09

 

 

 

 

 

 戦火の中、繰り返されてきた交渉により和平の案を成し終焉となった。

 大陸最強と謳われていたボンゴレの守護者の奮闘も虚しく、敵方の奇襲攻撃に大部数が殲滅。

 海を越えた大陸では敵味方ともに多くの血が流れた。

 キャバッローネ国の港には、およそ一年ぶりに味方の船が戻って来た。

船の甲板の上には負傷者や遺体袋でいっぱいに覆い尽くされていた。

遺体の身元確認が行われる中、ボンゴレの守護者見習いの綱吉も駆けつけていた。

幼い彼は此度の戦争にも出陣することを師であるリボーンが許さなかったのだ。

「獄寺君、山本!」

綱吉は懸命になって仲間の姿を探す。

「骸…、お兄さんっ」

 変わり果てた姿で再会を果たした一組の家族が、涙に頬を濡らしていた。

 そんな家族を見ながら、綱吉は押し潰されそうな不安を払拭して、名前を呼び続ける。

「ディーノ!」

 同胞の死傷者を数多く目の当たりにするが、生き残った兵の誰しもが、旗頭であるディーノの安否を知らなかった。

「みんな…。どこにいっちゃったんだよ…」

 自分だけのうのうと生きるのは御免だった。

 いまだ綱吉は一度も山本から御前試合で一本を取ったことがない。

 綱吉が勝手に因縁をつけ笹川と始めた喧嘩も途中で停戦となり、決着はついていないのだ。

(くそ、くそ、くそっ)

 腹を立てた時、骸の冷静に諭してくれるあの落ち着いた口調が気に入らなかったものだが、一年も口を聞いていないと恋しくなる。

(絶対に見つけてやる。見つけて、一発ぶん殴らないと気がすまない)

 側近の獄寺がいないと、常に周囲はザンザス派の王侯貴族たちばかりで、肩身が狭かった。

 自分は駄目ツナだと陰口を叩く大人たちから、獄寺はいつも守ってくれたのに。

(こんなに心配をさせて…)

 婚約者の帰りを待ち侘びている、黒髪の美しい娘を思い出す。

 幸運にも出向前日にふたりは再会できた。

 雲雀の薬指にはディーノが贈った指輪がしっかりと填められていた。

 それだけで、ディーノは幸せそうに微笑んでいた。

 綱吉や部下たちと過ごす時間よりもディーノは恋人と過ごす時間を選んだ。

 部屋に丸一日も閉じこもりふたりは同じ時を過ごしたのだ。

 出向の日、港でディーノを見送る雲雀は気丈としていて、一国の妃として申し分ないほどだった。

 誰もがディーノの生存はきびしいと落胆するなか、負傷者を乗せた第二便の船が港に到着したのは、翌日のことだった。

 

 

 

 

 

「恭さん!」

 礼拝堂で今日も祈りを捧げる雲雀の元に草壁が駆け込んできた。

「キャバッローネから馬車がたった今、関所を通過したと早馬が参りました!」

「え…」

 草壁の言葉に握り締めていたペンダントを零し落ちそうになった。

「戦地から奇跡的に生還されたディーノ王のご容態はとても危険で、もってお命は……」

 全ての言葉を聞く間も惜しく、雲雀はドレスの裾を膝まで捲って駆け出していた。

(間に合って…っ)

 礼拝堂を突っ切ると雲雀は随分、立ち居っていない馬小屋へと急いだ。

「恭弥様?」

「馬を借して!」

 いつかのようにドレスを膝上まで捲り上げ、再び馬に飛び乗って言う姿に、使用人は嬉しそうにその凛々しい姿を見送った。

 伝書を使わせる時間の猶予はなかった。

 傷の手当ても施されてはいたが、脇腹の致命傷は思ったよりも深く命の一進一退が続いていたのだ。

 

『並盛谷へ…』

 

 それがディーノの望みだった。

 医者もディーノの意思を尊重させ、至急王宮は馬車の手配をした。

 ディーノに同伴をする守護者は綱吉ひとりだけ。

 大陸最強と謳った跳ね馬ディーノの命がこの瞬間にも消え去ろうとしていた。

 ボンゴレ最強の守護者たちは皆先の戦で名誉の死を迎えた。

 結局、遺体が見つからなかったのだ。

(何が名誉の死だ…)

 戦地へと旅立つ夜、綱吉は骸から愛を告白された。

 ずっと愛しています。

 貴方の名誉と誇りにかけて戦いますと。

 死んでしまったら名誉も誇りも愛さえも残らない。

 残されるのは故人を哀しむ遺族と恋人だけ。

 綱吉は嘗てディーノが乗っていた愛馬、エンツィオに乗り、馬車を先導していた。

 長い吊り橋を渡り、漸く並盛谷の領土に足を踏み入れた頃、細い森の一本道を黄色い鬣の白馬に乗って駆けて来る者の姿を綱吉は見つけた。

「雲雀さんだ。やっと会えるんだよ。ディーノさん!」

 馬車の小窓から窺うと、死人のように蒼白と横たわったディーノがいた。

綱吉はとりつく死神を追い払うように更に大声で呼びかける。

「ディーノさんが死んだら、俺がヒバリさんをとっちゃいますよ?」

 ボンゴレ国の妃になってもいいのかと、その気もないくせに訊ねると、ディーノは僅かに唇の端を吊り上げて、嬉しそうに笑った気がしたのだ。

 もう、これで思い残すことはないと、そんな風に笑った。

「へなちょこディーノ! ここで死んだら、一番哀しむのはヒバリさんなんだぞ!」

 綱吉の一喝が届いたのか、ディーノは微かに頷いた。

 

 

 

 

 

 並盛谷には古くから万能薬として重宝される薬草が家庭の至るところに生息していた。

 館に招かれた年寄りの薬師は、館の庭にある薬草を摘んで来るように言うと、綱吉は一目散に外へと駆けて行った。

 雲雀の寝室へと運ばれた重症のディーノは目の前にいる恋人へ「愛している」と囁いた。

 変わり果てた恋人の姿に、涙を一杯に滲ませ、「僕も君を愛している」と、その手を握り締める。

 桶にお湯を汲んできた草壁は長旅で汗をぐっしょりと掻いているディーノの体を拭くように雲雀を促した。

 冴え傷はただでさえも発熱する可能性が高いのだ。

 熱で体力までも奪われてしまえば、益々ディーノの体は弱りきってしまい、死神に魂を持って行かれてしまう。

 年寄り薬師が煎じた飲み薬と、塗り薬が完成した。

 体を清潔に抜き取った後、脇腹の血の滲んだ包帯を解き、塗り薬を少しずつ塗っていく。

 傷口は思った以上に深く、抜糸した箇所に雲雀の指が触れる度にディーノはうめいた。

「ディーノ、我慢して。これを傷口に塗れば、楽になるから」

 国の医者からも手の施し様が無いと見離された半ば死人のディーノに対し、雲雀は懸命に傷薬を塗っていく。

「…もう、いいんだ……」

 小さく囁いて、雲雀は指先を掴まれた。

「俺は…助からない…。ここへ来たのは…最後に一目、恭弥の顔が見たかったからだ……」

 最後は騎士として死なせてくれと、安らかな死を選んだディーノに雲雀は声を荒げた。

「馬鹿言うな! 僕がどんな思いで、あなたの帰りを待ち望んでいたのか……。知らない癖に! あなたが生きることを諦めてしまったら、あなたのために死んでいった部下たちはどうなるの? 折角、生きて帰ってきたのに…そんなに簡単に生きることを諦めたりするな!」

 涙を流し切実に訴える雲雀の言葉にディーノは、その掴んでいた手を離した。

「泣くな…恭弥…」

「ばか。一体、誰の所為で泣いていると思うの? わかっているのなら、さっさと元気になってよ――」

 看病していくうちに次々と雲雀の地が曝け出されていく。

 そうだ、自分はまだ彼女のほんの少しの一面しか知らないのだ。

 もっと、知りたい。

 知って、その全てを自分の愛で包み込みたい。

 涙に暮れる彼女を何とかして慰めてやりたくて、ディーノは有らん限りの力を振り絞って、淡雪の頬に手を添えた。

 たったこれだけ、体を動かしただけでも傷口が疼き、びっしょりと汗を掻く。

「泣くな……」

 ディーノはもう一度、掠れる声で囁きかける。

「早く…抱きたい。恭弥を……この手で―――」

「ディーノ…」

 一年もの間、ご無沙汰だったのだ。

 こんな非常時にと、雲雀はディーノの言葉に涙を浮かべたまま恥じ入った。

「あなた次第だよ。だから、しっかりして」

「…ああ」

 一日も早く元気になって、お前を抱こう。

 冗談とも本気ともとれないディーノの言葉に雲雀は漸く涙を止ませて微笑み返すのだった。