ボンゴレ式試練

 

 

 

ディーノは雲雀にとって好みの顔だったのだろう。

何度出会い方が違っても、ディーノに惹かれる。

国籍や性別、歳の差も彼を前にしたら些細な事柄だった。

「こういうとき、その顔で生まれて良かったと尽々思うだろう。なあ、ボス?」

 色男とは罪作りなものだなと茶化す眼鏡の部下にディーノは「うるせぇよ」と照れた。

 雲雀との結婚を決意したディーノは彼を連れて並盛の地へと戻ってきた。

『恭弥と結婚する』

 今朝方、旅館を発つ前、ディーノはロマーリオにだけ胸の内を告げた。

 衝撃の告白を受けたロマーリオはと言うと、随分と余裕を持って受け止めていた。

こうなることは時間の問題だったと踏んでいたいたのだ。

きっと他の者たちも喜んでくれる。

少なくとも、ディーノと雲雀の間柄を知っているキャバッローネの身内からは反対の声は出ないだろう。

ただ問題は内ではなく外、つまりボンゴレにあった。

(考えるだけでも頭がいてぇ…)

 弟分である綱吉はともかく、ボンゴレの古株たちをどう頷かせるか、それが問題だった。

 金の力でどうにかなるのなら、すでに手を回していただろう。

しかし、相手はマフィア界に燦然と君臨するボンゴレファミリーだ。

無理やり雲雀を奪い去るなどという強引な考えはすぐに捨てた。

(どうするかな…)

 並盛の景色を車中から眺めながらディーノは溜息をつく。

 横を向くと黒髪の少年が大人しく座っていた。

 よく観察すると目の下が赤く腫れている。

仕方なかった。

昨晩、散々床で泣かせたのだから。

プロポーズを受け入れるまで何度でもしつこく言い寄った。

たった十五の子供相手にディーノは「うん」と頷かせるため必死だった。

(いい大人が…いい加減にしろっていうんだよな…)

大概にしろと呆れるくらい頑張った。

それほどにこの子供が欲しくてならなかったのだ。

「ロマーリオ。車をボンゴレ邸に向かわせてくれ」

「早速、挨拶か? 決断が早いな。ボス」

 頼もしいぜとカラカラとロマーリオは笑ったが、その目までは笑ってはいなかった。

なにせ、これからボンゴレ邸へ出向き、とんでもないことを頼みに行くのだから。

 雲雀の瞳も心なしか不安げに映った。

流石の雲雀もボンゴレとなると、かなりの緊張感を持つようだ。

「なんて顔していやがる」

 ディーノは柔らかく微笑みながら、雲雀の強張る頬を掌で撫でた。

「俺がついている。俺たちのこと、誰にも文句は言わせねぇよ」

「ディーノ…」

 すっかり手懐けられた気高き獣はディーノの胸に顔を預け、擦り寄った。

(たいしたもんだな…)

バックミラー越しに映る奇跡的な光景に思わず胸がジンと熱く震えた。

記憶がなんだ。

記憶がなくともふたりの心は深く結ばれている。

なんとしても主の幸せを叶えてやらなくてはとロマーリオは思った。

 

 

 

 

 

ボンゴレ邸の鉄門の前で車は一旦停止し、ロマーリオは我が主の名をインターフォンに向かって告げた。

すると重い鉄門はゆっくりと開き、ディーノたちを邸内へと招き入れた。

 厳重なボディチェックを経て、深海を思わせる濃紺の絨毯を真っ直ぐに進み、案内されたのは日当たりのよい客間だった。

 客間にはディーノと雲雀のみが入ることを許され、ロマーリオは部屋の前で待機となった。

客間の中央に応接セットがあり、綱吉は今かとふたりの到着を待っていた。

「よう。ツナ」

 久しぶりだなと、兄弟子と弟弟子は十日ぶりの再会を果たした。

綱吉は次期ボンゴレ首領に相応しくスーツを上下に身に纏っていた。

「お久しぶりですディーノさん。ヒバリさんもお元気そうで」

 満身創痍とまではいかなかったものの、ディーノと雲雀は元気そうにしていた。

「長旅、お疲れでしたでしょう。どうぞ、お掛けになって下さい」

応接セットのソファに掛け、三人がそれぞれに落ち着くと、タイミングを見計らってメイドが茶菓子を運んできた。

綱吉と雲雀の前には日本茶が、ディーノの前には珈琲が置かれた。

「並盛を離れての修行はどうでしたか?」

 興味深く訊ねてくる綱吉にディーノは実りある旅話しを語って聞かせた。

 綱吉は終始にこやかに聞き入っていた。

 一方の雲雀の心はそぞろで、心ここにあらずは誰の目から見ても明らかだった。

「どうかしましたか。ヒバリさん?」

 さっきから大人しいですよねと、鋭く突く綱吉に雲雀は薄い唇をキュと噛みしめる。

 それを見兼ねたディーノがすぐさま助け舟を出した。

「恭弥の奴、修行から帰ってきたばかりで疲れてるんだよ」

「そうでしたか」

「こいつ、余所に行くと酷く神経使うんだ」

 さり気なくフォローをするディーノに「よくご存知ですね」と、綱吉は目を細めて感心をする。

「ヒバリさん、ディーノさんの言うこと、ちゃんと聞いていましたか?」

 ディーノは師匠なのだからと綱吉は言葉を付け加えて微笑む。

「正直、ヒバリさんがよくディーノさんについて行ったなと驚いています。やっぱり、リボーンの選任は正しかったようですね」

「……」

「ヒバリさん?」

 大粒の瞳が見透かすように雲雀を見つめる。

「あー、なんだ…、その…ツナっ」

 ディーノは綱吉の会話を態と遮ると、沈黙している雲雀から注意を逸らさせた。

「ほかの守護者たちの試練はどうだったんだ? もう、結果は出てんだろう?」

 ディーノの質問に綱吉は「みんな、良くやってくれました」と表情を綻ばせた。

「獄寺くんも山本も…京子ちゃんのお兄さんも。みんな、無事、合格しました。晴れて正式なボンゴレ守護者です。あと残っているのは、ヒバリさんだけです」

「そうか、残るは恭弥だけか…。それで、恭弥の試練ってのはどういうものなんだ?」

「その件についてですが…」

 綱吉の声のトーンが一つ下がったその時、客間の扉が開かれた。

「喜べ、ヒバリ。お前の引き取り先が決まったぞ!」

 無遠慮な音共に一人の人物がツカツカと入室してくる。

「リボーン!?」

「赤ん坊…」

 予期せぬ真打登場にディーノと雲雀は呆気にとられた。

「用無しのお前を引き取ってくれる先を探すのは苦労したぞ」

 フゥと業とらしく溜息をついてみせる赤子に「どういうこと」と雲雀は小首を傾げる。

「だから、用無しになったと言っただろう。お前は雲の守護者候補から脱落したんだ」

「な…」

 さらりと言ってのけるリボーンの言葉に雲雀は愕然とした。

「そんな…」

「守護者にもなれねぇ奴をこれから先、ボンゴレが面倒を見ると思っていたのか? おめぇが考えているほど、マフィアの世界は甘くねぇんだ。だが、幸いなことにお前を是非ファミリーに迎え入れたいというマフィアのボスがいてな。そいつと今まで電話で話していたところだ」

「…!」

「いつだったか、そいつはボンゴレ主催のパーティーでヒバリのことを見かけて気に入ったそうだ。お前さえ、その気ならすぐにイタリアから迎えを寄こすそうだぜ。あいつ、ヒバリのことを持ちかけたら、毎日のように電話を寄こしてきやがる」

 フンと鼻でせせら笑うと、リボーンは吐き捨てるようにその奇特なマフィアの首領の名を告げた。

「ミケーレ・フレスコパルディ。フレスコパルディ一家のボスだ。イタリアじゃあ、少しは知れたファミリーだぞ。あそこは代々鉱山を所有しているから何不自由なく暮らせるはずだ」

 良かったなと一方的に言われ、それまで押し黙っていたディーノが拳を震わせ、リボーンの小さな胸倉を掴んだ。

「ふざけるなっ! 誰が恭弥を余所にやるもんかよっ!」

「ガタガタうるせぇ。ディーノ、お前もこの世界に足を入れて長ぇんだろう。部下の引き抜きくらい、よくある話だぜ」

「恭弥はマフィアじゃねぇ。子供の前でなんてこというんだ!」

 ディーノは鬼と称されるリボーンに物怖じすることなく睨み据えた。

一方のリボーンは逆上する元弟子の反応を楽しむかのようにクッと小さく笑い、口角がつりあげた。

 雲雀の前ではおおぴらに言えないが、ミケーレは子供を愛でる趣があると裏では有名な話だった。

そんな男の元へ雲雀をやればどうなることか。

想像するだけで鳥肌が立った。

「冗談じゃねぇ!」

 胸倉を離すと、ディーノはソファに座ったままの身じろぎろしない雲雀の手を取った。

「行くぞ。恭弥っ」

 ショックに沈んでいる漆黒の瞳には生気が灯っていない。

「あんな変態野郎のところへは行かせない。ボンゴレに置いておけねぇんなら、恭弥は俺が引き取る!」

 そう綱吉とリボーンに勢いよく公言すると、恩師は鼻先で笑ってみせた。

「なにが引き取るだ。半端な気持ちで言うんじゃねぇ」

 へなちょこディーノと、子供時分、自身の駄目さ加減を知らしめるために聞かされた言葉を叩きつけられた。

だが、ディーノは冷静さを失わなかった。

そうさせなかったのは雲雀という一人の存在だった。

「俺は本気だ。中途半端な気持ちなんかじゃねぇ。恭弥のことを真剣に愛している」

「ディーノさん…」

「ツナ、恭弥をボンゴレで養えないというのなら、俺は恭弥をイタリアへ連れて帰る」

 ディーノはその場に膝をついた。

「ディーノ?」

 何をするつもりと雲雀は目を瞠った。

ディーノはプライドもかなぐり捨て、絨毯の上に両手をつくと頭を地に擦り付けた。

「恭弥との結婚を許してほしい」

 恭弥をキャバッローネにくれとディーノは土下座をして綱吉に頼み込む。

「ヒバリさんはどうなんです。ディーノさんとイタリアへ…並盛を離れても平気なんですか?」

「僕は…この人と一緒にイタリアへ行く」

「恭弥っ」

 雲雀の決断に、それまで擦りつけていた頭をディーノは上げた。

その顔は喜びに溢れ、はしばみが感激に潤んでいた。

「勘違いしないで。仕様がないだろう。十年後の僕と、そういう約束をしていたんだから…」

「恭弥、お前、記憶が――」

「ほんの少しだけ、思い出したよ。大人だった僕とあなたが…交わした約束。こんな大事なこと、どうしてあなたは教えてくれなかったのかな?」

 ずっと思い出せなかったことが不思議なくらいだと、雲雀は動揺することもなく、いつもの様子で男を見つめていた。

「そりゃ…、お前が大人だったときにした約束だったからな。子供のお前にそれを強要するのも、どうかと思うぜ?」

 そう答えるディーノに雲雀は面白くないのか、「僕はいつでも好きな歳になれるんだよ」と言い返した。

「よし。これで、当初の計画通りだな。ツナ」

「え?」

 大きく息をつくリボーンにディーノと雲雀は目を剥いた。

「ディーノさん、頭を上げてください。今、この瞬間、ボンゴレ式、雲の守護者の試練は終了しました」

「終了って、恭弥は落第じゃなかったのか?」

 唖然とするディーノに対して、綱吉はにっこりと微笑む。

まるで狐か狸に化かされたような、鼻を摘ままれたような気分だ。

「守護者たちにはそれぞれ、欠けているものを試練と称して課しました」

「それで、恭弥に課したことは何だったんだ?」

 ディーノの質問に綱吉は少しだけ気恥ずかしげにはにかみ、ぽつりぽつりと話しだした。

「ヒバリさんは実力、才能、精神力、どれをとっても守護者として申し分ないです。ですが、ひとりの人間として見方を変えると、大きく欠けているものがありました」

「実力だけじゃ、守護者にはなれないってことかい?」

 実力主義の雲雀は、不服そうに綱吉を睨んだ。

「えっと、ですね。ああ、言い辛いな…リボーン」

「しっかりしろ。ダメツナ」

 助け舟を出す気のないリボーンの態度に薄情者と愚痴をこぼす。

「それは愛です。人を愛し、愛されること。雲雀さんにはそれが大きく欠落していた」

「愛…」

 綱吉は幼い頃から雲雀のなかに住む孤独を感じていた。

 孤独は何も悪いものではないが、彼の場合、幼少の頃からひとりだったので綱吉は人一倍気にかけていたのだ。

「誰も寄せ付けなかったヒバリさんが唯一、心を許した相手。それがディーノさんでした。十年弾で記憶を失くしたヒバリさんをディーノさんは無償の愛で包みこんでくれた。そのとき、ヒバリさんはディーノさんの愛情を感じていたでしょう?」

 と、十五歳の雲雀に問いかけると、雲雀は頬を照らし、「知らない」と天の邪鬼に答えた。

 素直でない雲雀に「まぁ、いいです」と軽く受け流し、話しを続けた。

「今回の修行は大きな賭けでした。ヒバリさんの記憶が戻ることはまず、考えてはいませんでしたから」

 でもと、綱吉は目を細めた。

「きっとディーノさんなら、今のヒバリさんも変わらずに愛してくれると信じていました」

「ブラッド・オブ・ボンゴレの勘は大したもんだな」

 他人事のように関心を口にする師に「リボーン…」と綱吉は苦笑する。

「ディーノさん、ヒバリさん。先ほどは試練のためのお芝居とはいえ、失礼の数々、すみませんでした」

「じゃあ、ミケーレの話も芝居の嘘だったのか?」

「ああ、ミケーレの奴がヒバリのことを気に入っているのは本当の話だ。つい、この間も電話がかかってきたぜ」

 さらりと言ってのける嘗ての師に、ディーノは冗談だろと頭を抱えた。

 あの男の巧妙かつ、執念深さは同盟ファミリーの首脳会議の席で知っているところだ。

今度会うときまでに、どうにかして諦めさせなくては。

「そんな話し、どうでもいいよ」

「どうでもいいって、お前なぁ…」

 会ったこともない男のことを考える余地は雲雀にとってはないのだろう。

これからは、貞操概念や自身の魅力についてしっかり教えなくてはと舌を巻きつつディーノは思った。

「それよりも、もう僕は雲の守護者なんだろう?」

「ああ。そうだ。後日、お前の元に手元にあるリングの片割れが門外顧問によって届けられる」

「正式な任命式は一ヶ月後、イタリアのボンゴレ本部で執り行われます。勿論、欠席は許されませんからね」

 念入りに釘を刺され、雲雀は不機嫌そうにその言葉を受け止めた。

「ヒバリさんはディーノさんと先にイタリアへ渡って下さいね」

「ツナ?」

 俺はもうお役御免なのではと、言いかけるディーノに「なに言ってるんですか」と綱吉は強い口調で言った。

「ディーノさんはヒバリさんを連れて帰国するのでしょう?」

「あれは、ミケーレが恭弥を引き抜くと持ちかけられた言葉のあやで口にしたものだ。恭弥は晴れて雲の守護者になれのたから、これからもここにいられるのだろう? だったら、俺が態々、恭弥をイタリアくんだりまで連れて帰る理由はねぇはずだ」

 ディーノの言い分は最もだった。

 理に適っているとわかっていながらも雲雀の表情は寂しげに曇っていた。

 それを見兼ねて綱吉は「わかっていませんね」とディーノに言葉を重ねる。

「まだ、ヒバリさんには学ぶべきことが多くあります。ボンゴレの守護者ともなれば、強くあることは当然ですが、その力に相応しい人格も必要です。それが伴わなければ、力はただの凶器でしかない。俺はヒバリさんの家庭教師にはディーノさんのほか、いないと思います」

「良かったなディーノ。これで、ヒバリと離れなくて済むぞ」

 一つ肩のコブがとれたと嬉しそうに言う師に、ディーノは素直に喜ぶことができなかった。

「連れて帰ってもな…。イタリアへ帰れば俺は経営者としても多忙な身だ。日本にいるときみたいに付きっきりでみっちり鍛えてやれねぇけど、それでもいいのか?」

「ヒバリは嘗てお前が通っていた学校に通わせればいい。あそこは文武両道がモットーだからな。お前が付きっきりでいなくても、高度な教育受けられる」

 それにと、リボーンは続けた。

「普段のお前の仕事ぶり一つをとっても、ヒバリにとってはいい手本になる。マフィアのボスが成すべきことを見ているだけでもいい勉強になるはずだ。これからのマフィアは腕っ節だけでなく、経営者としての手腕も問われる時代だからな。その点なら、ディーノ、お前は合格ラインを行っているから問題ない」

「マジかよ。リボーン…」

「ねぇ、その学校、風紀委員会はあるの?」

 お門違いな質問をする雲雀を差し置いて、まだ雲雀と一都に暮らせるという現実を受け止めきれずにいるディーノの踵をリボーンは思い切り蹴り飛ばしてやった。

「いってぇ。なにすんだっリボーン!」

「ヒバリとの同棲が決まった途端、及び腰になりやがって。このへなちょこ、ビビってんじゃねぇ!」

 キャバッローネの名誉と誇りにかけて、雲雀を一人前に教育しやがれと、喝を入れられた。

「ディーノさん。そういうわけなので、これからもヒバリさんのことをよろしくお願いします」

「……」

「ああ、それと。これからキャバッローネで被る損害についてボンゴレは一切関与しません。ヒバリさんはディーノさんの婚約者なんですから、その点は覚悟の上で俺に申し込んだんですよね? ですから、請求書は送らないで下さい。ああ、これで悩みの種が一つ減りました。これまで散々、ヒバリさんの所業にはボンゴレも懐を痛めてきましたからね」

「ツナ…、てめー…」

 含みのある弟弟子の笑顔にディーノは初めて、彼のしたたかさを知った。

「いま聞いた通りだ、ヒバリ。これからは、ディーノの持ってるモノすべてを盗みとれ。それが強くなる一番の近道だ。なにせ、こいつを一流のマフィアのボスに仕立て上げたのは俺だからな」

「わかったよ。赤ん坊」

 素直に頷く教え子に、「終わり良ければすべて良し」という言葉をディーノは思い出した。

(とりあえずは、恭弥が守護者になれたんだ。これ以上の贅沢はねぇ…)

晴れて教え子が雲の守護者となれたのだから、師として心から祝福しようと、ディーノは一等特別な笑みをつくってみせた。

 

 

 

 



 うう…(涙)。雲雀たん、よかったね。
 次回で第二部 並盛編完結です!!