チャイコフスキーのくるみ割り人形から演目が始まったチャリティーコンサートもいよいよ一曲を残すのみとなった。

 最後を締め括るのはベートーベンの第九番「歓喜の歌」。

その演奏がホールに響き渡ると、ラウンジにいた山本武は背広の胸ポケットに手を忍び込ませた。

「待たせたな。お前の出番だ」

 掌にのせた眠け眼の鳥は男の言葉を理解したのか、突き抜けのホールを小さなまなこで見渡す。

「雲雀は一階のメーンホールにいる」

 お前も早くご主人に会いたいだろう。

 あとはお前が導いてくれと、山本は鳥を天高く羽ばたかせた。

 黄色い鳥は迷うことなくメーンホールへと飛ぶ。

「頼んだぜ」

 山本は次の行動へ移るため席を立った。

「お姉さん、お勘定〜」

 標的がついに動きはじめた。一部始終監視していた黒服たちは見逃さなかった。

『奴が動いたぜ。鳥を放ちやがった!』

『どういうことだ?』

 ディーノのインカムに次々と部下たちからの声が届く。どうすると指示を今かと待つ部下たちにディーノは冷静に命を下した。

「イワンとボノは引き続き刀傷の男の尾行を。ルッカは鳥を追え」

si』

 隣で演奏に聴き入っている恋人の横顔を確かめ、ディーノは上着の下から身につけているショルダーホルスターに収まる拳銃の位置を確かめた。

(お前は俺が守ってみせる…)

 そのときだった。ディーノのスーツの裾をグンと引いて雲雀が小声で囁く。

「ねぇ」

 どうしたと顔を傾けると、雲雀の人差し指はホールの天井を指し示す。

「鳥がいる。あのときの鳥だ」

 声を潜める恋人によりにもよってとタイミングの悪さにディーノは舌打ちをする。

 黄色い鳥はふたりの頭上を旋回し、こちらを誘っているようにも見えた。

「僕のことを呼んでいる…」

 そんな馬鹿なと最初は思ったが、鳥はずっとグルグルと雲雀の頭上をまわりこちらに視線を投げかけているようだった。

「ディーノ」

 お願いと、二たびスーツの袖を引っ張る。

「僕は自分が何者なのか知りたい」

 寸分の迷いもない漆黒の瞳にディーノもまた覚悟を決めた。

「しょーがねぇな」

「ボス!」

 異論する部下の言葉をやんわりと遮り、ディーノは恋人の背を促せ立たせた。

 雲雀が席を立つのを見計らって鳥はメーンホールから少しずつ移動をはじめる。

まるで彼らを誘導するかのように。

「どこへ連れて行く気だ?」

「さぁね」

 先頭を走る主たちを見失わないようロマーリオほかの部下たちと鳥を追跡していたルッカとも合流した。

 鳥は次第に人気の少ない場所へと移動していく。

 この方角はと、ディーノは頭に叩き込んでいたホテルの見取り図を展開させてゆく。

 角を曲がると道は二手に分かれていた。

「いないっ」

「どこにいった?」

 右はスタッフ専用の出入り口、左は中庭へ続く長い廊下。「右は厨房からレストランとへ続いているはずだ」とディーノは呟く。

「戦力を分断させるつもりか? なかなか頭のいい鳥だ」

 どちらかへ鳥は向かったことは明らかだった。

「仕方ない、二手に分かれるしかないな」

 うまく相手に誘導されている。ディーノにとって苦渋の決断だった。

 だが、ここで鳥を見失うことはもっと深刻なこと。

「恭弥、どっちだと思う?」

 右か左か、二つに一つ。あえて自分の運命は雲雀に選ばせた。

「じゃあ、右」

「わかった」

 すぐさまディーノはその場にいた四人の部下たちを二手に分け、ロマーリオを左手の庭園の方へと向かわせた。

「気をつけろよ。ボス」

「ロマーリオたちもな」

 スタッフ専用の出入り口を突き抜けるとディーノの記憶通り、厨房へと続く扉が開いたままになっていた。

「変だな」

 長年マフィアをやっているディーノの勘が働いた。

 しかし、そんなことは知らないとディーノの予感を無視して雲雀は開けぱなしの扉の向こう側へと踏む込む。

 その恐れ知らずな行動にディーノと部下たちは肩を竦め、あとに続いた。

 一歩踏み出した厨房は不気味なくらい静まり返っていた。

 それこそ、人っ子一人いないことに益々違和感を覚えディーノは眉根を寄せた。

 恋人を呼びとめようとしたとき、鳥の羽ばたきを耳にした。

「見て、ディーノ」

 嬉しそうに声を弾ませる雲雀の元へ歩み寄ろうとしたそのとき、一発の銃声が響いた。

「恭弥、伏せろっ!」

 銃弾は雲雀とディーノの影の間を縫うように掠め、床にめり込んだ。

 突然の銃声に雲雀は咄嗟に近くにあった調理台の下へと潜り込む。

ディーノは上着を翻し、ショルダーホルスターから拳銃を取り出すと滑り込むようにして調理台の裏へと身を隠した。

「ボス!」

 ルッカたちも食器棚や冷蔵庫を盾にして臨戦態勢に入る。

 ディーノはすぐさま視線を巡らせ襲撃者を探した。

 発砲は調理場の外からだ。

(つけられていたのか?)

「ボス、あいつら、刀傷の男の一味か?」

「さぁな」

 男たちはホテルの従業員の制服を着ていた。この日のために変装をして潜入していたのだろう。

 袋小路に追いやられ、襲撃されることはよくある話しだった。

 それよりもと、ディーノは足場の狭いこの間取りは圧倒的に不利だなと唇を噛んだ。

これでは自慢の鞭が振るえない。

「恭弥、いい子だから身を低くして大人しくしていろよ?」

 雲雀は言われた通り、身を床に伏せ調理台の下からじっと黄色い鳥のことだけを見つめている。

「あの子が行っちゃう」

「どこにも行きやしねぇってっ!」

 両手が塞がっていたのでディーノは顎でしゃくり鳥を指した。

 渦中の鳥は料理が並べられたカウンターの上で優雅に食事をとっていた。

「いい気なもんだ。恭弥にそっくり」

 度胸が据わっているとディーノは思わず笑い零した。

「ねぇ、あなたがさっきから手にしているモノ。オモチャじゃなさそうだね…」

 物騒なものを見る目で雲雀はディーノたちが手にしている拳銃を見た。

「バレちまったもんは仕方ねぇ。そうだ。俺はイタリアマフィアのボスだ」

「……」

「俺が怖いか?」

「マフィアなんて、どうってことないよ。今さらなに。僕を見くびらないで。だって、ずっとあなたのこと怪しいと思っていたもの」

「あー。黙ってて悪かったよ。恭弥…」

「へぇ…。僕を騙していた罪悪感はあったんだ」

「騙してはねぇよっ」

 ルッカたちが銃で応戦している最中、ディーノと雲雀は互いに秘めていた思いの丈をぶつけ合っていた。

「ボス、夫婦喧嘩はイタリアに帰ってからやってくれ!」

「そうだぜ」

 イタリアという言葉に雲雀は大きく反応した。

「あなたがマフィアのボスだから、僕をイタリアへ連れ帰ることに躊躇っていたんだね? ただの実業家じゃなかったから…」

「ああ…」

「でもまぁ、そんなことだろうと思っていたよ。だってあなたの周り強面な男たちばかりで群れていたからね」

「…すまねぇ」

 詫びるディーノの言葉を聞き流し、雲雀は左手の薬指に嵌められた婚約指輪を見つめ「隠し事はしないって約束したのに」と不服そうに頬を膨らませる。

「イタリアに帰ったら、全てを話すつもりでいた。お前を手放す気は更々ねぇ!」

 力強く言う男の言葉に雲雀はそれまで張り詰めさせていた表情をふっと柔らかく緩ませた。

「じゃあ、このどうしようもない状況もどうにかしてくれるんだ? マフィアのボスさん?」

 試されるように問われると、男は勿論と頷き、そのはしばみに光りを灯らせた。

 その光りを雲雀は見逃さない。それでこそ、自分が認めた男だと。

「だがよ、ボス。この手狭な部屋じゃ、アンタ得意の鞭も使えないぜ」

 銃を構えながら口を挟む部下の言うとおりだった。

「ワォ。あなた、鞭使いなの?」

「どーも」

 面白いねと不敵に笑う恋人が怯えていないことが何よりだった。

(胆っ玉が据わってるっーか…)

「マフィアのボスの花嫁に相応しいな!」

 部下たちは危機的状況にも関わらず、声を立てて笑っていた。

 確かに物が散乱としたこの手狭な厨房では思い切り鞭を振るうことは不可能だ。

 弾が掠める音を耳にしつつ、ディーノは次なる手を考えることにした。

「やり辛ぇな…」

退路がない分、雲雀を安全な場所へ逃がすことはできない。

雲雀を連れ出すには正面突破しか手はなかった。

「てめーら、無駄撃ちはすんなっ」

敵が何人いるのかも把握できないので、無駄に弾を浪費するわけにもいかない。

「跳ね馬、ディーノ!」

 急に銃声が止み、一人の男の声が厨房の外からした。

 話しかける言葉はイタリア語だった。

(このなまりは南か…。俺の通り名を知っている)

 ということは同じ穴のムジナかとディーノは苦笑した。

「俺たちは何もキャバッローネに喧嘩を売っているわけじゃねぇ」

「どういうことだ?」

 何が目的だと、暫くの間ディーノは相手の言葉に耳を傾けることにした。

「そこにいる日本人を差し出せ。そうすれば、命だけは勘弁してやろう」

「恭弥をだと?」

「そうだ」

 存外な物言いに胸がムカついた。

 自分が決して首を縦に振らないことを知っていて、相手は上から交渉に出ているのだろう。

(なにが交渉だ…)

相手ははなから自分たちに情けなどかけるつもりなど毛頭なかったのだ。

「恭弥は一般人だ。マフィアの抗争に巻き込むな」

最もなことを言うディーノにドアの外から笑い声が響く。

 そして、一頻りに笑うと男は声高らかに告げた。

「跳ね馬、お前は何も知らないようだな」

「どういう意味だ?」

「そこにいる日本人のことだ。そいつはなぁ――……」

 固唾を飲んで言葉の続きを待っていると、外から銃声が立て続けにした。

「なんだ?」

 開けっ放しのドアの外から複数の呻き声がして、ドサリと地に倒れる音。

 それから沈黙が続いた。

 コツコツコツ。

 硬質な靴音。

 最初は遠く離れていたそれは次第にこちらへと近づいてくる。

 一難去ってまた一難。

新たなる敵のおでましか。

油断するなと部下たちに目配せをして、ディーノは地べたに座り込んだまま背中越しに首を巡らせ相手の出方を待つ。

 足音から察して、相手はひとり。

 複数いた敵を一瞬にして黙らせた人物はどこかのマフィアに雇われた凄腕のヒットマンなのか。

(雑魚を大勢相手にしている方がよっぽど楽だぜ…)

 益々ややこしくなってきたなとディーノは嘆息をつき、そして、照準をドア口に捉えて構えなおす。

(絶対に外さねぇ…)

 いざとなれば我が身を盾にしてでも雲雀を逃がす算段でいたディーノは息を潜め、相手が姿を現す瞬間を待った。

「相変わらず手際がわりぃな。へなちょこ」

「へなちょこって、お前――…」

 そう自分を呼ぶのは世界にたったふたりだけ。

 ひとりは可愛い恋人と、残るひとりはディーノをマフィアのボスとして教育した――

(まさか――)

 硝煙の匂いを漂わせながら、その男は口許を吊り上げドア口の前に立つ。

「ボスっ」

 吼えると同時に銃口を向け、引き金を引こうとする部下たちをディーノは咄嗟に制した。

「止せ、おめぇら!」

そいつを撃つな。

瞬発的な速さでディーノは身を乗り出し、ヒットマンと部下の間に躍り出た。

 

 

 

 

 

Buon Natale.Dino

「リボーン…」

 恩師は立ち尽くす元弟子に「ちゃおっス」と自分流の挨拶をすると、帽子の上に止まっていた鳥を雲雀に返した。

「ヒバリ、こいつは元々、お前が飼っていたものだぞ」

「え…」

 自分を見上げる小さな赤ん坊の言葉に雲雀は目を見開く。

「ヒバリ、ヒバリ」

 黄色い鳥は漸く主の元へ戻ってこられたのが嬉しいのか、しきりに歌を歌い始めた。

 みーどり たなーびくー なみもりのー。

 だーいなく しょうなくー なーみがいいー。

「この子、何を歌ってるの?」

「そんなことも忘れちまったのか」

リボーンは困惑するように垂れ眉を寄せた。

「これは校歌だ。お前がこいつに教えた」

「…そう」

 そう言われれば、どこか懐かしく聞こえるフレーズだ。

「ディーノ、この赤ん坊と知り合いなの?」

「ああ」

 一瞬にして複数いた暗殺者を沈黙させた銃の腕前、一目見て只者ではないことは纏う空気でわかった。

「こいつの名はリボーン。マフィア界でこいつの名を知らない者はいない。世界最強のヒットマンさ」

「ヒットマン…」

「俺は十三のときに親父を亡くし、キャバッローネの跡目を継ぐことになった。そのときに俺を教育してくれたのがリボーンさ」

 彼のお陰でこんにちの自分がいると誇らしげに語るディーノに「ふぅん」と、小さき人に興味深々な瞳を向けた。

「じゃあ、あなたより強いんだ」

と尋ねると、ディーノは態々答えるようなことはしなかった。

「リボーン、俺達を襲撃したこいつら何者だ?」

 思うことは山ほどあった。

 それまで黙っていたリボーンは重く口を開いた。

「こいつらは南で雇われた殺し屋さ」

 リボーン自身、どこまで話していいのか迷っている様子だった。

「本当の目的は恐らく、こいつらには告げられてねぇはずだ。ただ、雲雀を連れて来いと依頼されていただけだろうぇ」

「南イタリア…」

 生かして口を割わらされば、いずれ雇い主にたどり着けただろう。

だが、死人に口なし。

リボーンは自分もここには依頼で来たので全てを明かせないと口を閉ざす。

「ボス、無事か?」

 暫くすると、襲撃を知ったロマーリオ以下、部下たちが血相を変えて現場に駆けつけた。

 スタッフ専用の通路には一発で仕留められた襲撃者の残骸が転がっている。

 主の無事を確認して、ロマーリオたちは一様に胸を撫で下ろした。

「リボーンさんがどうしてここに?」

「仕事だ」

 懐かしい再会に喜んでいる場合ではなかった。

「おめぇら、喜んでいる場合じゃねぇぞ」

 早速、ディーノは部下に遺体処理を命じた。

 俊足に部下たちが処理に動くなか、ロマーリオは気になっていた刀傷の男のことをディーノに報告した。

「いまイワンたちと応戦中だ」

「大丈夫なのか。あいつらだけで?」

 心配するディーノに傍にいたリボーンはせせら笑う。

「なにが可笑しい?」

 あいつもここに転がる殺し屋の仲間だろうと決めつける元教え子にリボーンは唇の端を持ち上げた。

「ちげぇぞ。あいつは俺の依頼主が送った刺客だ。ヒバリが俺の手元に来た以上、無駄な血は流さないのが賢明だ」

「なんだと?」

 そう簡単にやられるタマじゃねぇと自信たっぷりに言う通り、ディーノの無線に応援を求めるマイケルの声が届いた。

『ボス、思った以上にあいつやりますよ』

 銃弾を刀で弾いたと状況を説明するマイケルにディーノはいますぐ戦いを止めろと全通信回線を開いて告げた。

「どういうことなんだ。俺にわかるように説明をしろよ、リボーン!」

 語尾を強めて言い放つディーノにリボーンは帽子のツバを上げ、静かに問う。

「おめぇ、ヒバリのことをどう思ってるんだ?」

「愛している。恭弥とは婚約を交わした」

 その印だとディーノは自らの左手薬指に嵌めていた指輪を見せつける。

「…で、ヒバリ、おめぇはどうなんだ?」

 今度は雲雀に同じことを問うた。

雲雀の指にもディーノと同じ指輪があった。

「僕は…この人とイタリアに行くよ」

「あれ程、行きたくないと駄々をこねていた国へか?」

「?」

 思わず笑いが零れ落ちていた。

 たったひとりの存在のお陰で、きかん坊だった子供の心が動かされたのだから。

「君の言ってること、よくわからないけれど、僕は誰がなんと言おうとこの人と一緒にいる」

 かけがえのない唯一無二の人だ。

深い絆で結ばれているふたりに「予想外の展開だな」とリボーンは垂れ眉を寄せた。

「ほんのちょっと、ホームスティをさせるつもりだったんだ」

「リボーン?」

 ディーノのいるキャバッローネの庇護下のもと、雲雀を暫くの間置いておこうと決めたのはリボーン自身だ。

 気の根が優しいディーノは困っている者や弱者を決して見放したりはしない。

 そういう性格であると熟知していたからこそ、その大きな傘を利用した。

「俺はある人物の依頼でヒバリを迎えに来た。刀傷の男はその依頼主の部下だ」

「リボーン、その依頼主の名を教えてくれ」

「聞いて、どうするつもりだ?」

「恭弥を…俺に譲ってもらうよう頼みに行く」

「……」

「俺は本気だぜ。リボーン!」

 漸く巡り合えた運命の人。この指輪に誓った。雲雀を生涯幸せにすると。

 嘗ての教え子の顔には甘えた様子も幼稚らしさも感じられなかった。

目の前に立つ元教え子は大人の男に成長しており、心から雲雀を愛していた。

「そいつはできない話しだな」

「リボーンっ」

 帽子のツバを下げて答える元師にディーノは絶望にも似た声を発した。

「そりゃねぇだろ、リボーンさんっ」

「ボスはあんたの愛弟子なんだぜ?」

「漸く出会った天使をボスから奪わないでくれ!」

 ボスがあんまりだと次々に懇願する黒服たち。

(いい部下を持ったな…)

 昔と変わらぬキャバッローネの絆を目の当たりにし、自分のことのように嬉しくなった。

だが、これと仕事は別だ。依頼は必ず遂行しなくてはならない。

 理不尽さに肩を震わせる黒服たちと、運命の歯車に組み込まれていくふたりを交互に見比べ、リボーンはチョイチョイと雲雀を手招いた。

「なんだい赤ん坊?」

「恭弥!」

 師に対して警戒心を露わにするディーノの制止も聞かずに、雲雀は一歩踏み出した。

「ヒバリ、お前、記憶は無くしても自分の名前だけは忘れなかったんだな」

「…どういう意味?」

 首を傾げる雲雀にリボーンは続けて言った。

「雲雀恭弥。この名前はお前の――依頼主が付けた名だ」

「!」

「そいつの名をしりてぇか?」

 だったら、耳を貸せという魅惑的な言葉に雲雀の心はぐらついた。

 そうだ。自分はすべての記憶を無くしてもこの名前だけは忘れなかった。

 この名には自分の存在価値、すべてが記されているのだから。

「恭弥、耳を貸すなっ」

「名前を聞きだしてあげるよ。ディーノ」

 ディーノに向かって綺麗に微笑んでみせる。

「恭弥!」

 雲雀は赤子の前で膝を折る。

 腕を差し伸べられるとリボーンは飛び乗り、階段を駆け上るように腕を伝ってその肩に登った。

「よせ、リボーン…っ」

 その名を聞いてしまったら、雲雀の心が遠くに行ってしまう。

そうディーノは確認し声が震えた。

「聞くな、恭弥!」

 小さなヒットマンは小さく耳打ちをし、名づけ親の名を雲雀だけに告げる。

その瞬間、モノクロだった世界が色とりどりの花を咲かせていく。

雲雀が忘れていた記憶が呼びさまされ、世界に色を取り戻した。

 

 




 ついに雲雀が記憶を取り戻しました。