君の隣り
今日は抜けるような青空。
こういう日は外でお昼寝でもしたくなるが、残念ながらそんなことをしている暇など無い。
もう慣れたのでさらりとこの有名な高い山を彷彿させる書類を処理していく。
どういうわけだか最近は書類が溜まるスピードが速い。
困ったことだ。
既に貫徹4日目。
国家錬金術師の更新査定の方がよっぽど楽だと思う。
軍人は査定がないから関係ないといえば関係ないが。
「はぁ、もう嫌になってきちゃったよ」
「大丈夫ですか?」
心配そうにのぞき込んでくるのがリザ・ホークアイ中尉。
例の大佐のお守りをしている偉大な人だ。
「うん、大丈夫大丈夫」
彼女に心配させないように微笑みかける。
「仮眠室でお休みになられたらいかがですか?」
そうだな…。
後一山終われば締め切りまで間に合いそうだ。
しかし、あいつのことだ。
どうせ『すまんすまん、床に落ちていたので気づかなかったよ』とか言いつつ抱えきれないくらいの紙の束を持ってくるのだろう。
大体床に敷いて絨毯にしてるわけじゃないのに机に置いたときに派手な音がするほどの書類って…。
それはさておき、その前に寝ておくのも作戦だな。
「…そうだね。次の書類が来る前に寝ておいた方が良いかもしれないな」
「ええ、是非そうしてください」
「この山が終わったら仮眠室を使わせてもらうよ」
指さす先には残りが少ない一山の書類。
恐らく後三十分くらいで終わることだろう。
「ではあと少しがんばってくださいね」
「ありがとう」
他のメンバーは外に出払っている。
他の面々がいるときは上司の顔をしてあまり微笑まないが、こういうときにはよく笑ってくれるのが嬉しい。
それからロイのところに戻る、とホークアイ中尉は部屋から出ていった。
お互い大変だね。
ちょっと頭がぼーっとするから気を付けて書類の処理をしないと。
ひとつ大あくび。
こういうときに襲撃でもあったらピンチだな…。
そうこうしているうちに書類の山、一つ終了。
背伸びをして立ち上がる。
そしてもうひとつ大あくび。
「…まずいな」
眠すぎる。
困ったことに仮眠室に移動する体力もないようだ。
そのまま床に倒れ込む。
少々鼻を打ってしまった。
ま、いいか。
この場合すこしでも仮眠室に行こうとしたという努力の跡があった方が良いのだろうか?
とりあえず少しだけほふく前進。
後は誰かが見つけてくれるだろう。
は面倒なのでそのまま寝ることにした。
冬ではないので風邪を引くことはないだろう。
「…!!!」
何か聞こえるぞ?
「おい!!!」
あと5分…。
「大佐!救護車を…」
ん?救護車だって?
「急いで呼んでくれ!」
ちょい待った。
何だか自分の伺いしれないところで何か大事になってきてないか?
「何事?」
じわっと顔を上げるとものすごい顔をしたロイとリザさんと…、みんな帰ってきたんだ。
「どうかした?」
「どうした!何があった!?」
何があった?
俺こそ聞きたいよ、何があったか…。
「あー、口切ったか…」
なるほど、鉄の味がすると思ったよ。
「まだ頭がぼーっとするなぁ」
「大丈夫なのか!?」
「何が?」
あー、このパターンは…。
「もしかして俺、誤解されてる?」
「誤解?」
ロイは心配性だからなぁ。
それでも自分を心配してくれたということには感謝することにする。
「俺はただ仮眠室に移動しようとしたんだけど力つきてそのまま寝ちゃったってだけ」
呆けたロイの顔は是非とも女性方に見せてやりたい。
なんだ〜、とみんな緊張の糸が切れて緩い顔になった。
「…」
ロイの拳がぷるぷる震えていた。
「まぎらわしいことをするなー!!!」
この言葉にはさすがのも我慢ならなかった。
一体誰のせいでこんな事態になったと思っているのか。
「俺が悪いんじゃないだろー!!」
急に立ち上がったら目の前が回った。
寝不足が体に悪いことがよくわかった。
「中佐!」
「くっそ…」
こういうときに本調子じゃないなんて…。
「悪いけど」
仮眠室まで配達お願いします。
眠たいんだからあまり揺らさないように…。
壊れ物ということで。
前にもこんな事があったような気がするが?
俺って宅配の荷物になることが多いのか?
なぜ!?
「…ロイ?」
どういうわけだかご丁寧にもの隣にベッドを移動し、くっつけて寝ている奴がいる。
先ほど自分が床に寝ていて紛らわしいと言った奴。
誰かに見つめられるのは嫌いだからあまりロイの顔をまじまじと見つめる機会がなかった。
クマができている…。
ロイもロイなりにがんばっているんだから、ちょっとやそっとで目くじらをたてるのは良くないな。
それにしても29歳にしては普段以上に童顔だ。
ずいぶん薄くなっているが恐らくあの戦いで付いたと思われる傷が残っていた。
あ、ヤバイ。
まだ寝不足で制御が緩くなってる分、こいつのアレを感じ取ってしまいそうだ。
こういうときには寝直すのが正解だ。
はもう一度ベッドに潜り込む。
こんな近くで寝てるからだ。
ロイのアホ…。
目を覚ますとの顔が目の前にあった。
こいつは自分の顔、要するに目を直視されるのを極端に嫌うから。
こういうときにしかまじまじと見る機会はない。
残念ながらあの真紅の瞳は見ることができないが。
あまり知られてはいないが、の眉には傷がある。
あの戦いでついたものだろう。
今回は自分がずいぶん無理をさせてしまった(いつも、か?)
こいつやヒューズには信頼がおける分無理をさせてしまう。
そのことはよくわかっているつもりなのだが。
こうして見ていると昔湧いた疑問が復活してくる。
あの戦いの中、自分が最後まで正気を保っていられたのは何か自分以外の誰かの力が働いていたのではないか?
彼が『牢獄』から出てからは片時も自分のそばから離れなかった。
その時は錬金術はもちろん、精神的な面に関してはこいつの影響が大きかったように思われる。
しかしその反面、は傷ついてボロボロになっていった。
体も、精神も。
何より自分のことを話そうとしない奴だから。
こいつが話したいと思ったときに話してくれればいい。
話したくなければこのまま話さなくてもかまわない。
今は自分の側にいてくれるだけでいい。
それすら言えない自分がもどかしいのが現実だ。
「!」
目を開けるとロイの顔が真正面にあった。
正直驚いた。
「あ〜、また妙な夢見たなぁ」
汗をかいて目を覚ますというのは気分が良くない。
ロイは無言で自分の頭を撫でた。
俺はいつまで子供扱いされるのだろうか?
でも今はこのままでいいや。
「もう大丈夫か?」
「寝不足は解消できたと思うよ?」
そう言うとロイは少しだけ変な顔をした。
「…そうか」
「あれ?どうかしたの?」
こいつも子供だと思う。
4つ違いなのはあまり差がないのかもしれない。
顔に出すぎだ。
「あのさ、俺は今のところ大丈夫だよ?」
「…その『今のところ』というのが気になるな」
その顔に思わず吹き出してしまった。
二人でいる時やヒューズといる時と部下たちといっしょにいる時の顔が違う。
いつものことなのに何だかちょっと嬉しくなってしまう。
「何の夢を見ていた?」
さっきの『大丈夫か?』はこっちのことだったようだ。
「そうだね…。君の"痛み"かな」
苦い顔をして動きを止める。
「それは悪いことをしたな…」
「勝手に受信しちゃったんだからロイが悪いってわけじゃないよ」
受信、なんて言うと電波か何かを受信してる危ない奴だと思われるかな?
いつも言っているのに。
"痛み"はこの世界のどこにだって存在すると。
「聞こうと長い間思っていたのだが」
「ん?」
少し躊躇した様子でこちらを見つめた。
「苦しくはないか?」
今度はこちらが妙な顔をする番だ。
「だからその顔はよせと言っているだろう」
そんなに妙な顔はしていないはずだが?
「大丈夫」
ロイにしてみればこの笑顔は偽物。
さきほど油断しているところに直に"痛み"を感じ取った分、これから少々つらい日々を送ることになるだろう。
チャンネルが全開だ。
「じゃあ俺からも質問」
ロイと視線を合わせないで会話を続ける。
今は彼の目を見つめる勇気が持てない。
「ロイ、君はいざとなったら俺を切り捨てられるかい?」
相変わらず寝ころんだままでは自分同様寝ころんだままひじをついてこちらを見つめているロイに言った。
またもやすぐに表情が変わる。
「…そんなことはできない」
「君は上に立つ人間だ。部下を切り捨てなければならないこともある」
苦い顔をして上半身を起こす。
「言っておく。私は誰も切り捨てるつもりはない」
そうだね。
それが君だからね。
「ストップ。悪いけどそれ、考えるのやめてくれない?」
"痛み"が直に伝わってくる。
体に傷を負ったときには痛くないのに。
いつも誰かの"痛み"を感じるときには体中が痛い。
「…やはり苦しいのか?」
「苦しくない」
「苦しいんだろう?」
「苦しくないってば」
「顔に出ている」
ロイに背を向けようともぞもぞとベッドの上で体の向きを変える。
「」
「苦しくなんてない!」
後ろでロイが大きくため息をついているのがわかった。
「やはりお前はまだ子供のままなんだな」
「うるさい…」
ロイが再びベッドに沈む。
「少しは素直になってくれないか?」
「………うるさい」
しん、と静まりかえる部屋。
ロイは自分が何か言うまで待っているつもりのようだ。
開け放たれた窓から鳥のさえずりが聞こえてくる。
この声が歪んでしまう日がいつか来るかもしれない。
自分が歪んだ存在だから。
この歪んだ自分の側にいるものまで歪んだ存在にしてしまうかもしれない。
このままここにいても大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えていると次第に強くなる、"痛み"。
「ロイ!もうやめろ!!」
がばっと起きあがる。
「勝手に覗き込む方がどうかと思うが?」
「覗いたんじゃない!」
勝手に流れ込んでくる。
拒んでも拒んでも流れは止められない。
「やめろ!ロイ!!妙なこと思い出すな!」
彼があの戦いで犯した罪の数々。
怪我での痛みを忘れた体に突き刺さるロイの"痛み"。
自分にとってこの苦しい瞬間が一番嫌いだ。
ベッドから転がり落ちるようにロイから離れる。
「本当はいつも苦しいんだろう?ここは軍だからな。誰しも"痛み"を抱えていると考えてもいい」
「く、苦しくなんてない!」
ビリビリと直に伝わる"痛み"に体が悲鳴をあげる。
「くっ…」
「何だか私は孤独を感じるよ」
自分を頼ってくれないに。
「…るしいよ」
本当は誰にも気づかれたくなかったのに。
「苦しい!息ができなくなるくらい苦しいよ…!」
「……」
「わからない!苦しすぎて混乱する!」
こんな弱い自分を誰かの前に再び晒すことになろうとは思っていなかった。
ずっと自分のなかだけで完結しようと決めていた。
なのに隣で静かに次の言葉を待っている奴はわざわざそれを引き出そうとする。
「苦しいよロイ…」
「私の存在は無視か?」
急に苦しさが軽くなる。
その反動で力が抜けた体が壁にぶつかった。
ベッドに腰掛け、普段見せない反則の笑顔でこちらを見つめる。
「私以外にも中尉たちもいる」
「ロイ以外には言えないよ…」
すでに歪みのループから抜け出せない世界に変わってしまったのに。
もしもこれ以上の要素を加えてしまうと完全に歪曲した異常な未来が形成されかねない。
「あまり俺のことばかり気にしていたら世界が歪むぞ」
「歪む要素があるならそれを正す要素があるはずだ」
どうしてそんなに自信があるんだ?
「それとも、やはり私は信用してもらえていないということかな?」
「痛…」
「おっと、すまないな」
絶対にわざとだ。
チャンネルが全開になったままの感じ取った"痛み"に顔を歪めるばかりだ。
「人間電波受信機は大変だな」
「誰のせいだ…って俺が危ないやつみたいじゃないか」
「おや、君は危険人物じゃなかったかな?」
嫌みな笑顔。
ちょっとくらい殴っても問題ないだろう。
「ほんっと、君ってバカだよね」
俺って完全にロイ依存症だ。
しかも重症の。
「ならばお前は究極のバカだな」
私は依存症だな。
困ったことにかなり重度の依存症。
「お前が全開にした受信機、責任取ってもらうからな」
「自分が電波受信機だと認めるか」
しまったという顔をしてももう遅い。
「どうせ俺は電波受信機だよ…」
大きくため息をつく。
ん?
何だか気分が楽…なような?
「またロイにしてやられたってことか…」
「ようやくわかったようだな」
偉そうな態度にさすがにムカついた。
ドアを叩く音がして中尉の声が聞こえた。
「どうぞ〜」
「待…」
開けられた瞬間また意識はブラックアウト。
そっか、リザさんも…。
「やっと起きたか」
"痛み"で目が覚めた。
最悪な目覚めだ。
「はい、おはよう」
明らかな不機嫌顔にロイが吹き出す。
「だから言っただろう。その顔はやめろと」
どうやらツボにはまってしまったようだ。
こんな姿のロイ、俺しか見られないよね。
「あ〜、中尉に悪いことしちゃったね…」
「適当にごまかしておいた」
「勇気あるね…」
バレたら俺も危ないんじゃないのか?
不安が過ぎるが恐ろしいのでこれ以上考えないでおくことにする。
「仕事が溜まってるぞ?」
「…それも考えたくなかったよ」
どうやらまたぶっ倒れるときは近いようだ。
やはり早々に昇進しておけばよかった。
「中佐が〜!!!」
フュリー曹長の悲鳴が響くのはこの二日後…。
薄れゆく意識の中でやはりいつか本気で仕返ししてやることを決心していた。
あとがきという名の言い訳↓
とりあえず、元ネタわかった方、友達になってください(笑)
それはさておき、大変申し訳ないことに最終章にはいる前に書かなきゃいけないことがあるのをすっかり忘れていました。
まだ解説しきっていないのでもう1話分くらい入る予感が…(汗)
…というか恋愛要素はどこいった!?
中尉との関係はどこにいった!?
書きたい話があるのでそれも入れたくなってきました。
最終章はすでに出来上がっているのですが…。