向こうへ走り出す。
「ファルマン准尉、フュリー曹長は出動した者たちからの情報をまとめてくれ」
「はい」
「了解しました」
残された二人。
リザの手はまだ震えていた。
「大丈夫だ」
根拠となるものは何もない。
「はい…」
しかし今は信じるしかなかった。
「運が悪いなぁ」
そう言っての形をした者は正面に立つ少年を睨む。
「おばはんもグラトニーも忙しい。東部に来られるのは俺だけだったんだから仕方ないだろ?」
「だったら早く!早く新しい体に移りたいんだから」
少年から本を受け取るとその内容に沿って錬成陣を書いていく。
少年はその様子を楽しげに見ているだけ。
「エンヴィーも手伝えれば早く終わるのに」
「俺は錬金術無理」
あっさりとそう言うと完全に傍観態度で廃材に腰掛ける。
「ちゃんと持ってきた?」
「当然」
そう言って近くに置かれた大きなケースを開く。
「うまくできてるみたいじゃない」
先ほどとはうって変わって上機嫌で錬成陣を書いていく。
しばらくしてできあがったのはごく単純な錬成陣。
「お父様もよくやるよね〜」
「ちゃっちゃと終わらせて帰ろうぜ」
「わかってる。あんたに言われる筋合いはない」
エンヴィーが大きなケースを抱えて錬成陣の近くに置く。
は中身を確認して再度満足げな表情をした。
その中身から一本だけ髪の毛を抜いて錬成陣に組み込む。
そして蓋をされないようにケースの上蓋を壊して退ける。
「さてと、実験開始」
錬成陣の真ん中に立って手を合わせる。
地面を突くように錬成陣を発動させた。
「不思議よね。たった一人の人間の血で…」
「だから早くしろって」
「うっさいなぁ」
それから自らが錬成したナイフで首を傷つける。
「いきなり殺すなよ。急に錬成反応を起こすと意味が無くなる」
「わかってる」
錬成陣の真ん中で仰向けになる。
「早くしてくんない?」
錬成陣の発する光が一層強くなる。
「移動成功」
ケースの中から少女が姿を現した。
「やっぱり女の子の方がかわいいし」
「そりゃ良ございました」
止まることなくゆっくり流れ続ける朱は錬成陣に吸収されていく。
「動くな!」
エンヴィーはとっさに姿を隠す。
同時にこの廃墟から気配が消えた。
『これは試練だよ、。セントラルで会えたらいいね』
そんな言葉が聞こえて完全に気配も消えた。
「あぁ、ロイ。結構早かったね」
「おまえに呼び捨てにされる覚えはない」
「!!」
リザの視線の先には錬成陣の中心で動かない。
「あぁ、もうちょっとで死ぬから見てるといい」
「そうさせるわけにはいかぬな」
津波のように地面が襲う。
「我が家に代々伝わりし錬金術はいかがかな?」
「セントラルにいるはずだよね、アームストロング少佐」
予想外の戦力。
早く片を付けないと邪魔されかねない。
「でももう間に合わないよ」
「私が相手をします。大佐は急いで錬成陣の解読を!」
もう失うわけにはいかない
どうか間に合ってくれ…
あとがきのいう名のいいわけ
最終章その2です。
はー、何だか中途半端だな〜と思いつつUPしてしまいましたが。
ハッピーエンドになるといいのですが、どうも暗い方に暗い方に向かってしまう傾向があります。
どうしたものか(笑)