「来たよ」

物怖じしない雲雀の朗々とした声に反応し、重い鉄の扉は開かれました。

外観は古びた城でしたが、踏み入ってみて雲雀は思わず「ワォ」と驚きの声をあげました。

埃だらけと思っていた城内は隅々まで清掃されており、飾られている豪華な調度品や天井から吊るされたシャンデリアもピカピカだったのです。

「誰も居ないのかい?」

雲雀の声だけが、だだっ広い玄関ホール内に響き渡り、不気味なくらいシンと静まり返っています。

(こうも広いと、どこから手をつけていいのか…)

 闇雲に歩き回って道に迷うのはごめんだと雲雀は考え、次の指示が出るまで大人しくしていました。

『そのまま二階へ上がって、一番手前の部屋に入れ』

 真正面には広くて大きな階段が二階まで繋がっていました。

 雲雀はその声に従い、慎重にその一歩を踏み出しました。

 

 

 

『お茶の準備をしなくちゃ』

カチャカチャと、台所は大忙し。

釜戸の中からは焼きたてのマーガレットをふんだんに掛けたオレンジパイが出てきます。

『久しぶりの客人だ。大切にお持て成しをしないと、ボスはカンカンだぜ』

フォークとナイフは踊りながら、パイを八等分に切っていきます。

『コック長、今夜は採りたての七面鳥の丸焼きと、とびきりのワインを出しましょう』

『きっと、娘さんも大喜びしてくれるに違いない』

角砂糖とミルクの器をトレーに添えて、大急ぎでお部屋まで運ばなくては。

これで、キャバッローネも救われると、一つの希望を見出した部下たちは大忙しに客人を持て成す準備に追われるのでした。

(この部屋かな?)

周囲の気配を窺いながら最奥の部屋の扉をノックし、雲雀はドアノブに手を置きました。

部屋には人っ子ひとりいませんでした。

その代わりに部屋の奥のテーブルには、午後のお茶菓子がしてありました。

「・・・・・・・」

雲雀は焼きたてのオレンジパイと紅茶を見て、とてもお腹が空いていることに気づきます。

なにせ、ボンゴレファミリーにいた頃に午後のお茶を満喫した記憶はありません。

資金繰りに頭を抱える獄寺から「贅沢は敵だ」と日々言われ続けていたのです。

テーブルの中央には色とりどりの美しい薔薇が花瓶に活けられ、部屋の奥にあるテラスからは見事な薔薇の庭園が見えました。

「ワォ。これ、売ったら一体幾らになるかな?」

雲雀は見たこともない絵画や彫刻、本棚にぎっしりと並べられた書物を手にとっては感嘆のため息を零します。

「この本。僕が読みたかったやつだ」

 雑貨屋で何度も見かけ、足を止めた記憶のある本の表紙を手で撫でて、雲雀は頬を紅潮させました。

 ボンゴレには本一冊に贅をかけてよい、お金などなかったのです。

『それは今日から全て、お前のものだ』

又、何処からか聞こえてきた声に、雲雀はドレスの袖内で得物の柄を咄嗟に掴みました。

『この部屋の物はお前の好きにして構わない。欲しい物があれば用意させる。何でも言ってくれ』

「僕の好きにしていいの…?」

雲雀は野獣の言葉に驚きます。

嫁とは名ばかりに、奴隷か下働きの生活を強いられるとばかり思っていたのです。

『ただし、この敷地内から外に出ることは許さねぇ』

それはつまり、二度とは綱吉の待つ家には戻れないことを言い示していました。

『もし、言い付けに背けば、お前のボスがどうなるか…。賢いお前ならわかるだろう?』

(コイツ、この僕を脅迫しているね)

その一言に雲雀は物分りの良さを見せ、すんなりと頷いて見せました。

「わかったよ。あなたの言うとおりにする」

 従順さを演じる雲雀に返ってきた声は満足そうでした。

『ここで生活する上で最も注意することは、東の塔にある螺旋階段の上の部屋に入ってはならないことだ』

「なぜ?」

『それを聞く権利はお前にねぇ』

野獣は冷たく言い放ちました。

「城の主は姿を現さない。敷地からは出てはならない。東の塔には近づくな。まるで謎だらけで気味が悪いところだねここは」

 皮肉をたっぷりとこめ、雲雀は用意されたテーブルの席に着くと淹れたての紅茶のはいったティーカップを眺めました。

「これは、僕に用意してくれたもの?」

 だったら、遠慮なく頂くよと、雲雀は香ばしい匂いがするオレンジパイをナイフで切り分け食べ始めました。

「ワォ。ここのシェフの腕前は素晴らしいね」

 一言、美味いと素直に感想を述べ、食べ盛りの雲雀は黙々とフォークとナイフを動かしてゆきます。

ふんわりとした食感と甘い香りがし、雲雀は生まれて初めてこんなにも美味しい食べ物を口にしました。

「僕ひとりで食べるのは勿体無いね。あなたは出てこないの?」

 お茶に誘う雲雀の言葉は見事に無視されました。

 雲雀のことを警戒しているのか、城の大将はそうそう簡単に姿を現す気がないようです。

(早く噛み殺したいのに…)

 仕方ないなと小さく息をつくと、雲雀は「出ておいで」と優しい声音で呟きました。

 すると、エプロンのポケットの中に潜んでいた愛らしい黄色い鳥が顔を出し、キョロキョロと周囲を窺います。

 その鳥の名は誰が名づけたのかヒバードと言いました。

 普段は主人である雲雀の服の胸ポケットに入り込んでお供をしていましたが、ドレスを着ることにあたり今は骸が餞別にくれたエプロンのポケットの中にいました。

 眠気眼の鳥を見やると、雲雀は柔らかに微笑を浮かべました。

「年の瀬から、ろくに餌もあげられなかったからね。君もお腹が空いただろう?」

「すいた。すいた」

 雲雀の話す言葉を理解する賢い鳥は窮屈だったポケットから羽ばたくと、優雅に宙を舞いました。

「今日からここが君の部屋だよ。どうだい。ボンゴレの家とは違って、広いだろう?」

「ひろい。たのしい? ヒバリ、うれしい?」

「そうだね」

 目的を遂行するまでの間、ここで快適な暮らしができればいいねと雲雀は他人事のように呟きました。

こうして、雲雀はヒバードと共にキャバッローネ城で暮らすこととなりました。

 

 

 

 

 

三日を過ぎても野獣は雲雀の前に姿を現すことはありませんでした。

雲雀も着慣れないドレスを大人しく着て、広い城で過ごすのは段々と窮屈に感じてきました。

「今日も噛み殺しがいのない一日になりそうだね…」

「カミコロス。カミコロス」

 雲雀の飼う鳥は可愛い顔をしていながらも発言は結構過激でした。

 自室で暫く手持ちぶたさにしていた雲雀でしたが、すぐに何かを思い立ち、ふんわりと膨らんだ袖を捲くり上げ、バケツとモップをどこからか見つけると屋敷中を隈なく掃除し始めました。

『何をしている?』

呆れるような声で野獣は姿もなく言います。

姿が無き者との会話も、最初は薄気味悪かったものの今では慣れた日常の一部でした。

「何って、見ればわかるでしょう。掃除だよ」

ゴシゴシとモップで床を磨き、雑巾で壁やテーブルを丁寧に拭いていきます。

『お前が掃除をする必要などないだろう。見ての通り、食事の支度から掃除洗濯全てはうちの部下たちがやっている』

「僕、その部下っていう人たちを一度も見たことがないんだよね」

朝、目覚めると食卓には朝食の支度がしてあり、お風呂に入る頃にはバスタブには人肌の湯が張ってあります。

何もかも雲雀がいない時に全て用意されていて、最初の頃は薄気味悪いとさえ思っていたのです。

「毎日、至れり尽くせりなのはいいんだけど、体が鈍って仕方ないよ」

頬に煤を付けて、暖炉を掃除する雲雀に野獣は返す言葉がありませんでした。

「ボンゴレにいたとき、掃除は当番制だったんだ。使用人たちには皆、賃金が払えないから休暇を与えたままだしね。綺麗に片付いていくのは気持ちいいよ」

『不可解なことを言う…』

「あなたはそう思わないの?」

ファミリーが貧しかった為か、働き者の雲雀は至極当たり前のように言って、満足そうに微笑みました。

野獣は雲雀の言葉に返す言葉が見つかりませんでした。

「ねぇ…」

 ポツリと雲雀は呟く。

「どうして、あなたは姿を見せてくれないの?」

野獣は答えません。

「この僕があなたの姿を見て怯えると思っているの?」

 もし、そうだとしたら、随分見くびられたものだと雲雀は語調を強めて否定しました。

「僕をそんじょそこらの花嫁と一緒にはしないでくれる?ねぇ、答えなよ」

精一杯、相手を挑発しましたが、野獣の声はそれっきり返事もありません。

これではまるっきり雲雀のひとり相撲です。

(このままじゃ、噛み殺せない……)

早急に蹴りをつけて帰るつもりだった雲雀はここに来て大誤算に頭を悩ませるのでした。

 

 

 

 

 

その夜は嵐でした。

窓に打ち付ける豪雨と風音に、雲雀はなかなか眠ることが出来ません。

主とは対照的にぐっすりと鳥の巣で熟睡をしているヒバードを見て羨ましく思いました。

時折、光る雷鳴に雲雀は「消えて」と、早くこの嵐が過ぎ去ることを祈っていました。

「?」

廊下から何かうめき声のようなものが聞こえてきます。

「なに?」

雲雀はベッドから起き上がり、ランプを持って暗闇の廊下を裸足で歩きだしました。

それは雲雀の部屋から更に奥へと続く螺旋階段から聞こえました。

意を決し、雲雀は螺旋の階段を登ります。

そのうめき声はまるで泣いているようにも聞こえます。

どこか哀しそうに苦しむ……。

(野獣…?)

それが野獣のものであると気づいた雲雀は、急いでその部屋を探しました。

漸く、大将を噛み殺せる千載一遇のチャンスが到来したのです。

「…ここ?」

大きな黒い扉の向こうから聞こえる声。

決して入ってはいけないと野獣に言われた言葉も忘れ、雲雀は好奇心にドアノブをゆっくりと回しました。

「ねぇ。そこに居るの?」

そろそろと部屋を見渡し、そして部屋の中央に蹲るシルエットを見つけました。

「来るな!」

蠢く人影は声を轟かせ、雲雀に威嚇しました。

「あなたでしょう? 何で苦しそうな声をしているの?」

手に持っていたランプで人影を照らし、ゆっくりと近づいていきます。

「来るな。俺を見るな……っ」

「どうして?」

雲雀は手にしたランプを綱吉に向かって翳します。

「――――!」

その光景に雲雀は思わず目を見開きます。

「見るなっ」

鋭い爪が雲雀の手にしていたランプを床に落としました。

「あなた…」

息を呑みます。

雲雀の目の前にいる者は町の噂通りの野獣だったのです。

(この人は…ずっと一人で………)

こんなに苦しんでいたのかと、雲雀はまるで子供が怯えるような姿に少しだけ哀れみを感じました。

噛み殺さなければならないという気持ちと同時に、別の感情が湧き上がりました。

「大丈夫……」

雲雀は野獣の前に膝をついて、そしてその震える鋭い爪を持った手に触れます。

「…お前?」

野獣は驚いたように顔を上げます。

その顔には苦渋の汗が滲んでいたのです。

(あの時と同じだ…)

 あれは幼い綱吉が次期後継者としてボンゴレファミリーに連れられて来た時のことでした。

 頑なに心を閉ざし、部屋に引き篭もっていた綱吉が嵐の晩に泣いている声を雲雀は聞きつけたのです。

 そして、寝付けない彼の手を握ったまま一晩中、嵐が通り過ぎるまで添い寝してあげた懐かしい記憶が雲雀の脳裏を駆け巡りました。

「怖くない…」

極力優しい言葉で労うように言い、野獣の手を握り締めました。

「苦しい所があるのなら、僕がそこをさすってあげる」

そう言ってそっと背中を撫でます。

ゆっくりと労わるように―――。

野獣は瞬きも惜しむかのように、じっと雲雀を見つめました。

苦しいはずなのに。

痛いはずなのに。

何故か心は救われたような気がしたのです。

こんなことは生まれて初めてでした。

そして、野獣はいつしか苦しみも痛みも忘れて、眠りにつくのでありました。

 

 

 

  

 

朝焼けの中、目覚めるとそこには深く眠る雲雀の姿がありました。

昨晩の嵐の中、ずっと付いていてくれたのです。

小さく丸くなったまま、心地よい寝息を立てていました。

はっきりとした意識の中、生きていることを確認します。

嵐の夜は決まって、悪夢に見舞われうめき苦しんでいました。

それを掬ってくれたのが、ここにいる雲雀。

七色に輝く朝日が漆黒の髪を染め、長く節張った指はゆっくりと雲雀のあどけない頬の輪郭をなぞります。

「ん……」

雲雀はその指がくすぐったいと顔を動かしました。

野獣は慌てて手を離しました。

そして、もう一度、今度は用心深く雲雀の顔を見つめ、はしばみの瞳は、不可解な感情を持て余します。

「恭弥…、お前なのか?」

金髪の端正な顔立ちの青年は、自分にかけられた呪いから救ってくれる相手を長い間、探し続けていました。

その相手が目の前で眠る雲雀なのかは、わかりません。

「お前、だったらいいのに――」

深く慈しむように囁き、その目蓋に触れるだけの柔らかな口接けをしました。

そして、雲雀を部屋まで運ぶため、彼を軽々と二の腕で抱き上げました。

起こさないよう、細心の注意を払いながら自室を出て螺旋階段を下り、雲雀の部屋へと向かいます。

(ん…)

微かな震動にサラサラと揺れる黒髪。

普段は、僅かな物音にも反応して目が覚めてしまうのに今日に限っては昨晩の介抱で疲れたのか、雲雀の意識の半分はまだ夢見心地でした。

自分を抱き上げてくれる逞しい二の腕の左には天かける馬の刺青がありました。

雲雀は自分がどこかに運ばれているのだと気づきます。

(誰…?)

朝日の降り注ぐ長い廊下を運ばれる最中、見上げた雲雀の瞳に映し出されたのは、金色が眩い青年の横顔でした。

明らかに雲雀とは人種の異なる白い肌と金髪、それに涼しげなはしばみの瞳が印象的でした。

(温かい……)

この男は大切に自分を扱ってくれている。

そう認識すると、再び深い眠気に襲われ、今はこの腕に身を託してもいいと思いながら雲雀は目蓋を閉じました。

 

 

 

 

 

「邪魔だよっ」

ガタンとバケツを絨毯の上に置くと、雲雀は叩きを持ってニッコリと微笑みます。

「…おい?」

「おはよう」

翌朝から雲雀は、遠慮なく野獣の部屋へと訪れるようになりました。

しかし、昼間はあの恐ろしい野獣の姿はなく、代わりに金髪のはしばみの瞳をした青年が薄暗い部屋の中で読書をしているのです。

「暗い部屋で閉じこもって、不健康だろう?」

そう皮肉の一つも言って、閉ざされたカーテンを全開にします。

その眩しさに青年は思わず目を細めます。

「今日は天気もいいんだ。あなた、強いなら僕の相手をしてくれない?」

「相手って、何の…?」

「こういうことだよ」

 仕込みトンファーを構え、雲雀はファイティングポーズをとってみせました。

「カミコロス。カミコロス」

「え…」

 パタパタと青年の頭上を飛び回る黄色い鳥と、上から目線な物言い妻に青年は呆然とします。

 実は戦闘マニアだったのかと、意外な事実を知りはしばみの瞳を大きく瞠らせました。

 

『ボス、かなり驚いてるよな』

『そりゃ、花嫁がとんだじゃじゃ馬だったときたもんだ。仕方ないぜ』

 

ヒソヒソとモップとホウキが話しをします。

「何か、話し声が聞こえた」

くるりと振り返っても、声の主の姿はなく雲雀は首を傾げます。

しかし、そこには人っ子ひとりいません。

不思議そうに青年を見上げると、彼は曖昧に笑うばかりです。

「そうだ。朝ご飯まだでしょう? もう支度してあるから、一階の食堂に降りてきなよ」

「・・・・・・・」

テキパキと掃除をする雲雀の姿を眺めながら青年は戸惑うように言葉を紡ぎました。

「どうして、そこまで……」

と、言いかけ、雲雀の右手を見ました。

それは紛れもない引っ掻き傷でした。

「それは――っ」

青年は慌てて、雲雀の手を取ります。

「…俺がしたものだな」

白い肌に赤く滲む傷痕。

「やっぱり、あなたが昨日の……」

雲雀はこれで合点したと、青年を見つめました。

「僕、あなたのことを何て呼べばいいの?」

「恭弥…?」

「嫁に来いって言われて来たけれど、正式にプロポーズも受けてはいないし。僕はまだあなたのことを認めたわけじゃないからね

そのまま俯いて、雲雀は何も言わなくなりました。

柄にもないことを口走ってしまい照れているのです。

「俺は――この城の主。ディーノだ」

「ディーノ」

 澄んだテノールの声から紡ぎ出された名は、とても綺麗な響きの名でした。

「僕の名前は雲雀恭弥。ボンゴレの雲の守護者だよ」

「恭弥――か」

 そういえば、妻に迎え入れた者の名すら知らなかったことにディーノは気づきました。

 なんともおかしな話しです。

「俺はお前に相応しい夫になるよう、努力する」

「なにそれ。いきなり会うなり生意気だよ。あなた」

「…だな。けど、お前に――恭弥に惚れちまったんだ。仕様がねぇだろ」

 そうぶっきらぼうに言って、ディーノは処理しきれない感情をどうにかしようと、雲雀の手を取りました。

「ぼ、僕の見てくれだけに惚れられても、困るんだけど?」

 働き者の手をした雲雀の甲をいとおしそうに撫でながら、ディーノは答えました。

「マジだ。マジでお前に惚れた。恭弥が花嫁に来てくれて、本当に良かったと思ってる」

「・・・・・・・」

 至極真面目に言うディーノに返す言葉が見つかりませんでした。

 

 

 

 

 

 夜は決まってディーノは部屋に閉じこもり決して姿を現しませんでした。

しかし、日中は毎日、雲雀と顔を合わせてくれました。

 当初は早々にディーノを噛み殺す予定だった雲雀でしたが、思わぬスケジュールの狂いが出てきました。

 それは稀代の悪党だと思っていたキャバッローネの主は話しをしてみると、ただの世間知らずで我侭な大人だったからです。

 こうして雲雀の強調――飴と鞭が始まり、ディーノは見事、その尻に敷かれてしまいました。

 我侭で甘えん坊のボスには「姉さん女房」だとばかり思い込んでいた部下たちは、思わぬ「幼な妻」出現で荒れ狂うばかりです。

 部下たちが戸惑うなかでもディーノは雲雀の思わぬ優しさに触れ、益々熱をあげてゆきました。

今日は庭の手入れも必要だと、雲雀は面倒くさがるディーノを外へと誘い出しました。

「また、転ぶよ」

「平気だって」

心配をする雲雀を余所に、ディーノはお昼の入ったバスケットを抱えて走ります。

「わっ」

途端によろけたディーノに雲雀は慌ててその襟首を掴み上げました。

「全く、あなたには学習能力がないの? 折角のお昼が台無しになったらどうしてくれるんだよ」

「悪いな。恭弥」

屈託なく笑うディーノに雲雀は呆れ、今度は助けないよとつれなくそっぽを向きました。

「もう、一人で立てって」

「おう」

いつまでも襟首を掴まれたままのディーノは少し照れた様子でそっぽを向いている雲雀に言いました。

「恭弥と過ごしていると、生きているって実感がする。本当に感謝している。ありがとな」

すると、雲雀は耳を赤くしてすぐに手を離しました。

ディーノにこうして見つめられると、なんだか心が落ち着かないのです。

「恭弥――」

「え…」

太陽のように輝き、射抜くディーノの瞳。

薄い唇が何かをかたどります。

何かを囁きディーノは雲雀の細い顎に手を触れました。

「ちょ――…」

ふわりと、触れるだけの口接け。

「・・・・・・」

突然のことに驚きを隠せない雲雀の顔をディーノは心配げに覗き込みます。

「いや…だったか?」

躊躇うように、拒まれることに怯えながら、ディーノは訊ねます。

「・・・・・・」

雲雀は頬を赤らめ、ぎゅっとディーノの服の袖を握り締めました。

(やっぱり、嫌だったのか…)

半ば強制的にファミリーと別れさせたのはディーノ自身です。

今でも家に帰りたいと願い続けているのかもしれないという思いが、常にディーノの良心を苛み渦巻いていました。

引き離される体。

雲雀はゆっくりと彼の顔を上げます。

そこには、嘗て見たこともないほどに深刻なディーノの表情がありました。

「突然、キスして悪かった…」

「ディーノ?」

初めて口にしたのは心からの謝罪でした。

毒気を抜かれた雲雀はこのとき完全に噛み殺す機会を失っていたのです。

 

 

 

 

 

 自室に戻ると窓辺に見かけない白フクロウが羽根を休めていました。

 溜息をついて窓辺の椅子に腰掛けた雲雀をみやって、白フクロウは徐に言葉を話しはじめました。

「おや。どうしたのですか。今日はやけにしおらしいですね。まるで、恋をしている娘のようだ」

 相手をからかう含みを持った物言いに雲雀は鋭い視線を向けて、「六道骸」と白フクロウを呼びました。

「相変わらず、察しがいいですね」

「何の用?」

 本当は顔も見たくないと、たちまち機嫌を損ねる雲雀に骸は「まあまあ」と宥めました。

「僕はボンゴレの命で、あなたの様子を見に来ただけです」

「綱吉の?」

 彼は元気なのかと訊ねると、骸は何とも言えない表情で「どうなんでしょうかね」と返すだけでした。

「ボンゴレはあなたのことを毎日思っていますよ。元気に暮らしているのか、キャバッローネに不当な扱いをされていないかとね」

「そう…」

「しかし、今し方、僕が見たところ、あなたはドン・キャバッローネにとても大事にされているようですね。彼はあなたにすっかり骨抜きにされている様子だ」

 ボンゴレ一の美貌は満更ではありませんねと、皮肉をたっぷりと込めて感想を述べました。

「率直に訊ねますが、あなたは今幸せですか?」

「なにを…」

「返答次第で、ボンゴレはすぐにでもあなたを助け出す用意があると言っているのです」

 骸の表情は先ほどまで見せていたからかいの要素もなくなり、真面目なものでした。

「彼もここ数ヶ月で随分とボスらしく成長しましたよ。余程、あなたを失ったことが相当堪えたのでしょうね」

 僕にとっては嬉しい誤算ですがと、釘を打つことを忘れず骸はクフフと笑いを零します。

「綱吉に伝えて。これは僕の問題だから、余計な手出しはするなと」

「そうですか。…わかりました」

 余計な勘繰りはせず、すんなりと納得してくれた骸に「さっさと帰りなよ」と雲雀は言葉を浴びせました。

「ええ。言われなくとも帰らせて頂きますよ。人の恋路の邪魔をする者は馬に蹴られてなんとやらと言いますしね…」

「それ、どういう意味?」

 答え方によっては、ただじゃおかないと立ち上がり得物を構える。

「おやおや、怖いですね。僕はただ、キャバッローネの美貌の当主を尻に敷くあなたが随分と様になっていると言っただけです。侮辱した覚えはないのですが…」

「噛み殺すっ」

 全てを見透かしていると言いたげな口調が昔から気に喰わなかったと、雲雀は思い切り得物を振り上げました。

 鋭い切っ先がヒュンと空を切ります。

「おっと。怖いですね。あなたの怒りが頂点に達しないうちに僕は退散させて頂きますよ。たまにはボンゴレに文の一つでも送ってあげるといい」

「君にアドバイスを受ける義理はないよ。その生意気な嘴を二度と喋られないようにしてあげる」

「カミコロス。カミコロス」

 空へと飛び立っていくフクロウをエプロンのポケットから放たれた鳥が追いかけます。

 自分にも翼があれば、いますぐに彼を追いかけて噛み殺してやるのにと、口惜しげに雲雀は唇を噛み締め、どこまでも自由で広い大空を見上げていました。