01

 

 

 

 

 

霧のわだかまる薄暗い丘陵を数頭の馬が走っていた。

丁寧に編みこまれた馬の鬣が揺れ、外套が湿った風をはらんで重くはためく。

先陣を走る者は東の山から昇る来光を見上げながら、深々と被っていたオレンジ色の外套を脱ぎ、表情を僅かに綻ばせる。

朝だ。

そう語りかける顔はまだ少年のものだった。

彼に寄り添うように走る赤の外套を被った若い男は少年に向かって頷いてやり、少しだけ緊張の糸を緩ませた。

日が昇れば視界も良くなり、余計なことに神経を研ぎ澄ませずに済む。

朝焼けの大地に六つの長い影が刻まれ、闊歩する馬が一定のリズムで呼吸を繰り返す。

太陽を右手にひたすら北へと進路を突き進む先に目的の地がある。

道に沿う木立の向こうを並走してゆく黒馬がいることに少年は気づく。

(急ぐ気持ちも分からなくはないけどね…)

深い緑色の外套の下から窺える面持ちは固く、手綱を切り詰めていた。

闊歩する振動と共に揺れる金の髪は朝露に濡れ虹色の砂が輝く。

透明な濁りのないはしばみ色の瞳は真っ直ぐに地平線を見つめる。

今は休む間も惜しい。

一刻を急ぐ一行はひたすら野を駆ける。

暫くすると、小さな集落が見えてきた。

黒煙が幾つもあがっている。

その様子に一同は顔を顰める。

先頭を走っていた黒馬は集落の先で棹立ちになるほどの急制動をかけた。

「間に合わなかったか…」

黒馬に乗る青年の声が感情的に震えていた。

 

 

 

 

 

一際開けた土地へと出た先に小さな集落がある。

昨日の夕刻から早朝まで宿もとらずに走り続けていた一向は、この集落で小休憩をとる予定だった。

しかし、今、一向たちが目にしていたのは朝餉の為に家々の煙突から立つ白い煙ではなく、黒く爛れた酷く夥しい臭いだった。

「…ここまで奴等の進行の手が進んでいるとはな。惨いことをする」

火の放たれた墨と化した家々を見回りながら、赤の外套を纏う獄寺隼人は地に横たわる小さな遺体に手を合わせた。

生き残っている村人たちがいないかと、別ルートで見回りに出ていた山本武と笹川了平も獄寺の元に戻ってきて一様に首を振った。

「どうやら、この村に生存者はいないようですね」

 インディゴの外套を目深に被っている六道骸がポツリと呟やいた。

生存者ゼロの報告に緑のフードを被っていた男は馬から降りて獄寺に告げた。

「この村の者たち全員の火葬と弔いの言葉を頼む」

「跳ね馬…」

それがせめてもの死者に対する追悼の意。

キャバッローネの当主は何よりも仁義に厚く、情け深い男だった。

獄寺はその金髪の男に向かって「わかった」と頷く。

「俺は一足先に並盛谷へ向かう。今は一刻も早く、並盛谷の領主にこの事実を伝えるべきだ」

 手遅れにならないうちにと言い捨てて、金髪のディーノはその場にいる一同を見た。

「まさか、一人で行くつもりか?」

「森は極限、オークの巣だぞ」

そう厳しい口調で仲間たちが忠告するなか、ディーノは躊躇うことなく馬に跨った。

「キャバッローネ。あちら側とて一国の領主。戦力に不足はないはずです」

危険を冒してまで急ぐ必要ないと意見する骸にディーノはそれでも行かなければならないと告げた。

「並盛谷で会おう!」

「ディーノ」

「跳ね馬!」

鞍を強く蹴り、黒馬は再び屈強な脚で地を駆ける。

彼は焦っていた。

集落の焼き討ちが相当堪えたのだろう。

「あの方はこのまま、オークたちの巣食う森を突き抜けるつもりですね」

骸の言葉に獄寺は「まさか」と、瞬く間に小さく遠ざかる黒馬の後ろ姿を見送りながら後悔をした。

昔から骸の忠告を聞かないと、ろくでもない目に遭うことが多く、一向は彼の意見にまず逆らうことはしなかった。

目的地の並盛谷はオークたちの生息する森の先にあり、一番の近道がその森を抜けることにある。

だが、その分危険が多く伴うのだ。

獄寺はすぐにある者の名を呼んだ。

「十代目、貴方の出番です」

 オレンジ色の外套を被った頭が揺れた。

兄弟子を追って下さいと、獄寺は苦渋の判断で少年の方を縋るように見やる。

「獄寺隼人、その判断には賛同致しかねます」

「だからって、もうおめぇも術を使う気力は残ってないだろうが?」

 ボンゴレの命までもみすみす危険にさらすつもりですかと、わかりきったことを今更問う彼に獄寺はかぶりを振るった。

「俺だって、できればこんな選択はしたくない」

全員で弔ってほしいというディーノの言葉を聞いていた綱吉は、思いがけない獄寺の対処作に内心笑っていた。

「聞いて下さい。十代目」

ボンゴレ国、十代目当主の右腕である獄寺は少々疲れた様子で口を開く。

「我々は先の大戦で死ぬ気の炎を使い果たしました。今、戦える状態にあるのは戦に出ていないあなただけ。もし、あの御方が亡くなりでもしたら、ボンゴレとキャバッローネの友好関係は一気に崩れ去るでしょう」

「獄寺くん」

「それに、我々が無理強いをしてまで遠征に来た苦労も泡となる。リボーンさんには黙っておきますから、あなたもそのつもりでキャバッローネ十代目を助けてあげて下さい」

「お、ツナ。ようやく、実践デビューを飾るのか?」

 暢気な物言いをする青の外套を纏った山本は「頑張れよ」と小さな少年を見送る。

 黄色の外套を纏った笹川も同じくエールを送り、獄寺は壮大な溜息をついた。

 この状況を良しと思わないのは自分と先程から機嫌の悪い骸だけだった。

珍しく焚きつける物言いをする獄寺に、綱吉は「了解」と微笑んで、遅れを取らぬよう馬に飛び乗った。