大過なく・・・

 

お正月に年賀状。これは切っても切れない関係かも。暮れに何通かはもういいかな、と思ってしまったのだけれど、なかなか切れないと書いたのは先に書いた通り。やっぱり来るんだよね。みんな。このまま腐れ縁でこの先も続くんだろう。

来た年賀状の中に、気になる表現があった。最近リタイアされたとあるお方。年賀状に「大過なく・・・」と書いてあった。なるほど、つつがなく仕事を終えて、リタイアされたって訳だ。素直に読めば、ほほえましい。でも、あえて言いたい。大過なく、ってのは、そっちの話。こっちには大「禍」だった。ほんまにもう。この期に及んでなんてひどい表現なのだろうか。

本人には「大過ない」のかもしれない。でも、それって「何もしなかった」ってことである。責務も果たすことなく、しれっと逃げたってことだ。尻ぬぐいは全部こっち。おかげでこっちは「大禍」でしかない。この大変な世の中。立場に応じた仕事をしてくれなければ、ほかに者には「禍」でしかない。おかげでどれほど痛い目に遭わされたか。言うにいえないので「知らないこと」をいいことに、なんて言いぐさ。あきれてしまい言葉もない。ますます腹立たしいのはそういう「無責任脳天気」こそが長生きするのであろう。何しろストレスはないのだから。

これからの世の中、大過なく、の表現は、世間に迷惑をかけ倒し、それに気付かない迷惑な人たちの言いぐさ、と理解すべきだ。仕事をまっとうにこなせば、何人たりとも「大過ない」はずはない。それほどに困難な世の中だ。当人に「過ち」がないことは、すなわちまわりに「禍」をもたらしていることを意味する。なんともいやな部分を正月早々見る羽目になった。

2013年1月2日水曜日

 
 
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