BACK
HOME
「YMOをご紹介」タイトルバナー
関係CDのレビューです♪ 今いるページです。 オリジナルを中心としたアルバムです♪ 雑誌「サウンドール」を紹介♪
YMO WINTER LIVE '81
Y.M.O. WINTER LIVE '81



記憶の糸をたどりながら、時代を駆け抜けたYMOをご紹介。
「音楽限界説」・・・音の組み合わせである音楽には、その組み合わせが
ある程度でそろえば、新しいものは出にくくなる・・・
というような事もささやかれはじめた頃。
世界の音楽を一変する動きが、日本から誕生した。
それは、音楽が世界に与える影響だけではなく、
当時その音楽に魅せられた少年少女たちの文化や、
人格形成にも大きな影響を与えた。
「シラケ世代」は実は、「シラケてなかった。」


● メンバーのお三方 ●
メンバー全員が、作曲・演奏し、(お笑いもし、)聴衆に媚びるよりも、
”いいもの”を作ることに重きをおく・・・こんなバンド世界を探しても中々ないですよね!


HARUOMI HOSONO HARUOMI HOSONO
細野晴臣
”ほそのさん”
vocal, bass, syuthesizer
作品
cosmic surfin'
insomnia
mass
the madman
エイプリル・フール
  細野・小坂忠・菊池栄二・柳田博義・松本零
はっぴいえんど
  細野・大滝詠一・松本隆・鈴木茂
ティン・パン・アレー(キャラメル・ママ)
  細野・鈴木茂・松任谷正隆・林立夫

はっぴいえんどは初の日本語のロックとして
後のミュージシャンに大きな影響を与えた。
RYUICHI SAKAMOTO RYUICHI SAKAMOTO
(RIUICHI SAKAMOTO)
坂本龍一
”教授”
vocak, piano, synthesizer
作品
tong poo
techno police
taiso
perspective
日本芸術大学時代から、各方面で活躍。
フォークシンガー
友部正人 のレコーディングでプロデビュー。
「私は泣いています」のヒットの
りりぃ
”バイバイセッションバンド”に参加。
このバンドは土屋昌巳さんもいました。
りりぃは現在女優で、金八先生にもでてました。(上戸彩のおかあさん役♪)

「戦場のメリークリスマス」以降、映画音楽にも進出、
「ラストエンペラー」でアカデミー音楽賞。(甘粕役で出演もしています)
バルセロナ・オリンピックの音楽監督。
「エナジーフロー」でオリコン初のインスト曲で1位。
現在、その活躍は日本だけに留まらない。
YUKIHIRO TAKAHASHI YUKIHIRO TAKAHASHI
高橋幸宏
(高橋ユキヒロ)
”ユキヒロ”
vocal, drums, synthesizer
作品
le femme chinoise
rydeen
ballet
chinese whispers
学生街の喫茶店で有名なガロのバンドに参加、おにいさんの関係らしいです。
サディスティック・ミカ・バンド
  高橋・加藤和彦・ミカ・高中正義・小原礼・後藤次利・ジャック松村
サディスティックス
  高橋・高中正義・今井裕・後藤次俊

ミカとは現在料理研究家の福井ミカさんです。
再結成ミカバンドのヴォーカルはモデルの霧島かれん
ミカバンドはイギリスでレコーディングとツアーもしていて、
YMO以前に海外進出しています。
ユキヒロさん加入以前はドラムはつのだ★ひろさんです。


1978
細野晴臣の「はらいそ」のレコーディングをきっかけに結成される。

ファースト・アルバムのレコーディングの前後に各ソロアルバム発売、
当然、それらの作品には、YMOとしてのアイディアが垣間見える

   細野
「コチンムーン」
   坂本 「千のナイフ」
   高橋
「サラヴァ」

この年の11月にファースト・アルバム
「YELLOW MAGIC ORCHESTRA」 発売。

アルファ・レコードのフュージョン・フェスティバルに出演。
この時、当時の
A&Mレコード の副社長の目に留まり、
海外デビューが決定。

最初期のロゴ


1979
YMO FUJI CASETTE

アメリカ版デビューアルバム発売。ジャケットとミックスが異なる
2ヵ月後には、そのヴァージョンが日本でも発売。
セカンド「SOLID STATE SURVIVOR」発売。
当時のブームを支えた曲のほとんどはこのアルバムに収録。

海外ツアー”トランス・アトランティック・ツアー”開始。
ゲストは矢野顕子・渡辺香津美・松武秀樹
当時、フュージョンのカテゴリーで語られる事が多く、実際にイベントも多かった。
アルファレコード  カシオペア が所属していたり、
渡辺香津美が、YMOにギターで参加したりということもある。
電子楽器が発達していなかった為、
音色的にブラス系の音が多かった為かもしれない?
この時、”チュウボウ”だった私は見事にトリコになりました・・・
人格形成に影響でてますかね?

シングル「テクノポリス」発売、
フジカセットのCMに使われる。


1980
ライブ・アルバム
「PUBLIC PRESSURE」発売


3rd アルバム
「増殖X∞MULTIPLIES」発売
ラジオでシュールなギャグをオンエアしていた
スネークマンショー
の存在を世間に知らせた
この時から、スネークマンショーもブームとなる。


ライヴ・アルバム、ミニ・アルバムの発売は、
当時、爆発的な人気でありながら、
アイテムが二枚しかない為に、緊急発売的にリリースされたものだった。


第2次ワールドツアー
”YMO WORLD TOUR ’80開始。
ロサンゼルスから衛星中継される。

凱旋帰国ともいえる国内ツア

”テクノポリス2000-20” 開始。
ゲストは大村憲司・橋本一子・松武秀樹・鮎川誠・藤本敦夫

アメリカ版ベストアルバム

「X∞MULTIPLIES」発売。2ヵ月後日本でも発売。
その内容は、「ソリッド…」と「増殖」から選曲。

海外での成功に遅れて、日本国内でYMOブーム吹き荒れる。
当時、YMOを知らないものは”イモ”とされるぐらい最先端の象徴だった。
テクノカット(サスーン・カット)
と呼ばれるモミアゲを剃ったヘアースタイル、赤い人民服
タンスのように積み上げられた機材類、
インストゥルメンタルとして、異例のチャートアクション。
どれをとっても新しかった・・・
日本でひとつのバンドがこれ程、
国中に影響をおよぼしたのを私はしりません。

フジテレビ
「夜のヒットスタジオ」 にTV初出演。
YMO、ソロ、ツアー、楽曲提供、CM・・
活動範囲はとどまること知らず・・・
オリコンベスト20の中にすべてのアルバムがランクイン。
店頭では品切れ続出だった。


1981
4th アルバム
「BGM」発売。

5th アルバム
「TECHNODELIC」発売。

今までのアルバムの延長線を期待していたファンには意外なものだった。
この時点で、国民的なブームは終わったと言えるが、
その音楽は、よりハイレベルなものになっていく。

この2枚のアルバムを受け入れるか、そうでないかで後の音楽観が変わる?
一般的には受け入れられなかったが、「BGM」、
そして次作「テクノデリック」こそが、YMOの頂点だと私的には思いますが・・・


国内ツアー
”YMO WINTER LIVE '81”開始。
雑誌などでYMOのアートディレクションを多く手がけていた
奥村靭正氏の光を用いた舞台美術は、とても美しく幻想的。
(このページの上部に画像があるのですが、このセットは色を変えるのです。)

中期ロゴ 俗に温泉マーク

高橋、鈴木慶一とビートニクスとして、「出口主義」発表。
■ ザ・ビートニクスのページ つくりました。(2005/05/07)


1982
YMOとしての活動はこの年休止され、それぞれソロがメインとなる。

坂本、
忌野清志郎と「い・け・な・いルージュマジック」発表。

坂本、
Mのロビン・スコットと「アレンジメント」発表。

細野・高橋
 ”YENレーベル” 設立、
立花ハジメ・インテリア・戸川純・サンディーなどが所属。

坂本、
映画「戦場のメリークリスマス」に音楽と主演を担当。
これが初の映画音楽である。”戦メリ”という愛称で呼ばれてます。


1983
国際コミュニケーション年のテーマとして
「以心電信(インスト版)」NHKのスポットとして採用。

歌謡曲調のアルバム
「浮気なぼくら」発売。
ギターにビル・ネルソン参加。


「浮気なぼくら(インストゥルメンタル)」発売。

三宅裕司主催のSET 参加の「サーヴィス」発売。
「増殖」のスネークマンショーのように、曲間にコントが入る。
曲の方は、それぞれのソロともいえる感じ。

突然、インタビューで”散開”表明。(最初は冗談だったという説も・・・)

ラストツアー
「1983 YMO JAPAN TOUR」
舞台演出、佐藤信。 美術、妹尾河童。

ドラムのサポートにデヴィッド・パーマー参加
(ABC,persons to persons,THE THE のドラム)


普通、ツアーとは、その時のアルバム収録曲がメインとなるものだが、
(もちろん、「サーヴィス」の曲は披露されてますが、)
散会記念となるこのツアーでは、過去の名曲たちを激しいアレンジで披露。


1984
ライブアルバム「アフターサーヴィス」発売。

散会ライブを映像化した
映画
 「プロパガンダ フィルム・コンサートとして全国上映。

’82年にジャパンが解散。そして’83年YMO散会。
…自分が夢中になった、バンドが相次いで解散して
「胸にポッカリ穴が開いて、ちょっとツラインダ」 の気分でした。


1993
この年、”再生”として、10年ぶりの再結成。
これは、NHKの7時のニュースでも報じられたという異例のこと。

 アルバム
 「テクノドン」 
発売

写真集撮影  ナン・ゴールディン
東京ドーム公演グラフィック
 原田大三郎

プレスリーのカヴァー 
「ポケットが虹でいっぱい」
さくらももこのドラマ
「谷口六郎商店(タイトルの記憶があやしいですが…)」主題歌

え〜、記憶が正しければ、
演出が、「時間ですよ」、「ムー一族」の久世光彦。
出演は、泉谷しげる、加瀬大周、鷲尾いさ子、市毛良枝、木野花、西岡徳馬

[追記 : 2005年09月30日]
す、すいません!
「谷口六郎商店」ではなくて、「谷口六三商店」が正解のようです。
    ↓
http://www.tbs.co.jp/tbs-ch/lineup/d0050.html



再生ロゴ・・・NOT YMO


2002
細野・高橋のユニット ”スケッチショー” に坂本ゲスト参加。
翌年にはYMO再結成の可能性をほのめかす?

実際には、YMOとして再結成はしなくとも、
お互いのアルバムに参加し、協力しあう関係を保つ。
アプローチの近い手法の楽曲も増え、再結成という形を取らずとも、
YMOファンにとっては、嬉しい知らせは結構あったりしますね。



関係CDのレビューです♪ 今いるページです。 オリジナルを中心としたアルバムです♪ 雑誌「サウンドール」を紹介♪


「竹の歌が聞こえる」

このページはサイト「竹の歌が聞こえる」のコンテンツです
(C) takenouta
BACK
HOME