この世の中ってものはひっじょ〜うに住みにくくなっていると思う。
そう、この東方司令部もまた然り。
26. 権力
「来た来た来た来た来た来た来た」
「何が来たんだね?」
朝からの周りでは殺気のオーラが四方八方構わずに飛び交っていた。
「ロイ、今日は何の日?」
「東方司令部の視察の日だが?」
その言葉によってさらに殺気のオーラが増した。
「誰が来る?」
ロイは、あぁ、と声を上げた。
「ハクロ将軍だな」
「ん?今何と?」
「ハクロ将軍だ」
負のため息を思いきり着いた後、はロイの肩に手を置く。
「俺、帰る」
「ダメだ」
「頼む、今日だけ!今日だけ見逃してくれ!!」
切羽詰まったの様子にさすがのロイも一瞬怯んだ。
「あああああのひとだけはだだだだだめだ!」
「ほほほ本当に苦手なななんだな」
ガクガクと揺さぶられているロイは舌を噛まないのが不思議なくらいだ。
ついでにも反動で揺さぶられてみる。
「失れ…いぃ?」
タイミングが悪かった。
ハボック少尉が見たときにはロイとの顔の距離、約5p。
「中佐、中尉が怒りますよ?」
「なっ…、違う!断じて違う!」
「俺はロイと恋仲になんてなりたくないぞ!」
こんな事をしている場合ではない、とはロイから離れてドアの前に立つ。
「ロイ、今日だけは絶対にダメだ!俺は帰る!」
勢いよく開けるものだからたまたまドアを開けようとしていたホークアイ中尉と正面衝突。
「きゃ…」
「中尉!」
さすがに軍人だけあって反射神経は良い。
ホークアイ中尉を支えて安堵のため息。
「ごめん、ちょっとロイが…」
「大佐がまた何かなさったんですか?」
ホークアイ中尉を素早く立たせると、は逃げの体勢に入った。
「今日だけ!悪い!」
自慢の足を武器に廊下を疾走した。
「中尉、彼を止めろ!」
反射的に銃を抜いて足下に発砲する。
もちろん、当たるわけがないと思ってのことだ。
「うわ!発砲禁止発砲禁止!」
やはり飛んで逃げるが勝ちである。
は実にスムーズに翼を作って窓から飛び立った。
「今日は有給休暇にしてくれ〜」
空では勝ち目がない。
「…と、逃げてきたのは良いけれど」
する事がない。
暇すぎる。
軍服でうろついていたら何かあったのではないかと市民の皆さんが心配するだろうし。
「あらお兄さん、綺麗な目ね」
黒い髪。
瞳はどこか危険だ。しかしどこか見覚えがある。
「それはどうも」
そんなの様子にその女性は微笑んだ。
いや、これは微笑みではない。
「あなたの大切な人を置いて飛び出してきてよかったのかしら?」
「どういうこと?」
「あなただから教えてあげるのよ」
全身黒を身に纏った女性は手を振りながら去っていく。
「大切なら傍で守ってあげないと取り返しのつかないことになるわよ」
「ご忠告どうも」
ロイが危険であれば決まって響く警鐘は鳴っていない。
も同じように手を振って東方司令部の方へ視線をやる。
「くそ将軍のいる東方司令部なんかには帰りたくないんだけどなぁ…」
しかしあんな事を言われてしまったら帰るしかない。
「あのおっさん、顔だけは似てるもんなぁ」
旅立つ前に必ずイモを大量にくれて少し困ったっけ。
「だ〜からイヤなんだよな、自分からイヤミ言っていくのは」
やさしかった大きな池の近くに住んでいたおじさん。
…いや、あの人はあんな顔をしなかった。
人を見下すような、あんな胸が悪くなるような顔は。
ハクロ将軍が到着して、東方司令部はにわかに騒がしくなっていた。
「ふん、無駄に金をかけている割に大した働きがないとはな」
「申し訳ありません。まだ結果が出ておらず…」
「いつになったら出るものかね?」
その言葉にさすがのロイも顔を引きつらせる。
がいるときには絶対にこんな事はないはずだが、イヤだと本人が言っているのだから仕方がない。
中身はまだほんの子供なのだから。
ロイは自分の甘さに苦笑した。
「じきに成果を出します」
ロイの後ろにいたホークアイ中尉、ハボック少尉はその言葉に顔をしかめた。
「大した自信だ」
そう言い捨てた途端、ハクロ将軍以下護衛の部下達が表情を固くした。
「こんにちは、ハクロ将軍。あなたも相変わらず大した自信。でも自信じゃ腹はふくれないよね」
開いていた窓に突然現れた影。
背後からの光に表情は読みとれないが、危険な色をした真紅の瞳だけがはっきりと見えた。
「・…」
「お久しぶりです、ハクロ将軍。窓から失礼します」
形勢逆転。
ロイは思わずしてやったりの笑み。
そのすぐ後ろに控えたは今だ背中に光を背負っていた。
「ニューオプティンはいかがですか?」
どうしてこんなにも将軍クラスがのことを恐れるのかホークアイ中尉とハボック少尉は不思議だった。
が一歩出ると将軍は一歩引く。
部下達も心得ているようで二歩退いた。
「マスタング大佐、今回の視察は終了だ」
気まずそうに背を向けるハクロ将軍にロイは笑顔で敬礼をする。
「お疲れさまでした」
も同じように敬礼をしながらいつまでも背中を睨みつけていた。
「結局戻ってきたんだな」
「…うるさい」
照れながらホークアイ中尉が持ってきてくれたダージリンを口に運ぶ。
「でもあのハクロのおっさん、すごい顔してましたね」
くわえ煙草を嬉しそうに揺らしてハボック少尉が笑う。
「…そうだなぁ」
やはりあの顔をすると別人なんだってよく分かる。
「顔は…、似てるからなぁ」
「似てる?」
「いやいや、気にしないでくれ」
首を傾げるハボック少尉。
「でもどうして『中佐』なのに『准将』が恐れるんですか?」
「いい質問だねぇ、フュリー曹長。答は簡単、みんな俺に殺されたくないからさっさと逃げるんだよ」
流すように言ってカップに口を付けた。
「誤解を招くような言い方をする…」
ロイがいつもの事ながらうまくフォローしてくれる。
は面倒でもあるが、自分の口から言うことも少し気が引けるためロイに後を託した。
「豆の…」
「豆じゃねぇ!」
大きな音をたてて立ち上がったは、ばつが悪そうに咳払いをして再び椅子に腰掛けた。
「…頃から鬼だの獅子だの、鬼は違ったか?…とにかくこんな名前がつくぐらいだ。見当はつくだろう?」
「ははぁ、中佐の首を切りたいが万が一敵に回ったら国家転覆。軍の元に置いておけば仲間だから安全ってことですね」
「俺はロイと自分の敵になる奴がいたら仲間でも殺るけどねぇ」
「!」
笑顔で言う。
ロイは引き出しを開けてガムテープを取り出し、紅茶満喫中の彼の口を塞ぐ。
「ちょっと黙っていろ」
恨めしそうに見上げていたが諦めて紅茶のカップをテーブルに置いた。
それから深めに椅子に座ってお昼寝モードだ。
ふてくされてしまった。
「あの戦争を知る将軍クラスの人間はまず間違いなくを見たら逃げ出す」
「頭の固いおっさん達が慌てる様、ざまあみろって感じで」
ハボック少尉が思い出し笑いで顔を歪ませていた。
はどうやら椅子が固かったようで、ソファーに移って本格的に昼寝を始めてしまった。
もう止められない。
やめられない、止まらない。
「業務中に寝られては…」
薄目を開けたはロイが悪いと目で訴えていた。
ここまで来ると少し哀れに感じる。
あーあ、アイツら楽しそうだ。
は起きあがると口からガムテープを剥がした。
「いて!跡が残ったら責任取れよ?」
「自分で剥がして置いて何を言うか」
まじまじとロイを見つめてその髪に触れる。
「黒って良いよな、黒は。俺も黒く染めようかな?」
「それは許可できないぞ!」
「ダメです!部下からのお願いです!」
皆が身を乗り出してきては思わず仰け反り、壁に後頭部を打ち付けた。
これ以上黒くなってもらっては…、という意見。
綺麗な髪だから、という意見。
どちらも正解だ。
「そ、そんなにダメか?」
「ダメだ」
「ダメです!」
つまらなそうに口を尖らせるあたりまだ子供だ。
全く、かわいいやつだ。