「…何だ、これは?」
机の高さが変わっていた。
21. 別離
「ロイ!」
ドアを足で蹴って開けたが飛び込んできた。
たまたまそこに居合わせたホークアイ中尉とハボック少尉はその行動に唖然とする。
普段の彼がそんなことをするなど想像がつかない。
「仕事をためるのも程々にしろ!」
せっかくの美しい顔が台無しだ。
「どうかしたのか?」
「あの大量に積まれた書類の山は何だ!」
ドアを思いきり叩く。
の机の上にはそれぞれ個性のある積み上げ方で書類が置いてあった。
白い紙が重なって作られたそれは平均して少なくとも30pはありそうだ。
それぞれの高さが微妙に違う。
「毎日毎日毎日毎日毎日毎日、仕事サボるのもいい加減にしろ!ぜーんぶ俺にまわって来てる!」
すっかり口調が変わるほどお怒りのようだ。
「もーういい加減怒ったからな!椅子に留めてやる!」
そう言って手を合わせ、手にはナイフが握られていた。
「なっ…!」
本気で投げるなどとはさすがに思っていなかったようだ。
紙一重で椅子から飛び退き、発火布の手袋をはめる。
「良い根性だな。上官に向かってそんなものを投げるとは」
「無能もいい加減にしろ!」
「誰が無能だ!」
「お前だぁぁぁ!」
「お二人とも!やめてください!」
はっとしてホークアイ中尉が制止に入る。
「この無能!」
「初代豆め!」
既に時遅し。
戦闘開始だ。
「だー!錬金術使って室内で争わんでください!」
「「うるさい!」」
投げられた光のナイフを避け、続けて小規模な爆発を伏せてやり過ごす。
「無理ッスね」
そう言った瞬間、東方司令部司令官室の窓とドアが吹っ飛んだ。
「今日からしばらくここで仕事をなさってください」
隅に置かれた机に花を飾る。
司令官室は窓が無くなってしまったために部下達と同じ部屋で仕事をすることになってしまった。
は机の上に無理矢理スペースを作って先ほどからひたすら両手で書類を仕上げている。
ロイのことは完全無視。
「全く、先に仕掛けたのは私ではないのに」
「書類を溜められていたのは事実ですよ」
さすがにこれは怒るだろう、とホークアイ中尉は書類の山を見た。
どう見ても彼の力をもってしても二日はかかるだろう。
昼間になっても飲まず食わずでひたすら書類を片付け続ける。
押しても引いても声をかけても銃を向けてみても反応はない。
ひたすら手を動かしている。
「中佐、このままで大丈夫なんですか?」
フュリー曹長はさすがに心配になってきた。
「そうね、さすがに…」
「でも何しても無駄ッスよ」
結局夜までこのままだった。
明らかに不機嫌そうな顔で机から立ち上がる。
「…帰る」
「お疲れさまでした」
恨みの視線でロイを睨む。
帰っていく後ろ姿はすっかりやつれていた。
翌日、早めに出勤してきたは何も言わずに机についた。
昨日と同じようにひたすら書類に手をかける。
急にの手が止まる。
「…ちょっと出てくる」
書類も残りわずかになった昼下がり、は立ち上がった。
「どうかしましたか?」
「いや」
一度ドアに向かったが、ホークアイ中尉の元へ歩み寄る。
「中佐!?」
軽く肩を叩くとすぐに部屋から出ていってしまった。
職務中にこんな行動をとるなど初めてのことだった。
「…?」
「何だ?」
二人の少尉はその様子に疑問符を浮かべる。
「よりによってこんな時に…」
ロイに知らせるわけにはいかない。
こんなところで火花を散らされては最悪だ。
一人じゃちょっと無理かもしれない。
でも差し違えるくらいならできるかもしれないが。
全く、どうして最近のヤツはこんなに爆弾が好きなんだろう。
『死の匂い』が全体に溢れている。
「地下か…」
地下を流れる水路を東方司令部から歩いて目的のものを探す。
「誰だ!」
反射的に身を隠した。
一、二、三、四、五、…七人か?
あと少しで設置地点なのに…。
「出てこい!」
そう言って出られる状態じゃない。
こんな体調じゃ満足に戦えないどころか…。
まぁ、俺の使命はロイを守ることだし。
…リザさん、約束破ってゴメン。
ドン!
「な、何だぁ?」
続けてさらに大きな揺れが東方司令部に起こった。
「大丈夫か!?」
すぐさま飛び込んできたのはロイだった。
「大丈夫ですが…、この揺れは一体…」
「わからん。とにかく急いで調べ…、はどうした?」
「さっき出てくるって言ってらっしゃいました」
机の下に隠れていたフュリー曹長が顔を出す。
「さっき?」
「この揺れが始まる前です」
「妙だな」
しかめっ面のロイが部下を見渡す。
「嫌な予感が当たらないといいのだが」
ドアを乱暴に開け放ったのはファルマン准尉。
「大佐!この揺れは爆弾によるものです!」
「場所は?」
「恐らくこの近くの地下水路と思われます」
「全員、地下へ!」
慌ただしくその場にいた者達はロイに続いた。
まだ砂煙の上がる地下水路。
東方司令部の敷地内からたくさんの軍人が水路へ降りていく。
「うわ、こりゃまたえらいことに…」
瓦礫で一部塞がっているところを開く。
「誰かが埋まっていないか探せ!」
それぞれが散らばり、被害状況を調べる。
半径50mは焦げ跡が広がっている。
「大佐!」
「どうした?」
「これ…」
男たちが山になって倒れている。
しかし爆風での火傷は見られない。
「これは…、がやったな」
彼が得意とする防護シールド。
しかし肝心の彼がいない。
「は…!」
「まだ…」
まさか。
まさかこんなところで。
そんなことは絶対に…。
「大佐…、これを」
そんなはずはない。
「これは“中佐”の…」
朱く染まった青い上着には佐官のラインに星が二つ。
「これ、中佐の…?」
「…名前、・」
朱く染まって見えにくくなった内側には名前が刺繍されていた。
「まさか、本当にの…?」
「そのようだ」
自分の声があまりにも冷静で腹が立った。
内心はこんなにも不安で仕方がない。
「こんなこと、嘘…」
ホークアイ中尉は上着の名前を指で追う。
ボロボロの上着は染みた血の重さでさらに破れてしまった。
「まだ、死んだと決まったわけではない」
出来るだけ力強く聞こえて欲しかった。
自分にも言い聞かせるようにマスタング大佐の口からそうこぼれる。
「ハボック少尉の隊はそこの瓦礫を、ブレダ少尉の隊はそこだ!」
どうか無事でいてくれ。
いや、絶対に無事に決まっている。
二日間の捜索が続いたが彼は未だに見つからない。
もう、ダメなのか?
いや、それよりも彼は本当に地下水路にいたのか?
いたとしてもきっと逃げ出しているはずだ。
しかしあの出血量では…。
悪いことを考え始めるとさらに悪いことを考えてしまう。
『ロイ』
ふと呼ばれた気がして顔を上げるが誰もいない。
もし自分が書類をため込んでに負担をかけなかったら彼は無事だったかも知れない。
普段からあまり文句も言わずに自分が溜めていた書類を片付けてくれていたのに。
後悔してもすでに遅い。
「何?どういうことだ!」
『落ち着け…って方が無理か』
見つかった?
が見つかっただと?
「何処で、いや、は今どこだ!無事なのか?」
『無事とは言えない』
一瞬息が止まった。
『しかもお前さんに連絡する前に消えちまった』
「消えた?」
『彼女の、さんの墓の前で倒れていたんだが、それを病院に搬送してすぐにどこかへ』
自殺行為だ。
ヒューズ中佐のその言葉が何度も頭の中を回る。
「それで、無事ではないとはどう、無事ではないんだ?」
息が詰まってしまう。
『まず大きいのは首の傷だ。うまく呼吸できるかどうか…。それから脇腹、肩、その他とかなり傷を負っていた』
自分の顔が引きつっているのがわかる。
手が震えるのを必死に押さえて冷静になれと言い聞かせた。
「大佐!大通りで殺人です!軍に要請が出ました!」
ブレダ少尉がノック無しにドアを開ける。
「ヒューズ、帰ってきたらまた聞かせてくれ」
『あぁ、気を抜くなよ』
「わかっている」
電話を置き、ブレダ少尉と現場に向かう。
頭の中はそれどころではないというのに。
「子供を盾に、か」
通行人を一人斬りつけた後にあの少女を人質に取ったということらしい。
「これじゃ身動き取れませんよ」
彼なら、ならどうするだろう?
『ちゃんと日頃から鍛えておけよ』
『万が一の時のために、1ミリのズレも許さないような訓練しておいた方がいいよ』
ついこの前言われた言葉が甦る。
「ぐあっ!」
悲鳴があがり、現実に引き戻された。
肩を押さえてうずくまる軍人がいる。
このままではやられてばかりだ。
「そこのマスタング大佐、死んでもらおうか」
「大佐!」
銃口が向けられ、ホークアイ中尉とハボック少尉が前に立ちふさがる。
銃口を向け合うがあちらには人質がいる。
「…」
思わず出た彼の名前。
一瞬目を閉じ、次に光を入れたときには既に彼らは地面にひれ伏していた。
「俺を、呼んだか?」
たかが二日なのに懐かしい声。
声が掠れて顔を歪めている。
「…?」
「お待た、せ」
地面に降り立つが体重を支えきれずに膝をつく。
急いで駆け寄ると怪我の大きさに背筋が凍った。
「首、押さえてない、と、息できなく…て」
申し訳なさそうに笑うが顔色がよくない。
白いカッターシャツは白いところを探す方が難しかった。
咳き込むと地面が朱く染まった。
「急いで病院に…」
「でも、よかった。俺、ここまで来ら、れるか、わから…」
この状態で生きていられる方が不思議だ。
『死ぬなら東部がいい。ロイやリザさんがいるしね』
その言葉を思い出し、思わず声を荒げる。
「わざわざ戻ってくるなんて…!」
「ロイに、謝っておかないと、って」
「中佐!」
泣き出しそうな顔をしているのはホークアイ中尉。
「あぁ、中尉。ただ、いま」
「心配ばかりかけて…!!」
怒っている場合ではない。
「早く病院へ!!」
もう失いたくなかった。
大切な…。
「しばらくは安静にしておくように、とのことだ」
その言葉に困ったような安心したような笑みを浮かべる。痛みを忘れた身体でなければとっくの昔にショック症状で死んでいたかもしれない。
「で…」
「喋るなといわれただろう」
よく内臓がはみ出さなかったな、と医者に言われるほど脇腹の傷は酷かった。
ペンとスケッチブックを渡しながらその事を思い出して眉間に皺が寄った。
『今回ばかりは死ぬだろうと思った』
笑顔でそんなことを書かないで欲しいものだ。
「どうして知らせなかった」
『君を巻き込むだろうと思って』
右手が使えないため、左手を器用に動かして返事を書く。
『俺が君を守るって言ったでしょ?』
こんなに怪我をしたのに。
「確かに言った。しかしこんな…!」
『仕方がないよ。俺はそういうヤツだから』
無鉄砲。
確かに昔からそうだ。
大切な人のためにたった14歳で軍の元に。
真紅の瞳が不思議そうにロイを見ている。
『死ぬのは怖くない』
「!」
ロイは近くの机を叩く。
「お前が死んだら悲しむ人間がたくさんいる!…俺を置いていく気か!」
「ロイ…」
「絶対に、死ぬんじゃない!」
「ごめん」
でも、俺は今、君を守るために存在するんだ。