27. 信頼関係















「は〜、暑…」

やる気なんて微塵もない。

昨日と今日の最高気温の差がものすごい。

もはや今日の業務は意識が朦朧とする中でするしかない。

夜出勤の方が絶対にいい。

「中佐、どうしたんですか?」

「暑さで腐りそうらしいですよ」

急激な気温の差についていけるほど肉体派ではない。

「こうなったら氷を錬成して…」

既に半分くらい腐敗気味。

は幸運にも水差しに水が入っているのを見つけ、手を伸ばす。

何の迷いもなく床にそれを撒く。

「おわ!中佐何やってんですか!?」

そんな言葉も耳には入らない。

いつもの方法で水をさっさと氷に換える。

「ふへ〜、気持ちいい〜」

「便利ッスねぇ、錬金術って」

「そりゃもう!」

満面の笑みに何も言えない。

「無能大佐と違って何でもできるし〜」

「…誰のことだ?」

感知できないというのは恐ろしい。

「あ〜、ロイね。そうそう」

「サボっていないで仕事をしたまえ」

いつになく偉そうな態度をとる。

「その様子を見ると溜まっていた書類の処理が終わったんだね?」

「当然だ」

こういうときしか威張れないもんね。

「俺も書類の処理はちゃんと終わってるからね」

「…そうか」

露骨に残念そうな顔をする。

「あ、俺は今日の業務は終了。ってわけで帰るから」

じゃあね、と手早く片づけをする。

「あら、お帰りですか?」

がドアノブに手を掛けた瞬間ドアが開く。

「あぁ、中尉。うん、お先に失礼」

入れ替わりには部屋から出ていった。

「最近何か変でッスよね、中佐…」

フュリー曹長がその言葉にハボックを見上げて言う。

「仕事が終わるとすぐにお帰りになられますよね」

ロイもその異変に気づいていた。

「そうだな…、ハボック少尉、フュリー曹長」

「何ッスか?」

「はい」

少しだけ考えてからロイはこう命じた。

は明日もこの時間に帰宅する。悪いが調査してくれ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。それって尾行しろってことッスか!?」

「そうだ」

この大佐に何を言っても無駄なことはよくわかっていた。

「何があってもその報告をしてくれればいい」

「はぁ…」

またもや大佐のせい…おかげで大変なことになりそうだ。




































「じゃ、お疲れさん」

翌日も同様に仕事が終わるとすぐさま帰っていく

「では行きたまえ」

「う〜い」

「行ってきます…」

あまり乗り気ではない二人だが職務時間中のことなので仕方なくロイの言うことに従った。

しかし完全に職権乱用だ。

日は完全に落ちて辺りには街灯の明るさしかない。

「完全に中佐の家の方向じゃないな…」

「どこに行かれるんでしょうね?」

だんだん街灯の数も減ってくる。

犯罪の匂いが濃くなっていくような気がする。

「やあ」

ふいにの声がして身を縮める。

そして声のする方向に耳を傾けた。

「明日の作戦の確認だ。それから情報を」

「もちろん、機密情報から大佐の行動パターンまですべてお任せあれ」

「そりゃ楽しみだ」

複数の男たちの笑い声がする。

「これは…」

想像していなかった展開に心臓の音がどんどん大きくなっていく。

「それで、明日の作戦については?」

「ロイの攻略法とホークアイ中尉の注意点だね」

ハボックのフュリーは顔を見合わせる。

大佐に何があっても手出し無用と言われているが…。

「あいつの錬金術は手にはめられた発火布製の手袋がないとできない」

「なるほど、それで?」

「だから普通の銃よりもむしろ水鉄砲で先に手袋を濡らしてやればいいってわけ」

何を企んでいる?

「銃の腕は全くなってないし、格闘技も本気の俺にはかなわない」

しかしこの最悪の予感が当たらなければいいが、とハボックは祈る気持ちだった。

「あとやっかいなのはその側にいるホークアイ中尉だね。彼女の銃は危険だ」

「どうすればいい?」

「それは俺にお任せあれ。俺も銃には自信があるからね」

中を少しだけ覗いた。

そこにはいつもの通り黒い服を着込んだと…。

「あいつ、まさか…!」

「間違いないですよ、『青の団』の幹部の一人です」

これでは手の出しようがない。

やはり一度軍に帰るしかない。

「じゃ、明後日決行でいい?」

「もちろんだ。同じ目的を持つ軍人がいてくれて嬉しいよ」

二人は再度顔を見合わせてその場から離れた。

一刻も早く大佐に知らせる必要がある。

























































「…なるほどな」

その報告を聞きロイは至って冷静に考えていた。

反対にホークアイ中尉は表情に出ないよう必死で押さえているようだった。

「そんな…、まさか中佐が…?」

「ならば仕方あるまい」

ロイは椅子から立ち上がり、勤務表を確認する。

は明日は午後出勤だな」

そしてロイは午前中に駅の視察がある。

「どうやら駅でと会えそうだ」

「大佐!?」

不敵な笑み。

「どうやら本気で私と戦いたいようだな」

もはや回避不可能だ。

ロイは闇夜に目を向ける。

この闇が消え、光が満ちたときには二人は対峙することになる。
























































早朝、予定通りに駅に視察に出かけた一行。

「あ、おはようロイ」

大佐の予想どおり、は駅に現れた。

「視察ご苦労さん」

「まだ勤務時間になっていないはずだが?」

軍服を着込んだはびしっと指を指す。

「折角午前中が休みなんだからそこの喫茶店からマスタング大佐の仕事ぶりでも見ようかなってね」

じゃね、と手を振るとは行きつけの喫茶店に入っていった。

「…予想通りッスね」

小声でロイに話しかけるのはハボック。

「大佐!伏せてください!」

予想以上に早かった。

「誰だ!」

「東部解放戦線『青の団』だ!おまえには死んでもらう!」

その声がしたと同時に局地的な大雨。

もちろん人為的なもの、錬金術による雨だった。

「悪いけど、銃は没収」

リザの後方にいきなり現れたは構えられた銃と装備された銃を抜き取る。

「なっ…!!」

人間の早さとは思えなかった。

「ごめんね、リザさん。この中で一番君が怖いんだよ」

、あなた…!」

「さてさてみなさん、後はお好きにどうぞ〜」

駅舎の上に腰掛けてもはや傍観者を決め込んでいる。

「よし、かかれ!」

一気にロイたちを取り囲む。

4,50人といったところか。

!本気なのか!?」

「うん。割といつも本気なんだけど?」

「ならば仕方がないな」

ロイが懐から取り出したのは常に装備された銃。

「君が撃っても当たらないよ」

は駅舎から降りてきてわざと距離を縮める。

「以前の私では、な」

何の躊躇もなく銃を向け放つ。

「なっ…!」

「大佐!!!」

の体が傾く。

「…さすがに急所ははずしたか」

膝をつき、血の溢れる傷を押さえる。

「ロイ…」

「まさか君が敵に回るとは思っていなかったが」

そして再度引き金を引いた。

声もあげずそこに倒れ込む。

「マスタング大佐!何て事を…!!」

「かかれ!」

予備の発火布を取り出す。

「我が目的の前に立ちはだかる者は何人たりとも許さない」

ここで中尉は違和感を覚えた。

「これは一体…?」

軍人たちを取り囲んだ者たちを一斉に吹っ飛ばした。

「取り押さえろ」

その声に唖然としていた軍人たちはあわてて取り押さえにかかる。

「…大佐」

「大佐!何も殺さなくても…!!」

ハボックがロイに詰め寄る。

ロイはハボックに背を向け、に近寄ると軽く頬を叩いた。

「早く起きろ。誤解されるだろう」

「…やはりそうでしたか」

「やはり、って??」

ロイに撃たれたと思ったは鬼の形相で勢いよく立ち上がった。

「ロイ!実弾撃つとは聞いてないぞ!」

「あぁ、言ってない」

その言葉に拳をわなわなと震わせる。

「ふ・ざ・け・る・な!どうしてくれるんだ!痣ができたぞ!!」

そう言って服を捲り上げる。

きっちり青あざが二つできていた。

「すぐ治る」

「しかも聞いてたより血のりが多い!!」

絵の具で真っ赤になった軍服を脱ぎ捨てる。

しかし中のシャツにまで絵の具は浸透していた。

「空砲って聞いてたから寸前まで油断してたのに…。もし全くシールドする時間がなかったら死んでたぞ!」

「そうだろうな」

悪びれる様子など全くない。

が錬成に間に合ったから良かったものの。

錬成が間に合わなければ間違いなく本当に逝くところだった。

「な〜んだ…、そういうことだったのか…」

ハボック少尉は突然襲われた虚脱感でその場に座り込んでしまった。





















































「と、いうわけ」

あはは〜、と気の抜けた笑い声をする。

「本当に敵に回ったのかと思いましたよ〜ぅ」

鼻水まで垂らして喜んでいるのはフュリー曹長。

「中佐!先に言ってくださいよ!」

「全くだ」

ハボックはともかく、ロイに向かって思い切り睨みつける。

「実弾撃った奴が何を言うか!」

青痣になってしまった腹部を押さえる。

「ほんっっっとうに痛いんだぞ!」

「まぁそういうこともある」

「せめて空砲を撃て!空砲!」

机をバンバンと叩いて抗議する。

「う…」

その振動が痣に伝わったようで、は腹を抱えて蹲ってしまう。

「中佐!」

「だ、大丈夫だよ中尉…」

ため息をついて床に座り込んだ。

「ま、何となく実弾を撃つんじゃないかとは思ってたけど」

「最初からそのつもりだったが?」

その言葉にあきらめの表情でロイを見上げた。

「少々無茶されても俺なら大丈夫だし」

もう慣れたよ、と笑う。

「おまえのものは俺のもの、俺のものはおまえのものってやつだ」

「私のものは私のものだが?」

言うと思った。

しばらくは派手に笑っても痛いだろうし、激しい運動などもっての他だ。

「ま、でも一応責任はとってもらわないとね。俺の外回りを君に差し上げよう」

「…………よかろう」

一応実弾を使ったことに関しては悪かったと思っているようだ。

「さ、皆の衆仕事仕事」

そして何事もなかったかのようにいつもの業務が始まる。

もうこの二人がどういった関係か心得ている。

慣れとは恐ろしいものだが。





















「…悪かったな」

「ん?」

執務室で二人きりになり、思いもしなかった言葉が聞こえての顔が崩れる。

「…よせ、美形が台無しだ」

「そう?」

「痛覚が鈍っているおまえですらかなりの痛みがあるのだろう?」

は困ったな、と手を頭にやった。

ロイにこう言われるのは苦手だ。

「あ〜、別に良いよ。気にしてないし、俺が黙ってやったことだし…」

この雰囲気に耐えられないといった様子で視線を泳がせる。

「悪かった、と思っている」

椅子から立ち上がり、の正面に立つロイ。

「…近い近い」

真っ直ぐ見つめるロイの瞳を直視できない。

自分の罪に染まった真紅の瞳を合わせることができない。

「すまない」

温かい手が頭を撫でる。

「あのさ、俺っていつまでも子供扱い?」

「私にとってはまだ小さな子供だ」

「豆は禁句だよ?」

今はその手を素直に受け入れることにする。

自分にとって大切な、大切な人だから。





大好きだよ。






































「失礼…おわー!!!」

間が悪い。

「あぁハボック少尉、どうしたの?」

「お邪魔したようで…」

ようやく理解した。

誤解だ!

「待て少尉!これは…」

「ロイ、その説明の仕方はまずいと思うよ?」

「お邪魔しました〜!!」

走って逃げるハボックを必死で追いかけるロイ。

結局一人だけ部屋に残されてしまった。

「どっちが子供なんだか」

まぁいいか、とは部屋を後にする。

ロイの机には最初に出会ったときに撮った写真。

今も昔も変わらない信頼関係。

このまま続くことを願う…。