◇新借地借家法を利用したまちづくり
山口方式のスケルトン定期借地権マンションの提案
■1 中心市街地の現状
近年、地方都市では、住宅の郊外へのスプロール化による、中心市街地の人口の空洞化と、郊外大型店の進出による、商店街の衰退が大きな社会問題となっている。
山口とて例外ではない。たとえば、山口の中心市街地のひとつと言える大殿地区を例にあげれば、古き城下町の佇まいを残し、県庁、市役所、図書館、美術館、商店街といった、いわば行政、文化、商業圏すべてに近いという、住むための立地条件としてはとても恵まれた地域ですら、路地を一歩入ると、空地、駐車場が目に付き、住家も良く見ると空家が少なからずあることに気が付く。その要因としては、建物は老朽化しているが、建替えが難しい。間口の狭い地割のため土地の有効利用度が低い。モータリーゼーションの進歩などが考えられる。また、地主にしてみれば先祖代々の土地を、再開発だからといってそう簡単に手放せないのが現状である。
■2 活動の目的
この部会では、こうした利便性の高い市街地に、その空地、空家を有効に利用して、やすく住む方法を提案し、停滞している中心市街地の土地活用を、住宅によってうながそうとすることを目的としている。そして、その方法として、平成四年に施行された新借地借家法に基づいて、土地、町屋を借りることで、地主、入居者双方に好条件で市街地に住めないかを提案していくことにした。
■3 活動内容
部会活動の目的を踏まえ、現在、次の二つの研究課題について取り組んでいる。
第一 山口方式のスケルトン型定期借地権マンションの提案。
第二 定期借家による民家再生システムの提案。
いずれも今、空地、空家の活用方法として注目されている、借地借家法を利用してのシステムであり、その内容については、それぞれに説明する。
■4 山口方式スケルトン型定期借地権マンション
◆研究課題の経緯
平成六年度に策定された山口マスタープランのひき続きの推進事業で、空洞化の進む中心市街地での住まい方について議論が進められた。その中で、国土交通省(旧建設省)建築研究所の小林秀雄氏を中心として開発された「スケルトン型定期借地権住宅」、通称「つくば方式マンション」について研究会が発足し、山口でも定期借地権を利用して、新たな住まい方の提案が出来ないものか、学習会が開かれた。その後、この研究課題がこの部会に引き継がれ、具体的に検証することになる。
◆スケルトン型定期借地権住宅とは
スケルトン型定期借地権住宅(以後スケルトン定借と略す。)は、定期借地権の一種である「建物譲渡特約付借地権」を応用して、耐久性のある「スケルトン住宅(「スケルトン」という構造躯体と、「インフィル」という内装設備等を分割して考える住宅供給のこと)」を建設し、入居者が間取りや内装を自由につくり、住むもので、これにより住宅価格を低減し、良質な集合住宅を社会に供給することを目指している。
その仕組みを簡単に説明すると次のようになる。
六〇年間の定期借地権を設定し、併せて三〇年後の建物譲渡特約を設定する。三〇年間は土地は借地で、建物は区分所有の持家となる。建物所有者は土地所有者に地代を払う
三〇年間は、入居者は建物及び借地権を転売することができる。ただし、土地所有者が希望すれば優先的に買い取ることができる。
三〇年後に、土地所有者が建物を買い取る。これにより借地契約は終了し、建物は賃貸契約に移行する。
ただし、借家権は法的に保護される。土地所有者が三〇年後に建物を買いとらない場合は、そのまま六〇年後まで定期借地契約が継続する。
建物譲渡特約が施行され、入居者が建物を土地所有者に譲渡し退却する場合は、インフィルを除去(または無償譲渡)し引き渡す。
この場合の譲渡価格は、スケルトン再建築費の四〇%を目安とする。入居者が住み続ける場合は、三一年以降六〇年まで建物賃貸契約となり、その際、入居者は建物譲渡金を土地所有者に預託し、土地所有者はその返済金と基本家賃を毎月相殺していく。
これにより入居者は残りわずかの家賃と維持管理費の負担だけで住み続けられる。
六〇年までの間に、入居者が転居する場合は、預託金を清算(預託金の残額受取)し、インフィルを除去(または無償譲渡)し引き渡す。
六〇年後、家賃相殺契約は終了し、同時に建物の賃貸契約も終了する。入居者は退却に当たってインフィルを除去し、スケルトンを土地所有者に引き渡す。
スケルトン定借を理解することは、なかなか困難なことではあるが、新しい土地活用方法として工夫されているポイントをあげると次のようになる。
一、 三〇年後に建物を買い取ることで、確実に借地を終了する方法を採用している。
二、 三〇年後の時点で建物を買い取らず、さらに三〇年間借地を延長できる選択肢がある。
三、 六〇年後には建物が無償で戻ってくるため、建物の買い取りが子孫の世代の負担にならない。
四、 百年近く有効利用できる長期耐久性のあるスケルトン住宅を建てるため、建物の早期老朽化による経営失敗の危険を避けることができる。また、六〇年後も有効利用できる。
五、 事業コーディネーター(企業、設計事務所、公団公社等)が入居者を集めてから建物をつくる建
設組合方式(コーポラティブ方式)を採用すれば、建設資金も入居者負担で、地主は土地を貸地として提供するだけで、失敗のない土地経営ができる。
このように少なくとも六〇年間は、地主は満足のいく土地活用ができ、入居者も安心して住み続けることのできる仕組になっている。
すでに関東、関西圏ではスケルトン定借によるマンション事業が完成した実例もあり、また十数件の
プロジェクトが進行中である。
◆山口方式スケルトン定借への取り組みと検証
スケルトン定借は、かなり専門的な要素が多く、その仕組を理解するには、いろいろな角度から検証を必要とした。そのため数回に渡り、弁護士、宅建士、不動産鑑定士の方を交えての勉強会を、また、関西圏で第一号となるスケルトン定借型マンションを手がけられたコーディネーターによる講座を開き、そのノウハウの習得と、意見交換をおこなってきている。
そのほか、情報収集のため、スケルトン定借普及協会センターへの登録、コーディネーター要請講座への部会員派遣など、積極的な活動を展開している。
その中で、山口市内の中心市街地でのいくつかのモデルスタディも行われてきた。
大殿地区の遊休地における例をあげてみる。敷地面積九九〇平米(約三〇〇坪)の商業地域の土地に、景観地区に隣接していることもあり、低層階の集合住宅を計画したものである。
マンションは三階建ての一〇戸とし、一住戸当たりの専有面積は、一〇〇平米を基本とした。この建設費に掛かる入居者一世帯当たりの負担額を、山口で一般的に売り出されている郊外一戸建て分譲住宅と比較してみた。
その結果三〇年までの比較ではあまり差がみられない。
これは地価が低く、購入時のコストに差がないためである。
山口市郊外の地価は坪二〇万程度、ケーススタディとして取り上げた大殿地区ですら坪三十万程度と安く、スケルトン定借事業の成立の目安とされている地価坪五〇万とは開きがあり、これでは一般の分譲住宅と の価格格差が小さく、入居者にとって安く住めるという最大のメリットは半減することになる。
一一年度から、このスケルトン定借事業に関心をもたれた、県内在住の地主を交えて、実際に所有する土地でのケーススタディを重ねてきた。
このケースについては、具体的な事業展開向けて、別の民間の会を結成し、動き出しており、一三年度中には、一般的な入居者向けのセミナーを開き、策定した基本計画を開示し、入居者を実際に募集する予定である。部会では、現在、この事業に対して支援活動を行っている。
この計画の特徴は、分譲の価格設定にある。耐久性を維持するためコストを下げられないスケルトン部分は除き、インフィル部分について、完全なコーポラティブ方式を採用するのではなく、水廻りのプランを固定する。
間仕切りや収納部分の変更を最小限とし、内部仕上げのグレードの選択程度にとどめるなど、前もって基本的な部屋のプランを提示し、建設コストを抑えることにしている。これは、入居者の工事費負担を軽減し、少しでも安く良質の住宅を提供しようと考えているためである。
また、このことにより、二〇戸以上の多い住戸数でもコーディネートの対応が容易となり、土地所有者にとっても、地代、駐車場収入も増えことになる。
【勉強会の様子】 【地主を交えての定例部会の様子】
◆今後の展開と課題
本章のなかでも述べているが、土地所有者に対しては、六〇年後の土地の実質的な返還が確保されている。入居者が確定したから事業が始まるので空家による事業の失敗がない。事業に多額に借金を負わなくてすむ。相続税の低減効果があるなど、土地利用のメリットは大きいといえる。アピールの仕方によっては、先に述べた地主のように、興味を示される方はいるのではないかと思われる。
ただし、入居者に対しては、山口は地価が安い以上、価格面以外のところで、どのように付加価値を見つけ出し、それをいかに説明会などを開き、伝えるかが、山口でスケルトン定借が成立するかどうかの鍵といえる。
また、スケルトン定借の事業はその内容の複雑さから、かなり熟知した者の対応が必要となってくる。そのため、山口方式スケルトン定借の事業化には、コーディネーターの育成が不可欠であり、併せて、弁護士、不動産鑑定士、建築士など各専門家のバックアップ体制の確立も今後の課題である。
◇ 定期借家方式による民家再生
■1 中心市街地の問題点
中国山地につらなる山々に囲まれ瀬戸内海に面し、中心市街地を椹野川が流れる水と緑に恵まれた山口市は自然豊かな美しいまちである。また、第二次世界大戦で唯一空襲を受けなかった県庁所在地であり、中心市街地には現在も歴史的建築物や文化が随所に残っており、古き時代を感じることができる。
このような落ち着いた住みやすいまち山口市であるが、近年の人口減少・空洞化などで中心市街地には伝統的古民家の空家や、空家が取り壊された跡地が空地となって数多く点在している。それらは、利用されることなく放置されている。
中心市街地の空家
したがって、中心市街地の空洞化により増大している伝統的民家の空家ストックの有効活用が重要な課題となっている。しかしながら、
@土地所有に対する規範意識から空家の市場流動性が低い点
A住宅の構造材・屋根材・内外装材・設備の老朽化の進行に伴うリフォームコストの高額化
B民家の耐震性能評価法・耐震補強技術が確立していない点
C木造在来工法の冬季断熱性能の低さ等が要因となり、現在では古民家の空家が賃貸住宅市場に出現する頻度は極めて低く、その結果、空家化した伝統的民家は老朽化が加速度的に進行し、最終的には取り壊されている。
また、中心市街地にどの程度の空家が存在しているのかを調査していた。
調査の結果、空家・空き地は図のように示すことができる。
そして、道路幅員が四メートル以下の道路沿いに空家・空き地が数多く点在していることがわかった。
・調査対象地区 ・古民家空家プロット図 ・空家/空き地駐車場プロット図
■2 システムの概要
「定期借家方式による民家再生システム」とは、定期借家法もしくは旧借地借家法の特約条項を活用した一〇年から二〇年間の居住期間保障を行い、主に借主が自己資金で民家のリフォームを行う方式である。
このシステムの特徴は、賃貸借契約時において定期借家法及び旧借地借家法にプラスされる特約条項によって契約期間が保障されていることである。特約条項とは、まずリフォーム時に貸主は住宅の大規模改を認定すること。そして定期借家期間の一〇年から二〇年は居住期間を保障し、立退き請求権を放棄すること。また、借主にはリフォーム費用の負担と、契約期間終了時の原状回復義務の免除、買取請求権放棄が含まれています。現在、従来の普通借家契約と定期借家契約の二つの制度が並行していることから、普通借家契約には特約条項によって補うことが必要となる。
システム図
提案するシステムが示す契約方法には定期借家法と旧借地借家法の二通りが存在するが、結果として同じ内容を示しており、どちらの方法についても契約により居住期間が保障されていることが重要な点である。
このシステムのメリットは、借主にとっては個人のライフスタイルに合わせたリフォームが可能となり、一〇年から二〇年の長期居住が保障されていることによる安心感と、住まいの長期計画の可能性が得られること。
また、退去時の原状回復義務が免除されていることが挙げられる。一方貸主にとっては、空家をリフォームすることによって建物の資産価値が増加し、賃貸住宅として活用することでローコストでの民家の保全が可能となる。
また、建物の維持管理の手間がかかりません。
更に、期間終了時には確実に返却される。そして社会的には、空家の有効活用によってまちなか居住を促進する効果があり、更には市街地の活気を取り戻すことにもつながる。
また、伝統的古民家を保存するという観点から、地域文化である伝統的な景観を守ることができるという利点が挙げられる。
システムの計画的課題として、リフォームの範囲設定・費用分担・家賃に対する合意形成・確認手法、独自の標準契約書式の作成、仲介・設計業務内容の標準仕様についての検討が挙げられる。また技術的課題としては、伝統工法による継手仕口及び部材強度を実験により確認するとともに、民家の水平加力実験及び三次元応答解析により、耐震性能評価と耐震補強法の検討を行う必要もある。
またリフォームの主要課題となる民家の断熱性能の向上については、伝統民家の熱環境計測により断熱性能を確認し、リフォーム事例の計測及びシミュレーションをもとに断熱施工効果を確認し、併せて古民家に適した自然素材を用いた断熱工法の効果についても実験を行い、適用可能性を検討することが必要となる。
また、リフォームして賃貸住宅として貸し出した場合には、家主家賃にリフォーム代を加えたものが住宅費支出になる。借主がリフォーム代を負担するとき、リフォ―ム償還金を全額負担する場合と、スケルトン部分(主に構造材)とインフィル部分(主に内装材)に分ける場合とがあるが、住居費支出=家賃+リフォーム償還金は変わらない。
コスト分析図
■3 リフォームの手順
手順としてはまず、現在空家となっている古民家の実測調査を行う。次に調査結果をもとに、住宅の耐震性能・空間構成・老朽化・設備等について、どのような補強や補修が必要であるかを診断する。
そして診断から得られた情報をもとにリフォームプランを立てる。
リフォームの手順
リフォームプランを計画した後、改修に必要な費用を積算し、施工計画を立て、スケルトン・インフィルにおける貸主借主の費用負担区分を行う。
更に、住宅本来の家賃を算定し、その結果と改修費を合わせたものを戸建て賃貸住宅の市場家賃の調査結果と比較してコスト分析を行い、このコスト分析において、借主の改修後の住居費負担額が市場家賃内に収まれば、リフォームした民家は賃貸住宅として成立可能となる。
また、コスト分析の際には賃貸住宅として成立する住宅性能範囲の定義が必要となります。
そして賃貸住宅として成立可能であるということが分かれば、賃貸借契約を結びリフォームの設計施工に入り、リフォーム終了後、借主は入居することになる。以上がリフォームの手順である。
■4 成立可能範囲
グラフはリフォーム後の住宅が賃貸住宅として成立可能な範囲を示すものであり、横軸に住宅性能、縦軸にリフォームコスト+家賃をとっている。
成立可能範囲
家賃に影響する住宅性能は主に、その住宅の広さ・立地条件・築年数で決められるが、これらの住宅性能と家賃は必ずしも比例関係ではない
。
したがって住宅の家賃を示すRの曲線は、実際の住宅性能よりも家賃の下がり方は激しく、このような左下がりの曲線になる。この曲線Rと新築市場家賃RSNとの交点のXの値F3が新築の住宅性能レベルです。
リフォームコストと家賃Rをたした、トータルコストT2が新築市場家賃を下回る、F1・F3の間が新築レベルでの成立可能な範囲となる。
また、リフォームする際、必ずしも新築レベルまで達しなければならないということはないことから、同様に考えたとき、リフォームにより中古レベルの性能を確保できる限界性能と中古の住宅性能レベルの間(F0・F2)が中古レベルでの成立可能な範囲となる。
そして、古民家を改修保存するためには、その民家の性能が中古住宅の限界性能であるF0以下になる前にリフォームして、賃貸住宅として成立可能な範囲内にとどめることが重要となってくる。
■5 空家実態調査
リフォームを行うにあたり古民家に共通して見られる問題点は、トイレ・キッチン・風呂などの設備関係は新しくシステムに変える必要があるということ。
またダイニングキッチン、もしくはリビングルーム・子供部屋など、現代人に合わせた板張の部屋を設けたほうがよいということ。
主要な部屋の床もしくは壁・天井には断熱材を入れる必要があるということ。
そして、住宅の一部、特に北面には腐食の激しい部材が存在するので、この箇所も新建材と交換するか、または根継ぎして補強するなどの手段を施す必要があることが、空家実態調査の結果わかりました。
山口市内には数多くの空家化した古民家が点在しており、これら老朽化の進む民家の住宅性能が再生可能な範囲内にあるうちに、リフォームという形で手を入れることが大切である。
そのために、今後より多くの古民家の実態を把握し、実測調査とリフォームシミュレーションを行う必要がある。
以下の物件のうち黄金町の家は実際にリフォームを行い、システムに基づいた契約を取り交わして実際に居住している。Y邸に関してはリフォームのシミュレーションから改修費を積算し、コスト分析を行った。
|
築年数
|
間取り
|
設備
|
トイレ
|
キッチン
|
風呂
|
黄金町の家
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S5
|
5LDK(8和,6和,4.5和×2,3和,9LDK) |
水洗
|
システム
|
システム
|
Y邸
|
S5頃
|
5K(6和×2,4.5和×2,4和,4D) |
汲取
|
システム
|
五右衛門
|
Ha邸
|
T7
|
8K(6和×4,4.5和,3和×2,10D) |
汲取
|
土間
|
五右衛門
|
Hi邸
|
S20頃
|
6DK(6和×2,4.5和×2,2和,10DK) |
水洗
|
システム
|
五右衛門
|
N邸
|
江戸末期
|
5K(8和×2,6和×2,4.5和,4和) |
汲取
|
土間
|
なし
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水の上町32号
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S24
|
6K(8和,6和×3,3和×2,4.5K) |
汲取
|
システム
|
システム
|
野田西40号
|
T13
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4K(8和,6和,7.5洋,4.5和,4.5K) |
水洗
|
システム
|
システム
|
大手町26号
|
S25
|
6K(8和,6和,4.5和×3,3和,5K) |
水洗
|
システム
|
システム
|
大手町25号
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S8
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7K(6和×2,4.5和×2,3和,2和×2,12K) |
水洗
|
システム
|
システム
|
調査物件
■6 リフォームシミュレーション
前述したリフォームの手順に従って空家となった古民家の実測調査を行い、調査結果から民家の状態を分析・診断し、リフォームシミュレーションを行った。
そしてリフォームにかかる費用を積算し、実際に出回っている戸建て賃貸住宅の家賃と比較し、調査物件が賃貸住宅として成立可能かを検証している。
Y邸は、実測調査からリフォームシミュレーションを行いリフォームコストを積算して、市場家賃との比較を行っている。
さらに黄金町の家は、システムを適用した賃貸借契約を結び、実際にリフォームを行って居住している。
◇Y邸
◆現況
山口県防府市にあるY邸は、築七〇年・建築面積九六・八平方メートル・畳数四一帖・木造平屋建ての5LDK・切り妻・農家型住宅の田の字形平面です。
外観 台所
座敷
この民家の問題点は各室の独立性の低い田の字型平面と、台所が土間なので部屋から水廻りに行くのに履き替えをしなければならないことが挙げられる。構造的には、西側の和室(四畳半)の一部分が雨漏りしており、そのために天井・畳・床板が腐蝕していた。また、北面のタタミ廊下の大引きと敷居・鴨居が腐蝕していること。
そして住宅全体の建具の立て付けが悪く取り替える必要があった。
設備的な面では、トイレが他の水廻りから離れており使いにくく、汲取りであること。
そして風呂は五右衛門風呂の上、母屋から分離しており履き替えを余儀なくされる。
台所は土間でキッチンはタイル貼りの流しのみでした。
また、分電盤の容量が小さすぎるため、一軒家に見合った回路数のものにとりかえなければならない。
住宅の東部分の和室(六畳)は部材が比較的新しいことや、玄関から台所にかけての平面的な動線処理が不自然なことから増築されていることがわかった。
そして、この部屋の天井高は一八四五ミリメートルと非常に低く、現代人の生活には支障をきたし、また、東面に開口部が少ないため住宅全体が暗く、非常に寒いことなどが挙げられる。
◆リフォーム内容
まず、Y邸においてリフォームプランを立てる際着目した点は、空間計画として、水廻りを一ヶ所にまとめて利便性の向上をはかることと、天井高の低い部分を吹抜けにすることで圧迫感をなくし快適な空間を作り出すことであり、そして、借主を四人家族と設定した場合、現状では部屋数が少ないことから、もてあましている屋根裏空間を活用して子供部屋を追加した。
また、リビングルームをつくり土間に床を張ることで履き替えをなくした。
さらに、室の明るさを確保するために開口部を増やし、断熱性能を持たせるために、水廻りと台所・リビングルームには床断熱を施した。
Y邸 リフォーム前後平面図
以上のリフォーム費用を積算した結果、Y邸のリフォームコストは、約五四〇万円必要なことが分かった。
工事清算書
|
原価
|
消費税
|
支払額
|
大工手間
|
900,000
|
45,000
|
945,000
|
設備工事
|
512,530
|
25,626
|
538,156
|
電気工事・材料費
|
402,000
|
20,100
|
422,100
|
建具費
|
168,000
|
8,400
|
176,400
|
金物費
|
50,000
|
2,500
|
52,500
|
建材費
|
273,732
|
13,686
|
287,418
|
木材費
|
52,800
|
2,640
|
55,440
|
タタミ
|
126,000
|
6,300
|
132,300
|
アルミサッシ
|
387,500
|
19,375
|
406,875
|
左官工事
|
442,000
|
22,100
|
464,100
|
クロス
|
227,250
|
11,362
|
238,612
|
補修費
|
260,000
|
13,000
|
273,000
|
ごみ処理
|
300,000
|
15,000
|
315,000
|
諸経費
|
200,000
|
10,000
|
210,000
|
現場監理費
|
400,000
|
20,000
|
420,000
|
設計監理費
|
400,000
|
20,000
|
420,000
|
合
計
|
5,101,812
|
252,120
|
5,353,932
|
Y邸工事費内訳
また、Y邸の家主家賃は立地条件・住宅性能・築年数から三万五千円です。賃貸借契約期間を仮に一〇年とすると、一〇年×一二ヶ月でリフォームコストを割ったものと家主家賃を合わせると月々の家賃は八万円となる。
戸建賃貸住宅市場家賃プロット図
戸建賃貸住宅市場家賃プロット図は山口市街地に出回っている戸建賃貸住宅の家賃を居室畳数でプロットした図である。ここにリフォームシミュレーションを行ったY邸の家賃をプロットし、リフォーム後の家賃と市場家賃との比較を行った。その結果、Y邸のリフォーム後の家賃は市場家賃範囲内に納まっており、Y邸はリフォーム後も賃貸住宅として成立可能であるということがわかった。
◇黄金町の家
◆契約について
黄金町の家の契約方法は旧借地借家法に即した通常の契約に加えて特約条項を定め取り交している。 その特約条項を以下に示す。
@土地、建物ともに現状有姿による引渡し。
ただし、雨漏り等の大修理発生の場合は家主の責でもって行う。
A家主は借主による改築を認める。ただし一般常識慣習の範囲内であり、事前に家主の承諾を必要とする。
また借主はその費用を明渡し時に家主に請求出来ない。家主は改築部に関しては、現状回復を請求しない。
B賃貸期間は五年間とする。
ただし三年目、五年目の終了時に家賃変更その他の意思表示がある場合は、双方これを協議し決定するものとする。
また契約期間途中での解約に関しては、家主は賃貸期間終了日の翌日以降の解約を、借主は本契約締結以降の解約を認める。
また、その通知に関しては、家主は六ヶ月前に、借主は一ヶ月前に相手に通知しなければならない。
借主が通知しない場合は、借主は一ヶ月分の賃料を支払う。
C畳襖の現状復帰に関してはその費用の八割部分を借主が負担する。
以上の特約条項が普通契約に付加されたことで、通常契約にはない契約期間の保障が可能となり、借主による大規模改修を行うことができるようになった。
◆現況
山口市黄金町は山口駅前に位置し、中心市街地に立地することから非常に利便性に優れている。
建物は、築七〇年・建築面積一二七・〇平方メートル・畳数三三帖・木造平屋建ての5LDK・中廊下式・続き間座敷である。
外観 中廊下
民家の問題点は和室(六畳)の床組みと縁側の床板大引き・柱脚部が腐蝕しており取替えが必要な状態で、外壁は部分的に腐蝕・老朽化していました。
また、床の間の座板も老朽化して、漆喰塗り壁は所にはげており汚れていました。
床の間の奥に位置する納戸は床板が破損している状態でした。
建具に関しては、茶の間の収納部分の収まりが悪く、住宅全体の引き戸や窓の建てつけが悪い点が挙げられた。
そして台所の床レベルが他室よりも一段低いことから使い勝手が悪いことなどがこの住宅の欠点として挙げられた。
◆リフォーム内容
黄金町の家のリフォーム内容を挙げると、まずリビングルームと台所は床断熱を施して漆喰壁は塗り替え、天井をクロスに張り替えた。
そして、庭に面する窓を取り壊して掃き出し木製ペアサッシ+障子に変更し、濡れ縁とポリカ波板の屋根を新たに設置した。
また、台所とリビングルームの間にあった建具は取り除き、一部目隠しの腰壁を新設して続き間としている。その他に和室6帖の床組みを全てやり替え、縁側の床板を桧板にし柱脚部分を根継ぎしている。
住宅の西側の軒下収納に関しては、土間にモルタルを敷き詰めて防湿フィルムを貼り、外壁を修理して屋根は波板トタンとした。
そして、利便性を考え二段の棚板を新たに付け加えている。
また、床の間の裏の収納に関しては床が傾いて使える状態ではなかったことから、床を桧板で張り替え、ここにも新たに棚を設置した。リビングルームの収納は借主持ち込みの食器棚を既存の押入に設置し、鴨居を取り除き使い勝手の良い両開きドアに改良した。
設備・建具に関しては、トイレなど既存のまま使うことのできるものはそのままにしている。
風呂に関しては浴槽と水道のみだったところに、新しい浴槽とシャワーを備え付けて土間・壁・タイルの修理を行い、無垢板t=50でベンチを設置した。
リビングルーム改修前後
台所改修前後
黄金町の家リフォーム後平面図
◆コスト分析
以上のリフォームを行った場合、黄金町の家のリフォームコストは約三四〇万円かかり、契約期間五年×一二ヶ月でリフォームコストを割ったものと家主家賃四万円を合わせると月々の家賃は九万六千円となった。
戸建賃貸住宅市場家賃プロット図
山口市街地に出回っている戸建賃貸住宅の家賃を居室畳数でプロットした図である。
ここにシステムの実例である黄金町の家の家賃をプロットし、リフォーム後の家賃と市場家賃との比較を行った。
その結果、黄金町の家の方は契約期間が五年と短いことから、二〇畳から四〇畳の間では多少割高になることがわかった。
しかし、仮に契約期間をシステムが提案する一〇年としたときは、市場家賃範囲内に納まっている。従って、システムを適用する場合には少なくとも一〇年以上の契約期間が望ましいこということがわかる。
◆温熱環境
古民家が現代人に敬遠される原因として、冬期の寒さが挙げられる。
そこで黄金町の家では、リフォーム時にリビングルームと台所の床に断熱材を入れた。
そして、温熱環境実験により断熱が室内温熱環境にどの程度の効果があるのかを検証した。
実験結果である温度分布図は、室内の温度を色分けして示している。
温度分布図
年間で最も寒さの厳しい二月に実験を行った。
早朝五時、外気温二・二度のとき、断熱材が入っているリビングルームと台所は、前夜の余熱が残っていることから、他の部屋に比べて温度が高いことがわかる。
また、黄金町の家における二四時間の室内熱環境の変化を部屋別に示している。リビングルームと台所は夜、暖房を切っても他の部屋ほど室内温度が急激に下がることは無く、断熱材による蓄熱効果が見られた。
室内熱環境変化
■7 今後の課題
空家実態調査結果から古民家に共通して見られるリフォーム必要箇所は、現状のまま使用することが困難なトイレ・キッチン・風呂などの設備関係と、腐蝕劣化した構造部材、また冬季の寒さにある。
リフォームシミュレーションではこれらの欠点を補いつつ、現代人の生活に見合ったプランを計画しました。
その結果コストは約五四〇万円必要でしたが、定借期間が一〇年〜二〇年の場合は市場家賃よりも比較的安価に賃貸できることがわかった。
「定期借家方式による民家再生」の今後の課題としては、計画面では
@住宅性能評価のシステムとリフォームシミュレーション手法の確立
A費用区分のためのスケルトン・インフィルの明確な定義
Bシステムの普及方法と入居者の募集方法の検討。
また技術面では
@耐震性能評価と耐震補強法の検討
A断熱性能の確認と断熱施工効果の確認
B断熱工法の適用可能性の検討、などが挙げられる。