目を開けるのも閉じるのも怖かった。
夢、それとも、これは現実? --3--
俯せのまま眠っていたはずだが?
次に目を覚ましたときには天井が見えた。
「目が覚めたか」
「うん、おはよう」
動かしてみた左手に違和感を感じる。
ロイは読んでいた本を近くのテーブルに置いてからの額に手を当てた。
「ダメだな、下がっていない」
「いつものことだよ」
「こういったところは学習能力がないな」
頭からタオルを回収して水につける。
水の音。
なんだか普段は気にかけないこの音が気持ちがいい。
「仕事は?」
「終わらせたに決まっているだろう」
また手荒く額にタオルを乗せたロイが答える。
よく終わったものだ。
普段は帰るギリギリまで仕事をしなければ間に合わないのに。
もちろん、残業などよくあることだ。
「私が気づかないとでも思ったか?」
「…もし少しでも体が動く状態だったらどうなってたか」
「私を殺していた、か?」
できやしないといった皮肉を含めた笑顔で見下ろしていた。
「ここまでやってもらって言う言葉じゃないけど帰った方がいいと思うよ?」
「何のためにこの私がわざわざ買い物をしてきたと思っているんだ」
ちゃっかり着替えまで持ってきているロイ。
今日は泊まる気満々だ。
「食事は…、まだだな」
「ロイが作ってくれるのか?」
「あぁ」
熱のせいで聞こえた幻聴かと思った。
そうだった、ロイも自炊組だった。
「期待はするなよ」
「了解」
廊下へ向かうロイの背中をずっと見つめていた気がした。
自分が歪んでいるせいでロイには随分迷惑をかけてしまった。
ヒューズがいなくなってしまった今、自分にできることは一つ。
さて、では自分にとって一番大切なものは?
ロイ。
それは絶対に変わりはしない。
じゃあやらなきゃいけないことは?
ロイを守ること。
それも絶対不変だ。
自分の存在の意味は奴に言わせれば歪みを正すこと。
自分に言わせればロイと、その部下たちを守ること。
ロイが上を目指すにあたって必要な部下たちを失うわけにはいかない。
じゃあ、俺は?
何を考えているのか、自分は本来いない人間だ。
ならばこの身を捨てることなんて大した問題じゃない。
…いやいや、そんなことしたらリザさんに怒られる。
リザさん?
ロイが大総統になるまで待っててほしいと言ったんだった。
これは簡単には死ねない。
…あぁ。
俺は死なない、死ねない。
まだ本格的に死んだことがないからわからないが、奴が言うには‘まだ’死ねないようだ。
機会があったら一度死んでみようか?
…誰がこんなこと言ったんだっけ。
「またか、馬鹿者」
何も絞らないままのタオルを投げ付けなくてもいいと思う。
「あーあ、びしゃびしゃ」
「癖か?それともわざとか?一人で時間の逆行とはいい旅行気分だな」
「時間の移動まではできないよ」
手を合わせ、水を蒸発させた。
左手に少しだけ痛みを感じる。
「前から聞こうと思ってたんだけど、何でわかるの?」
「やはりか」
「いや、その…」
上手くはめられてしまったようだった。
「どこ過去の世界ではない、別の世界に囚われた目をしている」
「ま、はずれじゃないとしか言えないな」
廊下に目をやる。
ロイは食事を作る前に血の付いた本と無事な本を分別したようだ。
が倒した本の山を少しだけ積み上げていた。
「後は自分でなんとかしろ」
「ありがと、ロイ」
何が気にくわなかったのか、の両頬を引っ張る。
「ろひ、なにひゅるんは」
「…見事なアホ面だ」
「ひょれはひょはっは」
少々の痛み感じないということに心から感謝する。
ロイの両手を自分のほほから引き離しながらは眉間にしわを寄せていた。
「…俺が若いからよかったけど、年寄りだったら皺が残るんだぞ?」
「その童顔に少しでも皺があれば年相応に見えるだろう」
「ロイに言われたくないよ」
熱も下がってきて気分は先ほどよりも幾分か楽になっている。
「あのさ」
そう声をかけると側にいつの間にやら置かれていた椅子に腰掛けるロイ。
「やっぱり俺の時間が進まないんだ」
「何かあったのか?」
「俺の父さんと母さん、誰だったんだろう?」
訝しげな表情でベッドに腰掛けた。
「思い出せないのか?」
「この記憶が本物なのかわからない。もしかしたら…」
「一つだけ確かなのは俺と出会ってからの記憶は間違いなく本物だ」
それだけいうと台所へ向かったようだ。
自分だけがみんなに迷惑をかけている。
本当に、ロイには申し訳ない。
「あーもう、歪む歪む歪む歪む歪む歪む」
「うるさいぞ」
「…すんません」
世間一般では不器用だと解釈されているロイ。
こういうところは実は器用であることを説明してやりたいくらいだ。
いつも見慣れた天井が何だか違うものに見える。
一瞬その天井から意識を離すと再び眠りに落とされた。
寝過ぎると目が腐ると言われるが…?
今度見たのは二度目の遭遇の時。
目の前に広がる光景に吐き気がする。
これは、誰だ?
もはやただの赤い塊になった生臭いものでしかない。
自分は誰かの名前を呼んでいるがそれが何なのかは全くわからなかった。
誰か、あの頃一番大切なものだったような気がする。
自分は迷わず手を合わせる。
派手な錬成反応に目が眩んだが必死になって何かをしようとする自分。
嫌な雰囲気が近づいてくる気配がして自分と過去の自分が完全に重なった。
また、あの白い世界。
【おかえり】
『ここは俺の世界じゃない!』
【また来るってことは決まってたからな】
『そんなことはどうでもいい!頼む!---を!』
名前の部分だけ聞こえない。
なぜだ?
隠さなければならない理由があるのか?
【それはできないな】
『自分が死ぬのが恐いと思ったことはない!』
【ふーん】
『だから、頼む!---を!』
【無駄だって言ってるのに】
目の前に現われた扉。
それに引き込まれていく自分の後ろでさらに苦しみを増幅させる事実が告げられた。
最悪なこの光景は二度目。
しかしこんなものに慣れようとしても叶うわけがない。
もはや自分が何をしているのかなんてわからなかった。
両親の時のようにひたすら目の前の物体に火を点ける。
生き残っていた見慣れない三人組を細切れにしていたことは記憶している。
軍に発見された自分は返り血で赤くなって座り込んでいた。
生きていると認識されたとき、女性の軍人が抱き締めてくれたことをよく覚えている。
もちろん顔は、覚えていない。
その女性は俺を解放した後、狂ったという。
なぜ、そんなにも急におかしくなってしまったかはわからない。
ただ、歪んでしまったということは明らかだった。
ということは…。
【おまえはこの世界を歪ませる。破滅を導くだけの最悪な存在だ】
…わかってるよ。
わかってるんだ。
もういいさ、それで…。
あとがきという名のいいわけ
風邪ひきました(笑)長瀬です。
あれだけ大雨が降れば仕方がないというもので…。
いきなりラストまでUPしてしまいました。
次の連載を早くUPしたいという気持ちもあるのですが、暗いのはちょっと…ということで。
名前の変換が出来ていないのは不備ではありません。
諸事情により(笑)そのままにしています。
それでは、最後までおつき合いくださいませ^^