思った以上に時間がかかる。

早く帰りたいという気持ちだけが先に走った。















大型犬-4-
























「やぁ、ロイ」

『元気そうで何よりだ』

受話器を持つ手を変える。

「どう?俺がいなくてもちゃんと仕事してる?」

『以前にも増して中尉のガードが厳しくなったよ』

受話器の向こうから聞こえてくる声が懐かしい。一昨日は目の前で聞いたばかりだというのに。

『そっちはどうなんだ』

「大丈夫。でも妙な犬に懐かれちゃって…」

「中佐ぁー、食事が…」

入り口でしまった、と口を押さえているのは噂の標的になっていた

かまわない、とは手を挙げて合図する。

「その大型犬が食事の時間だと言っているよ」

『そうか、ではまた明日の連絡で』

「じゃあな」

受話器を置いた瞬間、が部屋に滑り込むようにして入ってきた。

「すいませんすいませんすいませんすいませんすいません!」

頭をぶんぶん振ると薄い茶色の柔らかそうな髪が揺れる。

「別に気にしてないからいいよ。それより食事は部屋に運んでくれるよう伝えてくれる?」

「了解しました!」

バタバタと足音をたてて部屋から走り出る。

さわがしいやつだ、とは苦笑する。

しかしこれ以上は危険だ。

これ以上、距離を近づけるわけにも、近づけさせるわけにもいかない。































そしてその数日後。

の働きに満足した南方の将軍があと一地区の反乱を制圧することができたなら東に帰ってもよい、と伝えてきた。

さんざん持ち上げておいたのが効いたのだろうか?

しかしよりによってその地区は最大の難関であるとされていた地区だ。

さすがに自分一人で何とかなるような甘い戦場ではない。

「中佐!鎮圧予定の地区で不審な動きがあったそうです!」

は静かに立ち上がる。

「出るぞ」

「り、了解しました!」

が部下を集めに走る。

がキャンプの入り口に立つ頃には全ての部下たちが整列していた。

空はの気持ちとその瞳とは反対に、抜けるような青だった。

「自分の身は自分で守れ、以上だ!」

その声に部下たちが一斉に敬礼をする。

ようやく帰れるという嬉しさよりもこれからの戦いの不安のほうがずっと大きい。

なんだかいやな予感がする。

神経を最大に研ぎ澄ませて少しの変化も逃さないようにした。

























「止まれ!」

しばらくしての声が響き渡る。

こんなちゃちな仕掛けで騙せると思ったようだ。

は部下たちの前にシールドを張り、さらに手を合わせる。

空気中の水分、ここではずいぶん少ないが、それを集めて巨大な氷の固まりを作る。

それが落下すると同時にすさまじい爆発が起きた。

「中佐!」

「何?」

自らにもシールドをして爆発の衝撃を回避した。

「これ一つ…、じゃないな。あと二つ」

直接地面に手をついて埋められていたものを取り出してから爆破する。

「行くぞ」

"痛み"に耐えられなくなる前に終わらせなければならない。

は次第に焦りはじめていた。顔に出すことはないがそれも時間の問題だ。

は順調に人々の繊維喪失を誘った。仕方なしに意識を奪っても傷つけたりはしない。

またもどこからな聞き慣れた悲鳴があがる。

!」

姿を確認するが肩口から自分の瞳と同じ色が流れ落ちていた。




また…。




は寸前のところで踏みとどまる。

今、過去に存在した『光の獅子』として目を覚ますわけにはいかない。

もう、殺さないと誓ったのだから。

2本のサーベルを抜いての前に立つ。

"痛み"を堪えるに向けられた銃が次々と吹っ飛ばされていった。

「今なら許してやる。去れ」

痛い。

反逆者と名付けられた彼らも理由なしにこんなことをするわけではない。

それはわかっている。

「もう一度言う。今なら許してやる、去れ」

の真紅の瞳が彼らを真っすぐに捕らえた。

「最後だ。今なら許してやる。去れ!」

その細身な体から放たれたものとは思えない殺気に悲鳴を上げて走りだす。

血の色をした瞳が指すような光を放っていた。

その後ろ姿を見送ってからもその場に座り込む。

「中佐…、すみません」

「どうしてこんなところにいた?」

第一声から怒られると覚悟していたは呆気にとられていた。

「あ、えと…。子供の泣き声がして、思わず…」

自分にも小さな妹が一人いるから、とは苦笑する。

はようやく傷の手当てを始めたがそれは非常に手荒いものだった。

「…君は前線に向いてない。南方司令部で後方支援か事務でもやっていたほうがいい」

「そうかもしれませんね」

痛みに顔をしかめながらもいつもの性格の良さが出た笑顔になった。

「戦場に出れば何が起こるかはわからない。数秒後にはただの肉塊になってるかもしれないからな」

「中佐!痛いですよー」

自分は体の痛みとは縁遠いため加減がわからなかった。

「あー、悪い悪い」

そうは言うが全く悪かったと思っているようには見えない。引き続き手荒い治療を続ける。

「だから、はわざわざ死に急ぐようなことしなくていい」

「あなたは?あなたはどうなんですか?」

全てが見透かされたのかと思った。心臓が一度大きな音をたてる。

たかだか2週間程度でそんなことはありえない。

「…俺は、いいんだ」

彼のためなら、いつだってこの身を差し出す。

「自分はいつかあいつのためにこの命を使うことになるだろうけど、それでいいんだ」

今度は違う意味で心臓が大きな音を立てた。

「そんなの…、そんなの間違ってます!」

大粒の涙が次々に地面に吸い込まれていった。

「それほどまでに大切な人なら一緒に目標の達成をしたいと思わないんですか?」

後から後から流れる涙を軍服の袖で拭いているが追いつきそうもない。

そんなこと、考えたこともなかった。

「彼やその仲間たちの行く手を阻むような激流があるならそれに掛ける橋になることができればいい」

彼らが渡りきれたら橋は流されていっても、激流に壊されてしまってもかまわない。

それで彼が目標を達成できるなら。

「自分ばかりを犠牲にしないでください」

「誰かが犠牲にならなきゃできないことなんだ」

すっかり湿ってしまった軍服の裾では最後に涙を拭った。その瞳に強い光が宿る。

「だったら、あなたのために、…俺はあなたの橋の一部になります」

何を言いだすのか、とは耳を疑った。

「そうした方が少しは負担が軽くなると思いますから」

「それは君が考えているよりずっと重い言葉だ」

「わかっています。でも俺はあなたにずっとついていきたい、そう思いました」

今までには全く見せなかった顔。

その真剣な瞳に強い光を感じる。

「…だめだ、と言っても無駄だろうな」

「はい」

何が『はい』だ、とは盛大なため息をついていつものように頭に手をやった。

「条件がある」

「何ですか?」

「いつか俺はまた中央に行く。だから俺が君を召集できるくらいの力をつけろ」

有能な大型犬が賢い笑顔をした。

「了解です」

「大体辺りかまわず突っ込んで戦略もなにもないヤツは橋に使う釘の一本にもならないよ」

「う…」

はゆっくりと立ち上がるとの肩に手を置いた。

「一応期待はしておく。覚悟しろよ」

「もちろんですよ、中佐。望むところです」






































「…ってなことがあったな」

「ほー、それでその大型犬その2は今どうしているんだ?」

ティータイムには遠い目をしながら過去の記憶に耽っていた。

「まだ南方で修行中。少しは考えて行動するようになったみたいだけど…」

ドアをノックする音が聞こえてホークアイ中尉が入ってきた。

「中佐、南方司令部からお電話です。大佐のところにかけ直すように伝えました」

ちょうど電話の呼び出し音が鳴り響いた。

「はーい、東方司令部のマスタング…」

「嘘を言うな、嘘を」

「へいへい。東方司令部の…」

『中佐ー、まだ喚んでくれないんですかー?』

噂をすれば何とやら。

「ついに司令部にまで電話をかけ始めたか…。あのな、俺が言ったこと聞いてたか?」

『何ですか?』

「まだ中央に招集されてないわけだ。もうちょっと待て」

『早く中佐の下で働きたいですよー』

電話の向こうから抗議の声が聞こえる。

周りにも人がいるだろうに…。

地団駄を踏んでいるのがいい大人で、しかも体格がいいという異様な光景にどんな反応をしていることやら。

「今度どこまで実力があるか見に行ってやるから」

『ホントですか!』

「あぁ、約束するよ」

今度は受話器の向こう側から喜びの雄叫びのような声がする。

(頭は)大丈夫だろうか…。

『いつですか!』

「…ロイ、俺の次の非番はいつ?」

『ロイ…って、マスタング大佐ですか!?』

「そうだけど?」

一息置いてからは口を開く。

『…早く中央に行ってください、とお伝えください』

普段発することのない低音でぼそりと呟くように言った。

背中に何かが駆け上がる感じがする。

「…?」

『で、非番はいつなんですか?次の非番に絶対来てください!』

「次の非番は三日後だ。行く前に電話する」

『了解です!じゃ、楽しみにしてますから!!』

はいはい、と適当に返して電話を切る。

「かなり懐かれたようだな」

「あぁ…。早く中央に呼ばれてくれよ?が毎日電話をかけてくるようになるぞ?」

「それは困るな」

正直なところ、ただ大型犬を飼っているという認識程度でしかないのだが。

なんだかんだ言って可愛い犬だと思う。

「はー、ホークアイ中尉の仕事が増えなきゃ良いけど」

「あら、飼い主が面倒をみてくださるのでは?」

ロイへ大量の書類を渡しながら楽しそうにそう言った。当然それを見たロイは片方の眉を上げてため息をついていたのだが。

どうやら二匹の大型犬は自分が面倒を見なければならないようだ。

拾ってきたが責任を持たなければならない。

「ん?ハボック少尉は俺が拾ったんじゃないぞ?」

「おまえに懐いてるんだからそれでいいだろう?」

「はー、こりゃ大変なことになりそうだ…」

中央に行くのはいつになるかわからないが。

どうやら自分はとんでもないことをしてしまったようだ。









そして、そのとんでもないことが本当に起きてしまった。





















あとがきという名のいいわけ

告白!…じゃなくて。

自分は猫科のくせに犬に好かれる主人公氏。

これ、あと何回で終わるかな?

…要するに付け加えて付け加えていったら増えましたね、文の量が(笑)

次回連載の夢からじゃんじゃん暗くなるので今のうちに上がるところまで上がっておかないと…。

ハボ氏とケンカもさせたいですし。

ではでは、次回更新はまた日記にて。

感想お待ちしています。