俺は一人じゃないんだってさ
23. ありがとう。 1
「復活」
首に巻かれた包帯を取ってみるとこの前よりはかなりよくなっていた。
「いたた、それ痛いッスよ」
ハボック少尉が首の傷を見て面白い顔になっていた。
「そっか?脇腹の方がもっと凄いよ?」
「…凄いって何ですかぁ」
フュリー曹長はもう半分泣いている。
そんなに酷いようには思えないけど。
「見たい?」
「いやだぁぁ!」
そんなに泣かれてしまうとは思わなかった。
「じょ、冗談だよ」
「当たり前でしょ。中佐、また包帯をはずして…!」
ホークアイ中尉が机の上に適当に置かれていた包帯を再び巻き始めた。
「中尉、もう大丈夫だから…」
「大丈夫ではありません!」
力がこもって少し絞首気味。
至近距離であの強い瞳が自分を少し見上げていた。
「いや、あのさ、本当にもう…」
ものすごい剣幕で睨まれてしまった。
「すみません」
外野からどよめきが聞こえた。
「中佐、しーっかり尻に敷かれてますね」
「あなた達、仕事は?」
そのままの表情で振り向くものだからハボック少尉以下三名は急いで自分の机についた。
さすがホークアイ中尉。
「首のところだけ生体錬成で…」
「また馬鹿なことを言ってるな」
イヤミったらしい言い方でご登場はロイ。
「半分くらいは本気だ」
「どうせ暇を持て余しているだろうと思ったからな」
ロイは自ら何かの瓦礫を持ってきたようだ。
「これを全て元通りに錬成しておいてくれ」
「自分で…」
「上官命令だが?」
このヤロー。
言いたいが口には出さない。
自分を気遣ってくれていることはよくわかっている。
「了解、マスタング大佐」
一応敬意を表して(表だけ)そう言うとロイの背筋に何かが走ったようだ。
「お前が言うと気持ちが悪いな」
「いえいえ、そんなことはありませんマスタング大佐」
またも背中に何かを感じたようだ。
「一つずついってみるか」
はあまり脇腹に負担をかけないように立ち上がり瓦礫の一部を取りだした。
「そうか、ロイがやったら燃えるんだったな」
急にほくそ笑んだにロイはさらなる悪寒に晒された。
「リザさん、今夜君に話したいことがあるんだ」
廊下で出会った彼は私を呼び止めた。
「わかりました」
少し怯えたような目で私を見ていた。
「俺の家に来て欲しい」
彼の長いまつげが少し震えているように思われた。
「ええ」
もう何が来ても怖くない。
の家は住宅街より少し離れたところにあった。
「散らかってて悪いんだけど」
この部屋にある物はほとんど本だ。
少し本の山が崩れているだけで、散らかっているとは言わない。
「座って待ってて。俺の好きなアレで申し訳ないけど」
自分だったらこんなに広い家で一人暮らしだときっと寂しい。
少ししてが戻ってくると良い香りが部屋に溢れた。
「ありがとう」
「いつもリザさんばかりにお願いしてるから、今日は俺が」
やはりどこか緊張した面持ちでソファーに腰掛けた。
「早速出悪いけど。俺の話、聞いてくれ」
「ええ」
一度目を閉じ、少しだけ深呼吸した。
俺の両親が妹の錬成に失敗した後、俺は本当に独りになってしまった。
もうどうせ失うものなんて無い。
手を合わせると背中に翼を作り、家に火を放った。
ようやくまともに飛べるようになったはもうここには帰らないと決心していた。
「さようなら」
一言だけ残して東に向かう。
小さな村にたどり着いたときには既に日が暮れていた。
今日は野宿になるだろう。
村に入るわけにもいかず、は入り口付近に座り込んだ。
金はあっても人と一緒にいたくなかった。
少しするとすすり泣く声が聞こえてきた。
その声はどんどん近くなってきて、どうやら村に向かってきていることがわかる。
「きゃ…」
声を上げたのは自分と同じくらいの少女だった。
すぐに視線をはずして目を閉じる。
誰とも関わり合いになんてなりたくない。
「ねぇ」
今だ泣き続けている少女が声をかけてきた。
は黙ったまま目を閉じていた。
「私、独りになっちゃったの」
独り。
その言葉に反応せずにはられなかった。
「お父さんもお母さんもいなくなっちゃった…」
少女は一瞬驚いた顔になった。
「俺の目、怖いだろ?」
わざと金色に輝かせてみせる。
「さっきは赤だったのに、どうして今は金色なの?」
「は…?」
何と的はずれな。
思った通りの返答ではなく、は一瞬戸惑ってしまった。
「猫みたい…、もしかして猫?」
ますますわけがわからない。
「猫なわけないだろ」
「じゃあ誰?」
「誰って…」
この場合ちゃんと人間だと言うべきだろうか?
いや、そんなことより早く追い払わないと。
「どっか行けよ」
「私もここにいる」
さらにわけがわからない。
「俺は独りで…」
「だって、家にはもう誰もいないもん」
「帰れ」
「ヤダ!」
折角自分のいいように毛布をかけていたのに引き剥がされてしまった。
「何すんだ!」
「いっしょにいてよぉ…」
言葉に詰まって苦い顔をするしかない。
「…わかった。今晩だけだ」
言った後にかなり後悔した。
妹が泣いていたときにもわがままを言って譲らなかったことを思い出したのが失敗だった。
「ありがと」
「あ、おい!」
手を引かれて向かったのは木でできた小さめの家。
ドアの前で立ち止まってしまった少女は入ることに恐怖を感じているようだった。
自分から連れてきておいてそれはないだろう…。
「…ったく」
はドアを開けて先に自分が入った。
「ほら」
手を差し伸べると自分と同じくらいの手が触れる。
「うん」
「お前、名前は?」
「だよ。・。あなたは?」
あまりいない名字だと思っていたが、ここは東部。
父さんの出身は東部だから有り得ない話ではない。
「・だ」
「ファミリーネームが同じだ!」
泣いたり笑ったり本当に忙しい奴だと思った。
早朝。
ドアの前で綱引きをしている少年と少女がいた。
「やだ!帰っちゃダメ!」
「一晩だって言っただろ!」
服の裾をどうしても放さないとのやりとりは早一時間になろうとしていた。
「大体、俺に帰る家はない!」
「だったらいいでしょ?」
「よくねぇよ!」
かなり墓穴を掘ってしまった。
「何をやってるんだ」
油断しすぎていて気配が読めなかった。
思わず構えてしまう。
「、誰だ?」
重低音の声が警戒心を強めていく。
「だよ。昨日私と一緒にいてくれたの」
「どうしてそんな目の色をしている?」
知っている!
自分の目がどんな意味を持つものかを知っている!
姿勢を低く身構えていつでも攻撃できるように警戒する。
「まるで手負いの獅子だな」
「お前なんだよ!」
「『太陽』だよ」
「は?」
振り返ると嬉しそうにこちらを見ている彼女がいた。
状況把握が間違っているのではないか?
「だから、『太陽』さんだってば」
「俺は自分の名前を捨てた。が付けたその名が今の俺の名だ」
「すっごい錬金術師なの」
の様子からすると悪い奴ではなさそうだが。
「、少し彼を借りていくぞ」
「え〜」
「すぐに返す」
勝手に話が進んでいる。
「おい!ちょっと…」
「すぐ返してね?」
「あぁ」
「俺の意思はどこいった!」
予想外の素早い動きで『太陽』はの腕を引いた。
すぐそこにある彼の家まで引きずられてしまった。
警戒態勢を解かないに『太陽』と呼ばれる男は胸の前で手を合わせる。
傍にあった植物に手をあてるとその植物はみるみる大きくなっていった。
「…お前も見たのか?」
「風の噂で兄夫婦も自分の娘を蘇らせようとして命を落としたと聞いた」
父さんとよく似ている目元。
どこかへ行ってしまった弟がいると父さんから聞いていた。
「まさか兄弟揃って人体錬成をしようとするなんてな」
笑った顔がそっくりだ。
「この通り、足を持っていかれた」
『太陽』の右足は機械鎧だった。
「それだけの対価で済んでいるということはかなりの錬金術師って事か」
「と言ったな。私の元でさらに錬金術を磨け」
思っても見なかった言葉に呆気にとられる。
「技術、戦闘、知識、私が知り得た全てのことをお前に教える」
人体錬成をしてあれだけの被害で済む者はいないだろう。
「本気か?」
「俺に残された時間はあまり多くはない。今のうちに伝えておきたいからな」
「どういうことだ?」
「いつかわかるさ」
はぐらかされてしまい、どうも納得できない気持ちがから離れなかった。
「とにかく明日から家に来て錬金術の修行をしろ」
「俺はもう錬金術は完璧だ!」
「お前はまだ見たに過ぎない。それを全て使いこなせるのか?」
言葉に詰まる。
確かにろくに錬金術の勉強をしていなかったのに急に全てができるわけではない。
「…わかった」
何をしたいというわけではないが。
中途半端なままの錬金術では満足に使うことができない。
悔しいが今は『太陽』に教わるしかなかった。
帰るところがないと言うと『太陽』はの家に住めと言った。
当然反対したが聞き入れてもらえない。
再び家のドアに手をかける。
「あ、おかえりなさい!」
しばらくその言葉を聞いて入り口に立ち尽くしてしまった。
懐かしい。
「どうかしたの?」
エプロン姿のが心配そうな表情でやってきた。
「別に…」
「何?」
わざとやっているのかもしくは素なのか。
「俺、『太陽』のところで錬金術の修行をすることになったから」
「もしかしてここに一緒に住んでくれるの!?」
「…そうなる」
その時の彼女の笑顔は一生忘れられないものになった。
あれからずっと『太陽』の元に通っている。
分かっていても使いこなせていない錬金術だと理解したときはとても悔しかった。
「まぁまぁだな」
「…くっそ、何でうまくいかないんだよ!」
「それは仕方がないことだ。お前は光を錬成することができる唯一の人間だ。俺も適切なアドバイスができるとは限らない」
自分がいかに無力であることを思い知らされた。
「おかえりなさい。お疲れさま」
どういう訳か彼女の笑顔を見ると落ち着く。
「ただいま」
「今日ね、赤い屋根の家のおじさんにと私って家族みたいだねって言われたの!」
家族、か。
もうと暮らし初めて一年は経つ。
何というか、…悪くない。
「そっか…」
少しだけ笑ってみせるとは満面の笑みで自分を見ていた。
「嫌って、言われるかと少し思った」
すぐに表情を変えた。
昔の俺だったらきっとそう言っていたはずだ。
「…嫌じゃ、ない」
自分の表情がそんなにおかしかったのか、は笑いが止まらない様子だった。
それから、はよく風邪をひいた。
元々そんなに体が強い方じゃないと赤い屋根のおじさんが言った。
「大丈夫かよ?」
「うん」
できる限り自分でお粥を作ってみるが正直なところ上手くできてはいない。
いや、かなり下手だ。
「ごめん…」
「が作ってくれたの?」
赤い顔をして俺を見つめていた。
「そう、だけど。不味かったら言ってくれ」
自分が作ったものがどう評価されるのか。
の心臓は大きな音をたてていた。
「ちゃんとおいしいよ」
思わず拳を作る。
「本当に?本当?」
「本当に本当」
妙にコイツを抱きしめてやりたい気持ちになる。
だけど、他人を抱きしめるのは
きっと怖いことだろう。