この砂埃。
思い出したくもないあの場所に似ている。
大型犬-3-
「どうも、国家錬金術師の・です」
誰とも視線をあわせずには敬礼する。
自分のことを『光の獅子』などと呼ぶ隣の将軍を少しくらい殴ってもいいのではないか?
そんな不穏な考えを持ちつつは少しだけ殺気立つ。
「俺のことは『中佐』と呼ぶ意外は認めない」
誰にも名前で呼んでほしくはない。
ここにいる自分はロイの部下として立っているわけではない。ただの国家錬金術師だ。
もちろん、それは自分の中だけであり世間ではいつもと同じ。
・中佐であり、イシュヴァール戦で『光の獅子』と呼ばれていた国家錬金術師だ。
上の者の言葉は当然耳から耳に筒抜けで全く聞きはしなかった。
今後の予定は後から誰かに聞けばいいだろう。
にはテントではなくまともな部屋が与えられた。どうせすぐに帰るのに。
腕を組んで外の風景に目をやる。油断すればすぐに"痛み"で表情が歪んでしまいそうだった。
「中佐!」
さっき説明された専属の部下。呼ぶなと言ったのにいきなり地雷。
名前は、何だっただろうか?
「俺の名は呼ぶな。それで何事?」
不機嫌そうな真紅の瞳に一瞬反応が遅れた。階級は少尉らしい。
「えと…、将軍が予定どおり鎮圧に向かえと…」
「わかった」
立ち上がるとよりもずっと身長の高いヤツが何だか心細そうにこちらを見ていた。
細身でそれなりにいい顔をしているがはその身長が気に入らない。
「どうした、行くぞ?」
「あ、えと、はい!」
が従える部下は数十人。名前は、覚える気なんて全くない。
「自分の身は自分で守れ、以上だ」
まだ少し遠くで銃声がする。
戦場なら遠慮する事無く『光の獅子』と呼ばれる所以となった翼を出せばいい。
部下たちが手を出して人々を殺さないうちに片をつける。
右手と左手を合わせて錬成開始。感嘆の声を洩らす部下たちの頭上に君臨するのはかつての『光の獅子』ではない。
自分は、もう意味のない死をもたらすわけにはいかない。
「いくぞ!」
次第に銃声が近くなっていくその音には一瞬眉をひそめた。
例の一件で軍のサーベルを帯刀するのはやめ、銃と同様に特注のサーベルを用意した。
刃は片方にしかついていない。できるだけ、これも使いたくはないのだが。
獲物を追う猛禽類のように急速な下降。
その存在に気付いたときにはすでに地に顔をつけていた。
「うわぁ!」
聞いたことのある声がしては反射的にその場から飛び立つ。
あいつだ。
でかい図体をなんとか柱の影に隠しているようだった。
「なにをやっている!」
反対側に滑り込みはどこかの大佐のように眉間にしわを寄せた。
「何だか知らないうちに囲まれてしまって…」
「考えもなしに突っ込むな!」
の頭のすぐ横を銃弾が掠めた。
身を引っ込めて片方の眉を上げる。こいつはここに残しておいた方がよさそうだ。
「いいか、動くなよ!」
両サイドのホルダーから銃を抜き、一瞬の隙を突いて跳び出す。
今回ばかりは視覚が重要、簡単に自らをシールドするわけにはいかない。
情けない声を背後に聞きながら自分達を囲む全ての銃をたたき落とした。当然その銃は使用不能だ。
さらに背後には廻し蹴りで対応する。
今度は自棄になった相手側の反撃だ、しかも投石。原始的な攻撃だが当たればそれなりの破壊力はある。
一旦…名前がわからないが大型犬少尉その2の元に帰る。あ、これはハボック少尉専用だったか?
「中佐ぁ」
「情けない声を出すな。いいか、俺がいいというまで目を瞑れ」
「え?」
「早く!」
あわてて目を瞑る犬軍曹。
「開けるなよ!」
「中佐ぁ〜」
強烈なフラッシュを放つとバタバタと周辺の人間が倒れていった。二、三日は視界が悪いだろうがじきに回復するだろう。
「もういいぞ」
「う、うわぁ!」
想像以上に近い位置に反逆者達がいたことにまたも奇声を発した。
「はー…」
「す、すみません」
東方司令部の部下たちはこれを見ると勇敢な奴ばかりだ。
「次、行くぞ」
「えぇ!?まだ行くんですか!?」
「当然」
飛び立とうとしたは軍服の裾を引っ張られたため、バランスを少々崩してしまった。
「何?」
「…置いていかないでくださいよー」
今にも泣きだしてしまいそうな大型犬少尉その2の表情に嫌とは言えなくなってしまった。
盛大なため息を洩らしながらは翼を消し去る。
「名前は?」
「えぇ!さっき言ったじゃないですか!」
「……」
「タスクです。タスク・レッドフォードです。タスクって呼んでくださいね」
は折角大型犬の面倒から一時解放された喜びに浸っていたが新たな大型犬がもたらす苦労に頭が痛くなった。
しかしそれも数日の苦労にすぎないと信じることにする。
「タスク、いいか?俺のそばから離れるなよ」
「り、了解です!」
走りだしたの後ろをタスクは必死に追いかける。
タスクは完全に予想を裏切られていた。
当然、の方が体が小さく、コンパスも自分のほうが長いため簡単に後ろをついて走れると思っていた。
風を切るように瓦礫の道を走り抜けるから次第に離されていくような気がする。
「ストップ!」
は急ブレーキをかけながら家屋の影に隠れるが、タスクはうまく止まることができなかった。
に制服を引っ張られて潰れたような声を出しながら何とか止まることができたようだ。
「あのねぇ、全速力で走るのはいいことだけど後先考えて走れな」
「は、はい…」
「この家屋を二軒越えたらかなりの数が隠れている」
それを聞いたタスクの肩が跳ね上がった。
「だから俺は上から奴らを叩く。タスクは逃げてくる奴らを何とか捕まえろ」
もちろん、はタスクに何かをさせるつもりはない。
「殺すなよ」
「え…?」
風に揺れる色の薄い金の髪、そして射抜かれるような光を放つ瞳。しかしその横顔は聞いていた『光の獅子』ではない。
の元に就く前にタスクの同期達はみな口をそろえて『光の獅子』がいかに恐ろしい人物であるかを説明した。
それは全て噂か、もしくは上司達が話していたことの伝聞だが。
先の戦い、つまりイシュヴァール戦では彼の通った後には死体や瓦礫以外は存在しえなかったそうだ。
彼の気に障ることをした者はこの世のものとは思えない真紅の瞳で射抜かれた。
たとえそれが上司であったとしても。
それを軍から追求されなかったのも、の階級が下がるどころか上がったのも戦場での圧倒的戦力を考慮してのものだ。
放せばどんな驚異になるかわからない、しかし手元に置いておけば大きな戦力となる。
「行くぞ」
が地を蹴る。
タスクが呆気にとられていた一瞬の間に決着はついた。
「終わったぞ」
「え…?」
声をかけられて顔を上げるとあの瞳が見つめていた。
なぜこの瞳が恐いというのだろうか?とても悲しい瞳をしているというのに。
「どうかしたか?」
「あ、いえ…」
「キャンプに戻るぞ」
前を行く背中はとても力強く、しかしすぐに壊れそうでもあった。
笑ってるのに、泣いている。
ずっと、これまでもずっとこんな風に笑っているのに泣いていたんだ。
どうしてそうまでして笑う必要があるのか、俺には全くわからなかった。
あとがきという名のいいわけ
更新、しちゃいました。
名前変換バージョンと変化無しバージョンを作ってみました。
ヘタレで大きい人ってかわいいですよね。大型犬の子犬って感じで。
夏の予定を立てつつ次回更新分の準備をしたいと思います。
感想お待ちしています!