オコジョの母のコラム
H 30.10.15更新)

10月16日(火)
 山口県の観光スポットで今人気の長門市にある「元乃隅稲成神社」へ行って来ました。
以前から気になっていたのですがこちらからはちょっと遠い。何となく行きそびれていましたが、2,3日前から天気予報をチェックして「さあ、出掛けよう!」。ところが昨日の天気予報よりも雲が多そうだし、「所によればにわか雨」の予報に出ばなをくじかれる。午後程天気が下り気味の様で、頑張って少し早めに出発します。
 美祢まで高速で、それから一般道をカーナビを頼りに進みます。湯本を過ぎると段々と山道を進みます。所々「元乃隅稲成神社」とカーナビとは進路が違う標識、看板が出ていて「?」。前方にも目的地が同じ・・・?らしい車が2台。こちらも途中の標識を無視して当方と同じ方向へ進みます。「カーナビを信じて進んでる?」。細く曲がりくねった道は途中ですれ違うのも徐行が必要です。
カーナビの指示通りに進みながら「これで良いんか?」と運転しながら不安げな主人。ようやく視界が開け、眼下に日本海と僅かですが赤い鳥居が見えてきました。
想像するに車が渋滞しないように迂回路を準備したのではないでしょうか?
 防府から約2時間。平日と言う事もあってか、想像していたよりは駐車場も余裕がありやれやれ。あまりの人気に駐車場の整備が追い付かず路上駐車等で地域住民の方にも迷惑を掛けたこともあった様で、春に駐車場やトイレ、売店も整備されていました。駐車料金は1時間300円ですが、その位の負担は必要でしょう。
 名物になっている高い鳥居のお賽銭箱ですが、見ていると届く気がしません。傍の賽銭箱に入れてご挨拶をしました。
120本余りの赤い鳥居をくぐって「龍宮の潮吹き」に繋がる岩場を下って行きます。隆起してできた岩場は足元が不安で、風もあり今日の様な割と穏やかな天候の日であっても怖いです。今日は素晴らしい青空ではなかったので、「コバルトブルーの海」とはいきませんでしたが、川尻岬を望む変化にとんだ日本海の景色を楽しめました。
こちらを出発する頃には大型の観光バスが3台も停車していて、観光客が続々と・・・。
 
 次は仙崎の「道の駅センザキッチン」へ向かいます。目的は新鮮な魚を食べる為です。ところが丁度お昼どきと言う事もあって平日にもかかわらず1時間も待つはめになりました。何時もより1時間も早く朝食を摂っていたので主人は不機嫌。「豊洲市場のお寿司屋さんでは2〜3時間待って食べたそうだからそれに比べたら・・・」と宥めます。途中諦めて順番待ちのリストの名前を消す人達も・・・「ここで諦められないよ。今まで待ったんだからね」。
 私達が注文したのは「刺身定食、1580円」です。瀬付鯵の清んだ目が「美味しいよ」と言っている様でした(笑い)。
売店も品物が豊富です。お菓子、地酒、手芸品などもありますが、なんといっても鮮魚の安いこと。ただ、明日は予定があるので「カマスの一夜干し」と、黒鶏のたまごを使った「シフォンケーキ」を買いました。

 帰る途中「道の駅おふく」に立ち寄り、温泉に入って来ました。ここは初めてですが500円で利用出来、清潔で気持ち良かったです。
県央部に住んでいるので、高速道路を利用すれば2時間で何処にでも出かけられます。
天気予報を見ながら、孫たちの体調をみながら(急な預かりを頼まれることもあるのです)次は何処に出掛けましょう?



10月13日(土)
 明日はお寺では「秋季永代経法要」があります。当日供されるお昼の食事の準備に午後から行って来ました。
17:00前に帰ると息子の車が停まっています。「未子ちゃん?」と急いで玄関のドアを開けると息子の靴しかありません。土曜出勤の息子が仕事帰りに立ち寄ったのでした。
 先日の保育園の運動会と11日に行った「山口ゆめ花博」の遠足のビデオを持って来てくれました。
遠足当日は急に寒くなり、しかも小雨も降ったので心配したのですが、ママ手作りのお弁当を持ってパパの付添で出掛けたそうです。
2歳児の孫娘達には保護者の付添が必要なので、参加したのは5人位だったそうです。参加しない園児たちは通常の保育がされたそうです。
先日の運動会のダンスでは、パパでは無く「ママとやりたかった!」とお冠だった未子でしたが、「ちゃんと納得させていたから大丈夫だった」とは息子の弁です。
お気に入りの「はらぺこ青虫のレインコート」を着て、大きな砂山を登ったり、木製の滑り台や「日本一長いブランコ」に乗ってご機嫌の様子。お弁当はドーム内で食べたそうで、ニコニコご機嫌さんの未子と息子でした。
 15:00頃に保育園に戻った息子は、孫息子も引き取り子供たちとの世話をしながら、ママの帰りを待っていたそうです。イクメンパパを頑張っているようです。
 
 ビデオのお土産で喜ばせてくれた息子、「また週一で晩御飯作ってくれる?」との要望です。「水曜日の仕事帰りに寄るから、翌日食べられる物を」との事です。「ハイハ〜イ、了解しました」。そのくらいは頑張れそうです。



10月9日(火)
 山口ゆめ花博に行って来ました。前売り券を買っていますので行ける時に行かないと「まだ会期があるから・・・」と思っていると行きそびれてしまう危険があります。
この週末と来週の土曜日にはお寺の行事の手伝いがありますし、保育園に行き始めた孫息子を預かる日もありそうです。
7日(日)はブルーインパルスのデモ飛行もあったこともあり、77000人を超える入場者数で酷い交通渋滞も起きたそうです。
私達は平日に行くことにしていますので、今日はよい天気なので行って来ました。良いお天気過ぎて「暑かった!」です。
 行く時には「お弁当、飲み物と敷物を持って行くと良いよ」と友人からアドバイスを貰っていましたので、途中のコンビニで買っていきます。駐車場も誘導がされていたのでスムースです。

 ウエルカムゾーンから「花の谷ゾーン」へ向かいます。花色を揃えて優しいイメージ、力強いイメージ、元気の出るイメージと見応えがあります。ベビーカーや車いすの人も楽しめ大賑わいです。
花壇を眺めながらの食事や休憩が出来る様に、テーブルや椅子が結構設置されていてゆっくり出来そうです。
私達はドーム内のテーブルで早めのお昼を食べました。
 整理券のいる日本一高い木のブランコや竹のコースターに乗る気は無いのですが、乗っている人の嬉しそうな顔を見ているだけでも楽しいものです。
未子達の様な小さな子供が楽しめそうな遊具もあり賑やかな子供たちの声が響いていました。保育園の遠足も予定されていて「晴れるといいネ」。
 「庭のパビリオンゾーン」は色々な作庭でここも見応えがありました。
私達は和風の庭が好みです。自然のせせらぎ、風にそよぐ木々の葉擦れの音は、目に見える景色と同じく庭には大切な要素ですね。
 お弁当や飲み物の持ち込みは自由ですが、ゴミ箱の設置はありません。「自分のゴミは持ち帰る」様になっていますが守られている様です。
多くのボランティアの人たちによって美しくに整備された花壇を目にして、ゴミを散らかすような不届き者はいませんよね。
 次回は夕方から入場して、ライトアップされた夜の「山口ゆめ花博」を楽しみたいと思っています。



10月8日(月)
 台風一過のお天気に恵まれた昨日、中学校の同期会に行って来ました。長府駅で友人と合流。
少し早めに会場に着いたつもりでしたが、既に何人かは受付を済ませている様子。

 受け付けは1〜5組、6〜10組、11〜15組に分かれていて、卒業当時の名前の名札を受け取り首から下げます。
1番手前の受付のKさん、直ぐに私に気づき「ちっとも変わらないね〜」と。「10キロ以上太ったよ」と言っても「太った内に入らないよ」と。ところが、顔見知りの男性Kを見つけて「お久しぶりです」と挨拶すると「太ったね」と直球の回答。
彼は耳に特徴があって「ロバ」というあだ名だったのですが、その当時と変わらない耳で「思わず『ロバ』と言いそうになったね」と後で友人と笑いました。
 会場はおよそクラスごとにテーブルがセッティングされているので友人とは離れ離れ。私のテーブルは9人、男性5人女性4人ですが、一人の女性(高校が一緒)と二人の男性しか見覚えがありません。お互いに参加者名簿と名札と顔を見比べながら「?」。
それでも参加者106名、ふたりの恩師は前日の台風にも関わらずキャンセルは出なかった様です。皆55年振りの同期会を楽しみにしていたと言う事でしょう。
乾杯の発声は一番遠方の福島から参加のK君。張り切って挨拶文を準備していたらしく「青森は東京から600キロ。福島は300キロ」から始まり福島の事を延々と話し始めたものだから「もう止め!」のブーイング。渋々「再会を祝して、乾ぱ〜い!」やっと飲めます(笑い)
 懐かしい名前を見つけて挨拶をしに恐々テーブルに向かいます。「あ〜。元気だった。今どこにいるの?」とちゃんと覚えてくれていてホッとします。
また反対に声を掛けられ「遊んだね〜」と懐かしそうに話しかけられても、記憶になく「ゴメンね。覚えていなくて・・・」と、申し訳なく恐縮するばかりです。
人の記憶は人それぞれを改めて再認識しました。
 さて同じクラスだった2人の女性に覚えがないのは先方も同じだったらしく、隣同士に座っても料理を取り合いながら「美味しいね」位しか話す事が無い。暫くして下商出身だと分かり「あのころは池永よね!。私時々バスで一緒になって(満員バス)学校で盛り上がったのよ。学校も違うのに、日焼けも気にせず市民球場に行った」と話すと大盛り上がり。
「学校から応援に駆り出されると授業がサボれるからね。サインも貰っていたけどどこか行ってしまった」と・・・。
ひとりは中学校も転校が多かったとかで、「最初に入学した長府中学校では同じクラスに森進一がいた。話したことは無かったけど」と。下関にいたとは知らなかった話題でした。
 じゃんけんゲームや疑似競馬のゲームの後はオクラホマミキサーのフォークダンス。皆きちんとは出来なくて適当に誤魔化しながら「ここで相手が変わるんだっけ?」。
 11:00の受け付け開始から4時間。テーブルの上にはまだ料理が残っているけれどお開きの時刻。お世話人のUさんが「次回は料理の量を減らして会費を下げた方が良いね」と。若い人と違って沢山食べたり飲んだり出来ない年齢です。
 中学校の映像を見ながら校歌、下関の名所等の映像と共にふるさとの合唱でまたの再会を楽しみに散会しました。

 卒業以来55年あまり。中学校の卒業アルバムの住所録を頼りに、男女4人のお世話人がそれぞれの人脈を頼りに電話連絡。少しずつ協力者を増やし名簿造りから始め、今回の同期会となりました。
私が誘った友人も、同じテーブルの下商のふたりも「本当はあまり気が進まなかったけど、参加して良かった。楽しかった!」と、お世話人の苦労が報われた集まりとなった様です。本当にお疲れ様でした。お世話になりました。



10月6日(土)
 大型の台風25号がこちらに向かって来るというので、昨晩からシャッターを閉めて用心をしていました。
今朝5:30頃には遠くから風の音が聞こえたかと思ったら「ガタガタ!」と家も揺れる様・・・。不気味で怖い。
 「お昼前後に最も接近する」という予報に「これからどれだけ酷い風が吹くのだろう?」と、コースも似ていた1991年の台風19号(リンゴ台風)を思い出します。あの時は屋根瓦も飛んだし、停電は1週間も続いたのでした。
結局早朝の瞬間風速27,9メートルが最高で、雨も降らず薄日も差し心配は杞憂に終わりホッとしました。

 実は明日下関で中学の同期会があるのです。3,4日前から「大きな台風が来る。どうしようかしら?前日の内に実家に帰ろうかしら」と、心配をしながらもキャンセルは考えませんでした。
 団塊の世代で市内でも1,2を争うマンモス校だったので同級生も800名位いるのです。卒業以来1度も同窓会など無かったのに、S君が発起人となり男女2名ずつ、4名の世話人で卒業名簿を頼りに名簿造りから始め、明日の開催となったのです。
卒業以来55年あまり、このご時世に電話連絡するのも苦労だったようですが、次第に市内在住の協力者も増え結果、106名の同級生とおふたりの恩師での同期会となります。
 先ほど世話人のUさんから電話がありました。「台風でお世話する人たちはやきもきしたでしょう?」と問うと、「下関気象台に問い合わせたら『7日は大丈夫』との答えに一同ホッとしたのよ」と。何をするにも一番の気がかりは天候ですが、人知の及ぶところではありません。
 参加者の名簿が送られてきたけど「顔と名前が一致しない人がほとんど」というと、ホント本当と彼女も。。
卒業アルバムも今と違って集合写真なので「私は何処?」と言った具合で、明日の同期会は認知症テストみたい・・・?



10月2日(火)
 先週の土曜日の予定だった保育園の運動会が雨の為中止になり、今日に順延となりました。
息子は沖縄旅行日を含めて1週間休暇を取ったので「さすがに難しい」と。ママも仕事の合間にちょっと抜ける位しかできないと。「だから親子競技等頼むね」とすごいプレッシャー。
 ところが保育園に行ってみると、パパ、ママ揃って来ている。プログラムも短縮でやるらしくて、ふたりの孫の出番が終わったら直ぐに職場に戻るんだそう。ヤレやれ一安心。敬老席に座ってママのお母さんと見物に集中。
 ママのお母さんも私とほとんど同じ年。お互い若くないので「親子競技の出場を頼まれても困りますよね〜。20歳位年の若いお祖父ちゃんお祖母ちゃんと同じようには出来ませんよね〜」。
息子夫婦も「我が子可愛さ、そして年取った親では心配、頼りにならない」と言う訳でしょうか・・・?
 はたして、入場行進の最期はまあ君たちのたまご組。0歳児のたまご組の中には歩きの達者な子もいるけれど、大きなベビーカーに乗っている子、手を引いて貰って歩いている子、我が家の孫は先生に抱っこ。
競技が始まってマットの上に座らせられると泣き出して、ママが声を掛けて待っているのにびくとも動かず泣くばかり。とうとう、ママが手の届くところまで近づいて声を掛けても手を伸ばすこともせず泣くばかり・・・とうとう抱き上げてゴール。主人の撮ったビデオを見ると大粒の涙を流していた。
 未子は順調にプログラムをこなしていましたが、最後の親子のお遊戯にパパが参加したのがお気に召さなかったのか?パパが一生懸命親子で踊ろうとしているのに全然やろうとしない。本当は手を繋いで親の周りを子供が回るのだけど、未子が動かないからパパが未子の周りをまわっている。想像するに「ママが良かった!」のでしょう。仕事を置いて無理して参加した息子がちょっと可哀想。ビデオを見せて未子に聞かなくては・・・(笑い)。



9月30日(日)
 昨日はふたりの孫が通園する保育園の運動会の予定でした。台風24号の接近予報に伴って28日(金)の内に中止が決まり、10月2日(火)に変更となりました。詳細はまだ分からなく、私達のお役はどうなるのだろう?
想像するに通常の保育時間内にプログラムを端織って行い、給食があるのでは?と思っているのですが・・・。

 それにしても沖縄旅行が1週間ずれていたらどうなっていたことでしょう?暑かったけれど素晴しいお天気に恵まれ「南国」を満喫しました。
昼間はあんなにご機嫌だったのに、夜になると「お家に帰りたい。お家のお布団で寝たい」と未子はふた晩とも泣いたらしいのです。大好きなママとパパが一緒であっても幼い子には慣れた我が家が良いのでしょうね。
もしも、台風直撃で足止めされたら、吹く降るの嵐の外を眺め私達大人も不安になったことでしょう。
 そういえば、那覇空港に向かう国道脇の歩道に置かれた大きな植木鉢を、コンクリート製の電柱に鎖で結び付けられているのを見ました。
小さな植木鉢は簡単に移動が出来ますが、大きな植木鉢はそうもいかず、たびたび暴風に襲われる沖縄では飛んで行かないように日頃から固定しているのでしょう。



9月26日(水)
 父の月命日の29日は、二人の孫が通う保育園の運動会です。その上、育児休暇明けの長男の妻の勤める幼稚園も同じく29日が運動会。長男夫婦から手伝いを頼まれていますので、今日実家に帰って来ました。
 
 先日の沖縄旅行のお土産と栗ごはん、白銀、紅白のお餅(まあくんの初誕生のお祝いのお裾分け)を一緒に持って行きました。
天候に恵まれ沖縄の青い海と白い雲の南国らしい景色に「台風が来なくて良かったね」と。未子とまあくんの様子にも「ご機嫌ね」と、長男家族との旅行を喜んでくれました。

 40数年前長男が1歳9か月の5月の連休明けの頃、両親、弟と私達で山陰旅行をした思い出があります。
その頃は紙おむつも無く着替え等大荷物でした。
日御碕、出雲大社、玉造、大山寺、関の五本松を観光した事と共に、働き盛りで元気だった父や、若くはつらつとした母の姿を思い出します。



9月25日(火)
 沖縄旅行 2日目=21日(金)
 
 私達の部屋はビーチに面した9F。普通見ている水平線はまっすぐだけど、ここはずーっと海が広がっていて「地球は丸い」と感じさせてくれる素晴しい景色です。息子達の部屋は4Fで「あまり景色は見えない」と聞いていましたのでビデオ撮影をしました。
この日はみんなが楽しみにしていた「美ら海水族館」に出発です。

 車は北に向かって海岸線を走ります。キラキラ輝く海は飽きる事はありません。
美ら海水族館は平日にも拘らず大賑わいで、人気の高さがうかがえます。ふたりの幼児を連れているのでゆっくりはできません。目玉であるジンベエザメの泳ぐ大きな水槽の前はぎっしり人、人、人。幸い前方に車いす等の優先スペースがあるのでバギーのまあくんも未子も喜んで見ていました。
 一旦外に出ると「暑〜い!」。道路脇ではミストの吹き出しで暑さ対策。白く冷たい霧に未子は走り回って大はしゃぎ。「冷た〜い!」。
軽食を摂った後イルカのショーを見に行きますが大勢の人。次のショーの為に既に並んでいます。警備の男性が小高い方角を指さしながら「ヤシの陰が良いですよ。今日は人が多いから済みません」と、子供たちにシールをくれ、未子は大喜び。
イルカの大ジャンプなど遠くからでも見ることが出来「一杯ジャンプしたね〜」と未子も満足。
海カメのプールを覗いて、お土産を買う為に再び建物の中に。「おさかな、おさかな。まだ見る〜」と言いますが宥めすかしてショッピング。
私からは未子にTシャツ。まあくんにはジンベエザメのリュック。会計を済ませるとレシートと一緒に「エメラルドビーチのカフェのソフトドリンク無料券」を貰いました。息子夫婦も貰ったので行ってみようと暑い中ビーチに向かって坂を下ります。
そこは「エメラルドビーチ」という名前がピッタリ!白い砂浜、エメラルドグリーンの海、白い入道雲、ヤシの木、遠くに見えるのはマングローブ?英語の歌詞の音楽が流され「ここは何処?」。ハワイかモルディブ・・・?

 ここから「備瀬のフクギ並木」を見に行きます。私達に気を使って「自由に見て来てください」と。フクギは「福木」で縁起の良い樹木です。沖縄らしい赤瓦を漆喰で塗り固めた木造の民家がそこここに見られます。沖縄の原風景らしいです。
余り時間が無いので、順路を端織って海岸に出ました。ここから見える海がエメラルドビーチに繋がっているのです。そして目の前に特徴のある島がみえます。ホテルからも、それから海岸を走れば何処からでも目に付いたのです。中央に尖った山が崩れた様な形で右端には風力発電の風車が回っているのです。この島は「伊江島」だと判明。フクギ並木を抜けるとベストポジションで眺められるのです。
 水牛が車に観光客を載せて引いている姿を見て「ママ、象さん!」と未子が言ったとか。彼女にとっては大きな動物は「象」らしいのです。
 夕食を予約している時間が迫っているので名残惜しいのですが帰路に着きます。ホテルの近くの居酒屋さんを予約したらしい。

 私達は居酒屋には殆ど行きませんが「好きなものがいろいろ食べられるので良いのでは?」と決めたらしい。
沖縄らしいゴーヤチャンプルは美味しかったです。お刺身の1種(沖縄の地元の魚)はちょっとね〜。
煮魚は地元のシチューマチ(青鯛)は甘辛く煮付けられているので食べられました。孫息子は魚が好きなのでママの分まで食べたらしい。

 沖縄旅行 3日目=23日(土)
 この日も素晴らしいお天気。ホテルを出発してすぐの「大獅子の公園」に寄ります。ホテルから見えていた大きなシーサーと思っていたのはこれでした。

 次はママの要望で地元のスーパー。県内で1つというイオンモールに行きます。まだ新しいショッピングモールで沖縄らしく免税店も併設されています。
また、入口は2重になっていて(台風対策?)店内の大きな水槽には亜熱帯に住む魚が泳いでいて未子は大喜び。エレベーターからも水槽が眺められ楽しいです。
食品売り場も沖縄らしい品々が・・・。シークァーサーのゼリー。当地での夏みかんゼリーと言ったところでしょうか?
ここでお昼ご飯を買って首里城に向かいます。

 私は20年前に友人と来たことがありますが、主人は沖縄は初めて。「守礼の門」が想像していたより小さいと感じたらしい。
帰りの飛行機の時間もあるし、二人の孫の負担を考えて「正殿」はパス。内地のお城とは違う特徴を体感するだけ。ここからの美しい海と、赤瓦の民家を眺めると穏やかな平和な沖縄に見えてくるのですが・・・。

 レンタカーを返して那覇空港へ。荷物を預ける手続きを取ってからは自由行動へ。ママはお土産を買うと言う。私もちょっと欲しい物があったのでそちらへ。買ったのは、みんさー織りのバッグ。丁度手ごろな大きさとお値段。来月の中学校の同期会に持って行こう。

 帰りは小さな飛行機でしたが、行き程揺れることなく穏やかな飛行でした。
でも、機内ではちょっとしたトラブルがありました。お客が飲みかけの飲み物の蓋を充分に締めていなかったらしく、天井の荷物収納から漏れ出て、客室乗務員が総出で対応に当たったのです。
実は私も、飲みかけのペットボトルをお土産のビニール袋内に入れたまま収納していたのです。傍から主人が「きちんと締めていないと気圧の関係で膨張して漏れるよ」と注意され、出発前に慌てて乗務員さんに告げペットボトルを取り出したのです。
二度手間で迷惑を掛けたにも関わらず、「お知らせありがとうございます」と笑顔で対応され「さすがキャビンアテンダント。行き届いてる〜」。理系の主人は「そんなことは常識」と言うけれど知識、常識の無い?人は私だけでなさそうです。現にトラブルが起きました。
 飛行機が離陸すると未子は直ぐに爆睡。車の中で眠っていたまあ君は暫く目を開けて時々愚図ったりしましたが、主人が「いない、いないバア」とあやしたり、ママやパパに交互に抱かれている間にスヤスヤ。
 頑張ったので予定より早い新幹線のぞみで無事に帰って来ました。

 そして昨日24日(月)に、ママのご両親と一緒に我が家でまあ君の初誕生(9月28日)のお祝いをしました。
ちょっと小柄ですが食欲旺盛で、元気に1歳を迎えられる事を幸せに思います。
沖縄土産のジンベエザメのリュックに紅白のお餅を少しだけ入れて立たせます。彼の好きなものは自動車、食べ物は魚だそうです。
 週末の保育園の運動会も頑張って(笑い) ずっと先生に抱かれているだけなのでしょうが・・・。



9月23日(日)
 20,21,22日で長男家族と一緒に沖縄旅行に行って来ました。

 20日(木)の6:30にドシャ降りの雨の中防府駅に向かい、長男家族と合流。新幹線に乗るために新山口駅に向かいますが、もうすぐ3歳の未子と1歳になるまあ君のふたりの幼児を連れているので移動も大変。ベビーカーと私達もキャリーバッグを持っているのでエレベーターに乗ります。息子達は事前にエレベーターの位置をチェック済み。日頃はあまり気になりませんがエレベーターの有難さが身に沁みます。
博多駅から地下鉄で福岡空港へ。8月に地下鉄が乗り入れたので移動が楽になりましたが、那覇便の搭乗口は端っこです。
 ふたりの孫は今回が飛行機に乗るのは初めて。乗務員に伝えると、パイロット他客室乗務員全員のサインが入ったメッセージカードを二人に頂きました。そして当日は「空の日」だそうで私達全員に記念の名札がプレゼントされました。
飛行機は気流の関係でかなり揺れ、左右だけでなく上下に揺れるとジェットコースターに乗っている様で、幾ら「運行には支障はありません」と言われても緊張します。幸い孫二人は眠っていましたが、着陸の時にはかなり衝撃で揺れたので未子は目を覚ましましたが、無事着陸した後なので大丈夫でした。
 那覇空港内はエアコンが効いていますが、一歩外に出ると「暑っ!!!」青空にモクモクと入道雲。まさに南国の空です。
レンタカーを借りるのに「バスに乗る」と言うので、てっきり路線バスかと早合点し「ここからバスでどの位掛かるのだろう?」と心配しました。ところが沖縄は公共交通機関が発達していないので、観光客は殆どがレンタカーを利用します。レンタカー各社の担当者がプラカードや旗を掲げて並んでいます。予約した会社の担当者に名前を告げ、確認を受けると送迎バスが社屋に案内してくれるのです。そのレンタカー会社にも多くの内外からの観光客。アナウンスは日本語、英語、中国語、韓国語、病院の様に受付番号が電光掲示板に表記されます。
ふたりのチャイルドシートと荷物もあるので、借りた車は8人乗り。息子の運転で最初の目的地読谷村の「やちむんの里」へ。
 沖縄のやきものは分厚く、手描きで模様が施されていて「民芸風」。私が好きそうだからと息子の妻が観光地に選んでくれました。
赤瓦の建物内で窯元が制作した焼き物が展示販売されています。古い登り窯もあります。
また道路脇にはハイビスカスやブーゲンビリアの花々が咲いていて「南国だな〜」。本当にジリジリする暑さで、蝉の泣き声にも暑さがいよいよ増す様です。
記念にお皿を2枚買い、小さな孫たちの事を考えると後ろ髪を引かれる思いで出発しました。
 ここから程遠くない残波岬にあるリゾートホテルに向かいます。白い砂浜の広がるビーチで孫たちを遊ばせます。
「海に入れる」と聞いていたのですが、事前に富海に連れて行くと怖がって海に入りたがらなかったらしく止めたらしい。
去年は秋穂の海では波も怖がらず遊んでいたのに・・・子供の発達段階で色々あるらしい。
 夕食は沈む夕日を眺めながらバイキングです。「デザートを別に注文していますからお腹一杯食べないで」と、長男の妻。
28日に1歳になる孫息子にバースデーケーキを頼んでいたらしい。♪ハッピーバースデーツーユー ディアまー君♪と、手を叩いて歌ってやると嬉しそうに自分も手を叩いている。スタッフも一緒に歌ってくれ、傍にいた人たちも一緒にお祝いをしてくれ記念すべき日となりました。蝋燭を吹き消すのはお姉ちゃんのお役目。皆で美味しくケーキを頂きました。 ーつづくー



9月17日(月)
 今日は「敬老の日」です。それに先立って先週ふたりの孫からハガキが届きました。
孫娘(2歳)の作品は赤とんぼ。先生が準備してくれたのでしょうか?赤い濃淡の細長い紙(シール?)で胴体と羽根。白の丸いシールの中に目玉?クレヨンの黄、黄土色の線描きは黄金色の田んぼ?「いつまでもおげんきで」と先生の文字が添えられています。
孫息子(11ヶ月)は手形でイノシシ。傍に可愛いきのこ。こちらにも同じ言葉が先生によって書き添えられています。本当に元気で過ごしたいものです。
息子夫婦はこのハガキを見ていないので早速スマホで写メ、お礼を伝えておきました。

 昨日午前中に息子家族が揃ってやって来ました。
未子はピンク色の大きなリュックを背負って、自分のお箸など未子グッズを入れているようです。
何時もの様に廊下のホワイトボードで「かきかき」をしていましたが「シャボン玉する」と。何度かやりたがったのですが雨降りだったり、暑すぎたりで彼女の要望を叶えてやれませんでしたが、昨日は玄関の階段に座ってやることに。でも、問題は「蚊」です。
孫は肌が弱く蚊に刺されると直ぐに被れるので大変です。虫刺されスプレーで予防してようやくシャボン玉がスタート。
 まあくんは先にお昼を食べさせます。ママが素麺を口元に持って行くと、上手に「チュルチュル」。飲みこむのが速く直ぐに次を要求。遅れるとすごい剣幕で怒っています。小柄ですが保育園でも食欲旺盛だそうです。
 今月末に1歳になるのですが、まだ歩きません。伝い歩きどころかハイハイも未だに「ホウフク前進」。ところが昨日はお尻が上がったのです。「どうしたん?すごい進歩!」と、ママも興奮気味。
傍で見ていた未子は四つん這いで歩いています。どうやら月末にある運動会の競技のひとつの様です。

 昨日来てくれた大きな目的は今度出掛ける沖縄旅行の打ち合わせです。
息子から電話で誘われた時には「9月に沖縄?台風が来るんでは?」と、内心思いましたが、折角誘ってくれるのだから行か無い手はない。
長男は「育児休暇を1週間貰った、男性では自分が初めて」だと、ちょっと得意そうに言う。長男の妻は今月末には職場に復帰するので家族旅行も「今しかない」と言う訳です。
 小さな孫ふたりを連れているので、私達も荷物持ちや孫守など彼らの役に立てるかも・・・
ツアーではないので、新幹線、飛行機、レンタカー、ホテルなど全て長男夫婦にお任せ。小さな孫たちに合わせメインは「美ら海水族館」、「備瀬フクギ並木」。ママの希望は首里城。私が好きそうだからと「やちむんの里」も計画に入れてくれているようです。
何よりも小さな孫二人の体調とご機嫌次第。ビーチの傍にホテルががあり、ホテル内にはプールもあるそうで、私達は荷物番とビデオ撮影隊を頑張りたいと思っています。どうか台風が来ませんように!



9月12日(水)
 今月の女性学級は「はじめての太極拳」と題して、中国拳法の一種、太極拳の初歩を教えていただきました。
講師は防府幸せます人材バンクの渡邊恵子先生です。太極拳の講師らしくバイオレット色の立ち襟の上着に黒のゆったりとしたズボン姿です。

 最初にストレッチで身体をほぐしていきますが「決して無理をしないでください」との注意です。
私は膝が悪いので心配でしたが「自分の出来る範囲で。そして太極拳がどんなものか?」を体験するために参加しました。
 太極拳の中腰動作の基本である「立禅」、基礎動作・初歩動作の実技をしますが、中腰でゆっくりと行うのは、見るとやるのでは随分違います。「頭の上下運動が無いように」と注意され、分かっているのですが足の運びの度に上下しているのが分かります。
「太ももの鍛錬になります。初めは出来なくても続けていれば必ず出来る様になります」と。
足の運びだけで一生懸命なのに、手の動作が付くと「え〜?。こっち?。」頭が混乱してしまいます。
 先生が模範演技を披露してくださいました。手足は柔らかく優雅な動きに「武術」とはいいますが、まるで「舞」の様で、演じ終ると一同溜息交じりに大きな拍手が起こりました。



9月9日(日)
 遅ればせながらスマホデビューをしました。
我が家にはパソコンも息子がくれたタブレットもあるし、自宅で過ごすことが多いので通常は不自由はありません。
ただ、これからはスマホを持つ事が日常生活に必要になりそう・・・。災害に見舞われた時など必要不可欠なツールになりそうです。今だったらスマホの世界に入って行けそう・・・。
 以前から携帯会社からは簡単スマホのキャンペーンがDMで届いていたのですが、「今だ」と、ショップで見積ってもらいました。予想していた金額より安そうですが、持てばそんな金額では済まないかもしれません。まず、無料の講習会に夫婦で参加しました。

 受講者は私達夫婦ともう一人年配の男性。かなり長くガラ携を使っていたら動きが遅くなり、新しい機種(ガラ携)に買い替えるつもりだったのに「もう新規のガラ携の販売はしない」と言われ簡単スマホを買ったそうでそれを手に参加されていました。
 講師はキャリアウーマンの雰囲気の女性で福岡から講師としてこられたそうで、防府のあとは松江に行くとか。中旬には沖縄に出張だそうで、スマホの持ち方、カメラ、メール、地図の見方などスマホの楽しさを教えてくれました。
彼女が言うには「電話とメールしか使わないのは勿体ないですよ。デジカメとして生かしてください。沢山の機能があるスマホ、自分の年金額と相談して使いすぎないように。写真を撮るだけだったら無料ですよ。送れば通信費がかかりますが」と。
地図機能は便利だけど、起動している間中通信費がかかるので、カーナビ替わりには使わないようにとのアドバイスです。
 今までの使用状態からプランを提示して貰い「今日なら3000円割引」との事で購入決定。もしかしたら毎日「今日なら割引」とセールストークをしている気がしないでもありませんが・・・。主人は換える気は無いのです。まあ一家に1台あれば充分です。

 先日2回目の講習を受けました。講師はショップの若い女性です。今回は先日の内容をもっと詳しく実際にやってみました。
我が家は無線ランが使えるので、ショップの男性にスマホの設定をして貰いました。これでプランに関わりなく、家の中では送受信は使い放題です。
タイミングよく久しぶりに茨城の友人からメールです。彼女のメールはいつも写真だけでなく、可愛らしいイラスト入りで楽しいのです。きっと彼女は「使い放題」プランなのでしょう。
今までと違って写真も2本の指で簡単に大きくしてお目目がパッチリの可愛らしいお孫さんふたりの写真を見ることが出来ます。あちらはもうすぐ4歳と1歳4か月の女の子です。彼女曰く「早く魔の3歳から天使の4歳にならないかしら」と。
パソコンから我が家のふたりの孫の写真を転送して送信しましたが、我が家の孫はどんなに写真を大きくしてもお目目パッチリにはなりません(笑い)
それから、上の女の子は来月魔の3歳に突入です。今でも、私達が弟に関心を示すと微妙な表情のお姉ちゃんです。



9月3日(月)
 また暑くなりました。でも、先日の京都の暑さはこの比ではありませんでした。

 京都旅行2日目。8月29日(水)
 朝ホテルの窓から外を眺めると、道路が濡れているような・・・雨が降った?後で分かったのですが夜中には雷も鳴ってかなりの雨が降ったのだそうです。

 京都の夏は暑いので、2日目は定期観光バス「幕末維新の志士たち ゆかりの地をたずねて」を利用します。
参加人数は22人。やっぱり暑いからか?今まで利用した観光バスでは最少人数でした。
 最初は東山の幕末維新ミュージアム「霊山歴史館」です。
ここはかなり小高い所にあるのですが駐車場はありません。高台寺の駐車場から急な坂道を歩いて登ります。息が上がり足もきついです。筋力の低下を実感します。
 霊山歴史館は幕末維新の総合歴史博物館で、坂本竜馬の本人?と見まがう程の人形に感心しました。竜馬を切った刀や本物の鉄砲や大砲の弾に触る事も出来、幕末維新3Dシアター、再現模型コーナー(近江屋事件や池田屋事件を模型で再現)なのですが、展示物の終わりの方なのです。時間が無くて横目でチラっと眺めるだけです。逆回りで見たかった!。
 バスに乗り伏見へ。鳥羽伏見の戦いで薩摩藩の屯所となった「御香宮神社」へ。伏見の名水「御香水」が湧いています。
お社の彫刻は色褪せてはいましたが「元はさぞ美しかったのだろうな」と思わせられました。
 昼食は京料理「清和荘」です。住宅地の中に建ち観光バスで利用するには不似合いな落ち着い佇まいです。美しく盛られた京料理を美しい庭を眺めながら、豊中から参加されたというご夫婦と相席で美味しく頂きました。鱧の酢の物が気に入りました。
トイレのドアも和風の趣き。鍵も木製の昔ながらの閂ですが、設備は近代的。トイレが綺麗だと嬉しいですね。
 京都市内にバスは戻り島原へ。正式地名は「西新屋敷」というのですが、六条三筋町から現在の地への急な移転騒動が、九州で起きた島原の乱を思わせたので一般に「島原」と呼ばれてきたのだそうです。
 まずは揚屋の角屋(すみや)です。ここでは置屋から太夫や芸妓を呼んで食事などでもてなすところです。
立派な建物に驚きました。食事を作る台所(重要文化財)は二階の座敷を大きな大黒柱三本で支えているそうですが、今のご時世、耐震に配慮して新しく三本の柱を加えていました。無粋ですが安全対策に配慮は必要です。
奥の座敷は天井が網代の間(重要文化財)。松の間は以前ボヤを起こしたそうで重要文化財の指定から外され、部屋は電気がつきエアコンもここだけ点いています。臥龍松の庭も二代目だそうで京都市指定名勝です。
 ここから歩いて「輪違屋」へ。
こちらは太夫や芸妓をかかえていた由緒ある置屋で1階南半分の居室部分と1階北半分及び2階の座敷で10数室あり。2階の「傘の間」(太夫の傘を剥がして襖に貼り付けてある)「紅葉の間」(本物のもみじの葉を塗りこめ、そのが葉を剥がして窪みに彩色してある。本物がそのまま埋め込んだ様)公開された。階段が多数ありお客が鉢合わせる事が無いように配慮されているそうです。
 京都の花街の女性はお茶、お花、和歌、舞に長けていて「太夫」は内八文字で練り歩いたんだそうです。現在も島原には御ふたりだったかな?観光大使としても活躍中だそうです。
私が知っている外八文字で歩くのは「花魁」。江戸の吉原の花魁が有名ですね。

 今回のバスに50代?位の片足が無く松葉つえで参加されていた女性がいました。
輪違屋の急な階段も松葉つえを使って皆と同じように上り下りされていました。綺麗にお化粧して、ワンピース姿で私達と同様に観光を楽しまれていました。
思ったよりも早く京都駅に戻りましたが、昼食を摂った「清和荘」でもう30分ゆっくり出来たなら、美しいお庭をもっと楽しみたいものでした。
急に思い立った旅行でしたが、旅行会社に行けば宿も、キップの手配も直ぐにしてくれ、ツアー旅行を好まない私達には楽しい2日間でした。



9月2日(日)
 昨日の雨が嘘の様。気持ちの良い青空が広がっています。風も涼やかそう・・・。
久し振りに秋吉台に行くことにし、美祢東から秋吉、萩に繋がる新しい道路を通って行きます。

 展望台の付近には駐車場がまた整備され(何年も前かも?)、洒落たカフェも出来ていますが入ってはいません。小さなお店で夏みかんとバニラのソフトクリームを食べただけです。
 遊歩道を歩きます。葛の花の赤紫色が鮮やかです。
ここからカルストロードを走り長者が森の駐車場に向かいますが、ここは阿蘇のミルキーウエイと共に気持ちの良い道路でドライブにもってこいです。
ここも少し歩きます。主人が「あの小高い丘の上まで歩く勇気は無い」と言うので「勇気では無く、体力の間違い」と私。
以前は蕨を採ったり、散策したり、もっとドンドン歩いたものでしたが・・・。
 今日は遊歩道を歩いて珍しい草花の写真を撮って来ました。帰って調べてみると、薄紫の釣鐘状の小さな花は「サイヨウシャジン」黄色の小さな花は「オミナエシ」「アキノキリンソウ」。他に「ナデシコ」も目にしました。
昔は沢山あったという「リンドウ」を見つけることは出来ませんでした。ススキの穂もまだでした。



9月1日(土)
 昨晩から久し振りにまとまった雨が降り、雷警報も出ました。
各地で災害が起きる程の雨が降ったりしましたが、当地ではそんな時も殆ど降らず、主人や友人との会話は「また降らなかったね。まんべんなく降ればよいのにね〜」と、ギラギラお日様の空を恨めしく眺めていました。
そんな訳で、今回の雨は恵みの雨となったのですが、我が家にとっては「因りによって。何も今日に限ってこんなに降らなくても・・・」。
 実は、今日は妙見神社の秋祭りで「赤ちゃん泣き相撲大会」の予定で、孫息子も出場する予定でした。
ママは今日の為に、法被をメルカリでゲットしたと聞いていました。2年前に出場した孫娘は大声で泣き叫んだのでした。
行事は残念ながら中止となってしまいましたが、14:00過ぎに親子4人で揃って来てくれました。
まあ君に青い法被、未子には赤い法被を着せて披露してくれました。ふたり揃って写真を撮ったりビデオを撮ったり・・・。
「まあ君、こっち向いて。可愛いね〜。未子ちゃんもこっち向いて。可愛いね〜」。お姉ちゃんに気を遣います(笑い)

 来週からまあ君は保育園デビューします。まだ歩くどころかつかまり立ちも出来ないのです。一生懸命立とうとはしているようです。まあ君の誕生日の当日は保育園の運動会があります。小さな彼にとって目まぐるしい日々が待ち構えているようです。



8月31日(金)
 28,29日で京都へ行ってきました。

 「何処か旅行に行きたい」と言いながら猛暑続きに二の足を踏んでいたのですが、予てから京都国立博物館に行きたいと願っていました。国宝展など人気の企画展などがあると長い時間並ばなければ入館できない事が多いのです。そんな時期には平常展示のみを見ることは出来ません。丁度平常展示のみを9月2日まで見ることが出来ます。有難い事に70歳以上は無料なのです。
 京都駅から1日バス、地下鉄乗り放題の切符を使って、まずバスで博物館を目指します。
暑さでも有名な京都です。バス停はミストシャワーで涼しさを演出していました。夏休みと言う事もあってか相変わらず観光客で溢れている京都です。
 シンボルともいえるレンガ造りの重要文化財の「明治古都館本館」は免震改修等の為、シンプルで近代的な「平成知新館」で展示されています。
展示品は縄文時代の土器、焼き物、仏像など博物館の収蔵品とともに、特集展示「百萬遍知恩寺の名宝展」や大阪の豪商から寄贈された漆器の数々の什器、江戸時代の美しい刺繍などが施された単衣の着物などが展示されていました。海外のお客様も熱心に見ていました。
 道路を隔てて向かい側の国宝三十三間堂に向かいます。以前も行った事はありますが、最近国宝の雷神、風神像や国宝観音二十八部衆像を元々の位置に安置されたと聞いていましたので再度行きました。
28日は薄曇りで時々雨がぱらつき暑さはそれほどではありませんでした。それでも博物館ではエアコンが効いていて涼しかったのですが、三十三間堂はエアコンが無いので、大きなお堂とはいえ暑くて扇子で煽がなくてはいられませんでした。

 夕食はホテルでコース料理(ワイン付)を食べました。デザートは2種類のケーキとアイスクリーム、コーヒーをチョイスしました。手頃な値段の料理なので量も丁度良くスタッフの対応にも満足しました。
博物館でも無花果タルトと紅茶を頂いたのでかなりカロリーオーバー。

 まだ19:00過ぎなので地下鉄で三条河原町、先斗町界隈を歩きます。鴨川沿いには川床で賑わっていました。この界隈も海外のお客様の姿が多く見られました。
ぶらぶら高瀬川沿いを歩いていると、「土佐藩邸跡」の石碑や龍馬通りなどが目につきました。維新に縁のある像や石碑が多くある様です。
 ホテルに戻りテレビを点けると地震の報道がありましたが、全然気づきませんでした。(つづく)



8月27日(月)
 朝晩少し涼しくなって過ごしやすくなっていたのも束の間、また「高温注意報」が発令されエアコンが大活躍の毎日です。
昨日は秋穂で「エビ狩り世界選手権」が行われたとニュースで報道されたので、息子家族はてっきりそちらに行ったものだと思っていましたが、富海に出掛けた様で、写メが送られてきました。
未子とママは波打ち際で何か掘ってる?、そしてまあくんは砂浜に座って嬉しそうに笑っている写真です。

 主人とお昼を食べながら「子供の頃どこに海水浴に行ってた?」。私の家からも一番近い海水浴場に行っていたようです。
下関市街地からはそこが一番近い海です。
 私達は海水浴場と正式には認められてはいないけれど、小学校からも夏休み中には許可されていた海辺に行っていました。
泳ぐのは好きでは無いのですが近所の友達に誘われれば出掛けていました。
最近の猛暑程では無い物の、エアコンも扇風機もあまり普及していないので海に浸かるだけでも気持ちが良い物でした。
「豆が入った白い晒しの小さな袋を首からぶら下げて海に入っていなかった?」と主人に尋ねると「時間がたつと潤びて柔らかくなったのを食べていた」と・・・。同じよね。防府の友人に話しても「えっ?」、県内でも違うのですね。
 絵手紙ではこの時期ホウズキをかくことが多く「子供の頃鳴らして遊んだ事が懐かしい」と言われるのですが、私は海ホウズキで遊んだ事の方が多く、赤い植物のホウズキで遊んだ記憶は殆どありません。生えているホウズキを見た記憶もありません。育った環境で随分違うものの様です。



8月21日(火)
 最近は朝晩少し涼しくなって凌ぎやすくなりました。
この夏の暑さに「日中の運動は避けてください。熱中症対策をして下さい。ためらわずにエアコンを使ってください」と毎日のように言われ、必要最小限度の外出、お昼前から夜中までエアコンと仲良しでした。
今朝は晴れてはいるものの雲もあって久しぶりにウオーキングをする気持ちになり、9:00過ぎに向島運動公園へ。
 ウオーキングはおよそ2カ月振りくらい。6月は早めに夕食を食べて勝間校区をウオーキングしていましたので向島へは本当に久し振り。雨不足のせいでしょうか?所々草が枯れた様に茶色に変色していました。
樹木は小さな秋模様。ドングリや私の好きなコブシの実が赤くなっていました。先日のパークロード傍のコブシの実は「まだ全部青い」状態でしたが・・・。
暑いですが風もあって苦痛ではありません。ただ、鈍った身体を感じるのです。「今日は一周にしとこうかね」と15分位だったかな?たいした運動にはなりませんがしないよりはましです。
 今日も再び「高温注意報」が出ましたので、エアコンを点けて高校野球をテレビ観戦。
暑い中の熱戦は大阪桐蔭の春夏連覇で決着しました。圧倒的な強さでしたね。おめでとうございます。



8月19日(日)
 山口県立美術館の「毛利敬親展」へ行って来ました。

 まずパークロード沿いにある軽食喫茶で早めの昼食を摂り、前売り券を買います。展覧会が始まると厳密には前売り券とは違うと思うのですが、ここでは前売券を取り扱っています。
「シニア券2枚」と告げると「おふたり共ですか?」と・・・。「証明書がいりますか?」と答えると「今時の方は皆さんお若く見えますから・・・」と。まさか主人?いいえ、私の事よね(笑い)
 美術館は今年が維新150年の記念の年でもあり、大河ドラマ「西郷どん」の影響もあってか、思った以上の人で賑わっていました。私達の様なシニア層が多いのですが、夏休みなので家族連れも結構いました。
 今日の「西郷どん」では長州と薩摩が手を組む為に龍馬が奔走する場面がありました。
木戸孝允書簡 坂本竜馬宛(坂本竜馬裏書)と、五箇条御誓文(木戸孝允修正案)と五箇条御誓文が展示されていました。通常は宮内庁書陵部で所蔵されています。朱色で裏書された龍馬の文字が美しいと感じました。
展示品の多くは毛利博物館の所蔵品ですので、今まで目にしたことのある物も・・・。
 今回は常設館も「敬親」に縁のあるものが展示されています。
騎兵隊の軍服をデニムで再現して自由に着て撮影のできるコーナーがありました。S,M,L、とサイズも揃っています。私も着てみました。鏡があると良いのにね。
10代位の男性が着ていました。お祖母ちゃん?らしい方がスマホでガシャ!もう脱ぎかけていた男性に「後ろのデザインが素敵よ。もう1度写真を撮ったら?」とおせっかいを焼くと素直に後ろ姿でポーズを取り連れの女性が再度ガシャ!
「ありがとうございました」と笑顔でお礼を言われ「楽しまなくちゃあね」と私。ガラ携の私は写真を撮る気はありませんが。
 喫茶コーナーでお洒落なスイーツを頂いて、心もお腹も充実の半日となりました。



8月15日(水)
 息子家族と共に下関の実家に帰って来ました。
正直なところ6日にお盆のお参りをしたので帰るつもりはありませんでした。
母も「ひ孫には会いたいけれど人が来ると気疲れするし暑いからまた涼しくなってからで・・・」と言っていたのですが、息子夫婦はお盆休み、保育園もお休みの機会を利用したいと思ったようです。

 私達はお供えのお花や、果物、お昼の食事などの買物があったので少し遅れて実家に到着すると、未子の甲高い泣き声が響いています。
ママが言うには「お婆ちゃんの所に行くよ」と伝えたのが我が家では無かったし、おまけに私達がいないのでちょっとパニックになった様です。我が家でのお気に入りのアンパンマンのボールやまあ君の車の玩具を見せると気持が落ち着いた様です。
暫くすると母が用意した小さなクマのぬいぐるみを持ってニコニコと遊びだしました。
 片やまあくんはママが準備したお昼ご飯を大きな口を開けてモリモリ食べています。お姉ちゃんが傍で大声で泣いても食欲には影響ありません。お得意のハイハイを披露してご機嫌です。
母もビデオではなく本物のふたりの可愛く元気な姿が見られて嬉しそうでした。
 下関駅舎に併設されたふくふく館で子供達を遊ばせようと一足先に息子家族は帰って行きました。
先ほどあったメールによると、ふくふく館はまさかの定休日だったそうで残念でした。結局シーモールでおやつを食べて帰って来たそうです。
 パパはもうしばらくお盆休みですが、未子は明日から保育園が始まるそうです。また元気で通園してね。



8月12日(日)
 昨日の夕方息子が小さいけれど強力な2つの豆台風を連れてやってきました。
ママは毎年恒例の高校時代の友人との会食があるので、ふたりのお守を「我が家で」と言う訳です。
 未子は直ぐに「シャボン玉をする」と言いますが、蚊に噛まれると肌の弱い孫は被れてしまうらしいので息子は「ダメ」。
それでお風呂場でしようとなったのですが、前回浴槽で水遊びをしたのを思い出したらしく「中で遊ぶ」と。ジイジが世話をしましたが、「キャアキャア」と賑やかな声がお風呂場から響いていました。
 まあくんはちょっとご機嫌斜めでおもちゃを出してやって遊ばせようとしても泣きべそ。「さて、どうしたもんじゃろう?」。
それで博多のアンパンマンミュージアムに行った時のビデオを見せるとご機嫌。恐るべしアンパンマン!
 18:00から夕食です。未子は上手にお箸を使って食べています。美味しい?と聞くと「美味しいよ」とパクパク食べています。
まあ君は柔らかいものは気に入らない様で、柔らかすぎたごはんを口に入れると嫌な顔をします。歯ごたえのある方がお好みらしい。煮物のカボチャやスープの中のさいの目に切ったジャガイモやニンジン、トマトはいくらでも食べていました。
 未子は食後のスイカに「甘い!」と言いながら「もう1個」。口に入れる度に「甘い!」とビデオカメラに向かってご機嫌。
お絵かきしたりシールを貼って遊んでいるのでテレビをニュースに変えると「「アンパンマン!」と、文句を言う。見てはいないのに音は聴いているらしい。まあ君もアンパンマンのビデオを点けていると玩具で遊びながら時々画面を見て笑ったり声を上げたり手を振ったり。好きな所があるらしい。
 未子をお風呂に入れると次はまあ君。二人の子供をお風呂に入れる息子に「大変ね〜」と言いましたが、我が家も息子達をお風呂に入れるのは主人の担当でした。
未子の髪を梳かしてやろうとすると、自分も手鏡を持ってブラシで梳かしている。様になっている仕草に「お姉ちゃんになったね〜」。
 まあ君はお風呂から上がるとオムツをするのに横にさせられるのを嫌がって抵抗する。パジャマを着せるのも一苦労。まだ一人で立てないので大変。
お風呂上りにミルクを飲ませるのに「この位の温度で良い?」と息子に尋ねたのですが、早く飲みたいまあ君は哺乳瓶を目の前にして飲ませてくれないものだからすごい剣幕で怒って泣く。
ようやく哺乳瓶を口に入れてやると、むさぼりつくように「ごくん、ごくん」。飲みなが軽いいびきをかきながら眠ってしまった。
未子はちょっと手伝ってやれば自分でパジャマを着られ、靴も自分で履いて帰って行きました。
 私達夫婦は「ヤレヤレ」。来て嬉しい、帰って嬉しい孫二人でした。



8月8日(水)
 下関から主人の弟家族がお墓詣りに来てくれました。
埼玉に住む彼らの長女は体調不良で入退院を繰り返しています。その為、義妹は下関に夫を残して長女の子供(小1、女児と2歳男児)の世話をしていますが、夏休みを利用して孫二人を連れて下関に帰省中です。
そして、弟夫婦の次女と共に総勢5人で暑い中を来てくれました。
 彼らの孫は人見知りをしません。2歳児の男の子は我が家は初めてでしたが「どうぞ」と上がるように勧めると、最初はちょっと戸惑った様ですが、お姉ちゃんの後について上がって来ました。
 皆で食事の後は、我が家の孫たちの玩具が大活躍。やっぱりアンパンマンがお気に入りの様です。男児なので自動車の玩具も気になる様です。
未子は保育園なので来ませんでしたが、お昼寝を済ませたまあくんがママと一緒に来てくれました。賑やかな様子に驚いた様でちょっとベソをかきそうな雰囲気のまあくん。しばらくお姉ちゃんお兄ちゃんの様子をじっと見ていましたが次第に何時ものまあ君になってハイハイを御披露。お姉ちゃんの指人形がお気に召した様で、嬉しそうに人形に手を伸ばしていました。
 お正月に下関で会って以来でしたが、その時はただ抱かれていただけでしたので、成長した姿を見てもらって良かったよかった。



8月4日(土)
 2日の11:00過ぎに友人が亡くなりました。享年72歳でした。昨日のお通夜、今日の葬儀告別式に参列してきました。

 彼女とは30年位前からの知り合いで職場の先輩でしたが、親しくなったのは20年位前からだったでしょうか?そしてその頃彼女の病気が分かりました。健康診断で異常が見つかり詳しい検査の結果C型肝炎でした。感染経路ははっきりしませんでしたが彼女の話では「高校生の頃酷い貧血で1か月入院して輸血の治療を受けた。きっとそれが原因だと思う」と。
その後インターフェロンの治療を受け一旦はウイルスが消えたようでも再発を繰り返していたのです。
最近はC型肝炎には良い治療薬が出ていますが、彼女には合わなかった様です。
肝臓だけでなく色々な不調が出て手術を受けたりしていましたが、気丈な彼女はお舅、お姑さんを看取り大家族の主婦として頑張っていました。
几帳面で綺麗好きでTシャツにもアイロンかけをする人でした。「そこまでしなくても」物ぐさの私は言ったものでした。
 10年位?前にはご主人に末期の癌が見つかり「余命半年」と宣告されたのでした。彼女は万全では無い体調の中、ご主人の病院に付き添ったり看病に努めていました。幸いご主人は手術や抗がん剤の効果があり順調な回復ぶりでした。
そんな治療の間にはもう一組の夫婦を交え3組の夫婦でツアーに参加して楽しい思い出が出来ました。
最初は北海道の利尻、礼文島を回りましたがガイドさんが驚く程晴天に恵まれ素晴らしい景色と雲丹など美味しい海の幸を楽しみました。
5年前には最後の3組の夫婦での旅行となった「富士、箱根、伊豆の旅」で芦ノ湖からの綺麗な富士山を眺め歓声を上げました。亡くなった彼女とは以前にも2度芦ノ湖を訪れましたが何時も富士山の姿を眺める事は出来ませんでしたから、山頂に白く雪化粧した富士山に満足したものでした。
その後はご主人は次第に元気を取り戻していったのに、彼女は弱って行くばかり。「また一緒に旅行に行きたい」と言っていましたが叶いませんでした。
 ご主人は「最後は苦しまずに逝きましたから。きっと良い旅になるでしょう」と声を詰まらせて謝辞を述べられました。
結婚して50年。まだまだ早すぎる別れにご彼女に甘えていた主人の寂しさが伝わって来るようでした。



7月30日(月)
 迷走台風12号は当地では大きな被害も無く、梅雨明け以来ほとんど雨が降っていなかったのでホッとする様でした。
西日本豪雨災害に遭った地域では身の縮む様な日だった事でしょうね。

 昨日午前中、台風に先駆けて可愛い2つの豆台風がパパに連れられてやってきました。
未子は先週の土曜日アルクでバッタリ会ったのに、ご機嫌斜めだったらしく「未子ちゃん」って声を掛けたのに、知らんぷりされたのでした。傍からママが一生懸命フォローしてくれました。
 昨日の未子は何時も通り。指定席の自分の椅子に座って「かきかき」。クレヨンの色を変えてアンパンマン、ドキンチャン、バイキンマンをかいているつもり。どれも同じに見えますが・・・
ハイハイを始めたまあくんは、その椅子の足を掴んで引っ張ろうとしますが、未子も負けてはいません。姉弟の力関係は何時逆転するでしょうか(笑い)。そしてそれを見届ける事が私達には出来るでしょうか・・・?
 「お風呂にぬるま湯を入れて遊ばせる」と二人をお揃いの水着に着替えさせ、浴槽のなかでジョロやコップなどで遊ばせようとしますが、「未子の!」とそれらを全部取り上げてしまいます。我が家のお風呂は初めてと言う事もあってか、まあくんはワアワア泣きだし折角の計画も失敗。未子だけが一人でご機嫌で遊んでいました。
 その後のまあ君はアンパンマンの起き上がりこぼしや自動車の玩具に興味津々。身体の向きを変えてはあっちこっち。まだお尻は上がらないのでずりバイですが随分活発になりました。
先日の博多のアンパンマンミュージアムのビデオを見ながら音楽に合わせて嬉しそうに手を振っています。どうもリズム感は未子よりまあ君の方があるみたい。
先日から手足口病に罹っているまあ君ですが、痛みはないのでしょう。食欲もありとっても元気。安心しました。



7月25日(水)
 今日は公民館の夏季大掃除の手伝いに行きました。
昨日は37,3度という猛暑で県内一の気温でした。公民館では熱中症に配慮して「屋外の作業は中止」になりました。
 私の担当はKさんHさんと3人で学習室を担当します。例年窓ふきをしますが今回はそれも無し。机や棚の拭き掃除、床の掃除機掛け、スリッパの汚れ取をしました。3人でおしゃべりをしながらエアコンの効いた部屋での作業は、ちっとも苦にはなりません。1時間はあっという間でした。
 帰宅後主人と出掛けます。用事を済ませると昼食は咲果庄で「天神ミニ鱧膳」を頂きます。鱧の落としはふんわりとして梅肉でさっぱりと。
香ばしく焼かれた鱧は1切れはそのまま、その後は大葉と茗荷を薬味に出汁茶漬けでサラサラ。山椒の香りも美味しい。午前中働いたご褒美です。

 アスピラートでは「マイメロディ、キキ&ララ展」を開催中です。先日息子家族は出掛けたとかで、キャラクターと一緒に写した孫二人の写真を送って来ていました。
キャラクターに見覚えはありますが詳しくは分かりません。今度未子と会った時に話が通じ合うように出掛けたのです。
 サンリオのデザイナーの女性が生み出したキャラクターです。初期の頃の手描きの風合いが好きでした。今はデジタルで仕上げているそうです。
キャラクターが誕生したのは長男の小さかった頃と重なる様ですが、男児なので私も息子もこれらのキャラクターに関心がありませんでした。
会場には夏休みと言う事もあって息子夫婦世代の家族連れで賑わっていました。小学校低学年?の女児達の賑やかな事。「これ可愛い!これ欲しい!」と。
会場外ではグッズの数々が売られていましたが、未子は何か買って貰ったのかしら?横目で眺めるだけの私でした。



7月20日(金)
 福岡県宗像市の霊園にお墓詣りに行って来ました。

 5月初旬に昨年亡くなった父の納骨をして以来、遠方と言う事もあってなかなかお墓詣りに行けません。
母は気になっていたようです。『だから急いで納骨しなくても良い』と何度も言ったのですが、手元にあるのも気持ちがおさまらなかった様です。91歳の母には何度もお墓詣りをすることは出来ません。何とか体が動く間に出来るだけ連れて行ってやりたいと兄弟で思うのです。
先月墓石に家紋を入れたり、白の墨入れの追加の加工も終わり、兄弟のスケジュール調整も整ったので今日のお参りとなりました。
私は29日(日)の月命日でのお参りを提案したのですが、下関在住の弟の勤務日と重なり今日となりました。
日曜日だと高速代が3割引きなのですが、弟には母を連れて来てもらわなければなりません。弟のスケジュールに合わせます。
最初弟からは「霊園に10時」との連絡に驚き、福岡の弟を通じて11時に変更して貰いました。10時に霊園集合となると7時過ぎには出発しなければなりません。通常ゆっくりの我が家にとって7時に出掛けるのはハードルが高いのです。
今朝は8時に出発して壇ノ浦で休憩をしましたが10時30分には到着。福岡の弟は一足先に到着していました。
 団地の様な大きな霊園は管理事務所があって職員が常駐しているので安心です。今日の様に暑い日でもクーラーの効いた事務所で自由に好きな飲み物を飲みながら皆が揃うのを待つことが出来ます。
お墓に供えるお花もここで買い求める事が出来、お墓の区画ごとに水道、桶、ひしゃく、ブラシなどお墓の清掃用の道具もあるので便利です。母が蝋燭と線香、弟が父の好きだったビールやジュースを準備してくれそれらをお供えしてお参りをしました。
 皆で昼食後そこで解散、各自家路につきました。
福岡在住の弟に「お盆のお墓詣りは頼むね」と伝えました。お盆にはお寺さんが実家にお経を挙げに来られますのでそれに合わせ帰省します。次回のお墓詣りはお彼岸を予定しています。
近くには世界遺産に認定された宗像大社があります。次回は多少は涼しくなっているでしょうから、そちらにも足を延ばしたいと思っています。楽しみも必要です。



7月17日(火)
 毎日暑い日が続きます。昨日は山口市へ買い物に出掛けたのですが、屋外の駐車場から帰路につこうと車を動かすと、屋外の温度が41度と表示されていてびっくり。
アーケードから駐車場へ歩くと暑いけれど、まさか41度とは・・・
車を動かすうちに徐々に温度が下がって来て、勝坂のトンネルを抜けて防府だと36度。やっぱり山口は暑い!

 暑さで思いだします。5年前の京都、祇園祭の鉾建ての日(11日)でした。
その日は東山の平安神宮近くの「細見美術館」に行くために地下鉄を下り歩き出したのですが、方向を間違えてしまったのです。
丁度お昼過ぎと言う事もあって「暑い!暑い!」ペットボトルの飲み物で水分を摂りながら、道に迷ってウロウロ。
道に迷ったおかげで、思いがけずに白川に架かる一本橋(行者橋)を見つけるハプニングもありましたが・・・。
ようやく目的地の「細見美術館」にたどり着きましたが、エアコンが効いているにもかかわらず汗が止まりません。殆ど人がいなかったことを良い事にペットボトルの飲み物を補給しますが、顔や頭、腕の毛穴から汗が拭いても拭いても噴き出す感じでした。日頃あまり汗をかく生活をしていないので、ビックリしたものです。
 今日は祇園祭の山鉾巡行の日です。今日の京都は何時もにも増して暑かった様で、ニュースの映像を見ながら5年前の京都を思い出しました。



7月14日(土)
 毎日暑い日が続いています。下関の実家に帰って来ました。
先日の西日本豪雨災害で甚大な被害が伝えられていますが、実家でも想像もしていなかった被害がありました。
 実家は下関駅の西側、坂の途中にあります。坂も緩やかで自動車がゆったり行きかう程の道幅があります。
6日の明け方の豪雨で、上隣りとの間にある側溝が溢れて水が入ってきたというのです。
隣の男性がネコの侵入に手を焼いて、道路に面した深い側溝へ繋がるところに金網を取り付けていたのです。
今までは何事も無かったのですが、今回のまれにみる酷い豪雨に側溝が詰まり、溢れた泥水が我が家に流れ込んできたそうです。
市内に住む弟夫婦に連絡し応急処置をしてその日から2日間は弟宅で過ごしたそうです。
 弟や出入り業者でもある親戚の者にも手伝って貰って片付けたけれど、床を何度拭いてもザラザラすると言っていました。
ようやく今日「猫の手よりまし」と手伝う為に帰って来ました。室内は想像していたよりは綺麗ですが、除菌効果のあるクイックルワイパーで拭くと、オレンジっぽい土埃がまだ付きます。
毎日91歳の母は頑張って掃除していたようです。さすがに私達の顔を見ると「もうくたびれた」と。無理はありません。
 気分転換に関門海峡を望む満珠荘にお昼ご飯を食べに行きます。今日は素晴らしいお天気で海はキラキラ輝いています。
「綺麗ね〜。気持ち良いね〜」とご機嫌で食事を楽しみました。
陣中見舞いに私達がご馳走するつもりだったのに「暑い中、遠くからありがとう」と、母がご馳走してくれました。
 その後、実家に帰って未子やまあくんのビデオを見せると大層喜び「小さな子は可愛いね〜。顔もだけど手足がね!」と。
このことだけでも今回帰った事は母には良い気分転換になったのではないかと思います。



7月11日(水)
 今月の女性学級は元医療センター院長で、今は山口大学、山口県立大学名誉教授の江里健輔先生に「女性の力が健康を作る」という演題でお話していただきました。
 健康寿命を伸ばすには動脈硬化を防ぐことの重要性を話されました。
動脈硬化の原因は生活習慣(食生活、運動、飲酒、過労)です。特に食生活は家庭の主婦が担う事が多いので「女性の力が健康を作る」と言う訳です。
動脈硬化は40歳代から始まり、元には戻せないので、生活習慣を気を付けなければいけません。
青魚を週1回、腹八分目、野菜から食べ始め血糖値の急上昇を防ぐ等、そして1日30分位の運動を継続する事だそうです。
 それから夫にはゴミ出しやお風呂掃除の家事を担わせ、適度に夫婦喧嘩をすることで小さなストレスを与えると元気で長生きするそうですよ。
我が家ではもう既に実行していますので夫は長生きするかも・・・?



7月6日(金)
 ママが用事があるので9:30過ぎからまあくんを預かりました。私達だけで預かるのは初めてです。
最近は我が家に来ても抱き取ると泣き出します。ママがいると泣き止むので暫く一緒に積木等で遊ばせます。機嫌が良さそうなので「それじゃあお願いします」とママが立ち上がると大泣き。涙をぽろぽろ流して泣きます。
最近は抱かないと寝ないし、また大泣きするそうです。抱いてあやしながら寝せようとバアバは頑張ります。しゃくりあげながら泣いていましたが暫くすると寝てくれました。ヤレヤレ。
でも、やっぱり自分の家とは違うからでしょうか、30分もしないうちに泣いて起きてしまいました。
 まあ君や未子のビデオを見せると大人しくなったので、ママが持って来た離乳食やミルクの準備をして11:00から食べさせます。
大きく口を開けて完食。200cc準備したミルクを飲ませていると、気になったのか息子から電話です。「大丈夫よ。離乳食は完食。今ミルクを飲ませているから」。安心したのか「じゃあお願いします」と。
食後は座らせて積木やアンパンマンの起き上がりこぼしで遊ばせますが、時々ママを思い出すのかベソをかいています。そんな時には直ぐに抱いてやります。ジイジとバアバは出来るだけ泣かせたくないのです。
お昼前にママが帰って来たので、玄関に迎えに行くと安心したのか泣き出しました。やっぱりママが一番です!
 「あまり眠らなかったからね」と伝えると、暫く一緒に遊ばせていましたが「お買いものして帰ろうね」と雨の中帰って行きました。その後再び息子から電話「もう帰った?」。状況を説明して「また預かるよ」と言うと、九月から保育園なので「お試しにまた頼むね」と。孫の世話をすると可愛さも倍増します。でも、疲れもするし、腰も痛みます。もう年ですから・・・(笑い)



7月3日(火)
 サーッカーW杯の日本、残念でしたね。
夜中の3時から本気で見ていたわけではありません。年のせいもあって夜中に何度か目が覚めます。時計を見ると3:20頃だったでしょうか?テレビを点けると0−0で負けてはいません。ベルギーのサポーターが「5−0でベルギーが勝つ」とインタビューに答えていたし、フィファランク3位のチームと61位の戦いなので「そうかもな」と思っていました。
テレビを消し、再び寝て次にテレビを点けると後半27分だったかな?2−1で日本が勝っているではありませんか!
ここから本気で応援します。残念ながら相手ベルギーチームの2回の得点シーンを見る事になり、侍ジャパンの戦士たちの悔しさが伝わって来るようでした。
終了後のキャプテン長谷部の上ずり震えた声でのインタビューに応える姿に勝負の厳しさを改めて感じます。
素人の私には、前評判がさんざんで、決勝トーナメントどころか「全敗ではないか」と言われた西野ジャパンの健闘ぶりに「よくやった!頑張った!」と思うのですが、実際戦った選手にすれば悔しさ、無念さで一杯だったのでしょう。

 台風7号が向かって来ています。午後6時頃には30メートルを超える風が吹きましたが、シャッターを閉めて待機しています。
華城地区に住む息子からのメールによると、彼らの住むアパートを除いて、周りは停電しているとの事。
下関の母にも電話しましたが、「どおってこと無いよ。昨日高齢者には早めの避難を呼びかけられたけど、ここは大丈夫!」山も、川も無い坂道の途中にある実家。「家の中央の部屋にいると雨の音も風の音もしない」と元気そうで安心しました。
ただ、我が家の主人もそうですが、耳が遠くなっているので、「風が強く吹いている、酷く雨が降りだした」と言っても、「え〜、そうなん?」五月蠅く言って、シャッターを閉めてもらいました。「良いね〜。聞こえなくて。暢気だね」と嫌みったっぷりの私です。



7月2日(月)
 先週受けた健康診断の結果を聞いてきました。
70歳を過ぎて多少の数値の異常はあるものの心配する程のことではない。腹部エコーを受けた時には「綺麗な内臓です。肝臓に脂肪が付いている女性が多いけど、全く心配ありません」と言われていました。
栄養状態も良く(高齢者で栄養状態が悪いと筋肉が落ち転倒の原因になる)、脂質異常も「美味しい物を食べているから多少はしょうがないね」と笑いながら言われました。胃がんや肺がん等の心配はないとの事でひと安心。
これからも「腹八分目」に気を付け、なるべくウオーキングをしようと思いました。

 天満宮では「七夕まつり」で昨日息子家族は笹に短冊を付けてきたと写メが届いていました。
来月初めに行われる「ご誕辰祭」に奉納するボンボリの絵をかいてお初穂料を添えて届けに行きました。
未子とまあくんの短冊の傍に私達の短冊を括り付けました。きっと皆の願いを叶えてくれる事でしょう。
「招福 一年安鯛」のおみくじを買ってみました。おみくじはなんと「大吉」!初めてです。
 
 台風7号がこちらに向かって来ています。雨が降りだす前にと、植木鉢や飛びそうなごみ箱やバケツ等を屋内に取り込みました。被害が無い事を願っています。



6月29日(金)
 昨日は年に1度の健康診断受診日。バリュウムを飲みましたので用心して午後からの絵手紙講座は休みました。
夕方までお腹には急激な影響は無かったので「休まなければ良かった!」と思ったのですが後の祭り。

 23時からはサッカーW杯ポーランド戦をテレビ観戦。
今回のW杯が始まる前までは予選敗退、一勝も出来ないのでは?というのが大方の予想だったのに、コロンビア戦に勝利、セネガル戦も引き分けと頑張る日本チームに予選リーグ突破に期待が大きくなる。引き分けでも良いのだからワイドショーもスポーツニュースも簡単そうに予想してるけど、もし負けたらどうなる?
心配したように一点先取され、日本は攻めて良いところまで行きながら得点に結びつかなく敗戦色濃く、「予選敗退」とアナウンサーが中継で言っていたかと思うと、同じHグループのコロンビアが一点先取、このままいけばセネガルとイエローカードの枚数の差で決勝トーナメントに進めるのだと。
残り10分近くはボールをただただキープしながらひたすら時間の経過を待っている。「何だかな?これフェアプレー?」
「攻めれば良いのに。引き分けに持ち込めるかも・・・?」と思うけれど、選手同士ぶつかり合えばイエローカードを貰う危険があるので競技場内のブーイングにも負けず(?)究極の選択の結果決勝トーナメントへと進むことになった。
韓国チームは2敗して予選リーグ敗退が既に決まっていたけど、ドイツに2−0で勝利。やってみなければ分からないのです。私の心情としては負けても思いっきり勝負して欲しかったのですが・・・
 今日、新聞を見ると(まだ結果は出ていない)、決勝トーナメントに出る事が今まで見たことの無い景色を見る事で次に繋がると言う事らしい。
体格や体力に劣る日本人も、今はヨーロッパなど海外のチームで活躍、揉まれて鍛えられている。経験が強くなる一番の早道らしい。
西野監督も「納得はしていない。究極の選択。決勝トーナメントに進むことが一番!」
決勝トーナメントの相手、ベルギーチームとは横綱と十両位の差があるのでしょうか?せめて次に繋がる大きな財産を捕まえてほしいものです。



6月27日(水)
 先週の金曜日、息子は有給をとって福岡のアンパンマンミュージアムに家族で行って来たそうで、土曜日の夕方ビデオ持参でやって来ました。
 防府〜新山口は山陽線。新山口〜博多は新幹線。博多〜川端は地下鉄。まあくんは新幹線も地下鉄も初めての体験。お利口さんだったようです。
 アンパンマンミュージアムはとっても人気な場所らしく、土、日などは大賑わいらしいのです。
開場は10:00からですが早めに行って宝塚スターの如くアンパンマン等のキャラクターの出待ちをするんだそうです。息子達は20組目位だったらしく、目の前に現れたアンパンマンに未子は呆然としていたらしい(笑い)
好きなバイキンマンと握手してハグをして貰って、おまけに手を繋いで歩いてご機嫌の未子でした。
朝一だったので滑り台の遊具も独り占め状態だったようです。多くのスタッフが付いていてくれるので親も安心して遊ばせられます。大勢の子供が滑る事を設定しているので、一度滑るとぐる〜っと廻らなければ再度滑ることは出来ません。
ショーが始まっても最初は眺めているだけでしたが、次第に慣れて皆と一緒に大きな声で「アンパンマ〜ン!」。音楽に合わせて歌ったりダンス?して楽しんだ様です。
 入場料は1歳以上は一律1500円で決して安くはないのですが、今回は平日で人もそんなに混み合っていなかったので十分楽しめたようで親子とも満足だったようです。
そんな様子のビデオを見ながら孫の成長を確認出来てバアバは嬉しい!日に何度でも可愛い姿を見られます(笑い)



6月24日(日)
 公民館「開館30周年記念感謝の集い」が17:00からありました。
思いがけず10名の方々と共に表彰していただき、感謝状と記念品を頂きました。
 公民館の前身の学習等供用会館として開館して間もなく、生け花のサークルに誘われ参加しました。
息子達が小学生の頃は家庭教育学級、その後は女性学級に参加して運営委員を経てかなり長く委員長も務めました。
ただ何事も同じことを続けているとマンネリ化、惰性で運営をしている事に気づき、委員長は2年毎の持ち回りとする事にして頂きました。
最初は尻込みをしていた方々も「それぞれのやり方で良いのだから。指導員の先生と皆で相談しながらやるのだから・・・」と説得、理解していただき協力しながらの運営が出来ていると思っています。
5年ほど前からは市民教養講座として開講した「絵手紙」を楽しんでいます。
 そんな私に10年位前から「公民館運営審議委員」と言う役目も回って来ました。公民館利用者代表と言う立場です。
長年公民館を利用させていただきながら、そんな組織、委員会がある事を初めて知りました。
構成メンバーは公民館館長を始め職員の方々、小、中学校校長、老人クラブ会長、自治会関係者等私からは人生の大先輩の方々ばかりで「私がこのメンバーに入ってよいの?」と思いましたが、考えてみたら小、中学校長はお若いのでした。私の方がいつの間にか人生の先輩なのでした。「私も歳を取ったものだ」と感慨深く思ったのでした。
 今晩の会は地域の方々や事業所の方々や来賓の方々と共に和やかな「感謝の集い」となりました。
公民館は地域の防災の拠点でもあり学びの場でもあり、地域の住民を繋ぐ場でもあります。私で役立つのであれば、もうしばらく公民館での活動や運営に関わって行こうと思います。ありがとうございました。



6月17日(日)
 今日も梅雨の中休みです。萩へ出かけました。

 以前「花燃ゆ」や「世界遺産認定」のイベントの時には外観だけの見学でしたが、今は「明倫学舎」として旧明倫小学校を整備復元をして内部が見学できます。
そして教室をお洒落に改装した「萩暦」と言うレストランでは萩の食材を使った食事がいただけます。
今日は「父の日」でもあり、ドライバーで頑張ってくれる主人の為(?)に「萩御膳」を奮発しました。
桐箱には九つの小さな小鉢に盛り込まれたお料理に見覚えがあります。後で分かったのですが、今までも何度か食事をしたことのある「割烹千代」の姉妹店でした。
 本館の復元校長室や2階の応接室などとても立派で、私が通学した小学校とは雲泥の差です。
有料の2号館はまた改める事にして、本来の目的地の「山口県立萩美術館、浦上記念館」に向かいました。

 今こちらでは山口県・山東省友好協定締結35周年記念「山東のやきものを楽しむ」展が開催中です。
先日の朝日新聞の招待券プレゼントに応募したら送られて来ました。会期はまだ残り1か月ありますが「まだ日にちがある」なんてゆっくりしていると瞬く間に日にちは経つものです。「善は急げ」で急に思い立って出掛けたのです。
 一番印象に残ったのは「緑釉人物俑」。中国服を着たコックさんが嬉しそうに調理をしている。「俑」はお墓の副葬品ですがお墓のの主は?美食家だったのでしょうか・・・?
 作品の時代=漢、隋、唐、明・・・併せて西暦表示があった方が分かり易いと思います。日本なら多少は判別できますが、中国は馴染が薄いです。



6月12日(火)
 女性学級の社会見学で山口に行って来ました。
例年は10月に開催するのですが、目的地にも行き詰まり、「季節を変えてみるか?」となったのです。
6月と言えば「梅雨=雨」を予想してお隣の山口ふるさと伝承館、瑠璃光寺、NHK山口放送局、常栄寺としました。
ここだったらたとえ雨が降っても天候に左右されないし、常栄寺の雪舟庭はむしろ風情があって良いかもしれません。
ところが心配は杞憂に終わり、梅雨時とは思えない程の晴天、その上空気は爽やかで気持ちの良い社会見学日和となりました。
 ふるさと伝承館では大内塗体験でお箸を作ります。
漆塗りは縄文時代からあり、英語表記の「JAPAN」は日本の意味だけではなく漆塗り、漆器を表す言葉であることと、「もっと漆器を日常使いにして欲しい、本物は丈夫です」と話されました。
 最初に注意がありました。漆はかぶれる恐れがあるので手などに着いたら直ぐにお知らせください。除去する薬があります、と。
 指導者の云われるように、漆で塗られたお箸にまず漆を塗ります。「漆は良く伸びますから塗り過ぎない様に」と。漆が付かない様にと緊張します。
塗った漆の上に細かいひし形の金箔を載せるのですが、「強く押さないで、そっと置く気持ちで」。その後軽く「フッ」と息を掛けると金箔の裏打ちされた紙が取れます。
その後銀色の錫の紛体を撒いて仕上げますが、何事も見るとやるとでは大違い。「こんなつもりでは無かったのに・・・」と不本意な出来栄えのお箸にガッカリですが、世界に一つだけの「マイハシ」が出来ました。こちらで乾かしていただきおよそ3週間後位に仕上がるそうです。このお箸は10月の文化祭に展示します。
 昼食後は瑠璃光寺の五重の塔をボランティアガイドの男性に案内して貰います。塔の前の池は工事中で残念でしたが近いうちに整備された池を眺める事が出来るのでしょう。
昨日の雨に洗われた木々の緑は輝いて、清かに吹く風は心地よく梅雨とは思えない程でした。
 14:00からのNHK山口放送局の見学に合わせて今回のスケジュールを決めたのです。
スタジオ内は以前見学したKRYより広く感じました。日頃テレビで見るスタジオにはアナウンサーの立ち位置に床に目印がしてありました。
年長の田中アナウンサーから、初任地の鹿児島放送局時のエピソードを披露して貰ったり、久し振りに新人アナウンサーが着任して「今はラジオを担当しているがもうすぐテレビにも登場するのでよろしく」との紹介がありました。
 常栄寺には皆さん一度は訪れていると思うのですが「ここ、来たことあったかしら?」と言う声も。駐車場などが整備され雰囲気が変わっています。奥の「雪舟の庭」を見れば「あ〜。来たことある、って思うよ」と私。
庭の池の周りの遊歩道を回ります。山側の四明池は「モリアオガエルの生息地」だそうで、丁度池に覆い被さる木々には白い泡のような卵が沢山見られました。
その後本堂に上がり足を伸ばしてのんびり庭を眺めながら「今日は良かったね〜」の皆さんの言葉と笑顔を見られて、運営委員としては何より嬉しい事です。帰りのバスの中で運営委員長さんに「もう半分済んだような気がするね」と声を掛けると頷いていました。大成功の社会見学でした。



6月4日(月)
 昨日の日曜日に高校のクラス会があったので下関に帰って来ました。

 事前に新南陽の友人Iさんと打ち合わせ、同じ電車に乗ります。日頃電車に乗ることはめったにないので、券売機で切符を買うのもちょっと緊張します。
昨年ご主人を亡くされたり、彼女自身の体調不良などで久し振りのクラス会の参加ですので、車内では積もり積もったおしゃべりにあっという間に長府駅に到着。
友人のMさんが改札口で待っていてくれ、ご主人の運転で会場の海峡ビューへ送って貰います。梅雨時とは思えない程のお天気に恵まれ関門海峡の景色を楽しみながら、友人との再会にワクワクします。
 玄関には私達グループの名だけでなく、偶然にも同じ高校の1組のクラス会、また昭和36年卒業の中学校の同窓会の名もあり「間違えないようにしなければ・・・」と3人で笑いながらロビーへ。
「前日の土曜日には中学校の同窓会もあったので昨日から別のホテルに泊まったの」と、神奈川県から参加のAさん。10年振り位?「毎朝1時間のウオーキングと太極拳と書道をやってるよ」と元気です。
兵庫県から参加のKさんは「早朝割引の新幹線利用なので5:30頃家を出たからちょっと眠くて頭が呆けてる」と、エピソードを披露。新幹線下車後、Aさんの泊っているホテル(3日は一緒に宿泊予約)のフロントでAさんの旧姓で尋ねたとの事。みなで大笑い。
美味しい食事とコーヒーやアイスクリームの特別サービスを受けて一同大満足。来年も幹事さんよろしくね。
 その後Iさん、Mさん、Aさん、kさん、Tさんと私6名でお喋りの続きをする為にシーモールペレスへ。
話の内容も健康の事。いままでは親の看護や介護が中心でしたが、自分自身の事や夫が中心になります。
 1さんは数年前に「悪性リンパ腫が分かった」そうで、ご主人の入院(宇部)と自身の入院治療(徳山)が重なり娘さん達には随分心配かけたと話します。抗がん剤で髪の毛が抜けるのが嫌だったけど想像したほどでは無かった、と今では笑顔で話します。
 Tさんは吐き気などがあり検査をすると「肝臓がん」が見つかったが、ウイルス感染はどれも陰性。肝臓がんの原因を調べるとすい臓がんが判明。すい臓、脾臓摘出手術。その為にインシュリンが出ないので自己注射をしているそうです。
糖尿病にはカロリー摂取に気を付けないといけないけれど、肝臓病には栄養が必要なので食事の管理が難しい。肝臓がんも数個あるので手術は出来ないのだと。「でも、病気と付き合いながら熊野古道も歩いたよ」と、淡々と話します。
開き直ったとも違う、悲壮感も無く、病気を素直に受け入れているような彼女の姿勢に頭が下がります。
 来年また元気にお会いしましょう!



6月1日(金)
 今日は梅雨とは思えない程の爽やかな良い天気です。常盤公園に行ってみました。
菖蒲祭は10日からですが、今年はサクラも例年より早く咲きましたので「菖蒲も?」と期待しました。
 先日息子からタブレットを貰ったのですが、まだ使い方が良くわかりません。まずカメラ機能を試すことにして、白鳥池等を眺めつつ写真を撮るのですが、ちょっと触れるだけで起動するようです。
菖蒲は早咲きの種類は咲き始めていますが、見頃は来週あたりの様ですが、池の睡蓮は綺麗でした。

 リニューアルされた熱帯植物園にも行きます。券売機で入園券を買いますが、大人300円のところ70歳以上は200円です。
「身分証明書持ってる?」と主人に尋ねると「顔パスだろう」と。全くその通りで担当者から咎められる事は無く、70歳になったばかりの私はちょっと複雑(笑い)
今までとは入口は逆になっています。熱帯アジアゾーンには3〜5月に咲くヒスイカズラが藤の花の様にぶら下がった蕾と青い花との両方見ることが出来ラッキーでした。目玉のアフリカゾーンのバオバブはまだまだ成長中だそうですが、果たして何処まで大きくなるのでしょう?
 
 日差したっぷりでしたが、湿度が低かったので陰 に入れば涼しく、白鳥池からの風が心地良く、ウオーキング も楽しめました。



5月23日(水)
 朝ドラの「半分青い」を楽しんでみています。
今日は主人公の鈴愛が他の漫画家の卵2人と、秋風羽織の特訓を受けている場面でした。
内容は、幼馴染の律とその友人正人をモデルにクロッキーの特訓です。ポーズを取らせ最初は20分、ポーズの変更の度に15分、10分・・・最後にはたったの2分だったかな?で描くのです。
鈴愛達の様子を見ながら「間違っても消しゴムは使わない!。勢いのある線が大事!。迷いのある線はダメ!。弱弱しい線はダメ!・・・」と、秋風先生の言葉に3人とも集中して描いています。
 絵手紙でも通常の墨と筆でかくのではなく、鉛筆で人物などのスケッチをすることがあります。時間を区切って「速写」でかくのです。
絵手紙は「じっくりよく見て、ゆっくりかく」のが基本です。でも、「線を鍛える」為に時には「速写」に取り組むのですが、苦手です。速写では「線を省く」事が必要です。全体の形を捉えながらも省略できる線を選択することが「線を鍛える」事に繋がるのです。
ドラマを見ながら、絵手紙教室で先生に言われるのと「同じなんだなあ」と、いつも以上に楽しめました。



5月20日(日)
 昨日19日(土)にお寺では親鸞聖人のお誕生日(5月16日)のお祝いと、小さな子供の「初参式」(お宮参りの様なもの)が行われました。
前日の午後からは激しい風雨に、夕方からは雷まで鳴りだし心配しましたが、朝には晴れ間ものぞく良いお天気に恵まれ安心しました。

 まあ君だけでなく未子もピンク色のレースの服を着て、髪はちょっとだけ編み込みをしておめかししています。
2年前の初参式の時は紺色に白の水玉模様のワンピースで参加して、記念撮影の時には大泣きしましたが、今回はお利口さんでお姉ちゃんの自覚も出てきたのかな?
まあ君は普段から泣くことは殆どありません。今回もママに抱かれて儀式の間も大人しく、記念撮影もバッチリ!
その後私達夫婦は他の門徒の方々と共に「お正信偈」のお勤めがあるので、息子達には先に我が家で待っていて貰います。
通常は皆さんと共に総会後、お昼を頂きビンゴゲーム等の懇親会があるのですが、まあ君のお祝いをしますので今回は失礼させていただきました。
 お弁当を取るつもりでしたが、息子からは「炊き込みご飯で良いよ」とのリクエスト。正直なところ前の日から準備しなければいけないので面倒。でも、未子が好きなのです。
前夜、野菜などの準備をして出がけにスイッチオン。お寺の帰りに頼んでいたお刺身を受け取って帰りますと、まあ君にはお粥を食べさせているところでした。
お味噌汁と、ホウレンソウのお浸しの準備をします。未子は「お手伝いをさせると良く食べる」と言うので、ホウレンソウと調味料の「混ぜ混ぜ」をやってもらいます。大喜びで手伝ってくれ、嬉しそうにモリモリとお浸しを食べました。
 まあ君は眠そうですが落ち着かないのかご機嫌斜め。「そろそろ連れて帰ろう」と言うと、未子は「滑り台、ブランブラン」とモデル公園で遊びたがりますが、「また、おいで。夕方でも良いよ」と納得させ帰します。
 お昼寝をして普段着に着替えた未子は本当に夕方息子とやって来ました。モデル公園のブランコやローラー滑り台で遊んで気が済んだようです。
朝から一日、孫ふたりの成長を見守れ良い日となりました。

 今日20日(日)は朝から気持ちの良いお天気。
9月にはきらら浜では「山口夢花博」が開催されます。準備の様子を見がてらウオーキングをしにきらら浜に行きます。
日差しははたっぷりあるのですが、「月の海」方面からは冷たい風が吹いて、「上着を脱いで失敗?」と思う程でした。ところがそこを過ぎると風を受けることなく今度は「暑いね〜」。
花壇などの工事が進んでいる様ですが、まだイメージが湧きません。現在子供の遊具のあるあたりには木製の滑り台などがすでに作られていました。開幕が楽しみです。

 宇部空港のバラが見頃だと報道されていましたので、足を延ばしました。
駐車場はかなりの車が停まっています。「バラ園にお越しの方は西Pをご利用ください」との案内看板です。西Pは車で一杯です。私達の様にバラを見に来た人たちが多い様です。
バラは色も形も様々。華やかなバラ、清楚なバラ、可愛らしいバラ、に香りも魅力的です。
お蔭でウオーキング歩数も楽しみながら7000歩を超えました。気持の良い日でした。



5月17日(木)
 午後から絵手紙仲間のKさんの車で山口に出掛けました。Yさん、Mさんも一緒です。
山口市黒川の「白雲窯」の作品展に誘われたのです。お茶碗、カップ、お皿や置物、オブジェ等、手頃な値段です。その中からペアのシーサーを買いました。絵手紙の画材になってくれそうです。
 折角山口まで来たのです。このまま帰るのは勿体ないと、湯田の「山里菜」でお茶をすることにしました。
以前友人と行った事のあるお店ですが、骨董品の調度品に陳列された、古布で作られた人形や小物が販売されていて、それらを眺めながらオーナーの女性手作りのシフォンケーキを頂くのが楽しみです。ところがシフォンケーキは全て売れきれてしまって残念でした。でも、古伊万里の素敵なカップで頂くコーヒー(小さなチョコ菓子付)に満足満足。
その後は、漆の蓋つきのお椀の中には緑のもみじ葉を敷いて手作りの小さな水羊羹、豆皿にはお煎餅等が添えられ、染付の湯飲みにほうじ茶を入れていただき、締めてお代は500円。「本当に?!」と皆で感激。
ところが、残念ですが12月中旬にはお店を閉じられると言う事です。「また来てくださいね。予約してくださるとシフォンケーキを取り置きしておきますから・・・」と温かく声を掛けて頂きました。
 その後は龍蔵寺まで足を延ばします。Kさん曰く「素敵な人形が沢山あるのよ」。私達3人は知りませんでした。
今日は蒸し暑かったのですが、龍蔵寺まで来ると空気が違います。緑のもみじの葉が気持ち良いです。
冬に寒ボタンが飾られていた本堂の右奥の新しい建物に、沢山の人形が飾られています。全てが手作り。「山里菜」に飾られていた人形と表情が似ています。
後で聞いたのですが全てお寺の先代の奥様がおひとりで作られたものだとか。今も先生について指導を受けながら制作し展示しているとの事でした。「時々展示を入れ替えています」との事でした。
 本堂を改めて見ますと、「富士山」「椿」「お地蔵様」の大きな絵が飾られています。力強い絵と力強い文字です。こちらも尋ねますと先代のご住職が画家佐藤勝彦氏とのご縁で描いていただいたものだとか。名前を知りませんでしたが帰宅後ネットで調べると、仏画や富士山、赤色を得意としている画家だそうです。

 公民館で絵手紙を共にしている仲間。勿論話をしますが今日の様に半日行動を共にするのは初めて。楽しく実りのある時間でした。誘ってくれたKさん、ありがとう。運転、お疲れ様でした。またよろしくね。



5月13日(日)
 今日は「母の日」です。

 私の母は昨年父を見送り、いまは下関で一人住まいです。91歳の高齢で耳は遠くなり、目も悪くなりましたが、杖を突きながら歩き買い物に行き、調理や洗濯、掃除等を頑張っています。
4月からは週1回デイサービスに行き始め、先日の電話では初めてゲートボールに挑戦、ビギナーズラックで巧くいったと満更でもなさそう・・・久し振りにカラオケでデュエットをしたそうで少しずつ楽しみを見つけている様子に娘としては嬉しい事です。
 そして昨日は息子家族が1日早く「母の日」のプレゼントを持って夕方やって来ました。
プレゼントは滋賀県近江八幡市の老舗菓子店「たねや」のグループ企業「クラブ ハリエ」のバウムクーヘンです。
数年前に主人と旅行した時には本店の「たねや」でお土産を買った事を懐かしく思い出しました。
「クラブ ハリエ」は自社牧場を持ち、レストランや洋菓子の製造販売をしていますが、その時には距離的にも時間的にも訪れることは出来ませんでした。
風味豊かなバウムクーヘンを早速皆で頂きました。美味しい物に目の無い未子はお皿に切り分けてやったのをさっさと食べると「お代わりちょうだい」とお皿を差し出します。息子が自分のを分けてやっていました。
 5月6日の「端午の節句」の日に、お墓詣りの予定でしたが、生憎の雨で行かれませんでした。息子達は気にしていたようで「お墓詣りに行こう」と出掛けました。線香の煙が嫌いな未子ですが昨日は嫌がらずにお参りをしてくれました。



5月10日(木)
 平成30年度の絵手紙講座がスタートしました。新規の学級生は無く、昨年度から3名退会されましたので少し寂しくなりましたが皆さん絵手紙大好き、熱心に取り組まれる方々です。

 講師の先生から、先日東京での「武者小路実篤展」や滋賀で見て来られた「大津絵」の話を聞かせていただきました。
それから来年開催予定の合同展の場所や日程が決まったので、「展示作品を頑張ってかいてください」と、忙しくなりそうです。
そして、今日はその展示作品にもなる様に「端午の節句」に取り組みました。
事前に「端午の節句」の画材を持ってくるように指示されていましたので、「新聞紙で折った兜」と「柏餅」を持って行ったのです。ところが、何時ものハガキではなく長細い「短冊」にかく事に・・・画材の選択に失敗!
おまけに言葉は「折句」。『こいのぼり』『こどものひ』『さつきばれ』のどれかを選び、その一文字を言葉の頭に折り込まなければなりません。
結局柏餅2つをかき「こ れからも、ど んどん食べて、も っともっと大きく成長、の びのびと元気に、ひ(飛)躍する姿が見てみたい」と、孫息子を思いながらかきました。
柏餅はみどり色だけなので、少し寂しく、「赤や朱色」の画材の方が元気になれそうで「子供の日」に相応しいと思いますが後の祭りです。



5月9日(水)
 平成30年度の女性学級がスタートしました。新しい指導員の先生や新規の学級生を迎えて気持ちも新たにスタートです。

 開講式ではまず今年度の学習計画の説明です。昨年までとの大きな違いは、例年10月に行っていた社会見学を6月に行う事です。梅雨時ですが、山口市(大内塗の体験、NHK放送局見学、瑠璃光寺、雪舟庭)と近場を選び、多少雨模様でも若葉の緑が楽しめ、特に雪舟庭はかえって趣きがありそうです。皆さんが私達運営委員の意図を汲んで多くの参加を頂けることを期待します。
 今年度1回目は「セルビア共和国バレーボールチームがやってくる〜2020年東京オリンピック・パラリンピックのホストタウン推進について〜」推進室の担当者からお話を頂きました。
 正直なところセルビア共和国の事は殆ど知りません。場所はアジアとヨーロッパを結ぶ地域と言ったらよいでしょうか?北海道と同じ面積位の小さな国土ですが、農業国で食材の宝庫、ローマ時代の遺跡や中世の教会・修道院があり世界遺産に指定され貴重な文化遺産があり自然の美しい国だそうです。
スポーツ大国でテニスのジョコビッチ選手やサッカー選手など世界で活躍する選手を輩出しているそうです。
また意外ですが「金鳥」の蚊取り線香の原料の除虫菊の原産地がセルビアだそうです。
そしてセルビアの食材の試食ではアイヴァル(パプリカのペースト)とイチゴジャムをクラッカーに載せていただきました。これらはうめてらすの「セルビア物産コーナー」にあるそうです。どちらも美味しかったです。

 ホストタウン登録の条件として住民との交流があげられます。
   @選手(大会等に参加する為に来日する選手)
   A関係者(大会参加国・地域の関係者)
   B日本人オリンピアン・パラリンピアン
 東京オリンピック・パラリンピックで多くの選手や観客が来訪することを契機に、地方公共団体と大会参加国・地域との人的・経済的・文化的な相互交流を図るとともに、地方の活性化等を推進する事を目的とする、んだそうです。
私にとって東京オリンピック・パラリンピックはテレビで観戦する事しか思い至りませんでしたが、それだけでは無い機会があるかもしれません。



5月6日(日)
 まあ君の「端午の節句」のお祝いを息子家族、ママのご両親と一緒に我が家でお祝いをしました。
少し早めに到着した息子家族。床の間に飾られた兜等と一緒にまあ君の写真撮影。新聞紙で折った兜を被らせると一層キリリと男の子らしく見えます(笑い)
お姉ちゃんの未子は、何時もは「未子ちゃん未子ちゃん」と言われるのに今日は「まあ君、まあ君」なので微妙な表情です。
それでもまあ君を抱いて姉弟仲良く?写真を撮ります。私達ふたりを加えた写真、その後到着したママの両親も一緒に総勢8人の記念写真です。
 まあ君にはママ手作りの真鯉、緋鯉に見立てたお粥、未子にはオムライス、私達大人は仕出し料理と大きな鯛の塩焼きでお
祝いの膳を囲みました。
まあ君は美味しそうに口を開けてお粥を食べています。未子はオムライスを食べながら私達の料理に興味津々。息子が食べられそうな物を食べさせてやると満足そうです。
 まあ君には「粽」を持たせて、皆で「粽」を頂きながら健やかな成長を願いました。



5月5日(日)
 「子供の日」にぴったりの五月晴れです。そして今日は先日一周忌を済ませた父の納骨をしました。

 父は生前「墓参りは自分がするのではないから皆の都合良い所に決めてくれ。任せる」と言っていました。
いざ決めるとなると色々迷います。第一候補はお寺の納骨堂。実家からも近く母も何時でもお参り出来るでしょう。ところが残念ながら空きが無いのです。
次にお墓を建立するとなれば何処にするか?下関であれば私達もお参りしやすいのですが・・・でも責任を持って管理するとなれば話は違います。
結果、長男である福岡に住む弟が甥とも相談して宗像市の霊園にお墓を建立、本日無事に納骨出来ました。
 下関からご住職も同道していただき読経の段取りでした。ところが高齢のご家族の体調が思わしくなく参加出来なくなったので、「代理の住職に依頼した」と今朝連絡があったとの事でした。
ご縁とは不思議なもので、代理で来られたご住職は実家のお寺の前住職の親元に当たるそうです。宗像市福間にお寺があるそうで霊園にも近くこれからもお世話になる事があるかもしれません。
「こちらのお寺にもお立ち寄りください。ここから20分位ですから」とお誘いいただきましたが、帰りの交通渋滞が気になります。
 下りの下関インター出口や小倉〜門司の上り車線が随分渋滞していたのを目にしていましたのでゆっくりする気にはなれません。納骨が済み次第急いで帰って来ました。途中何度か50キロ規制がありましたが、幸い大きな渋滞に巻き込まれることなくスムーズに帰って来られホッとしました。



4月29日(日)
 昨年亡くなった父の祥月命日です。昨年も今日と同様素晴らしいお天気でした。
その日はママが夕方から用事があるので秋の第2子の出産に備えて、息子と未子は我が家でお泊りの予定でした。
公園で遊んで夕食を食べ、パパである息子と二人、初めての我が家でのお風呂でした。最初は戸惑っていた未子も家から持参のアヒルや象の如雨露でご機嫌だったところに電話です。
弟から「今度はダメかもしれない」との緊張した声です。2週間前に父を見舞ったときには食欲もあり元気で連休明けには退院のスケジュールだったので驚きです。
息子に事情を伝え「お泊りは中止。悪いけど帰って」。間もなく再びの電話で「やっぱりダメだった」と伝えられ主人と二人慌てて下関に帰ったのでした。

 今日の息子家族は未子の体調もほぼ回復したので動物園に行き、永源山公園でお弁当を食べて帰って来たそうです。
今日を含めて2カ月弱の未子とまあくんのビデオを持って未子を連れて息子がやって来ました。
最近は昼間はオムツが取れてアンパンマンのパンツをはいています。靴の脱ぎ履きも自分で出来ます。玄関前の石段もスムーズに上がり降りしています。ほぼ1か月以来に会ったのですが、暫く見ぬ見ぬ間に随分成長したものです。
 16:30から老松神社で「餅まき」があるので、未子をバギーに乗せて出掛けます。
久し振りのバギーを見て「ベビーカー」と言うので、「だれが乗るの?」と問うと当たり前のように「未子ちゃん」と。
 老松様に来たのは随分久しぶり。神主さんの継承をお祝いする餅まきなのです。
私は餅まきにあまり関心が無いのですが息子が好きなのです。『ママのお餅好き』と言う事があるのかも・・・?
安全対策もあってか、2か所からのお餅まきです。私は未子の手を握っているし荷物もあるので本気で拾うことは出来ませんが、御世話役の方々が気遣ってくれ未子と拾うことが出来ました。息子は背が高いので手を伸ばし空中で捕まえます。
思いのほか大量の成果に大喜びの息子。未子もお餅の入った袋を持って嬉しそう。皆でお礼と孫たちの健やかな成長を願ってお参りをして帰って来ました。



4月28日(土)
 父の一周忌で下関に行って来ました。本来なら明日29日ですが都合により本日となりました。
息子家族も全員出席のつもりでしたが、未子が1週間前から流行性胃腸炎に罹って止む無く息子のみの出席となりました。
息子によると先週の土曜日の夜中から嘔吐が続き、日曜日には医療センターを受診したそうです。
ひっきりなしの嘔吐に「水分補給を」と思いながらも、少しでも飲ませると再び嘔吐。未子本人も口にすることを恐れる程だったとの事です。それでもしっかり者の未子は「吐きそう」と自分で洗面器を持って戻していたと聞くと、いじらしい事この上ありません。
今日は親戚の者に未子とまあ君を紹介できる良い機会だと思っていたので残念でしたが、代わりに写真館で撮った写真を見てもらいました。

 ご住職さんと共に参列者全員でお経を挙げ、お焼香を済ませた後にご住職からお話をお聴きします。
下関は「平家」と縁の史跡が数々ある事を話され、「祇園精舎の鐘の音。諸行無常の響きあり」と平家物語の冒頭の言葉を上げられ、「物は留まることなく変化し続け、そして命は自分の自由、勝手にはならなく預かりもの」だと語られました。
 その後ホテルに移動、和やかに会食歓談し来年の3回忌には再び元気に会う事を約束して散会しました。

 息子をアパートに送ると、「お父さんが好きだから」と、主人の好物の豆ごはんと肉じゃがを作ってくれていました。
未子は蹴って進む自転車に乗って元気そうな姿を見せてくれました。息子によるとまだ本来の未子ではないそうですが私達は安心しました。
いち時は体重が1キロ位減ったそうですが、食べられる様になって徐々に体重も戻りつつあり、良い方に変化しているようです。



4月22日(日)
 毎日良いお天気が続いています。ニュースでは各地で真夏を思わせる様な気温を観測している様ですが、ここでは気持ちの良いウオーキング日和です。

 昨日のことです。ウオーキングをしに運動公園に向かったのですが、10:30頃向島に渡る橋は赤信号で遮断機が下りています。滅多にこんなことはありません。過去に1度だけ遭遇したことはありますが。
満ち潮で海面は高くなっていますが左右を見渡しても船の姿は見えないのです。私達の車の前には既に1台のタクシーが停まっています。「カンカン、カンカン」と大きな音を点て続けているばかり。「何時まで通れないのだろう?タクシーのお客さんはメーターのカチカチと言う音にイライラしているんだろうね」と、ふたりで話していると、ようやく漁船がエンジン音を響かせてやって来ました。あれ程早くから遮断機を下さなくても良さそうなものだと思うのです。救急車だったらどうするんだろう・・・?
 その後ふたりで想像しながら話すのです。
向島に橋を架ける時に漁業組合と色々協議したんだろうね。反対もあっただろうね。その結果可動式の橋を架け、満ち潮でも漁船が橋の下を通れるようにしたのでしょう。
時代は車社会になって、昨日の様な事が度々あると日常生活に不便をきたします。漁船の持ち主は肩身の狭い思いをされているのかもしれません。



4月15日(日)
 昨日の風雨は落ち着き、雲は多いものの薄日も射し出掛けるに差し支えなさそうです。今日は下関に行きました。
まず、今月末の父の一周忌の参列者への引き出物の注文に大丸に行きます。
丁度お昼前だったこともあり、駅前から駐車場に向かう車の長い行列です。だから土、日に行きたくはないのですが、注文の日にちが迫っているし、高速道の通行料金も馬鹿になりません。
予定通りの商品の注文、法要後の会食会場のホテルへの配送も引き受けてもらい私のお役目が一つ果たせました。
続いて、地下でお弁当を買って母の元へ向かいます。
 母はお吸い物を作って待っていて、大層なお弁当ではありませんが「3人で食べると美味しいね」と喜んでくれました。
今月から週1回行き始めたディーサービスの事を話してくれます。既に電話でも聞いたことですが黙って聞きます。木曜日の通所者の中では母が一番の高齢者だそうで、皆が「年を聞いてびっくりする」と嬉しそうに言います。
私達姉弟にしては、母の風貌や動作に老いを感じますが、他所様からすれば容貌も、頭も動作も91歳という年齢には思えない様です。「若く見られる」事は母にとって殊の外嬉しい様で、ちょっと自慢でもあるのです。
 持参した未子やまあくんの写真を嬉しそうに見ていましたが、特に先月末に実家のソファで未子に絵本を読んでやっている写真を事の他喜び「可愛いね〜。大きく引き伸ばしてほしい」との要望です。
 お日様もたっぷり出てきましたので、彦島大橋を渡って「老いの山公園」までちょっとしたドライブ。
ツツジの満開にはまだ日にちがかかりそうですが、北九州を望む海を眺め、杖を突きながらの散歩を喜んでくれました。



4月12日(木)
 NHK山口放送局で開催中の「西郷どん」の巡回展に行って来ました。
大河ドラマ「西郷どん」に出演中のサイン色紙が展示されていて、「字は体を表す」と言いますが、何となく自分が抱く俳優さんの印象と重ね合わせて、納得です。
 パネルに登場人物の相関図や時代背景等が分かり易く展示されています。西郷の座右の銘「敬天愛人」・・・天を敬うように人を愛す。多くの人からも慕われたようです。
数年前に鹿児島を旅行した折の生誕地や自刃した城山、また京都清水寺の塔頭の成就院を訪れた時の僧侶月照との関わりを改めて思い出しました。
 今、NHKでは8K,4Kテレビジョンの試験放送が見られます。鮮明で立体感のある綺麗な映像でした。
お昼は局内の食堂で日替わり定食520円を頂きました。IDカードを下げた職員の方々と一緒に頂きましたが、アナウンサーやリポーターの方にはお会い出来ず残念でした。

 今日も暑い位の良い天気です。宮野の山口県林業試験センターに寄って遅咲きのサクラを見てきました。
ピンク色の八重咲きの「普賢象」と薄緑色の「ウコン桜」です。
去年ローカルテレビで放映されたので見に行った事を思い出し、寄り道をしたのです。あまりにお天気が良すぎてサクラもお疲れ気味?の様に見えました。
 窓外にはシバザクラ、花水木、藤の花やツツジが目を楽しませてくれました。今年はどの花も見頃が早そうです。



4月9日(月)
 11:30頃、買い物を終えて駐車場に向かおうとして、バッタリ知人の女性に会った。
彼女とは長男がまだ幼い頃近くの公園で顔見知りになったのです。私は下関で彼女は山口出身、子供は長男より1歳上の女の子でした。その後彼女も私にも男児が産まれ、一緒に遊んだり母親である私達も籐芸をやったりしていました。
その後、引っ越されたので随分久しぶりの再会でした。
 彼女も私との久し振りの再会に喜んでくれたようで、スーパーの前で話が弾みます。
長男夫婦とふたりの孫の事。「孫って本当に可愛いよね〜。近くで良いね。自分の所は岡山だから泊りがけで帰って来るから大変。生活リズムが違うから嬉しいけど疲れてしまって・・・帰って行くと寂しくなるけどホッとする」と、彼女は言うのです。
「70歳前後のバアバは気持があっても身体が付いて行かないよね〜」と、お互いの体を大切にしようねと別れましたが、時間が許せばもっと話したかった!

 14:00過ぎに向島運動公園でウオーキングをしていると、すれ違った女性が知人に似ているような・・・でも思いがけない所で出会うと「他人の空似?」相手も何の反応も無いし・・・
その後再びすれ違うと彼女に違いないと思い「Oさんよね」と声を掛けると頷きながらもちょっと怪訝そう。私が帽子を被りマスクをしているので顔が分からなかった様です。
「ご主人の体調はどう?」と尋ねると「30日に亡くなったの」と言うのです。「良く主人と歩いていたから・・・寂しくなった」と涙を浮かべながら話します。
絵手紙教室で一緒だったのですが、ご主人の体調が悪いから、と昨年の前期の途中から来られなくなっていました。気にはなっていたのですが、享年71歳だったそうです。
早すぎるお別れに、「寂しくなったね。泣けるときには思い切り泣く方が良いよ。我慢することないよ。」と、今が一番辛く寂しい時なんだろうな、と次男が亡くなった時を思い出して切なくなりました。



4月5日(木)
 先月の30日に向島運動公園でウオーキングして以来久し降りです。
その時のサクラは正に見頃で私達もお弁当を持って美しい桜を楽しみました。その時も花がムズムズしたり、くしゃみや鼻水で困りました。勿論薬を飲んでマスク帽子を被っていたのですが・・・外出すると翌朝が特に酷くティッシュが手放せません。それで暫く外出は控えていました。
 今日の公園は一部見頃のサクラはありますがかなり散ってしまい、地面はピンク色のじゅうたんの様です。そんな中春休みともあって家族連れで賑わっていました。先ほどから本当に久し振りの雨が降りだしましたので、花散らしの雨になるかもしれません。
 先日、長男の妻のお父さんが立派な筍を糠を添えて持って来てくれました。私が不在中の事でしたが、主人が言うには「今年は雨が少なく、筍の成長が遅れているうえに地面が固く掘るのが大変だったらしい」と。
それにもかかわらず小振りな筍には根っこが付いています。「絵手紙には根っこ付が良い」と、以前話したことを覚えて頂いてお気遣いに感謝です。
 筍を頂くと忙しいです。1本では無いのですから貰っていただける方を探さなくては・・・友人やご近所さんは「初物」と喜んでいただき良かったよかった。
私はお礼の絵手紙をかかないと茹でることが出来ません。かき終って夜茹でて翌日(昨日)筍ご飯と煮物で美味しく頂きました。新鮮なので灰汁も無く柔らかく美味しくご馳走様でした。絵手紙はヘタですが感謝の気持をお届けしたく投函しました。



4月1日(日)
 昨日、知人の女性のお通夜に参列しました。
彼女とは公民館活動をご一緒したり、文福で絵手紙サークルでご一緒させていただきました。
私よりかなり高齢なのに、車を運転しいつも笑顔で人のお世話をされていました。
 お通夜でご長男の方もご挨拶で述べておられましたが、生前ご本人からもお聞きしていました。
お子様が小学生と幼稚園児の時に、ご主人と死別。「一生懸命働かなければならなかったから地域の子供会やその他のお世話は出来なくて、地域の方々に助けてもらった。今はその時のご恩返しだと思って出来るだけ役員などを引き受けてやっているのよ」と。老人クラブの役員や趣味の絵手紙、ちぎり絵、大正琴などを楽しみながら、お世話をされていました
お若い頃バレーボールをやっていたとかで、スポーツ大会にも積極的に参加されお元気な姿しか記憶にないのです。
 そんな彼女が体調を崩されたのは2年位前からでしょうか?
2月初めのお誕生日にお祝いの絵手紙を送ると、昨年は暫く経って「お礼が遅くなってごめんなさいね」と病院からでしたが何時ものお元気そうな声でした。昨年の秋には退院されたとお聞きしていたのですが・・・
今年のお誕生日の絵手紙への返事が無いのが気にはなっていたのですが・・・。突然の訃報でした。
 昨晩は満丸お月様が綺麗に輝いて見えました。実際は30日が満月だったようです。彼女がお亡くなりになった日で享年86歳でした。
思い出されるのは「願わくば 花の下にて 春死なん その望月の 如月の頃」の西行法師の和歌が思い出されます。
如月は太陽暦だと3月末に当たるそうです。いつも前向きに生きて来られた彼女への最後のプレゼントであり、彼女からの私達へのプレゼントでもあるような気がします。
3月30日は私の誕生日です。来年からは誕生日を迎える度にニコニコ笑顔の彼女を思い出すことでしょう。