民家再生部会
 


 かつて市内の街道筋には、町家と呼ばれる民家が並び、良好な町並みが形成されていましたが、現在は見るも無惨な状態になっています。こうした状況をなんとか打開したい、今ならまだ間に合うと考え、私達のグループ活動が始まり、古い民家の調査と記録などを行ってきました。これまでの実績を踏まえて、これからは「民家バンク」と呼ばれる組織の設立を目標に、民家再生を地域社会の中に広く普及させるための活動を展開して行こうと考えています。

前田 哲男


1、民家調査からスタート

民家再生部会は、山口県建築士会に委託された「山口市住宅マスタープラン推進事業」の中で誕生し一九九六年九月の初会合から本格的な活動が始まった。この会合には、民家再生という新しい課題に関心を抱いている市内の建築士や大工や研究者などの専門家がつどった。このとき、自分達が興味を感じている古民家を、自らの手で実際に調べてみること、その良さを体験することが大切であるという考え方が合意され、私達の部会活動は民家調査から始まった。


◆山口市の古民家

 古民家とは戦前に建てられた民衆の住宅であり、農家や町家と呼ばれる。筋かいや火打がなく、さらに布基礎もないのが構造的特徴であり、現行の建築基準法や住宅金融公庫の仕様書とは別世界の構法で建てられている。こうした古民家が、戦災や大災害の被害を受けていない山口市内には至る所に散在している。
山口県内には、柳井などに妻入りの町家があるが、市内の石州街道や萩往還には他県でも良く見られる平入りの町家が軒を連ねている。寄棟屋根の農家においても近隣県と明らかな形態的差異は認められないものの、「中門造り」「釣屋造り」と呼ばれるものが多く存在している。「中門造り」とは、もともと矩形であった本屋に、台所や納戸や和室などの部屋を突出させたものであり、台所中門、納戸中門、西中門などと呼ばれる。また「釣屋造り」とは西側の本屋と東側の納屋とを屋根で一体化したもので、その場所は主に作業空間として使われている。

◆『山口市の民家』の刊行

民家調査において市内に現存するすべての古民家を調査対象にすることは不可能なので、地元の人々に愛され親しまれている古民家を重視するという視点を導入し、調査対象とする古民家を選定することにした。そのための第一次調査として、各町内会に推薦を依頼した。推薦された古民家の内、すでに出版物で紹介されているものもあったのでそうした古民家を除外し、さらに地域の片寄りがないように、最終的に一九軒の古民家を選定した。この選定された古民家について、現地で建物の実測や住み手への聞き取り調査を行い、それらを『山口市の民家』(一九九七年三月発刊)にまとめた。なお、この冊子では第一次調査で収集した古民家と、すでに出版物で紹介されている古民家を一覧表にまとめており、この冊子そのものがある意味で山口市の古民家データベースとなっている。
 この冊子では、現地調査をした古民家を、一軒、見開き二ページで紹介している。そしてそれぞれの解説では、住み手への聞き取り調査に基づいた建物の歴史を記述している。多くの古民家は何らかの形で増改築が加えられており、そこには様々なドラマがある。建物の紹介は外観や内部の写真が中心になっているが、それらとともに実測調査で作成した現況平面図を掲載した。またヒアリング調査によって建設当初の平面が判明したものについては、復元平面図と当時の部屋の呼び名を合わせて掲載した。さらに古民家を構成する特徴のある部材の形、破風や格子などの形を写真で収集したが、改めて日本の家づくりや木造技術の素晴らしさを感じることができた。


◆調査から見えてきた課題

 この冊子を刊行する作業とともに、この中で今後の課題を次のように整理している。

一.各種マニュアルの整備

 「住宅の老朽度に関する判定マニュアル」、「実測図面作成業務とその報酬に関する基準」、「耐震性強化に関するマニュアル」、「高齢化社会に対応するためのマニュアル」、「民家再生の基本図面集」といった各種マニュアルを整備する必要がある。

二.新しい機構を創設するための研究

 「古民家登録機構」、「古材のリサイクルセンター」、「地場産業の育成機構」、「職人大学」といった新しい機構を創設するための調査研究が必要である。

三.広報活動

民家再生の世界を多くの市民の方々に訴えるための活動が必要である。

 ここで「古材のリサイクルセンター」は「古材バンク」、「古民家登録機構」は「民家バンク」と一般的に呼ばれている。民家バンクとは住み手のいなくなった古民家を維持管理し、新たな住み手を捜す機構である。こうした機構を山口市内にも作っていきたいというのが当時の私達の夢であった。
 なおこの民家調査期間中にあたるが、九六年一一月に岡山県の古民家再生工房代表の矢吹昭良氏を招いてシンポジウムを開催している。現実社会の中には、重要文化財としては漏れた民家という方が圧倒的に多く、それをどう住み継いでいくか、具体的にどのような設計上の可能性があるかといった実践的な議論が交わされ大変参考になっている。

■2 なぜ民家再生か
 
◆心の豊かさと地域の個性…地場産業の復興

 これからの住まい・まちづくりにおいては、様々な選択肢がある。また住環境の整備といっても、それは区画整理や市街地再開発などの都市計画的手法による大手術だけではない。地域には地域の特徴、つまり個性がある。日本全国が画一化された環境になっていく傾向が見られるが、そうした画一化の傾向に歯止めをかけるべきである。つまり風土(気候や地形など)の違いによって各地域の住環境や住文化には特徴があり、その個性を十分生かす修復型のまちづくりに注目するべきであると私達は考えている。
 ところで住宅は家族のための私的なものである。しかし、良好な住環境を作ろうとするとき、住宅は地域の環境に貢献するかけがえのない資源であると考えられる。物の豊かさから心の豊かさが求められている現代、日本の多様性を形作っている古民家に注目すべきである。画一化された冷たさからは心の豊かさは生まれてこない。心豊かで個性豊かな住環境の整備にあたっては、既存の生活環境の様々な特徴、つまり地域の形や風景を尊重すべきである、と同時にそれを実現していた生産体制を尊重すべきであると考えている。住まいづくりはかつて、地域の資源や人を生かした地場産業であった。この意味で民家再生を推進することは、職人技の継承と地場産業の復興の世界につながる。

◆地球環境問題…ストックとしての古民家

 地球環境問題から社会のあり方を考えたとき、「大量生産・大量消費・大量廃棄」型社会から天然資源の消費を抑制し、環境への負荷が軽減される「循環型社会」を構築していこうという趨勢になっている。戦後の住まいづくりを考えたときローコストを狙いすぎて、あまりに寿命の短い住まいを供給しすぎてきたのではないだろうか。私達は住宅をあまりに簡単に粗大ゴミにしてきたのではないだろうか。住宅の寿命を長くし、ストックになり得る住宅を増加させる必要がある。建物をすべて取り壊し更地にしてから、新しい環境を作り出すのではなく、歴史の蓄積による豊かさを目指すべきである。
 今でも人が生活している古民家は、その寿命の長さを現実が証明している。腐朽していない木材の寿命は長く古民家はストックになり得る住宅である。それは地域社会に流通してほしい本物の中古住宅であると考えられる。ゴミの抑制と住宅の再利用は、ゴミの最終処分場のことを考えれば、まったなしの状況にあると言える。持続可能な社会を目指した、循環型社会の形成のためにも民家再生を推進していくべきである。
 また木造住宅はもう一つの森林と言われる。地球温暖化の原因となる温室効果ガスのうち二酸化炭素の排出量が世界的に問題になっている。森林は大気中の二酸化炭素を取り込んで光合成を行いその樹体に炭素を蓄積していく。しかし森林が二酸化炭素の吸収源になり得るのは、樹木が成長している間だけである。樹木が朽ちるにつれて、蓄積されていた炭素は再び二酸化炭素となって大気中に還っていく。ところが樹木が木造建築物に変身したとすると、その建物が朽ち果てないかぎり、炭素をこの地上につなぎ止めることになる。この意味でも、良質な木造建築物を再生することは、森林の保護と同じように地球環境の保全に貢献する。

◆住宅の快適性…自然との共生

 古民家の室内は暗く、冬寒いとよく言われる。住宅の快適性を追求することは確かに重要なことである。しかし、行き過ぎた快適性の追求、機能性一点張りの設計には疑問を感じる。室内の均質的な明るさが豊かな生活空間と結びつくものだろうか。伝統的な日本座敷の美は陰影の濃淡によって生まれている。また冬暖かい住宅は魅力的である。しかしそれを追求しすぎて、四季や天気の変化を感じられない人工的環境に住むことが、私達の求めている理想だろうか。日本の四季の織りなす変化や、屋外の天気の移り変わりを楽しめる住宅の方が、豊かではないだろうか。もちろん病気のときや体力が落ちているときには冷暖房は必要である。しかし健康なときには、機械による冷暖房に頼りすぎない住まい、適度な暑さ寒さを楽しめる自然と共生した住まいを目指すべきであると考えている。

◆人工的環境とシックハウス

 人工的環境への過信はシックハウスという深刻な現代病を引き起こしている。新築住宅に引っ越した途端に不幸が待っていた、というのは本当に残念なことである。冷暖房のエネルギー効率を高めるために、高気密高断熱住宅が開発されてきた。高気密高断熱住宅で使用されている新建材、特にその建材の中で使用されている、接着剤に含まれる揮発性の化学物質が原因とされている。自然素材の欠点を補うために様々な新しい材料が開発されてきたが、もう一度、自然素材の良さを再認識すべきである。樹種による使い分けなど、自然素材を適材適所に用いていた古民家の家づくりの智恵を、現代の住まいづくりに取り入れるべきであると考えている。

◆問題にされた土間

 古民家に見られる土間の台所は、戦後の生活改良普及事業の際に問題にされた。しかし、今回の現地調査において、「正月の餅を大量に作るために、このかまどは壊せない」「この土間の台所では漬け物や味噌が作れる」といった話を聞かされると、戦後の住まいづくりの不備を住み手から指摘されたと感じられる。冷凍食品などの半調理品が普及している現代社会において、家事労働は以前より軽減されている。しかし、食品の安全性に関する情報に注意しながら食品を購入しなければならない生活より、食材の選定からすべて手作りで料理を作れる方がゆとりのある豊かな食生活ではないだろうか。
 土間は現代の専用住宅にはない、古民家特有の空間である。外部の延長としての室内空間であり、セミプライベートゾーンとして、住宅と地域社会をつなぐための中間領域としての役割も担っていた。そしてそこには、現代住宅では実現が困難な大空間の開放感や、歴史を重ねた大断面の柱梁に支えられた安心感がある。戦後の住宅計画では土間が否定され、多くの人々が悪いイメージを抱いているが本当にそうだろうか。

◆開放的な間取りとプライバシー

 廊下のない平面はプライバシーの問題があるといわれ、戦後は、子供の自立を願って、子供部屋が作られてきたが、その結果、様々な親子関係上の問題、家庭内暴力や不登校問題などが起きてきている。家族関係がしっかりしていれば、どんな住宅に住んでいても問題はなく、こうした問題のすべての原因が住宅にあるとは断言できない。しかし、人間は置かれている環境に左右されやすいということを考えると、戦後の住まいづくりにも、個人主義に基づく個室化をあまりに押し進めすぎたという点で、反省すべき問題があるのではないだろうか。子供の自立と家族の絆が両立する住まいを目指すべきであり、家族の絆を深めていた、古民家の開放的な間取りの良さの部分を再評価すべきであると考えている。

◆相互尊重とコミュニティ

 私達は民家再生を訴えているが、これは復古主義的、懐古主義的な主張ではない。地縁や血縁でがんじがらめに縛られていた封建的なコミュニティより、個人を尊重するコミュニティの方が自由で豊かな生活を送れると考えている。また、馴れ合い的な人間関係ではなく、契約関係を重視する社会の方が健全で現代的である。しかし、これも行き過ぎると、契約書に書かれていないから自分には関係ないという、悪い意味での官僚的、機械的な社会になってしまう。友人、夫婦、親子、師弟、隣人との関係などは契約によって成立するものだろうか。この意味で、伝統的なコミュニティの暖かさ、その良さを見直しつつ、相互尊重の精神に基づく、新たなコミュニティを形成すべきであると考えている。町家などの古民家が作る集落には、暖かいコミュニティを形成しようとする庶民の智恵が隠されている。

◆保存と再生

 保存と再生はどちらも古い建物を扱っているが、その目指す方向は正反対である。私達の活動は、住まいや町並みを過去の姿に厳密に復元するためにあるのではなく、豊かな美しい未来を構築するためのものである。民家再生は新たな生活スタイルを創造する世界でもある。また建物の機能が変化しても、住み手が変わったとしても、生き延びることのできた建物が、本物の価値を持っているものではないだろうか。そして、白紙から出発するのではなく、過去の家づくりや町づくりの良さを再認識し、悪い伝統を明確に否定するとともに、良き伝統を次世代に継承し、新しい伝統を創造していくことが重要であると私達は考えている。


■3 『民家再生のすすめ』の刊行

 一九九八年三月には、九七年度に行われた調査研究に基づいて、『民家再生のすすめ』を発行した。この冊子をまとめるにあたっては、民家再生を押し進めている先進的な事例として、京都の「古材バンクの会」「奈良まちづくりセンター」「今井まちなみ交流センター華甍」を視察し、その活動を紹介している。各地で地道に活動されている方々との交流は、たいへん有意義で刺激的なものであった。
 私達はこの冊子の中で、今なぜ民家再生かを古民家の空間的特色から説明した。この特色を、「町家型民家の作る町並み」「通り庭と吹き抜け空間」「都市のオアシスとしての中庭」「農家型民家の作る景観」「土間と吹き抜け空間」「庭と座敷」という六項目に整理している。
 表通りはにぎやかでも一歩、町家に踏み入れるとそこは静寂。中庭をふと覗くと緑も鮮やかに、まるで砂漠の「オアシス」を感じる心洗われる空間が存在する。農家の和室に鎮座し、障子と硝子戸を開放すると、縁側の向こうには家屋と一体化した「小宇宙」が出現する。こうした空間的特色は専門家だけではなく、一般市民にも共感を得られるものと考えている。

◆古民家の分布調査

 どの程度古民家が市内に残されているかについても、市内の代表的な四地域(町家が並ぶ中心部から一つの街道、農家が散在している郊外から三地域)を選択しその分布を調査した。この中で、伝統的な農家が郊外住宅地の景観の核になっている一方で、中心部の竪小路(萩往還の一部)については、無秩序な個別の建て替えによって状況が、一九八四年の調査(山口の街と町家調査研究グループによるもの)よりさらに悪化していることが判明した。この傾向がこのまま続き、歴史的な個性の何も生かされない普通の町になってしまうことはたいへん遺憾であり、民家再生を通して、歴史と文化の香りの漂う町並みを創造していく必要があると主張している。
また郊外住宅地には寄棟屋根の農家と共に、その屋根を和小屋に改造し、瓦葺きの入母屋と下屋で構成される二重屋根の形態もよく見られる。さらに建設年代は新しいが入母屋を多用した在来軸組構法の住宅もよく見られ、こうした屋根形状は山口らしさを演出する重要な要素であると考えている。

◆民家再生の計画案と事例

 この冊子では、住宅の耐久性に関する問題、民家再生の事例(二例)、民家再生の計画案(九案)を掲載している。民家再生の計画案を作成する古民家については前年に調査対象としたものから選択した。つまり町家型を一軒、農家型については、本屋だけの中門造りのものと、釣屋造りものの二種類とし、合計三軒の典型的な古民家を選択した。そして、家族構成を、一世代(老夫婦)、二世代(夫婦と子供)、三世代(若夫婦と子供と老夫婦)という三タイプに設定し、それぞれの家族の条件に対応した間取りを提案している。既存の架構を尊重しながらでも、様々な平面構成が可能であることが、この九種類の計画案に示されていると考えられる。
 また、メンバーの一人が、古民家に自分が住んでいないのに古民家に住むことを他人には薦められないという哲学で自発的に行動を起こしてくれた。改修の費用は自分が出すので古民家を借りたいと大家さんに直接交渉し実現している。現代の家づくりを風刺する名としてオールドハイム・ドマーリ(土間あり)と命名されたこの住宅を、この冊子の中で一つの事例として紹介している。ここには再生に必要とされたコストも掲載しているが、アルミサッシのリサイクル品を使用し、自分で出来るところは自ら工事をするなど、住み手自身の努力や工夫により、コストが押さえられている。
 さらに土台を取り替え、鉄筋コンクリート造のベタ基礎を新たに設けた本格的な民家再生の事例も掲載した。ここでは、再生工事がどのように進められるのかを実例の現場写真を用いて解説している。
 なお、この冊子を刊行した時点での民家バンクに対する私達の考え方は次のようになっていた。
「地球環境問題に関心が高まっている現在、民家バンクや民家再生は民間企業が行えるほど普及すべきものです。しかし現時点においては、一般の人々はもちろんのこと、地元の設計界や建設業界などの関係者の間にもまだ普及されていません。そこで民家再生の考え方やその手法を研究し、普及させるための新たな機構が必要とされていると考えられます。」



■4 活動の目的と内容

 一九九八年一〇月には、古い洋館を再生しそこを拠点とすることで、「山口住まい・まちづくりセンター」が設立されたが、私達の活動もこのセンターに所属する一つの部会として、活動を発展させることになった。このとき、活動の目的とその内容を次のように整理している。

一.目的 民家再生を広く普及させるための運動を展開する。

二.基本的な活動 次のような四つの活動が想定される。
   ・活動一 解体されようとしている古民家に関する情報収集
   ・活動二 民家再生の専門家(設計者・施工者)を育てる活動
        ・山口市や周辺市町村内における民家再生事例を収集し記録する
        ・交流会
        ・勉強会
   ・活動三 市民とともに民家再生を考える活動
        ・タウンウオッチング(古民家の分布調査)
        ・古民家の調査、見学会(オープンハウス)
        ・文化財登録制度の普及・啓蒙(一九九九年より追加)
   ・活動四 市民とともに民家バンクを考える活動
        ・古民家の登録
        ・古民家に住みたいと考えている人の登録
        ・古民家に対する支援の考え方
          民家再生支援基金設立の可能性の検討
          (地域環境の改善につながるような再生は、地域の人々からの支援を受けても良                      いと考えられるが、その基準やルール作り)

 こうした四つの活動の中で、民家バンクを立ち上げるには時期尚早と考えていた。そこで、活動三にあたる「市民とともに民家再生を考える」ために、民家再生オープンハウス、民家再生講座、民家再生相談会、民家再生展などの企画と運営が、その後の活動の中心になっている。

◆市民の反応

 山口では毎年秋になると、「アートふる山口」という市民主導のイベントが開催されている。ここには中心的イベントとして「小さな美術館」が多数設けられている。これは伝統的な町家などに住む住民が自宅の一部を開放し、代々伝わる美術品や手作りの作品を公開するという試みであり、まさに古民家という住まいの良さを人々に伝えるものになっている。私達の部会は、こうした「アートふる山口」の場や「住宅フェア」という場を借りて民家再生展を開催してきている。さらに先ほど紹介したオールドハイム・ドマーリでもオープンハウスを、再生された洋館のセンターでは、一般市民を対象とした民家再生講座や相談会を開催してきた。
 こうしたオープンハウスや民家再生展でのアンケート調査などから一般市民の反応を見ると、古民家に一度は住んでみたいと思っている方が、意外に多く、中古住宅としての潜在的な需要があるのではないかと見ている。
 さらに私達のこうした活動は、地元の新聞社や放送局によってしばしば紹介されていることもあり、数は多くはないが、様々な問い合わせがセンターに寄せられている。相談を受けた古民家の状態も、維持管理がしっかりできているものから、白蟻の被害や木材の腐朽がひどいものまで、千差万別である。また、自分の代でこの家を壊すのは忍びない。経済的にもどうしようもなくなんとかして欲しいというケース。道路改修工事のたびに路面が高くなり宅地の排水が悪くなってきているケース。周辺住民との折り合いが悪く、浄化槽を設置したときには排水を流す場所がないといったケースなど、様々な相談が舞い込んでいる。このように結論をすぐ出すことのできない相談もあり、苦慮しているというのが現状である。
私達の部会は主に建築士によって構成されているが、建築士に市民の負託に応えるだけのまちづくりに関する専門的能力があるのかが問われている。特に市内に隠されている問題を発見し、市民が何を望んでいるかを把握し、地域住民の合意形成をサポートできる能力が問われていると感じている。


■5 民家再生研究会などとの連携
 
山口県では民家再生をテーマとする活動が、市レベルに留まらず県レベルに発展している。山口県住宅課では建築士会に委託し、一九九九年七月に「民家再生研究会」を発足させている。この研究会の会員は県内の建築士であるが、私達の部会メンバーもこの活動に参加し協力している。
 民家再生を普及させるためには、様々な技術的問題を解決し、発注者と受注者の双方が有益となるシステムを構築する必要があり、そのために研究しノウハウを蓄積していこうという活動である。特に伝統的な木造軸組構法の構造耐力性能を評価する方法については、実務に必要なレベルの手法が確定していない。そこで古民家の実大実験、水平加力試験が二〇〇〇年夏に実施されたが、こうした実験の実施にも私達の部会は協力している。
 私達はできるだけ開かれた活動を目指しており、様々な他の団体とも交流を深めてきている。
 広島平和記念資料館メモリアルホールで、九九年一一月、広島県建築士会主催のシンポジウム「古民家再生とまちづくり」が開催された。私達は古民家再生工房の楢村徹氏とともに発表者として参加したが、ここで広島県建築士会の方々や楢村氏と有意義な意見交換ができたと考えている。
 さらにこの年の一二月には、日本建築士会連合会主催、山口住まい・まちづくりセンター後援の「地域住宅フォーラム・イン山口」が、さらに二〇〇一年の五月には、日本建築学会、住宅の地方性部会、山口研究会が山口市の菜香亭で開催されている。こうした会合への参加と発表を通して私達は地域情報の発信ととともに、多くの方々と交流してきた。様々な立場の第三者から、私達の活動に対する意見や評価を聞くことはたいへん有意義であり、活動の方向性を明確にする上で参考になっている。


■6 NPO法人としての活動

 現在このセンターは、パートナー型まちづくりを目指してNPO法人になっている。特定非営利活動促進法の別表に掲げられた「まちづくりの推進を図る活動」を行う団体として法人格が付与されている。民家再生は狭い意味では住まいづくりであり、まちづくりではない。しかし、まちは住まいを構成要素としている。住まいづくり支援を通してまちづくりへ、特に修復型のまちづくりへ貢献できるはずである。こう整理して私達の部会もこのNPO法人へ参加している。今までの調査研究段階から、非営利活動そのものを実行する段階にきている。
 かつて私達は、住み手のいなくなった古民家を維持管理し新しい住み手を捜すという民家バンクの活動を非営利活動そのものと捉えていた。右肩上がりの経済成長のもとに新築住宅の件数が増加している時代、あるいは新築住宅の建設が不況対策として捉えられていた時代にあっては、民家バンクの経営は困難を極めるであろうと考えていた。古民家を中古住宅として流通させることは、時代の主流と逆行することになるので、とても営利にはならないだろうと考えていた。しかし、現在は社会が大きく変化してきている。膨大な数の空き家が存在する時代になっている。国の第八期住宅建設五箇年計画でも中古住宅の市場整備が政策課題とされている。さらに特殊法人改革によって住宅金融公庫の廃止や都市基盤整備公団の独立行政法人化が検討され、市場重視の社会へ向かおうとしている。こうした状況の中で民家バンクは営利活動になり得る、むしろ多くの民間企業が企業メセナといったものではなく、ビジネスとしてこの分野に進出すべきだという新しい考え方が私達の選択肢の一つになっている。
 また、土地や建物の販売の斡旋や仲介、そして建物の設計、さらに建設工事は専門的な職能を必要とする仕事であり、無資格の業者が参入できない国の制度となっている。こうした業務をアフターファイブのボランティアで行うわけにはいかない。トラブルの発生を未然に防止すると共に、仮にトラブルが発生した場合でもきちんと処理のできる体制でないと問題である。民家再生は文化財の保護の側面もあるが、むしろ民間業者の営利活動となった方がより広く社会に普及し、質の高いストックとしての住宅が増加していくかもしれないとも考えられる。
 民家再生の大半の部分を営利活動と整理したとき、非営利活動とは具体的に何かが問題になってくる。アフターファイブの活動として継続していくためには、なぜこうした活動が必要になってくるかを、部会員の一人ひとりが納得できる活動内容にしていく必要がある。


■7 問題点と今後の活動方針

 民家再生に纏わる問題点は、建築技術的なものと非営利活動に関するものと二つある。非営利活動に関する問題点とその選択肢は前述したが、このNPO法人に「民家バンク」の機能を持たせるか否かにかかっている。つまり古民家のデータベースを作成し公開すること。古民家に住みたいと考えている人の登録。さらに民家再生支援資金の設立を実行するかにかかっている。「民家バンク」の業務は公益性が高く、民家再生部会の日常的非営利活動にするという考え方である。
 一方、「民家バンク」の内、新たな住み手を捜すことは不動産業務であり民間企業の仕事であるという考え方も前述のように成立し、現時点では方向性が定まっていない。
 建築技術的問題は、「耐震診断と耐震改修」「土壁断熱改修」「工事費積算の考え方」の三点が主なものとしてあげられる。

◆耐震診断と耐震改修

 災害の多い国土にあって、老朽化した古民家の耐震性能は住み手にとって関心事である。設計段階で全ての部材(古材)についてその使用可否を正確に判断することは困難である。特に隠蔽部分の劣化の度合いを事前に知ることは現在の技術では限界がある。しかし建物自体が存在しているわけであり、現場での何らかの実験によって耐震診断をすることが可能ではないかと思われる。こうした診断技術の開発が今後望まれるところである。
 また古民家の伝統的な構法の安全性は、定量化されることなく今日に至っている。そのため構造計算によって構造上の安全性を確認しようにもその具体的手法が定まっていない。特に伝統的な継手仕口を用いた場合、部材の接合部の扱い、そのバネ係数をどのように設定すればよいか定説がない。今後の実験データの蓄積が求められる。
 地元の職人技を用いて伝統的な古民家の構法で、大梁の見える大空間を有する新築住宅を設計することも考えられるが、このとき工学的手法による構造のチェックができないことはとても残念である。

◆土壁断熱改修
 土壁は熱容量が大きく、また湿度を調節する機能を持っている。古民家は開口部が大きく十分な通風が確保され、軒の出も深いので、温度の上昇や湿度の変動が緩やかになり、夏季には快適な温熱環境を提供してくれる。しかし、土壁の断熱性能はあまり良くなく、冬季には厳しい温熱環境になる。この対策として適切な断熱方法、暖房設備、換気方法を確立・普及させる必要がある。特に土壁の長所を生かす断熱施工方法の検討が求められている。

◆工事費積算の考え方
 再生工事契約に際しては、施主も施工者も共に納得できる金額で合意することが理想であり、そのためには、再生に係る工事費を的確に算出することが重要である。しかし、特に隠蔽部分の古材の劣化の度合いを事前に完全に知ることが困難なため、工事途中での工事費用の変更が発生する可能性が大である。こうした場合にどのように対応するか基本的なルールの確立と普及が必要とされている。

 民家再生に関わる主な問題点を列記したが、これ以外にも様々な問題点がある。しかし戦後の日本の歩みは美しい豊かな環境づくりをあまりに軽視しすぎてきたのではないだろうか。地方には地方の良さがあり、過去・現在・未来を橋渡す創造的な作業が今求められている。こうした問題点を乗り越えるだけの魅力が民家再生には存在し、一部の人々の趣味を超え市民権を得るべきであると私達は考えている。山口市が民家再生の先進地に変身するという夢を描いて、多くの方々の理解のもとに、地道な活動を今後も継続していきたいと考えている。