橘始黄

 




 

 香り高く艶々と青い葉を茂らせる橘。

 その橘の実が黄色く色づきはじめる頃、東京に初雪が降った。

 暦は師走を迎え、人々はこれから迎える年の瀬に向けて慌ただしく日々を過ごす季節。

 寝室の分厚いモスグリーンのカーテンを斜めに開いて、雲雀は灰色の鼠のような空を見上げていた。

「なにを見ているんだ。恭弥?」

 背後に感じる気配に振り返ることなく雲雀は一心に窓の外を見上げていた。

 最近、よくこうして窓辺に立ち外を見る回数が増えた。

 なにを見ているのだろう。

 その視線をたどってもあるのはいつも虚無だけ。

 それはまるで自分たちの行く末を映し出しているようでディーノは怖くなった。

 どこか頼りなく、そして儚い後姿を放っておくことができない。

 一瞬でも目を離せば、どこかに消えてなくなりそうな不安が胸をかすめるのだ。

 湯上りのディーノはタオルで濡れた髪を拭きながら、「どれ」と自分も恋人に倣って窓の外を見る。

「雪が降ってるじゃねーか。どうりで、やけに冷え込むと思ったぜ」

 暖をとるように細い身体を抱きしめ、寒いなと耳元で囁く。

「向こうに行こう。シャンパンとイチゴが届いてる」

「…僕がお酒苦手だって知って誘ってるの?」

 漸く口を開いてくれたかと思えば、この憎まれ口だ。

 それでも何も生み出さない沈黙よりもましだとディーノは薄く笑った。

より体を引き寄せると、仄かなシャンプーの香りがしてディーノは堪らずに恋人のガウンの中に指を滑り込ませた。

「ちょ…っ」

 悪戯な指先はすぐに硬い粒へとたどりつき、器用に捏ねくりまわした。

「あ…」

 悩ましい喘ぎが紡がれると堪らなくなり、一気にガウンの前を寛げた。

 首筋に顔を埋め、色香を放つそこに貪りつく。

 カリと甘噛みし、そっと離れる。

 ぼんやりとこちらを見ている薄い唇に吸いつき、熱い口接けを交わした。

 思う存分、唇を味わって息を乱し紅潮している顔を見下ろす。

「んっ」

 甘噛みするようなキス。

ディーノは恋人を連れ、強引にベッドへと押し倒した。

「抱いていいか?」

 両手で尻の左右を包み込まれ、奥まった小さな口を軽く撫でられた。

 その動作が意味することに朱を走らす。

 ディーノとは初めて抱かれて以来、性行為に距離を置いていた。

 同性を抱いて多少なりとも後悔をしたためかと、ディーノの愛に不安を感じ始めていた矢先の申し出に雲雀は大きく目を見開いた。

「っ…ん」

たったそれだけで、雲雀の乳首はツンと硬く尖りはじめる。

知らず知らずのうちにこの身体は期待感に震えていた。

彼に触れてほしくて、彼に力強く抱いて貰いたくて。

これが浅ましい思いではないと知ったのはつい最近のこと。

ディーノもまた雲雀と同じ思いを共有し、この紅蓮のように焼ける恋心を持て余していたのだ。

「後悔しているのかと、思った」

「後悔って…。俺はただ恭弥を壊してしまうんじゃないかと…」

「ヘナチョコ。弱虫ディーノ」

もう知らないと、震える睫毛を伏せる。

そのときディーノは恋人に辛い思いをさせていたのだなと、これこそ後悔をした。

「ごめん恭弥。いますぐ抱きたい。今晩はもう我慢できそうにねぇ…」

「我慢なんて、慣れないことをしたからだよ」

 毎夜、飢えた目で後ろ姿を追っていたくせに。

 切羽詰まった声と真摯な眼差しに見つめられれば、金縛りにあったかのように動けない。

雲雀を寝室のベッドへ連れ込み、「嫌なら殴ってくれてかまわない」といい大人の体裁もプライドもかなぐり捨て真正面から告げた。

「好きにしたら?」

 答える端から体が震えていた。

「無理させてごめんな」

 こんなに震えているのに。

 無理をさせているのは充分承知の上だった。

 しかし、断られていたら、きっと手酷くしていたかも知れないとディーノは背中に空冷たいものを感じていた。

 水に浮く睡蓮の花を掻き抱くかのようにディーノは雲雀を抱く。

 太陽の光、すべてを明るく輝かせてくれる金色。

 命じられたのでも、乞われたのでもなく、ただ彼と一緒にいることに慣れすぎて、雲雀は自らの病的な感情が怖いと思った。

「キス……しすぎ……」

「そうか?」

 ハマり過ぎて怖いなとせせら笑いながら、その身体を割る。

「でも、全然足んねぇ」

 どこまでも貪欲な自分に自嘲しながら、ディーノは恋人のすべらかな肌に頬を寄せる。

 簡単に脱がすことのできるガウンをベッドの端へと投げ捨てると、羞恥に耐えかねている雲雀の身体を組み敷いた。

 まだ片手で数えるほどしか抱いていないが、そろそろ慣れてほしいものだと初心な恋人に思わず笑みが零れた。

「好きだ…」

「ふ…ぅ」

 前戯もローションで解きほぐすことも念入りに怠らない。

開いた脚の付け根の間に自らの高ぶりを押し当て、待ちきれないこのもどかしさを恋人に伝えた。

「今夜から恭弥のベッドはここな」

「そ…、な――」

 ゲストルームのベッドは明日部下に片付けさせると、勝手なことを言うディーノに「ばか」と声を震わせた。

「だって、不安にさせねぇといったらこれしかないだろ?」

「手段が…露骨過ぎるよ」

 こめかみに唇を落とし、ディーノは上気した頬で綺麗に笑みをつくる。

「もう離したくねぇんだ…」

「……」

「いい歳して、すげー我儘だよな。そう思われても仕様がねぇか…」

「あ――…」

 蜜口にあてがっていた楔をゆっくりと進めていく。

「あぁん。やぁ…」

 快楽に震え涙する細い身体を手折ってしまわないように細心の注意を払って腰を密着させた。

「初めてなんだ。恭弥と知り合うまでは誰かと一緒に過ごしたいとか考えたこともなかった――」

 ガクガクと震える四肢や顎先、痛みを伴わなければ共有することのできない愛情。

 苦痛に歪むディーノの端正な顔。

「ディーノ…」

 愛しい男の名。

 顎先から滴る汗でさえも金色の雫に見えて笑いたくなった。

 あの日、あの時の出会いは奇跡だったのだ――――

 

 

 

 

 

閉寒成冬

 

 

 

「今日も頼むぜ」

 高層ビルの屋上でゲージの扉を開けてくれた人は穏やかな瞳を向けてくれていた。

 瞳の色は彼と同じ。

「ほら、行きな」

 どこまでも自由な大空へ。

 小さな瞳に映るものはスクランブル交差点を往来する人混み。

 色とりどりの頭の毛色、異なる様々な顔。

 ここにもいない。

 自分の居場所になる人。

 早く会いたい。

 もうどれだけの間、名を呼んで貰っていないのか。

 この名をつけてくれたのは彼だ。

 大事な自分の名の一文字を与えてくれた。

その姿、かたちは普遍的ではない。

けれど、人を彩る鮮烈な眼差しと魂だけは変わらない。

氷の炎を宿した漆黒の瞳。

冷たいけれど優しい、どんな自分も受け入れてくれるたったひとりの人――――

 

 

 

 

 

 宝石店に入るなり、ディーノと雲雀はピップルームへと通された。

 そして、すぐに雲雀の指のサイズを測り、それから次々とケースに収められたリングを運んでた。

店員が持ってきた指輪はどれもシンプルな刻印が施されたシルバーリングのタイプで、雲雀は一目それを見て高価な品であることがわかった。

九二・五パーセントの純度を持つスターリングシルバーは手に持つと意外と重く確かな存在感があった。

 豊かな光沢は風格ある美しさを放っていて嫌みはない。

 貴金属や宝石の類に全く興味のない雲雀は無言のまま隣に座るディーノを据え睨んだ。

 痛烈に訴えかけている雲雀の視線にも気がつかないディーノは「何でもお前が気に入ったものを」と気前よく言い、出された珈琲を飲んでいた。

 ロマーリオはその時点から雲雀の不機嫌さを感じ取っていた。

店員はディーノの放った台詞を都合の良いように解釈し、その場で口をへの字にしている雲雀にこれ見よがしと、値の張る品を腕を振るって勧めていった。

(ボスにとっては一足早いクリスマスプレゼントのつもりだったんだろうな…)

 最終的に店員がはじきだした電卓の数字を見て、雲雀は開いた口が塞がらなかった。

ディーノと一緒にいるとこちらの金銭感覚さえも狂ってしまいそうになる。

支払はカードで一括。

 雲雀のために選ばれたリングはその値段に見合った品で、納得したディーノはさらりとサインをし、そして上機嫌で店を後にした。

「待てよ。恭弥」

 愛想良く店先まで見送る店員に振り返ることなく、男は襟足の長い金髪を靡かせ沿道を駆けた。

 彼の手には水色の小さな手提げ袋が握られていた。

「恭弥!」

 呼び止められても一向に歩みを止めない恋人の名を諦めることなくもう一度呼ぶと、今度は周囲の一切関係ない者たちが足を止めた。

「おい、恭弥って」

 一体どうしたんだと困り果てながら後を追い駆ける上司の姿をロマーリオとマイケルは顔を見合せ、そして、やれやれと肩を竦ませた。

 今日、ディーノと雲雀は宝石店へと足を運んだ。

 車での移動中、この店通りを差しかかり、急に止まってくれとディーノが言い出したのだ。

「どこ行く。車はこっちだぜ」

 やや乱暴に腕を掴まれ、雲雀は刃物のように鋭い眼差しを向け「離せ」といつになくきつい口調で言い放った。

 これはかなり頭にきているなとディーノは手こずりながらも、決してその腕を離すことはなかった。

「なあ、どうしたんだ一体…」

 撫で声で機嫌を窺いながら、パーキングに停車している車へ戻ろうと説得を試みる。

「もう二度とこんな真似はしないで」

「わかった。約束する」

 何をとは口にしなかった。

 自分の行いに後ろめたさを感じていないディーノは何に対して恋人が立腹しているのか、さっぱりわからなかった。

だが、一旦口にしてしまったら、その火種が大きくなってしまうことを知っていたから沈黙を美としていた。

 相変わらずたった一人の相手に翻弄されているなと思いつつ、ロマーリオは煙草に火を点した。

(これは久々に持久戦となりそうだなボス…)

 一度機嫌を損ねた猫を手懐けるのは至難の業だと、声にはあげずに健闘を祈った。

「機嫌なおさねぇと怒るぞ」

「やっぱりあなた、自分がしたことの意味わかってないだろ?」

「いい加減にしろっ」

 初めて腕力で押さえつけられ、雲雀は無理やり車の後部座席に押し込められた。

「出せ。ロマーリオ」

si」

 怒りたいのは僕の方だと、行き場のない怒りを噛み締めて雲雀はだんまりを決め込んだ。

 ディーノには日々の生活から仕事の世話まで施しを受けている。

これ以上、彼の好意に甘えてはいられない。

(僕を子供扱いするな…)

 昨日、初めて給料を支給された雲雀はその資金を元手に自立を申し出た。

 だが、ディーノとの交渉は一分も経たないうちに決裂。

 駄目だとにべもない一言で終わり、今度は今の生活に何の不満があるのかと目くじらを立てて追及されうんざりとした。

 ふたりが言い合う姿は下の階まで響いて、取り巻きの部下たちはどうしたらいいものかとただ手を拱くばかりだった。

 結局、その日を険悪なムードで過ごし、夜の床も分とうとしたが、ディーノがそれを許されず手酷く抱かれた。

 心が伴わないセックスを生まれて初めてした。

 虚しかった。

 ただ、ただ、心が虚しくて痛かった。

(そのあくる日が、これかい? サイテーだね…)

 思い出すだけでも忌々しい。

 だからと言って、ディーノことを心底嫌いにはなれず、胸の痛みだけが増した。

「ここで下ろして」

「恭弥?」

 雲雀の声に車は路肩で一時停止する。

「今日の仕事はもう終わったんだろ」

 ひとりで寄りたいところがあるんだと言う雲雀を誰も止めることはできなかった。

 雲雀だってひとりになりたい時もあるだろうし、行きたい場所だってある。

 それが人というものだ。

 車から降りた雲雀はひとり街中を歩きはじめた。

 おいてけぼりを喰らった子供よろしくに、ひとり気落ちしているディーノにロマーリオは年長者として言葉をかけてやった。

「まぁ、なんだ。恭弥くらいの歳頃は一人暮らしに憧れるもんだ。ボスは恭弥にとって親代わりみたいなものだが、このまま甘えるわけにもいかないと恭弥は思っているんじゃないのか?」

「親代わりなんかじゃねぇ。俺は恭弥の恋人だっ」

 はっきりと言い切って、ディーノは自分たちの関係を初めて公表した。

 傍でふたりの遣り取りを聞いていたマイケルは内心、ムンクの叫びをする。

(恋人って、ボスと恭弥は男同士だろ?)

 マフィアで同性愛はご法度だと、自身の胸に戒めていたマイケルは動揺せずにはいられなかった。

「落ち着け、ボス」

「どう落ち着けって言うんだよ。たった今、恭弥は俺の手から離れて行ったんだぜ?」

 あの冷静沈着な主が取り乱している。

「ボスが言うように恭弥と恋人同士だったとしてだ。それでも、今のような生活は永遠に続かねぇ。俺たちは年が明けるまでにはイタリアへ帰らなければなんねぇんだぜボス?」

「…わかってる」

 わかっているからこそ、ディーノは焦っていた。

 これからのふたりの在り方について苦悩していた。

 指輪一つで雲雀を束縛できるとも思ってはいなかったし、生れながらに自由で気ままな彼の性格をどうこうするつもりもなかった。

 愛する人をこのまま攫って、遠く離れた異国の地へと連れて行くリスクを嫌というほど想定してみた。

 そして、最後に行き着いたのは彼の命だった。

 この世にたった一つしかない雲雀の尊い命。

 

 

 

 

 

 重苦しく立ち込める厚い雲に天を塞がれてしまったかのような冬空だった。

 天を舞う雪はその美しさに昔から花として例えられていた。

「天花」「瑞花」「銀花」「寒花」「六花」――、掌に花をのせ、雲雀は次々と浮かんだそれを彼に教えてあげたいと思った。

 振り返った先に彼はいなかった。

 突然降りだした雪に街行く者たちは声をあげる。

 色々と立ち寄った先で目当ての物を探したが結局、これはと思うものは見つからなかった。

 散々歩き回ったせいか、くたびれた雲雀が最後に立ち寄った店は古くから軒を構える小さな手芸店だった。

 クリスマス仕様に変わった店のディスプレイに手編みのセーターや帽子、手袋などが暖かな白乳色の照明に照らされていた。

 通り過ぎるだけだった雲雀はその編み込みの巧みさに見惚れて、思わず足を止めた。

(遅くなったな…)

 ドンパープルの空は斜陽に染まり、日中よりも気温はグンと下がっていた。

 店主の夫人に上手くのせられ、購入した紙袋を小脇に抱え、ホテルに帰らなくてはと歩みを速める。

「帰るって、どこにさ…」

 自嘲的な問いかけだった。

 本当の家なんて知らない。

 覚えてもいない。

 結局、記憶のない自分はあのホテルへ帰るしかないのだと、ここからでも視界に入る高層ビル群の一角を見上げた。

「指輪一つで僕が縛れると思っているのかい?」

 そんな運命はいらない。

 雲雀は塔に向かって歩きはじめた。

 別に逃げ出したいわけじゃない。

 ただ、いつかは訪れる日のことを思うと雲雀も色々と考えてしまうのだ。

 このままずっと彼に縋っていてはならないと。

 ホテルに帰ったら、今度こそきちんと話し合おう。

 最近、ふとした瞬間に感じることがある。

 彼と過ごすこの時間は限りある。

いつかは終わりがやってくることを知っている。

 大空に漂う孤高の浮雲を見上げ、雲雀は込み上げてくる痛みに胸が締め付けられる。

(また、この感じだ…)

 胸が痛い。

 この痛みの名を自分はまだ知らない。

 知ろうとはしない。

(ディーノ…)

 天から降る花と共に黄色い鳥が舞い降りてきた。

 

――ヒバリ、ヒバリ。

 

「…きみは?」

 円らな眼差しは雲雀の姿を見定めると頭上でゆっくりと旋回し、降下してゆく。

 スッと人差し指を添えると、鳥は警戒する様子もなく差し出された止まり木に着地する。

「ヒバリ、ミツケタ。ヒバリ、ミツケタ」

「…ヒバリって、君は僕のことを探しているのかい?」

 興奮した様子の鳥を雲雀は真正面から見据え静かに話しかける。

 どうしてかはわからなかったが、不思議とこの鳥のことがわかるのだ。

「君、名前は?」

 何と呼べばいいのと語りかけると、鳥は小さな翼をバサバサと羽ばたかせた。

「ジカン。ジカン」

「時間って、なにが?」

「マッテル。ミンナ、マッテル」

「…皆って?」

 誰――?

 心臓がトクトクと速まっていくのが手に取るようにわかる。

 これまで誰も紐解こうとしなかったパンドラの箱に手をかける心境だ。

 気持ちが高ぶらない方がおかしい。

「クル」

「…え」

「ヤマモト、クル」

「やまもと?」

 ヒラヒラと花のように舞い落ちる雪はまるで幻想的で、ゆっくりと視界を周囲に巡らせる雲雀の前に一人の長身の男が姿を現した。

 いつの間にと、鳥と会話をするに気をとられていたとしても、全く気配を感じさせなかった男は只者ではない。

雲雀は鋭くその男に視線をやった。

年若い青年、歳は雲雀と同じか、それよりも下か。

スポーツマンらしく短く刈られた黒髪と健康的に焼けた肌、飄々とした表情は穏やかな性格を忍ばせていた。

雲雀を視界に捉えた途端、男は大きく目を瞠らせる。

「ヒバリ!」

男は自分の名を知っていた。

顎に刻まれた傷は刀傷か、余計な詮索をする時間はそこまでだった。

青年がはっきりと目的を持って雲雀に近づいて来る。

名も知らない鳥を指先にとめたまま雲雀は息をのんだ。

 

「恭弥っ」

 

 別の方角から少し尖った声で名を呼ばれた。

 その声に振り返ると、金色の彼が人ごみを掻き分けてこちらへ向かって駆けていた。

「恭弥!」

 また、一つ。

 神経質に呼ぶ、男の声が愛おしいと思った。

「ディーノっ」

 どうしてこんなところにと驚愕し、呆然と立ち尽くしている間にもツカツカと靴音をたてディーノは乱暴に雲雀の細腕をとった。

「こんなところで突っ立って。風邪でも引いたらどうするんだ?」

普段大らかな彼からは想像もつかない、荒れた嵐のような口調だった。

囚われたかと思えば、ここが公衆の場であることも構わずその広い胸に抱き寄せられる。

「ちょっと」

 イタリア人は慎ましさという事場を知らないのか。

抱き寄せられた拍子に鳥は飛び立っていく。

「どうして」

「マイケルに尾行させた」

 悪びれることもなくディーノは言い放った。

 バサバサと鳥の羽ばたきが背後でする。

 もう帰って来ないのかと思ったと、低く呟きディーノははしばみの瞳を翳らせる。

「ディーノ…」

 声は微かに震えていた。

 気弱になるなんてあなたらしくない。

 僕は自由に出歩くことさえ許されないのかと雲雀は悔しそうに漆黒の瞳を揺るがせた。

「もう、俺の傍から離れるな」

 これは命令だと言って、ディーノは自分の立場を利用し、卑怯な手段で恋人を繋ぎ止める。

 オフホワイトのトレンチコートの裾を翻しながら、ディーノは目の前に映るたったひとりの大切な人を思い切り抱きしめた。

「うちに帰るぞ」

 そのたった一言が深く雲雀の胸に突き刺さる。

 赤の他人だった雲雀をいまでは大事なファミリーの一員のように扱ってくれるのだ。

 こんなに愛されれば、もう二度と離れられなくなってしまう。

 どんなことが起きたって、彼の元から離れたくはない。

「待って…」

「駄目だ」

 簡単に振り解けないほどの握力で手首を掴まれ、有無を言わせず歩きだす。

 ディーノの独占欲がこんなにも心地良いなんて、どうかしている。

 車道へ出て、待機している黒塗りの車の前で「乗るんだ」と、命令口調で後部座席へ押し込まれた。

 物腰柔らかな彼がするにはあまりにも手荒な一連の行動に、同乗していたロマーリオとマイケルも今はただ閉口するばかり。

 これほどに執着心を露わにする主の姿は初めてだった。

「車を出せ」

si」

 行き先など聞かずともわかっていた。

 自分たちが帰るのは、あの塔の上。

 静かに走り出す車。

 ウインカーを出し、発進する窓の外の景色を雲雀は張り付くようにして眺めた。

(あ…)

 ゆっくりと流れる景色の中に雲雀は刀傷の男の姿を捉える。

 男はその場に立ち尽くしたまま、車で去る雲雀のことをじっと見つめていた。

 

 

 

 




 余裕のない独占欲丸出しのディーノ(32)さんも好きです。