現地集合・現地解散
現地集合・現地解散
うちの研究室からはこれまでにたくさんの学生(大学院学生だが)が海外での国際学会での発表をしにいった。お金はかかるが、幸いにもほとんどの場合何とか、研究費から援助したり、大学の基金や財団の助成金をもらっているので、経済的にはそんなに大変な思いはしていないと思う。学生も海外に行けるので、「今度ここの国際学会に出してみようか?」って提案してあげるとおしなべて喜ぶ。ただ、よその研究室と違うのはここから。うちの研究室は、原則として「現地集合・現地解散」なのである。つまり、海外の学会会場まで学生一人でたどり着かねばならない。
ここで、学生によって反応が二通りに割れる。一つは「急にうきうきするタイプ」これは、すでに海外に行ったことがある学生がそうである。長時間の飛行機もパスポートコントロールも一人でこなせて、それにひとりで楽しめるから、もう楽しみでしょうがない。うっとおしい先生(?)もいないし、もう最高!こういう学生は「ちゃんと会場にこいよ」っていってやるだけでよい。
もう一つは、急に「みけんにしわがよる」タイプ。絶句してしまうのもいる。はっきりしているのは、本人にとって海外が初めての場合。外国人なんかこれまでみたことないし、英語もいまいち、言葉がどうなるかわからない、あっちでの習慣も理解不能、となれば、そりゃ不安だろう。でも、小学生が一人で海外に行くのと訳が違う。二十歳を超えた立派な日本の若者が行くわけだ。問題が起こるはずがない。それに、世界はひろい。この先就職してからでも、「いってこい」って命じられて、「あのー、だめです」なんていう輩に未来はない。大の大人だ。それくらいのことができなくてどうする。もう大学院学生なんだろ。
世の中には「過保護」的にご心配な向きの方が多くて、「そんなことして大丈夫ですか」とか「よく一人でいかせますね」などと、まわりからいわれること数限りなし。だが、そういうことをいう方が、むしろおかしいと思う。まあ、言う人も海外のこと、なーんもわかっちゃない、ってのがよくわかるんだけど。とって食われる訳じゃない。紛争をやってる変なところに行くわけでもない。行く先は、化学の学会なんだから先進国。妙なことになるはずもない。もし万一そうなったとしても、「大人」としての行動がとれない本人の問題なのだ。地球の歩き方でも読めば、ここはいってもよい、あそこは近づくな、程度の注意は書いてある。大体今日日「東京」のほうが、世界の街と比べてよっぽど物騒で危ないところなのだ。驚いてしまうのだが、学生の海外学会発表のときには、日本からそれこそずっと四六時中「御引率」なさる先生もおられると聞く!いやあ、ご苦労様、「ツアコン」業は大変ね、とご同情してしまう(学生もおもしろくないだろうね、きっと)。
高いお金を払って、海外に行くのだから、いっただけの効果をもたらさなくちゃ無駄銭ってもの。「みけんにしわ」を寄せながらも、初めての海外、びびってる本人の気持ちはそっちのけで、ちゃんとセキュリティーチェックは通過できるし、パスポートコントロールはとおれるし、飛行機内ではご飯にもありつける。機内で「beaf or fish」とアテンダントにきかれて、いさんで「meat」って返事しても、魚料理やキムチが出てきてもそれはご愛敬。到着したら荷物はちゃんと出てくるし、片言の訳のわけのわからん英語でも、ちゃんと会場までたどり着ける。「めい あい・・・」なんてたどたどしく言おうが言うまいが、「行き先をいうだけで」何とかなる。あったり前である。ニッポンの立派な大人が行くんだもの。本人にとっては「大冒険」であるが、現地の人にとってみれば、ちょっとばかり言葉が不自由な大人が来ただけの話で、大騒ぎするようなことでない。普通に対応してくれる。外国人というだけで大騒ぎする「どこかの国」とは大違いだ。だからこれは実によい教育訓練となる。 世界もこんなもんか、って身をもって知ることができる。 現地のタクシーで少々ぼられることはあったとしても、それはちょっとした授業料だ。 こちらも会場について、現地で本人を見つけてやると、その頃には現地にすっかりなじんでていて「なんや、おまえおったんか」なんて顔をするのもいる。いやあ、結構結構。現地集合、の効果は絶大である。「大冒険」を経て顔も変わる。見方も変わる。世界も近くなる。たいしたものだ。若いんだから放っておけば、どんどん育つ。学会で初めてであった他の国からの学会参加者と、お友達になってしまうのもおれば、その上にしっかり晩飯をおごらせた強者もいる。えらい!
こうして、現地集合の「冒険」を経た学生は、もう味をしめてしまい、帰りは一人で存分に楽しんで帰ってくる。免税店でお土産をしこたま(たかいのに!)。荷物いっぱいで、晴れやかに帰ってくる。研究室に帰ってくれば得意満面。立派なものだ。それでこそ、高いお金を払っていったかいもあろうものだ。
こうなると、必ずこういってくるんだな。「先生!次はどこに行きましょうか?いつ行かせてもらえます?次の学会は確か、○○でしたよね?たのしみ!」一人で悦に入ってる。おいおい、次も行こう、っていった覚えはないぜ。でも本人まるでお構いなしである。またいきたい!その気持ちがとても前向きで小気味よいが。味を占めた学生に突き上げられると、研究費もそんなにないから、また旅費を出してやるのはとってもつらい。いちおう「いきたきゃ、はよデータ出せ!」っていい返すが、実験もそこそこにカレンダーに向かって指折り次の学会を数えてる。現地集合、の唯一の困った?効果である。うれしくもあるのだが。
2012年7月25日水曜日