|
指輪 『並盛から離れろ』 あの日、ボンゴレ邸に呼ばれたディーノは綱吉と元家庭教師が待つ応接室に通された。 そして聞かされた。雲雀が愛する並盛中が守護者たちの試練の場として選ばれたことを。 すでに並盛中では他の守護者たちを対象とした試練が始まっていた。 いつ雲雀の順番がまわってくるのかは定かではなかったが、予め十日間と定めた修行期間内に呼び出されることはないだろうとリボーンは告げた。 ディーノは恩師の言葉を信じ、雲雀を連れて並盛の地から離れた。 土地を移り変わって四日が経っていた。 様々な地形での修行は雲雀にとって良い経験となり格段に戦闘能力は上がっていった。 「よし。休憩だ」 最後に雲雀が放った一撃を幾重にも折り畳んだ鞭で受け止めて、今のはいい踏み込みだったと褒めてやった。 師としてディーノはどちらかというと、弟子を褒めて伸ばすタイプだった。 だが雲雀にとっては幾ら褒め言葉を与えられても、決定的な一打を男に決められなかったことの方が悔しくて決して気を良くさせることはなかった。 「そう凹むなって。お前は確実に強くなっている。その証拠に俺も結構ボロボロだろ?」 衣服に覆われていない剥き出しの顔や腕には擦り傷や切り傷が幾つも窺えた。 修行開始当初ではディーノに傷一つ与えることができなかった雲雀が成長した様子が目に見えてわかった。 「な?」 「…ふん」 川辺の凸凹とした岩場を移動して、ディーノと雲雀は部下が待機している砂利場の木が覆い茂る小影へと腰を降ろした。 「ボス、水だ」 「おう」 クーラーボックスの中から取り出されたペットボトルを部下から手渡され、ディーノは水で口の中を漱いで吐き、残り水で汗と埃で汚れた顔と手を洗い流した。 「ふー。つめてぇ。恭弥も飲めよ。うめぇぜ」 クイっと部下の方に首を巡らせると、もう一本ミネラルウォーターをクーラーボックスから取り出して雲雀の方に投げやった。 「ほらよ」 雲雀は無言のままミネラルウォーターを受け取ると、蓋をあけゴクゴクと半分ほど飲みほした。 ディーノは幾分、キャバッローネの雰囲気にも慣れてきた少年を見守り、タオルで濡れた体を拭った。 「腹が減っただろう。ロマーリオ、昼飯だ」 「si」 風呂敷に包まれた重箱をロマーリオは車のトランクから持って来て、ディーノたちの前で風呂敷を解いた。 修行中の昼食は専ら外でとっている。 出先から一々、旅館に戻る時間が惜しいので、毎朝、旅館側に頼んで弁当を作って貰っていた。 重箱の中身は雲雀好みの和食尽くしだった。 和食だと雲雀の食欲も二倍増しになる。 修行の場所を風光明媚な竹林や川辺に選んでみたり、宿を純和風な旅館にしてみたりと、今回、並盛を離れることでディーノは色々と雲雀のために気をまわしていたことは確かだった。 「美味いか?」 「普通」 そう答えながらもムグムグと口を動かし続けている雲雀にディーノは目を細めた。 雲雀の普通は美味しいと肯定する意味を指している。 ディーノは手に持っていたミネラルウォーターを呷るように飲んで、澄んだ青空を見上げた。 (明日には並盛に帰らねぇとな…) 約束の期限まであと二日。 途中、二日間ほど風邪で寝込んだ遅れを差し引いても、雲雀の仕上がりは師としての贔屓目なしに順調だった。 元々才気に満ち溢れている子だ。 きっかけをディーノが与えることで才能は花の如く開花し、優雅にそして華麗に咲き誇った。 (これでどうにかボンゴレ式の試練というやつに恭弥が受かってくれれば、一安心なんだが……) ボンゴレ式と聞くだけで大抵のマフィアは――大人も子供も身の毛がよだつ。 その由縁は様々だったが、どれも想像を絶する過酷さをようするということをディーノは風の噂で聞き及んでいた。 まだ子供の雲雀にもボンゴレは容赦しないというのは明らかだった。 (厄介なもんだよな) 愛すれば愛するほど、ディーノの一抹の不安は強くなるばかり。 それほどマフィア界でボンゴレという存在は確固たるもので、誰もが畏怖する強さの象徴だった。 水飛沫をあげながら一人の標的を追った。 一陣の強い風が吹いて羽織っていた学ランが飛ばされる。 それにも厭わず雲雀は川を走り続けた。 一太刀浴びせるまではと燃える闘志に駆られながら、雲雀は悠然と立ち憚る男を見据えた。 いい目をしている。 闘争心を漲らせる生き生きとした目。 このまま自分との修行を積み続ければ、優秀な生徒は周りの大人たちをも納得させる強さを身に付けて並盛へ帰還することだろう。 (それでいいのか?) 水飛沫に濡れた制服。 大きく開いた胸元からは呼吸にあわせて上下する鎖の下――ハーフボンゴレリングとシルバーリングが光りに反射していた。 「噛み殺す!」 (このまま恭弥がボンゴレのものになっても?) 太陽の光に反射する二つの指輪。 さて、どちらがあの子を真に幸せにするのか。 激しい動きと遠心力に耐えきれず、引き千切られた鎖。 宙に舞う二つの指輪をディーノと雲雀は目で追った。 下は流れの速い川。 ディーノは咄嗟に鞭を振るった。 伸びた黒革の鞭が一つの指輪を弾く。 弾かれた方の指輪はもう一度、宙に高く上がった。 「こん…のっ」 それをディーノはダイビングキャッチして手中におさめた。 大きく水飛沫が立ち、水の中にディーノの体は沈んだ。 「ボス!」 一体何が起きたんだとざわめく黒服たち。 いち早く気づいたロマーリオは微動だにしないふたりの間に割って入った。 「何があったんだ、ボス?」 「指輪が…」 ポチャンと水音がして、雲雀が流れを追うように後ろを向いた。 だが、誰も川の流れを止められない。 ロマーリオはディーノが掴みあげている方の拳を見た。 「まさか、ボンゴレリングが川に流されたのか?」 もし、そうだとしたら一大事だ。 キャバッローネの総力を挙げて指輪を探し出さなければならない。 開かれたディーノの掌の上には雲の刻印が刻まれたハーフボンゴレリングがあった。 「ああ、よかった。――ということは、川に流れた方の指輪ってのは……」 ディーノが二十五歳の雲雀に贈った婚約指輪の方が流れに呑まれてしまったのだ。 「僕の指輪が…っ」 雲雀は愕然とその場に膝をついた。 「恭弥――」 顔は蒼白で血の気はない。 誰もどうすることもできずに手を拱いていると、ずぶ濡れのディーノが雲雀の元に踏み寄った。 「ほら、雲のリングは無事だった」 そう淡々と言って雲雀の薄い手の甲を持ち上げ、左手の薬指に指輪を嵌めようとした。 「――どうして」 「ん」 「どうして、あなたは平気でいられるの?」 「恭弥…」 きつく睨みあげて、激情に肩を震わせた。 「あの指輪は僕にとって大切な……」 思い返すように瞼を伏せた。 目の際まで生え揃った睫毛が震えている。 「持っていれば、いつか――」 「いつか…?」 逆十年弾で十五歳の姿に戻ったとき、記憶のない雲雀に綱吉がかけてくれた言葉を思い出す。 『いつか、この指輪を贈ってくれた人がヒバリさんの前に現われて、きっとヒバリさんを幸せにしてくれます。だから、そのときが訪れるまで待ちましょう――』 「どうして、あなたは――っ」 胸が痛くて痛くて。 その痛みは悲しさからくるものだと初めて知った。 流れ落ちる涙を止められなかった。 「恭弥!?」 これ以上、泣き顔を見られたくなくて雲雀はその場から駆け出した。 「ボスっ」 後を追わなくていいのかと雲雀のことを心配する部下たちにディーノはどうしようもないといった表情を見せて沈黙した。 こと雲雀に関しては強靭な精神力も度々揺らぎがちな主を尻目にロマーリオは数名の部下に雲雀の後を追わせた。 雲の守護者候補追跡については、とにかく干渉は一切せず、ただ見守るだけに努めるよう言い渡した。 一方の雲雀は散々、山の中を歩いたが結局、宿泊している旅館へと戻ってきた。 気の進まぬ足取りで旅館に戻った雲雀は貴賓室には向かわず、図書室へと向かった。 ディーノとの修行で体が疲労困憊、悲鳴を上げていたのでとにかく休むために長椅子の上で猫のように丸くなり、修行の疲れを癒す。 山道から旅館へ辿りつくまでの途中、二人の黒服を確認したが彼らはまるで風景に溶け込むように大人しくしていたので見て見ぬふりをした。 図書室を取り巻く空間は並盛中の応接室に似ており、落ち着くことができた。 ディーノが手を回しているのだろうか、誰一人として図書室を訪れる者はいない。 静かな環境に身を落ち着けていると暫くしてマイケルが暖かい紅茶を運んで来てくれた。 コポコポと紅茶が注がれる音。 仄かに甘いローズの香りがして、胸が落ち着いた。 「ボスだって万能じゃない。努力しても、上手くいかないことだってあるさ」 それが人間だろうと言葉を紡ぎ、両膝を抱えたまま椅子に腰かけている雲雀を見つめた。 「指輪を失くしたことは気の毒だと思う。でも、ボスの気持ちまで失くしたわけじゃないだろう。ボスはいつも恭弥の傍にいてくれるじゃないか」 マイケルの言葉に雲雀は伏せていた顔を上げた。 「あの指輪…」 跳ね馬が贈ったものなのかと雲雀は初めて聞かされた真実に漆黒の瞳が大きく揺れる。 「僕には記憶がない。厳密に言えば、大人になっていた二ヶ月間の記憶が」 「あ、そうだった…」 しまったとマイケルは口を噤んだが、時すでに遅し。 雲雀を混乱させるような言動は慎むようにと主から指示が出ていたのだが、慰める思いでつい感情に流されてしまったのだ。 「十年後の僕はあの人を知っていたの? ねぇ、あの人と僕はどういう関係だったの?」 一歩二歩と雲雀の気迫に押された。 「だって、あの人の僕に対する接し方は尋常じゃない。出会ってすぐに好きとか…愛してるって言える? イタリア男は挨拶がてらに口説くって聞いていたけど、男の僕を所構わず口説くのはおかしいと思っていたんだ。最初は嫌がらせかと思って納得させていたけど、やっぱり変」 切羽詰まっていたのだろう。 普段、口数の少ない雲雀からは想像もできないほど雄弁だった。 「赤ん坊は大人だった時の出来事は知らない方が僕のためだと言ったけど、僕は真実が知りたい」 こんなにも一途な情熱をディーノはいつも全身で受け止めているのかと、マイケルは改めて主の器の大きさを知る。 「待って、恭弥。俺はボスを裏切るような真似はできない。だから、真実は直接ボスに――」 「はなからそのつもりだよ」 その方が手っ取り早そうだと、雲雀は椅子から飛び降りると足早に図書室を後にした。 図書室の出入り口の前にはディーノの部下が見張り役として立っていた。 「どこ行くんだ恭弥?」 慌てて後を追いかけようとするものだから、仕込みトンファーを取り出して喉元に突き付けてやった。 「あなたのボスのところ」 「…そ、そうか」 思わずぞくりとするくらい艶のある冷ややかな微笑だった。 「素直になって、ボスに可愛がられてこいよ」 「ふん。可愛がってあげるのは僕の方だ」 そう言って、黒服を乱暴に壁際へと薙ぎ払った。 貴賓室へと駆けて行く後ろ姿に「可愛いもんだな」と、図書室から出てきたマイケル共々見送った。 彼はすべてを語ってくれなかった。 ただ一つ、あの指輪のことだけは真実を話してくれた。 「あの指輪は俺が恭弥に贈ったものだ。婚約指輪のつもりだった」 「婚約――?」 その真実に雲雀は我が耳を疑った。 「まさか、リボーンからお前のカテキョーを任されるとは思わなかった。これもまた、運命だったんだな…」 吐息と共に温かい唇が降りて来た。 チュと口接けを交わし、雲雀は男の膝の上で頬を熱く火照らせていた。 「愛してる。恭弥」 たとえ指輪を失くしてもこの気持ちは変わらない。 ずっと、傍にいてほしい。 「また婚約指輪を用意したら、恭弥は受け取ってくれるか?」 「なに…」 急にディーノの重みが増してきて畳の上になだれ込んだ。 「あ…」 肌蹴られた制服のワイシャツ。 胸の尖りに唇が落ちて、雲雀は「ふあぁ」と忙しなく薄い胸を上下させた。 「今度は今の恭弥の指にピッタリなサイズをプレゼントする」 「あなた…。僕がすんなりと指輪を受け取るとでも思っているの?」 「ああ。思ってるぜ。だって恭弥も俺のことが好きだろう?」 迷わず宣言する男に「バカじゃない…」と秀麗な顔を歪ませた。 「なにも心配しなくていい。恭弥とまた恋人同士に戻ったときから覚悟は決まっている。並盛に帰ったら、俺はツナに土下座するつもりだ」 「どういうこと?」 マフィアのボスともあろう者がそう易々と頭を下げるものではない。 「恭弥を下さいって、ジャポーネ式に頼む」 「僕との結婚、本気…だったの?」 「本気も大マジ、必死だぜ? 恭弥のいない世界は、太陽のない闇だって思い知ったからな」 「大袈裟だよ。これだから外人は――」 そう愚痴りながらも、雲雀は満更悪くもなさそうに頬を染め上げていた。 「恭弥の気持ちが知りてぇ。俺を…マフィア稼業なんかやっている俺のことをどう思っているのか」 「知って、どうするつもり? あなたはいつだって強引にやってきたじゃないか…」 気恥ずかしそうに言う雲雀にディーノは「ああ、あれは…」と、それまでの自分を顧みた。 「結婚てのは、ひとりでするもんじゃねぇ。相手の気持ちあってのものだ。俺は恭弥の気持ち無くしてまで強引に結婚を迫るつもりはねぇよ」 一言一言、慎重に言葉を選びながら答える男に「ふぅん」と感心するように雲雀は相槌を打った。 「それで、恭弥はどうなんだよ? 俺、なんかでもいいのか?」 随分と自信なさげに訊ねてくるイタリア男に雲雀は眉根を寄せた。 「自分のこと、過小評価する男は嫌いだよ」 「え? どういう意味だよ」 意味わかんねぇと焦るディーノにクスリとほくそ笑んだ。 「言葉のままだよ。僕はいつものあなたがいいって言ってるんだ」 「!?」 尻を持ち上げられ、アナルに猛りが触れた。 「あ…っ」 ドクドクと脈打つソレに気が触れそうだった。 そこはディーノと結ばれて以来、一日たりとも愛されない日はなかった。 きっと今日もこれからだってずっと―― 「あなた僕が酔狂でこんなこと、許しているとでも?」 傷ついたように漆黒の瞳が歪められていた。 「少なくともあなたがくれるっていう指輪を受け取ってあげていいと思うくらいには、悪く思ってはいない――」 「恭弥…」 天の邪鬼な言い方だったが、それで充分だった。 「愛してる。愛してる。愛してる…」 「も…、それ…ばっかり。あ…っ」 先端が少し挿入る。 「あなたでいっぱいにして…」 「恭弥…」 こんなときに隔たりなど不要だ。 雲雀はじかに感じる熱さに尻を揺らした。 「熱い…っ」 想像以上の心地良さにディーノは腰を蕩けさせた。 くちゅくちゅとなかを執拗に掻きまわす。 その質量と圧倒的な存在感は雲雀を従順にさせるのに申し分なかった。 「あン。あ、ディ…」 「恭弥……」 漸く両想いになれたなと、ディーノは嬉しそうに鼻先を犬みたいに擦りつけた。 「知ってっか。大人の恭弥は鼻筋がすらりとしていて、すげー美人で…っ」 ガプリとディーノは鼻先を雲雀に噛まれた。 「いってぇ」 何すんだと声を上げる男に「それじゃあまるで、いまの僕の鼻が低いって言ってるみたいだね」と機嫌悪くぼやいた。 「いや、ちげぇって。恭弥の鼻は今も未来も変わらず可愛いいって」 「本当かな…」 疑いの眼でいる幼い恋人の鼻にキスをして「ほんとだって」と微笑んでみせる。 「恭弥は可愛いよ。これからの成長が楽しみでならねぇ」 「変態…」 「なんとでも」 それからふたりは深く愛し合った。 まだ幼い雲雀の身体には負荷がかかることばかりだったが、そのなかでも確実に快楽は見出していた。 尻を掘られ、ちゃんと気持ちいい所をディーノが探り当て教えてくれる。 「ディ…っ」 目の前でネックレスに通されたシルバーリングが揺れている。 自分が持っていたものよりも一回り大きなサイズのそれ。 指輪を失くしたことは胸が張り裂けるほど辛かったが、それ以上に雲雀は大事なものを得た。 綱吉の言った通りだった。 もしかしたら、彼の体に流れるボンゴレの血がこうなることを見越していたのかも知れない。 「あっ、あっ、あ――……」 「こんな稼業だ。十年先なんて考えることもしなかった。だが、これからは真剣に考えてみるよ。お前と生きる未来を――」 「ディーノ……」 彼と過ごした二ヶ月間の記憶は全くない。 それでもと雲雀は思う。 この魂は彼を、ディーノ・キャバッローネを愛していたのだと。 理屈なんてどうでもいい。 それさえ解かればもはや躊躇う要因はなかった。 「だから傍にいてくれ。あのとき交わした約束は、今でも有効だろう?」 獰猛な野生の雄に四肢のすべてを支配されながら、雲雀はいまだ慣れぬ愉悦に喘ぐ。 「…ぁ」 「一緒に居よう」 「…うう」 心までも支配されてゆく。 初めてディーノのマフィアのボスとしての本性を垣間見た気がした。 生まれてたった十五年で運命の人に出会った。 その男は国籍が異なり、年齢は一回り以上上で住む世界も違う。 それでもといい。 この人と一緒にいたいと雲雀は願った。
|