昔々、キャバッローネという土地にそれは強欲で我侭な若き美貌の領主がおりました。

領主は野望のためならば、どんな手段をも使って叶えてきました。

そんな横暴な領主に民は苦しみ、日々貧困の生活を強いられていたのです。

ある日のことです。

領主の横暴を見兼ねた旅の魔法使いが若き領主に呪いをかけ、醜い野獣の姿に変えてしまいました。

そして、領主の住む城は瞬く間に茨に覆われ、その険しさに何人たりとも近づけなくなりました。

魔法使いの掛けた呪いはそれだけに留まりませんでした。

なんと領主の横暴を止められなかった城中の部下たちにも呪いをかけ姿を変えてしまったのです。

ある者は柱時計、そしてある者はホウキやモップ、ポットやタンスに。

魔法使いの呪いは特殊なもので、領主が醜い野獣の姿になるのは太陽の落ちた夜の間だけでした。

それまで好き勝手に生きてきた領主は毎晩、己の醜い姿を手鏡に映しては嘆き、そして苦しみ続けました。

その絶望の声は森を越え、キャバッローネの町にも風にのって届くほどでした。

民たちはその声を聞くたび、森には得体の知れない化け物が住んでいる、決して森には近づかないようにと警戒するようになりました。

魔法使いは城を去る際、領主と部下たちに呪いから解放される唯一の方法を教えました。

『野獣よ。お前は生まれてこの方、真に人を愛したことがあるまい。どうだ野獣よ、お前に人間の姿へ戻すチャンスを与えよう』

『チャンスだと…?』

『お前に千年の時を与える。もし、その間に一度でもお前を愛してくれる者が現れたその時、お前にかけられた呪いを解き、人間の姿に戻すということを約束しよう』

『本当か?』

野獣は魔法使いから一輪の真紅の薔薇を授かりました。

『この薔薇はお前の命そのもの。全ての花びらが散り落ちた時、お前と部下たちの命は薔薇と共に命尽きる。よいか、野獣よ。薔薇を見るたび、私との約束を思い出すのだぞ』

『ま、待ってくれ!』

野獣は去り行く魔法使いに言いました。

『こんな茨に覆われた城に一体誰が訪れると言うんだ!?』

絶望的な状況に温情を求めましたが、魔法使いはそれまで横暴だった領主の振る舞いを思えば尚更、情けはかけられないと思ったのです。

苦労をして勝ち取った愛こそが、真にこの男を救ってくれるのだと。

『全ては運命。決して逃れることは出来ない』

魔法使いはそう言い残し、去って行きました。

そして、九九九年の月日が過ぎて行くのでした。

 

 

 

 

 

   *  *  *

 

 

 

 

 

その年の冬は大寒波に見舞われ、例年になく作物は育たず不作が続きました。

キャバッローネの領地近くに住む綱吉は愛しいファミリーの為、大雪の降り頻る中、食料を求め隣街まで馬車を走らせました。

そして、どうにか資財を売り払い、年の瀬に間に合うよう食料を手に入れることができました。

「これで、なんとか新しい年を迎えることが出来るな」

帰り道、綱吉は荷台にたくさん積まれた食料を見ては喜ぶファミリーの喜ぶ顔を想像し、ほくほくでした。

「それにしても…」

日も暮れる頃、家路を急ぐ綱吉は近道であるキャバッローネの森を通り抜ける手段を選びました。

夜の森は薄暗く不気味で、時々、どこからか狼の遠吠えが聞こえてとても心細いものでした。

それに付け加え、チラチラと降っていた雪はいつの間にか勢いを増し、目も開けていられない程の吹雪へと変わりつつありました。

「これはまずいな」

急いで家へ帰ることばかり考えていた綱吉はあまり天候のことを気に掛けてはいなかったのです。

そして、嫌な予感は的中しました。

瞬く間に視界は真っ白に変わってしまい、馬の脚では一歩も前に進むことが出来なくなってしまったのです。

「よりにもよって、キャバッローネの森で足止めを喰らうとは…。ついてないよ」

困り果てた時、森の奥から光る何かを見つけました。

それはこの森に住む狼が獲物を映す眼光だったのです。

綱吉は焦りました。

「どうしようっ」

下手をしたら、凍死をするか狼の餌食になってしまうか、二つに一つとなってしまいます。

「とにかく、何処か身を寄せられる場所を探さなくちゃ」

綱吉は食料も馬も諦め、猛吹雪の森の中をひたすら歩き続けました。

「すっかり道に迷ってしまったな…」

この猛吹雪です。

仕方ないといえばそれまでなのですが、綱吉は家で腹をすかせ帰りを待つファミリーのことを思うと悲しくて、情けなくてなりません。

「こんな所で野たれ死んじゃうの? 獄寺くんとか山本とか…京子ちゃんを残して……」

希望の灯火を失いかける中、綱吉は一つの灯りを見つけました。

「あれは…っ」

最後の力を振り絞り、綱吉は灯りを目指して歩きました。

そして、綱吉は茨に覆われた不気味な城を見つけました。

 

 

 

 

 

「夜分遅くにすみません。誰がいませんか? この吹雪で森に迷ってしまい、もう一歩も歩くことができません。お願いですから、一晩泊めて下さい!」

茨によって幾重にも覆われた頑丈な鉄越しに精一杯、声を張り上げ、綱吉は叫び続けました。

「誰も居ないのかよ…」

迫る狼の足音と寒さに息絶える寸前でした。

『おい、そこのガキ』

屋敷から地を這うような綱吉の声が周囲に響きました。

それはまるで地面をも震撼せる気味悪いものでした。

(もしかして、ここはあの噂の野獣が住むというお城…?)

綱吉は内心焦りました。

しかし、命には換えられません。

「どうか、一晩ここに泊めて下さい。このままでは寒さと狼に命を奪われてしまいます!」

最悪の状況下で綱吉は必死に訴えます。

『お前の家族に年頃の娘はいるか?』

「は?」

『若い娘はいるのかと聞いているのだ』

焦れるような問いに、綱吉は慌てて答えました。

「俺には、それはもう目に入れても痛くないファミリーがいます」

綱吉は吹雪の中、声が掻き消されないように大声で懸命に答えました。

『よし。一晩、泊めてやろう』

「助かります!」

九死に一生を得た綱吉は目を輝かせました。

『ただし、条件がある』

「俺に出来ることならば、なんなりとお申し付け下さい」

『お前のファミリーのなかで、最も美しく賢い娘をひとり、俺の妻として差し出せ』

「あなたの妻にですか?」

突然のことで、綱吉は面食らいました。

『それが出来ないのなら、今すぐここから立ち去り、凍え死ぬなり狼の餌となるがいい』

「そ…そんな……」

無情な要求に綱吉はガクリとその場に項垂れました。

自分の可愛いファミリーの中から一人を、この茨の城に住む野獣の嫁に差し出さなければならないのです。

オォ―――ン。

腹を空かせた狼が城の門の直ぐそこまでに差し迫って来ます。

『さあ、どうする?』

迫る狼の足跡に、綱吉は顔を青ざめさせました。

「わ、わかりました。あなたの言う通りにします。俺の大切なファミリーの中から一人、あなたの妻にするため、ここへ連れて来ると約束します」

『その言葉、しかと覚えたぞ…』

そう呟くと、重い音をたて鉄の扉は開かれるのでした。

 

 

 

 

 

「困ったことになった…」

家に帰った綱吉は、彼の帰りを待ち侘びていたファミリーにこれまであった経緯を全て話しました。

「では、ファミリーの中から一人をその野獣の所へ連れて行かないといけないのですね」

「うん…」

 彼の腹心である獄寺隼人は厳しい表情のまま、綱吉を見つめました。

冬を越すための食料すら持って帰れなかったボスを誰も責める者はいませんでした。

生きて帰ってきたことこそ、何よりの喜びだからです。

しかし、ボンゴレファミリーは満足に歳を越す食料は愚か、お金もなく、由々しき問題に直面していました。

「もし、約束を守らなければ俺を殺すと。約束を守れば多額の結納金を届けると野獣は言ったんだ」

「そうですか…」

重いため息をついて、綱吉は居間に集まった守護者達を見渡しました。

資財を売り払ったばかりのボンゴレファミリーの財源はとうに底をついていました。

正直なところ多額の結納金は魅力的な話しでしたが、だからといってファミリーの誰かが犠牲になることなどあってはならないのです。

「こうなったら、ファミリー総出で野獣を倒しに行こう。俺は大事な妹を野獣に差し出すなど、極限黙ってはおけんぞ!」
 ファミリーのなかでも気立てが良く働き者の妹のことを思うと、笹川了平はプンスカと激情を露にしました。

「彼らの要求に逆らうことは賛同致しかねます。あなたは嘗て栄華を誇っていたキャバッローネファミリーの実力を知らなさ過ぎる」

 それまで大人しくソファに座ったままだった六道骸が口を開きました。

「仮に要求を断って、彼らが即座に戦を仕掛けてきたら、まず我々は無事ではいないでしょう」

 現在のボンゴレファミリーは綱吉が跡目を継いだばかりで、基盤が安定していないどころか、ザンザス派の一派がいまだにボスの座を狙っているという油断ならない状況なのです。

「安心して下さい。お兄さん。京子ちゃんもハルも野獣のところへは行かせませんから」

「何かいい案があるのか。ツナ?」

 山本の問いに綱吉はやるせなく笑みを浮かべました。

「こうなってしまったのは、全部、俺の責任だ。だから、もう一度、キャバッローネの城に行って何とか許しを貰ってこようと思う…」

「死にに行くつもりですか。ボンゴレ? そんな甘い考えは最初から持たない方がいい」

 綱吉の考えを見透かした骸はいつになく怖い表情で彼を引き止めました。

「俺も十代目を黙って行かせるわけにはいかせません。十代目が行くというなら、俺もお供します!」

「俺も行くぞ。沢田!」

「なのな」

「…みんな」

 自分は尽々、良い部下を持ったものだと感慨に耽り、綱吉は涙を滲ませました。

「僕が行くよ」

守護者の中でずっと沈黙を守り続けていた雲雀恭弥が最後に漸く声を上げました。

「ヒバリさん?」

雲雀はファミリーの中でも最も強く美しく頭がきれ、ボンゴレが誇る最強のエースでした。

そんな彼がひとたびやる気を出せば、大抵の敵は完膚なきまでに敗北し、そして雲雀の前に跪くのです。

「漸くその気になってくれたようですね。僕はいつ君がその気になるのかと、待ち侘びていましたよ。流石にボンゴレの涙には弱いときましたか…。クフフ」

 骸の隣りに決して座らない雲雀。

 ふたりが犬猿の仲であることは、ボンゴレファミリーでも有名でした。

「僕は君のために行くんじゃない」

 刃物のように鋭いつり上がり気味の漆黒の瞳は途方に暮れていた綱吉を一瞥します。

「キャバッローネのボスなら、噛み殺しがいがあると思ったからだよ」

「ヒバリさん…。でも、十五でお嫁に行くのは早すぎるんじゃ…っ」

「誰が野獣の嫁になると言ったの? 僕は男だよ」

 噛み殺されたいのと得物を構える雲雀に綱吉は反射的に「すみませんでした」と土下座しました。

「誰かが行かないと、君が野獣に噛み殺されてしまうのだろう?」

「そ、それはそうですが…」

それでもと、綱吉は大事なファミリーの一員である雲雀を手放すことが嫌でした。

「僕は強い奴と戦いたい。僕が野獣の城に行けば、それで君は助かる。だから、僕は行くよ」

「お前、自分がどうなっちまうのか、分っていて言っているか?」

 山本の言葉はその場にいた全員の思考を一気に氷河期まで巻き戻させました。

男にしては綺麗すぎる雲雀の容姿を見つめ、心底その貞操を心配をする綱吉に「ありえないよ」と雲雀は思い切り突っぱね返しました。

「僕だってもう十五だよ。お嫁に行くことがどういうことなのかわかっているよ。仮にも最初は花嫁として潜入するのだから、それくらいの演技はできる」

「でも…」

「いいではないですか、ボンゴレ。そうと決まれば、花嫁衣裳の用意をしなくてはなりませんね。彼の身の丈に合う立派なドレスをお針子に作らせましょう」

「…君、この状況を楽しんでいるだろう?」

 ひとり、その場を盛り立てる骸に雲雀の反応は冷ややかなものでした。

「本当にいいんですか。ヒバリさん?」

「くどいよ。綱吉」

雲雀はそう言って、自室に戻るなり嫁ぐための荷作りを始めるのでした。

 

 

 

 

 

雲雀の花嫁支度を慌ただしく進めるうちに年が明け、ついに野獣のもとへ旅立つ日がやって来ました。

骸は雲雀に純白の花嫁ドレスを嫌々着させると、馬車に乗せました。

貧しいボンゴレファミリーが雲雀に持たせることのできる花嫁道具など一つもありませんでした。

しかし、守護者のひとりひとりから雲雀は餞別として宝物や思い出の品などを受け取りました。

「はなから期待はしていなかったよ」

 そう皮肉を言いながらも、真心のこもった品を雲雀は大切に鞄の中へと仕舞いました。

「じゃあ、馬車を出して」

「はい」

雲雀の言葉に綱吉は従い、手綱を振るいました。

こうして、雲雀と綱吉はキャバッローネの城へと向けて出発をしました。

「ヒバリさん。本当にすみません…。こんなダメな俺を許して下さい……」

「別に。気にしていないよ。君のダメぶりなんて、今に始まったことじゃないからね。僕はこれでも結構楽しみにしてるんだ。キャバッローネは裕福なファミリーだって獄寺から聞いているからね。これからはひもじい思いをすることもなくなるし、それに、大将さえ噛み殺してしまえば、僕の天下だ」

 ニヤリと野望に満ちた目で語る雲雀は本気そのもので、野獣を噛み殺す気満々でした。

 恐れ知らずで勇ましい彼の姿を見ていると、綱吉の心も次第に解き解されてゆき、終いには笑いさえ零れてきました。

「うん。君はそうして笑っている方がいいよ。あとは僕に任せて」

「ヒバリさん…」

 ありがとうございますと、綱吉が言いかけたその時でした。

 

『待っていたぞ』

 

突如、森の奥からあの地を這う声が響き渡ったのです。

『花嫁は連れて来たのだろうな』

「勿論です」

綱吉はここにと、雲雀を示しました。

すると、今まで行く手を阻んでいた茨がズルズルと音を立てて茂みの奥へと引っ込み、木々は生き物のように掻き分けられました。

そして綱吉と雲雀の目の前に大きく立派なキャバッローネ城が姿を現したのです。

『ここから先は娘一人で来い』

そう言って、声は消えました。

「見送りはここでいいよ。君は早く家に帰って、獄寺たちを安心させてやるといい」

「…気をつけて。ヒバリさん」

敬愛するボスとの別れを惜しむ間もなく、雲雀は馬車を降りると一人歩き始めました。