あれから数日後。
「っつあー!"真理"とやらのあほーぅ!」
ここはどこだー!と響く山彦。
回りを見渡すとどうやらここは天険ブリッグズ山と呼ばれる山のアメストリス側らしい。
「寒いわー!!!」
もはや叫ぶしかないようだ。
「大体俺!重症人だぞー!!!」
結局あの一件で付けられた傷を奴は治してはくれなかった。
「血が足りーん!!!」
このままでは凍え死んでしまう。
「…気が済んだことだし、そろそろ東に戻るか」
血の気が少なくなった分、あっさりと下山を始める。
「はー、山のど真ん中じゃなくてよかった…」
しばらく歩くと街が見えた。
このままの格好で大丈夫だろうか?
とりあえず換えのカッターシャツでも購入しようと再び歩み始めた。
5,始動
嫌に陽気な歌声が聞こえてくる。
軍の施設内だとは思えない陽気さだ。
「そっらがあっおいー♪」
勢いよく扉を開く。
「ただいま〜」
知ってるヤツ誰もいない?
あれに見えるはハクロ将軍!?
「…しまった、もう移動済みだ!!」
失敗だ。
セントラルに行かないと!
我ながら速かったと思う。
「うえ、埃っぽい…」
ある程度埃をはたき落としてドアを開ける。
「たっだいま〜」
ドアを開けた瞬間、今度こそ本当に死ぬかと思った。
「中佐…?」
「うん、ただいま」
微笑んだ次の瞬間、ハボックを先頭としてなだれ込んできた。
痛い…。
と、いうか潰れる!
「うわー!!!」
図体のでかい者たちに細身のがかなうはずがない。
「退け!頼むから、退いてくれ!!」
半ば涙目になって床を叩く。
折角戻ってきたのにまさかまた!?
ちょっとだけ意識が飛びかけたところでロイが引っ張り上げる。
「うへ…、ありがとロイ」
顔を見つめた瞬間ロイの両手で顔をホールドされる。
「いたたたたたた」
「遅いぞ!」
今度は首が抜けかけた。
そんな思い切り引っ張らなくても
「ごめんな」
「馬鹿者」
「ごめんってば」
信じられないよ、君がまさかまた俺のために泣いていたなんて。
昨日も泣いたのか?
どこか疲れた様子に少し赤い目をしていた。
不安にさせてごめんな…。
「ありがと」
すぐに目を逸らされたのはその目に気づかれないようにするためか。
バレバレだよ。
「そう思うんだったら仕事をしろ」
横から書類が渡される。
「リザさん…」
「お帰りなさい。仕事が溜まっているわ」
言いたいことはたくさんある。
でも今は言わない。
「ただいま。がんばるよ」
が微笑むとリザはこれ以上表現できないほどの笑顔で迎えてくれた。
「机、用意してくれたんだね…」
「当然だろう?」
に束になった書類を渡す。
先ほどから渡される書類でそろそろ腕が…。
「お前は帰ってくると言った。帰ってくると言った奴の机を用意しないほど薄情ではない」
「君のことだからもの〜っすごく小さな机を置いてあるかも、って予想してたんだけど?」
「ならば今すぐ換えてやろうか」
頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。
「ただいま」
「あぁ、よく帰ってきたな」
その間ファルマン准尉は涙ぐんでるし、フュリー曹長なんて滝のような涙を流している。
「、新しい軍服よ」
「あ、そうだった。直接体に触れてなかったからね…」
ありがとう、とはそれを受け取りすぐに羽織った。
「準備しててくれたんだ」
「もちろんです。帰ってくると仰ったのに用意しないないわけにはいきませんから」
本当に帰ってきて良かった。
この笑顔をまた見ることができたのだから。
「ただいま」
「おかえりなさい」
ほい、と渡されたのはまたまた書類。
タバコをくわえたままハボックがにぃっと笑う。
「がんばってくださいよ〜、か・な・り溜まってますから」
「もしかして、俺がいない間は君の部隊だけで肉体労働してた?」
「もちろん」
そんなさわやかすぎる笑顔、君には似合わないよ…。
さわやかを通り越してちょっと気持ちが悪いぞ。
「また一緒にやりましょうや」
「そんなことがないに越したことはないけどね…」
そして次に書類を手渡したのはフュリー曹長。
そんなに水分を垂れ流してたら乾燥してしまうぞ?
「中佐〜」
とりあえずズボンに入っていたハンカチを渡す。
さすがに未使用じゃなかったら渡さないけど。
「おかえりなさい!待ってました!!」
「うん、ただいま」
そろそろ書類の重さで腕が震えてきた。
その上にブレダ少尉が書類の束を重ねる。
「がんばってくださいよ、中佐」
「…落ち込んできたよ」
本格的に腕が震えてきた。
そこにファルマン准尉までもが重ねる。
「准尉、重い…」
「中佐ならこれくらいすぐに処理できますよ」
ついに重さに耐えかねて新しい自分の机の上に書類を置く。
ダンボール箱でも置くように重たい音がした。
「明日は筋肉痛確定だな…」
「大幅な遅刻の罰として私の仕事をやろう」
ロイがものっすごい笑顔で大量の書類を机に置いた。
「いらーん!」
「遠慮するな」
何とか帰ってこられたというのにこの仕打ちは!
「命令だが?」
女性ならきゃー、なんて言いそうな流し目だが自分にとってはアッパーくらいしてやりたい目だ。
いつか実行すると思うが。
「へーへー、拝命承りましたよ〜」
そう言うとロイはまた頭をぐしゃぐしゃにした。
いつまでも子供扱いなのは癪に障るが、今回だけは許してやる。
「あのさ、ロイ…」
折角の雰囲気を壊して申し訳ない。
「何だ?」
黙り込んでしまったをいつものようにロイは静かに待っていた。
「俺…」
「どうした?」
こんなに緊張する瞬間なんて今までにあっただろうか?
心臓の音がうるさいし、手には汗をかいてしまった。
「俺がここにいるせいで、やっぱりあるべき歴史が変わってる」
俯いたままは続ける。
「もしかしたら俺がいなければマースは死ななかったかもしれないんだ」
そしてこれからも死ななくても良かった人間が死ぬかもしれない。
の言葉に一瞬顔を歪める。
「しかし良い方に傾く可能性もあるということだ」
「でも!」
「お前まで私を置いていく気か?」
その言葉に驚き、瞬時にロイを見上げる。
ヤバイ、泣きそうになってきた。
「お前までいなくなってしまったらどうすればいい…」
ついにロイから目を離す。もう泣かないって決めたのに。
「私にはお前が必要不可欠だ」
「…だけど歪みは侵攻する」
自分がいなければ正常に時間が流れたはずだから。
「俺がいることであり得ないはずのことが起こって、悲しむ人がいて」
ずっと堪えていたのに。
「でも最近思うんだ。やっぱりまだここにいたい」
一度溢れてしまったら止まらないことは知っている。
は軍服の裾を強く握りしめた。
「残念なことに私も同意見だ」
ロイもバカだよ。
「これから何が起こるか予想できなくなるのに?」
「そもそも予測などできん」
俺ですら予想できない世界になっても?
「…たった一つ、たった一つだけ利点がある」
「何だ?」
ロイはの頭を撫でるのをやめない。
もうぐしゃぐしゃになってしまった。
「俺がいることで最悪の未来は防げる」
「それは何にとっての最悪なんだ?」
「この世界だよ、ロイ」
そして、君の未来。
君たちの未来にとって。
俺にとっては悪い未来かもしれないけど。
君や、彼らにとって最悪の未来が来なければいい。
君や、彼らをこの世界から消させたりはしないから。
そのための"痛み"を背負うくらい何てことないから。
そのために傷だらけになってもかまわないから。
もう既にこの世界の歪みは巨大なものになったけど。
そもそも"痛み"を背負う者、つまり俺が生まれてこなかったらどうなっていたんだろう?
この世界は崩壊した?
それとも幸せだった?
「…苦しいのか?」
は静かに頷いた。
「でも大丈夫。俺は歪みを生み出すだけじゃなくて正すこともできるらしいから」
世界が、君が、君たちが俺を必要としてくれるなら。
「まだ死なせてもらえないようだ」
「…」
「あ〜、痛い痛い。まだ死なないってば」
奴は"痛み"を感じやすくなると言った。
しかし"痛み"に対する耐性もついたようだ。
「」
「何?」
真っ直ぐな瞳。
そう、俺はこの瞳が好きなんだ。
「これからも私についてくるだろう?」
分かり切ったことを聞くロイの顔をちょっと殴ってやりたくなった。
真紅の瞳が真っ直ぐロイを捉えていた。
「君が望むなら、ロイ」
今日は本当に空が青い。
「あーあ、世界の歪みが広がるなぁ」
決してサボっているわけではない。
昼休みを利用して近くの公園に来ていた。
何だか遠くから犬の声がする。
ベンチに腰掛けて空を見上げた。
「そういやぁブラハ、元気かなぁ?」
噂をすれば本人ならぬ本犬登場。
「うは!!」
の腹に頭突きをくれた。
またちょっと逝きかける。
「?」
「あ、リザさん」
思う様頭突きを食らったは少々涙目でリザを見上げた。
「ブラックハヤテ号?」
尻尾をすっかり下げて耳まで地面に平行になってしまっている。
「はー、すっかり重たくなったねぇ」
よしよし、と頭を撫でてやると今度はこちらを申し訳なさそうに見上げた。
「俺に会えて嬉しかったんだよな」
顔を全体的にグリグリと撫でてやると嬉しそうな声で鳴く。
「私も」
その声にブラックハヤテ号から目を離し、リザを見上げた。
「私も、あなたが帰ってきて本当に嬉しいわ」
参ったな…。
何だか照れるし、嬉しい…。
「あなたとまた仕事ができることが嬉しいの」
「仕事、ね。どうせ山のような書類の処理でしょ?」
こうして二人で笑いあうのはいつ以来だっただろう?
「リザさん」
はそう声をかけてから辺りを見回す。
「無能を大総統に育てるまで待っててもらえますか?」
「遠回しに言われてもわからないわよ?」
時々見せる年相応の女性の笑顔。
言ったら怒られるかもしれないけど、かわいいと思う。
でもやっぱりリザさんはリザさんなわけで。
「えーと、無能が大総統になるまで男は作らないでくださいってことで…」
「あなたがどこかに行かない限りは」
「…了解です」
ふいに優しい風が吹き抜ける。
ついでに何かを運んできた。
誰かの"痛み"
それには眉を寄せた。
「リザさん…、マースは、マースは本当に殺されたの?」
「、あなた覚えていないの?」
静かに頷く。
「何があったのか教えてほしいんだ。」
門に誰かを連れていったことだけは覚えている。
そう、門の前での会話は鮮明に思い出せるのに…。
「あなたはヒューズ准将が狙撃されたときにそこにいたはずよ?」
頭の中に不明確な部分がある。
濃い霧がかかっているようだ。
「…だめだ、思い出せない」
手を頭にやり、ぐしゃぐしゃとその色の薄い金の髪を掻き混ぜる。
「無理しないほうがいいわ」
思い出せないことがこんなにも気持ち悪いことだったとは思いもしなかった。
だがこうしてヤツが自分に何かやらかしたということは、まだ時期ではないのに知ってしまったことがあるのだ。
「…リザさん、マースが殺された現場に行きたい」
「でも…」
「行きたい、お願いだ」
少し考えてからリザは顔を上げた。
「大佐を呼ぶわ」
「リザさん!」
「連れて行かないというわけじゃない。でも…」
には何が言いたいのかよくわかっていた。
"痛み"がそれを伝える。
「…お願いします」
また空が、曇ってきたようだ…。
まだ残る血痕。
未だ封鎖されたままの電話ボックス。
一歩ずつ歩み寄るだけで体を切り裂かれる痛みが襲う。
…何でだよ。
最期くらい家族のことでいっぱいになってると思ったのに。
どうしてロイや俺の心配をしてたんだ?
「」
「大丈夫、だよ」
かろうじて出てきた声は隠しきれなかった苦しみが明らかに現れていた。
俺の心配なんてするなよ。
君には家族がいただろ?
優先すべき者がいたんじゃないのか?
『俺はいつでもおまえが心配だ』
君を助けることができなかったのに、どうして恨まない?
「ごめんな…」
また雨が降り出す。
空はいつまでも抜けるように青いのに。
君を、生き返らせることができない俺を許してくれ…。
「准将はあなたに人体錬成をして欲しいとは思っていないでしょうね」
心を見透かされて思わず鋭い視線をリザに向けてしまう。
鼓動が早くなり嫌な汗が流れた。
ロイの視線が痛い。
上の階級の人間でも震え上がるその瞳にもリザは微動だにしなかった。
「俺は…」
「あなたはなぜここにいるの?」
俺が、ここにいる理由…。
あぁ、そうか…。
さっき言ったばかりだったのに。
急に笑いがこみ上げてきた。
「俺って物忘れが激しい人間だね」
『おまえさんにはロイだって、ホークアイ中尉だっている。それから仲間もいる』
忘れてたわけじゃない。
忘れてたわけじゃないんだ。
「俺は歪みを正す者。どこにも行かない、俺がここにいることが俺の存在理由だ」
『わかってんじゃねぇか。一人で抱え込んじまうのはもうやめろよ?』
もうこの世界にはいないはずの彼が優しく微笑んでいる気がした。
いや、彼はいる。
どことは特定できないが、確かに感じる。
「マースはどうやらいつでも俺たちの側にいるみたいだね」
「…本当か?」
「風、感じてみてよ」
それだけ言うとはその場所に背を向けた。
今度、ちゃんと墓参りに行くから。
雲は風によってどこかへ消えてしまった。
「だーかーら、先に片づけろって言っただろ!」
「知らんな」
この二人の関係を知らない者たちが何かとんでもないことが起こるのではないかとハラハラしていた。
東では当たり前の風景だった。
ロイが強制的に連れてきた仲間たちは休憩中で我関せず。
「ホークアイ中尉…」
「はい」
の声でホルダーから銃を取りだし微笑む。
「仕事してくださいね」
「ひ、卑怯ではないか!」
もはやは知らん顔で自分の仕事をこなしていた。
諦めたロイはペンを走らせる。少しだけ目を上げてその様子を確認する。
何と言うことではない。これが普通なのだ。
しかし確実に迫ってくる歪み。
彼らに"痛み"が訪れないように…。
俺はこの命が続く限り歪みを生み出し、歪みを正し続ける。
苦しくなんてない
まだ俺を必要としてくれる者たちがいるから。
だから俺はここにいる。
「、時間だ」
「了解」
本当はこいつらの側にずっといたい。
それはきっと叶うことはないけど、時間の許す限り側にいることを誓う。
「準備はよろしいですか?」
「もちろん」
愛する人もここにいて、心から守りたいと思っている。
「これも妄想なのかな…」
「どうかしましたか?」
「いや…」
空はずっと抜けるように青い。
歪ませないよ。
歪んでいるのは俺だけで十分だ。
もう、雨なんて降らせない。
ここには俺がいるから。
予想通り、失敗したわね。
あいつじゃ役不足だったんだよ。
役不足役不足!
で、どうするわけ?
お父様は人柱として生かしておくと言っていたわ。
ふーん、やっぱりね。
ずいぶんと気に入ってるみたいじゃない。
俺、あの朱い目が好きだからね。
私たちとは違う色をしているわ。
だからいいんだよ。あの目が苦痛に歪むのが見たいだけ。
さ、お父様が呼んでるわ。行きましょう。
そして、歪みは加速度的に進んでいく………
終幕……………?
あとがきという名のいいわけ
金曜日のUPになってしまいました…。
申し訳ありません(汗)
まだ続きを書くかもしれないので終わりをどうしようか迷っていました。
この小説を読んでくださった全ての方々に感謝しています。
拍手並びに掲示板へのカキコありがとうございました。
次回の更新は未定ですがお時間が許す方は是非HPにいらしてください。
それでは、一旦このシリーズは休止します。
ありがとうございました。
長瀬ユーリ
20050603