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ボンゴレから使者として伝書を預かっていたディーノは並盛谷の領主と二人きりの話し合いを求めた。

石造りの床に獣の毛皮を敷き詰め、長旅のディーノを冷えさせない為に暖炉の火は普段よりも多めにくべられている。

「では、この並盛谷にもハイ・ウルフたちの手が広がろうとしているのですね?」

「ああ。ここへ来る途中、幾つもの集落があいつらの手によって落とされていた。先の戦いで落ち逃れたウルグ・ハイの残党を全て駆除することが、俺に課せられた使命だ」

全てのことを語ったディーノは、狼狽する領主にまもなくボンゴレの守護者たちがこの谷を訪れ、力となることを約束した。

「その言葉を聞けば、兵たちも喜び勇みます。今夜は日も落ちましたし、どうぞこれからはこの館をあなたの城と思ってお使い下さい」

早速、部屋の用意をしますと領主は言いディーノは「有り難い」と一礼をした。

「時にディーノ様。私の一人娘、恭弥をオークから救って下さり感謝を申し上げます」

「いや、礼には及ばねーよ。騎士として当然のことをしたまでだ」

騎士を連れて館へ戻って来た娘の喜びようは一目でわかった。

なにしろ、一人娘は毎日が風紀の取り締まりと格闘三昧で全くといって娘らしからぬのだ。

「あの…ディーノ様。娘の体のことですが…」

「心配しなくていい。誰にも話すつもりはねぇ。あんたの家も色々と大変そうだな」

「はい…。生まれた時は、男と女、どちらとして育てようかと迷いましたが」

 雲雀が生まれた当時は隣国、キャバッローネとの戦が激しかったことから領主は子供を娘として育てようと決意した。

 大事な子供を戦で失いたくないという親心からだった。

「ここでは、俺がキャバッローネの当主であるということを伏せて貰いたい。この谷にはまだキャバッローネを恨む民もいるだろう。そうなると俺の任務も捗らなくなる。俺はあくまでもボンゴレから遣わされた騎士として扱ってくれ」

「はい。畏まりました」

特別扱いはやめてほしいというものの、領主からすれば、ディーノはただの騎士ではなく、大事な客人だ。

騎士として接すればよいという簡単な問題ではない。

彼はやはり生まれながらの王族であり、一国の主なのだから。

王という身分をいまだに知らされていない娘に対し、領主は今までの非礼の数々をどう謝ろうかと懸命だった。

ディーノに粗相を働くのに比べれば、愛娘の裸を一度二度見られることくらい取るに足らないことだった。

 

 

 

 

 

「ディーノ殿に改めてお礼を申し上げなさい」と、父に念を押された雲雀は夕餉の後、草壁によって可愛らしいネグリジェに着替えさせられた。

 草壁は主の言葉をすっかり勘違いをして、解釈してしまったのだ。

明らかに布地の覆う面積が少なく大胆な寝巻きの上から薄く透ける肩掛けを羽織らされ、どんなことがあってもディーノに逆らってはならないと教える。

ディーノが万が一にでも、雲雀を気に入ってくれれば並盛谷は安泰。

天国にいる奥方様もきっとお喜びになられると、涙ながらに雲雀を見つめた。

「これは、雲雀家存続をかけた大仕事です。旦那様も貴方様がご立派に使命をまっとうされることを望んでおられます」

「何を言っているの、哲?」

 男勝りでも、歳は十五だ。

 立派に子供が生める。

 裁縫だの化粧だの恋占いだのといった、愚にもつかない教養をさっぱり身につけることなく、今日の日まで父親や周囲の者たちの愛を沢山育まれて生きて来た。

 草壁は使用人として雲雀を殿方好みの人形のような姫に育てられなかったことがずっと後悔していたのだ。

「聞けば、ディーノ殿はあのアルコバレーノの教育を受けたエリート中のエリート。いわば、騎士の中の騎士といっても過言ではない。今回の旅でも重要なお役目を任されているほどだ。偶然通り掛かった恭さんをお救い下さったのは、きっと神様の思し召し。恭さん、ご立派に雲雀家の女としてのお役目を果たして下さいませ」

「男とか女とか、僕にはあまり関係ないけどね…」

 つまるところ、ディーノに気に入られて来いと言うことなのだ。

だが、色恋沙汰に無頓着なこの娘に言ったところで大した意味は成さないだろう。

「今夜は何が何でも、お部屋へ帰って来てはなりません。ディーノ殿に満足して貰えるよう、頑張って下さい」

「僕、あの人と一晩を過ごさないといけないの?」

 今夜から眠る時は、必ずディーノ殿のお傍でときつく言う草壁に雲雀は難色を示す。

こうして、大人達の思惑がわからないまま、雲雀は一人、ディーノの寝室へと向かう。

ディーノの部屋を警護する兵たちも雲雀が薄い寝巻き姿で訪れると、言葉なく部屋へと通してくれた。

部屋では机に向かい手紙を書いているディーノの姿があった。

「こんな夜更けに熱心だね」

怪訝な顔つきでディーノはペン羽根を置いて振り返る。

「密書かい?」

「・・・・・・・・」

深夜に男の部屋へノコノコとやって来る年頃の娘がいようか。

若く瑞々しい肉体を強調する寝巻きの裾を翻し、雲雀は無邪気なものだった。

オークも人間の男も大差変わらない生き物なのだということをこの館の人間は教えていないのか。

すっかり雲雀の英雄的存在となったディーノは少々複雑な思いだった。

先ほど見損ねた跳ね馬の称号見せて貰い、雲雀は上機嫌になった。

それから、ディーノにせがみ武勇伝の数々を話して貰う。

去るウルグ・ハイ率いる軍隊との戦話は雲雀を大層興奮させた。

「それであなたはオークの首を幾つ刎ねたの?」

 淑女にはあるまじき過激な質問だ。

「僕もこの家に生まれさえしなければ、迷うことなく騎士に志願していたよ」

「恭弥が…か?」

「こう見えても毎日の鍛錬は欠かせていないよ。なんなら、明日にでも試してみる? 雲雀家は世継ぎに恵まれなかったから、将来は僕がお父様の跡目を継ぐつもりだよ」

 そう言って雲雀は暗い表情を見せた。

「でも、お父様は決まってこう仰る。お前は女なのだから、戦う必要はない。戦に出ることなど誰が許すものかと」

 余程不満なのか、つまらなそうにぼやく雲雀にディーノは身分相応だなと内心頷く。

「胸をきつく縛る重たいドレスも、拷問道具のように踵の高い靴も僕は大嫌いだ」

フリと横を向き、毛皮の敷かれた床に脚を組み直す。

「ここには自由がない。退屈だよ。毎日が平和すぎて」

「それは間違いだぜ、恭弥。平和であることがどれだけ素晴らしいことか、お前は知らない」

 勝手なこと言わないでと、雲雀は溜息をつく。

胸元が大きく開いた窓から覗きそうな乳房。

薄い寝巻きの下からツンと存在を主張している色は淡いピンクだった。

「ボンゴレには女の騎兵隊もあると話で聞いたことがあるけど本当?」

「ああ。小数だが選りすぐりの女部隊も存在するが、それは女王専属の親衛隊だ。知力、体力、勇気に優れた者だけがなれる名誉ある職だ」

「ワォ。いいね、それ」

 噂は本当だったのだと瞳を輝かせる雲雀にディーノは話すべきではなかったと、後悔をする。

「僕もその女王専属の親衛隊へ志願することは出来ない?」

 胸を弾ませてディーノの元へ詰め寄る雲雀にディーノは体を後退させる。

 先ほどから意識しないよう努めているのだが、雲雀の健やかな肢体がチラついてならない。

「親衛隊の女たちは皆背の丈が男の様に高い。それに比べて恭弥は小柄だろう。志願しても恐らく、身体検査で振るい落とされちまう」

「そう…」

「背が高くなければならないという条項はないが、非常事態となれば男と同様に戦場へ赴く任もある。小さな体であるよりは、必然と男の様に大きな体を求めらる」

「・・・・・・・」

 雲雀が諦めてくれるようにとディーノは言葉を慎重に選びながら会話を進めていく。

「なら、僕がどんなに努力をしても騎士にはなれないんだね…」

 ポツリと覇気もなく呟き、雲雀は俯いた。

「女って詰まらないね」

「恭弥?」

 たわわな睫毛の落ちる先に影を作り、雲雀は出会ったばかりのディーノに先日勧められた縁談の話しをした。

 相手の殿方は三つ向こうの領主の息子で、顔も見たことのない相手だと。

 使者によって贈られた手紙の中に婚約指輪が同封されていた。

「私を夫として愛して下さるのなら、その指輪を左手の薬指にはめて下さいと書かれてあったけれど、僕は到底その人のことを好きになれそうになかった。だって、顔も名前すら知らない相手を好きになれるわけがない。馬鹿げている。本当に好きなら、会って指輪を渡すべきでだ」

 面と向かって父親に言い返せば、親不孝者と怒らせてしまった。

 それから暫くの間、雲雀は父親と喧嘩をこじらせ口さえ聞かなかった。

 王侯貴族の間では、このような求婚の仕方はよく垣間見られる。

 だが、雲雀にとってはその古い仕来りが滑稽に見えて我慢ならないのだ。

「僕は強い奴しか興味なよ。あなたから見て、僕はおかしい?」

 どうか真実をと、再び詰め寄られディーノは深刻そうにする雲雀の顔をじっくりと見つめる。

 男勝りな点を除けば、雲雀はどこにでもいる美しい娘だ。

 自分の思っていることを躊躇いもなく口にして、実にさっぱりとした性格だとディーノは思った。

「恭弥のような存在価値もあっていいと思うぜ。恭弥が強さを求めるなら、幾らでもやり方はあると思うし、結婚だって自分が納得する相手が見つかるまで気長に探せばいいじゃねぇか?」

 ディーノなりの優しさで、精一杯の励ましの言葉をかけた。

 すると雲雀は伏せ目がちだった目を上げて、ディーノを見つめた。

「そう言われると僕も救われる」

 薄っすらと笑みを浮かべ、雲雀は楽な体勢をとって毛皮の上に寝そべる。

 取るに足らないと誰もが呆れる悩みをディーノは真剣に聞き、相談に乗ってくれた。

 改めて見ると彼はとても端正な顔で、ただの騎士とは思えない程、高貴な香りを漂わせていた。

 どこかのぐうたら領主の息子や貴族と結婚させられるくらいならば、目の前にいる男の方が良いという考えが不意に駆け巡り、雲雀は大いに戸惑った。

(そういえば僕、この人に裸を見られてしまったんだ…)

 オークに襲われたとはいえ、この事実が垣根を越えれば雲雀は一生恥さらしとして館の檻に繋がれて、嫁ぐことさえ出来なくなる。

「ねぇ」

「なんだ?」

 上目遣いに見上げるその仕草が愛らしく、ディーノは思わず見惚れる。

「昼間のことは、誰にも話さないでほしい…。あんな、屈辱的なこと、誰にも知られたくはないから――」

「もとからそのつもりだぜ」

「うん。僕は運命にも性別にもとらわれない…。自由な浮雲でありたいんだ」

 少年を世間の好奇な目に晒すことは酷以外の何者でもない。

 ディーノは勿論だと、彼女と自分の名誉の為に誓った。