「囮ねぇ」
だからって、
俺に女装させようなんてひどいと思うが。
29. 護衛
「それで、例の通り魔はどうなった?」
昼下がり、いつものように睡魔が襲ってくるためは机に体重をかけていつ寝ようかとタイミングを計っていた。
女性ばかりを狙った卑劣な犯人。
未だ捕まらない犯人に怯えて近頃は女性が夜に出歩くことが少なくなった。
軍は何をしているのかと抗議も多数。
しかしは緊張感まるで無し。
「昨日もまた現れた」
「すっかり職業化してるねぇ」
「笑い事じゃないぞ」
妙に気持ちの悪い笑顔(失礼)のロイ。
どうせまたよからぬことを考えていることは長年の付き合いでよくわかっていた。
今回は一体どんな悪巧みをしているやら。
「そこで、だ」
「失礼します」
タイミングよくホークアイ中尉がドアを開け、紙袋をロイに渡す。
「ホークアイ中尉に頼むのは忍びない。と、いうわけでお前がやれ」
「…中佐がやるんですか!?」
勢いよく飛び上がったハボック少尉。
「何を?」
「何を、って…」
部屋にいる者たちの視線がロイへ向けられる。
「話していなかったか?」
「だから何をだ?」
「囮捜査だ」
はホークアイ中尉の取り出した服を見たまま口をあけて硬直していた。
「俺に、これを着ろと?」
「そうだ」
どう考えても彼の趣味だ。
「いや、さすがにこれはどうかと…」
「似合うぞ、おそらく」
もう一度服を見てみる。
いやいや、これはかなり…。
「白いな」
「ああ、白い」
「真っ白だ」
「買ったばかりだからな」
「だ・か・ら!俺は黒以外は着ないって言っただろう!」
眠気も吹っ飛ぶ自分の声。
「軍服意外、黒じゃないと着ない!」
机をパンパンと叩いて抗議する。
「ならば仕方がないな。ホークアイ中尉に頼もう」
「待て!それはダメだ!」
「ならばどうする?」
しばし考えた後、ロイは適材を発見。
「なるほど、フュリー曹長に頼めば…」
「それもダメだ!」
かわいい部下に危険なことをさせるわけにはいかない。
上官らしからぬ発言だがロイはがこう言うことをわかっていた。
「ならば…」
急にまじめな顔になるから身構えてしまう。
「命令だ。着たまえ」
「ぐっ…」
悲しいかな、ロイは大佐では中佐。
「上官命令だが?」
「…楽しんでるだろう?」
「これも軍人としての仕事の一環だ」
そう言われて今一度その服を眺める。
何が悲しくてこんなひらひらした服を着なければならないのか。
はいっそのことさっさと昇級しておけば良かったと最大級に後悔していた。
「…断ってなきゃ今頃少将くらいにはなってたのに」
「ん?何か言ったか?」
「何でもないです…」
ん?何だ?
この異様な期待に満ちあふれた顔は…。
ロイはともかく、ハボック少尉を始め…リザさんまで!?
「さぁ、とりあえず着てみたまえ」
「今!?」
「そうだ」
中尉が表情には出さないが嬉しそうにその服を渡す。
そんなに期待されても困ります。
どうせ男が女装なんてしてもすぐバレるだろうし。
彼らの期待を裏切ればいいというだけだ。
そうすればあきらめて別の作戦を立てるだろう。
「…じゃ、着替えてくる」
「いってらっしゃいませ」
そう、期待を裏切れば良いんだ。
期待を裏切れば…。
ものの見事に作戦は失敗した。
「な…」
驚いたハボックがタバコを落とし、あわてて拾った。
「…ひゃ〜!」
股はスースーするし、何より歩きにくい。
「中佐!よくお似合いです!」
子犬が喜ぶように見上げてくるフュリー曹長の笑顔。
「!なぜ女性として生まれてこなかった!?」
そう言われても俺が決めたんじゃないからどうしようもないが?
「う〜ん、惜しい!!」
何が惜しいんだい、ハボック少尉?
「女装の才能までお持ちだとは…」
…嬉しくない才能だ。
女装の才能があっても役には立たないと思うよ、ファルマン准尉?
「これなら大丈夫でしょうねぇ」
ブレダ少尉、俺はあんまり大丈夫じゃないよ?
「同姓から見ても何ら問題ありません。むしろモデルか何かになられては?」
同姓?
中尉、そんなにまじめな顔で言われたら冗談に聞こえないよ…。
あぁ、涙で前が見えない…。
「よし。先ほど説明したとおりにをガードする」
「どうせガードなんてしてくれないくせに…」
「その服で動き回る気か?」
返す言葉もございません。
…というか命令で無理矢理着せたのは誰だ!?
「今日の19:00から作戦開始だ」
もうどうにでもなれ…。
は流れに身を任せることにした。
こんなにやる気満々の彼らを見たのはいつ以来だっただろうか?
逆に自分のやる気は地の底に付くほどだが。
誰もが振り返る長身の麗しき女性(正確には男性)
流れる銀に近い金の髪。
瞳は澄んだ紫(薄いガラスを被せた)
ホークアイ中尉の歩き方講座でマスターした女性らしい歩き方。
作戦通り、は適当な場所を闊歩する。
それに合わせてロイたちは移動していった。
は既に足が痛くなっていた。
はき慣れない靴で長時間歩くというのはキツイ。
次第に人通りが少なくなっていく。
できるだけ小道の方へ移動していく。
ロイたちはちゃんと付いてきてくれているようだ。
「おねぇさん、今暇?」
来た!
思わず心の中でほくそ笑む。
絶対犯人はアホだ!
「俺と遊ぼうよ〜?」
手に握られていたのは刃渡り約15センチのナイフ。
斬りつけてきたら攻撃開始。
は逃げる素振りをした。
喋ってしまえば化けの皮がはがれてしまう。
「逃げたら切っちゃうぞ〜?」
どうぞ。
はやくこの服を脱いでしまいたい。
通り魔(仮)はナイフを振り上げて一気に斬りつける。
これで(仮)ではなく通り魔に決定。
「手を挙げ…」
「…君のせいでこんな格好させられたんだぞー!!!」
服に含まれていた静電気を利用して雷を落とす。
一撃必殺。
怒りのあまり溜めに溜めていたパワーが炸裂した。
「は〜、すっきりした」
一仕事終えて汗を拭う仕草をする。
キラキラと歯を輝かせる。
「何をするんだ!」
ロイがつかつかと近寄って来た。
心なしか前髪が焦げているような気がする。
「あぁ、ちょっと失敗。ごめんごめん」
もちろんわざとだ。
ロイが範囲内にちょうど入っていたのでついでにやってみたというだけだ。
「俺は護衛される側じゃなくて護衛する方が性に合ってるからね」
満足そうに腰に手を当ててふんぞり返る。
「…なぜ私のところだけシールドがなかったのかな、中佐?」
ものっすごいロイの笑顔。
まずい…。
「じゃ、俺は帰りますよ〜」
部下たちが通り魔を取り押さえている間に逃げることにした。
ここまでロイがお怒りになるとは。
…というかちょっと愉快なことになってきた。
通り魔は一人じゃなかったようだ。
「うぉ〜っとぉ、切れてな〜い」
ロイから離れたところで通り魔その2に斬りつけられた。
「!!」
もし移動してなかったらロイが危なかったよね。
焦がしたのに感謝してほしいな。
「さ、触らせろ」
「誰を?」
「お前だ、お前」
「………俺!?」
しっかり喋ってしまったので男だとバレてしまったはずだが?
「………もしかしてこっちの趣味の人?」
「綺麗な奴なら誰でもいいんだよ!」
どういうわけだか興奮気味の通り魔さん。
「中佐!離れてください!!」
「逃げろ!!」
「いいから触らせろ!!」
…おもしろいのでもう少し様子を見ることにする。
こういうタイプの人間は初めてだ。
ロイたちも自分が通り魔その2の近くにいるので攻撃するわけにはいかないようだ。
「男でも良いってこと?」
「そうだ」
言い切ったよ…。
気が付けばかなり通り魔その2との距離が縮まっていた。
「!」
ロイが放った炎が火柱を作る。
「ぎゃ〜!!」
どっちが叫んだのか。
は急に目の前で火柱が上がった上、はき慣れない靴のためにバランスを崩した。
地面が迫ってくる。
…と思ったら痛くない?
「…ロイ?」
「早く退いてくれ…」
もしかして、もしかしなくてもロイが?
「あ、えと…」
「女性に押し倒されるなら大歓迎なのだが」
は思わず目を離す。
被せていたガラスは振動で外れてしまった。
こんな真っ直ぐに自分の目を見られるのは嫌だった。
「その色も見慣れれば綺麗だと思うが?」
「何か嫌だ」
「私は嫌ではない」
漆黒の瞳が真っ直ぐにこちらを捉えていた。
「あの〜…」
そうだった。
事故ではロイを押し倒していたのだった。
「うわ!何て事だ!!」
「失礼だな…」
はあわてて飛び退く。
「ごめんな、三十路の腰には衝撃がキツかっただろ?」
「まだ三十路ではない!」
「はいはい、ストップ。痴話喧嘩は余所でやってくださいよ〜」
その言葉にロイとはものすごい勢いでハボックを振り返った。
「俺は女性の方がいい!!」
「私もだ!」
部下たちは慣れたもので。
二人を置いてさっさと犯人を連行していった。
取り残された二人はしばらく口げんかをしていた。
そして夜は更けていく…。
「は〜あ、ロイのおかげですっかり寝不足だよ」
「それはこっちの台詞だ」
二人して執務室のドアを開ける。
「おはようございます」
朝一番にさわやかな挨拶をくれるのはホークアイ中尉。
「おはよう、リザさ…じゃなくてホークアイ中尉」
その言葉に苦笑するがどこか嬉しそうだった。
「おはよう、中尉」
「おはようございます」
今日もロイは溜まりに溜まった書類にホークアイ中尉の監視の元でサインをしていくようだ。
どうして毎度毎度こんなに書類が溜まるのだろうか?
無駄なところに頭脳を使いすぎなのかもしれない。
「ぃよう!」
ドアが壊れて吹っ飛んできそうな勢いで開いた。
「元気か〜?」
「おー!休暇、取れたのか?」
「ヒューズ…、ドアが壊れるだろう」
ふんぞり返って写真を取り出す。
「エリシアちゅわ〜んのために休暇を取ったのだ〜」
「で?その貴重な休暇に何で東部に?」
彼はいきなりまじめな顔をするので心臓に悪い。
「おもしろい話を聞いてな…」
「おもしろい話?」
「お前の女装写真があるんだろう?」
くあ〜!!
誰だ!
「何で知ってる!?」
「ん?そこにいる大佐に聞いた」
ものすごい勢いでロイを振り返ると、悪い笑顔でこちらを見ていた。
「友人にこの話題を教えないわけにはいかないだろう?」
「誰が写真撮ったんだよ!!」
全く気づかなかった。
「まぁいいじゃねぇか」
「俺は良くない!」
「で?問題の写真は?」
ハボックが立ち上がり引き出しから取り出した写真を渡した。
「これッスよ」
それを見たマース・ヒューズは一瞬動きを止めた。
「これは…!!!」
「すごいだろう?」
このアングルは…。
「フュリー曹長!」
「す、すみませ〜ん」
少しだけ低い位置から取られた写真。
加えて彼がいた場所は良く覚えていた。
「すいません、すいません」
「どうせロイが命令したんだろ。いいよ、曹長のせいじゃない」
その間にも友人二人はハボックから渡された数枚の写真に歓声を上げていた。
「な、惜しいだろう?」
「確かにな〜。こりゃすごい」
はロイの机から発火布を拝借。
「おりゃ」
「おわ〜!!」
「熱!!」
こういう時に手先が器用だと助かる。
「さすが中佐!大佐よりも見事な錬成で…」
「ハボック、後で覚えておいてね」
「…へい」
写真が燃えたことで少しだけ機嫌が良くなったようだ。
「中佐、お茶の準備をしませんか?」
その中尉の言葉に目を輝かせた。
「是非!」
中尉がドアを開け、先にを出す。
そして振り返り、彼らにウィンクをした。
それに部屋にいた者すべてが親指を立てた。
当然、ホークアイ中尉もこの写真を所持している。
「ネガ、ちゃんと残っているだろうな?」
「もちろんッスよ!」
「俺にもくれよ?」
「じゃ、すぐに現像してきます」
「任せたぞ」
「はい!」
は知らない。
この後、中央でこの写真が高値で取り引きされることを。
「なんだこりゃ〜!!!」