再会

 

 

 

 どこまでも続く、白、白、白――――

 晴れ晴れとした空と澄んだ空気。

 昨晩までの雪が嘘のように解消し、大きく深呼吸をすれば肺に新鮮な空気が送り込まれる。

 いまだ誰も足を踏み入れていない銀世界を見下ろすのは特別気分がいい。

さて、今日は何をして過ごそうか。

人影もない校庭を見渡し、旧制服である学ランを肩からを羽織った少年は清々しい眼差しで凛と立っていた。

雪の影響か、頭の隅々までがクリアになり、足取りも軽い。

日課である学校内の見回りも、今日は休日で取り締まる相手がいないのでこれで取りやめようかと考える。

それよりも今はこの見事な雪景色を心行くまま眺めていたい。

 そう思った矢先、この静寂を邪魔する一台のラジコンカーが少年の足元で力尽きて止まった。

 誰の仕業か。

止まったラジコンカーの痕跡を辿ると、それは銀色に輝く雪上に真新しく残っている。

 徐に少年はラジコンカーを持ち上げた。

 全体的にボディを緑色でペイントされたそれは、奇妙な生き物のようだった。

 ふと脳裏に浮かんだのは、良く知っている男のトレードマークとなる帽子のツバに乗っているカメレオンのこと。

 その男が相棒として連れ添っているカメレオンはその名の通り変幻自在でどんな姿にでも変化した。

「君は――」

 賑やかな群れが何の断りもなく近づいて来た。

 疎んで止まない群れ。

 まだ年端もゆかぬ幼児たちと一緒に遊んでいる男女は良く知る面々だった。

「ヒバリさん!?」

 ここで会ったのも何かの縁と、群れの中心に立つ栗毛の少年は、大きなまなこでラジコンカーを持っている少年の名前を呼んだ。

「…沢田綱吉。僕の学校で、なにしてるんだい?」

 周囲が雲雀の存在に興味を抱いているなか、綱吉はにっこりと物怖じせずに答えた。

「折角、降った雪でしょう。今日は朝からボンゴレ式、雪合戦を楽しんでいたところです。ヒバリさんも一緒にどうですか?」

「十代目、ヒバリなんかに声かけることないですよ!」

 傍で警戒心を露わにするヘーゼル色の瞳をした銀髪の少年が抗議の声をあげた。

「獄寺隼人。ピアスは校則違反だって、前にも注意したよね?」

「うるせーよ。それよか、てめー、手に持っているラジコンを十代目に渡しやが――…」

 と、獄寺が言いかけたと同時にドーンと大きく地響きが鳴り渡った。

「な、なんだ?」

 大きな地盤の揺れに尻もちをついた山本武は声を揺るがせた。

 校庭のあちこちで積もっていた雪が爆風と共に吹っ飛び、瞬く間に綱吉たちを混乱に陥れた。

「ふぅん…。君たち、そんなに僕に噛み殺されたいんだ?」

 制服に仕込ませてある得物に手を掛けようとする雲雀の行動に綱吉は掌をヒラヒラと振って「誤解です」と慌てて事情を話しだす。

「ビアンキのチームと、キャバッローネチームが対立していてですね――」

「キャバクラ?」

 今度は雲雀と綱吉のすぐ傍で雪が吹き飛び、視界がその塊によって真っ白にフェードアウトした。

「――っ」

 ボタボタと音を立て砕け散った雪が舞い落ちる。

 その衝撃に雲雀は怯み、思わず顔を伏せる。

 ああ、折角の静かな休日が台無しだ。

 沸々と募る怒りに冷えた拳を震わせた。

(どこのどいつか知らないけれど……全員、噛み殺すっ)

 生きては帰さないと心に決め、雲雀は今度こそ得物に手にした。

 

「わりぃ。派手に遊んじまって――」

 

無邪気に笑う声。

揺れる金色は太陽の木漏れ日のように優しい。

視界が白から金色へと移り変わってゆく。

「……」

 よく目を凝らしてみると、いい歳をした大人が全身を雪まみれにして笑っていた。

 彼の傍には黒服の男たちが同様に雪にまみれて笑う。

 知らない外人だった。

 綱吉は彼がタイミング良く現れたことに口角を緩ませ、そっと雲雀の反応を見た。

 何が起きているのか、全く状況が理解できていない雲雀はただ瞳を凝らせ呆然とする。

 そのうちに笑っていた金色がこちらを向いた。

 ゆっくりと向けられるはしばみの瞳。

 たおやかな微笑みが一瞬にして氷結した。

「きょ―――…や?」

 なぜか、その金色は自分の名を知っていた。

 目に映るもの全てを疑心するかのように酷く狼狽した面持ちで声を掠れさせ、名を一言、呼んだ。

 

 

 

 

 

 その晩、ディーノは並盛にあるボンゴレ邸へと招待された。

 ディーノは弟分であり、大事な同盟ファミリーのパートナーとなる次期ボンゴレ十代目となる綱吉と会を楽しんだ。

 会食の席では特に雲雀のことは話題にあがらなかった。

 朝方はまんまと綱吉に嵌められてしまったディーノは、一見物腰柔らかく草食動物のような顔をした彼が実は強かな性格であることを知った。

 今晩はぜひ泊まっていって下さいと言う綱吉の申し出を受け、ディーノは数人の部下を連れボンゴレ邸に残った。

 入浴後、久方ぶりに師であるリボーンと語らいの時間を持つことができた。

 グラスに注がれたホットワインを片手にディーノはほろ酔い加減に見事な庭園を二階のベランダから見下ろす。

「今日は楽しかったぜ。久しぶりに童心に返った気分だ」

 雪合戦のことを振り返っているディーノ口振りにリボーンも満更ではなさそうな表情を返した。

「日本へ来たばかりのおめぇは、石みてぇな顔をしてたからな」

 表情が硬く、仕事で徹夜をした隈が酷かった。

 そんなに酷い顔をしていたのかと、自覚のなかったディーノは他人事のように笑って軽く流した。

「額の傷はもう癒えたのか?」

 俺が撃ち抜いた傷だからなと、庭園に植えられた薔薇を見下ろしながら、嘗ての師は口を開く。

 ディーノの表情に今朝方までの無邪気な微笑みの名残はない。

 手に持っているワイングラスの中身は冷えきっており、口をつけた形跡すらなった。

「ああ。まだ少し痕が残っているが、気にする程度でもないぜ」

「痛かったか?」

「別に…。痛ぇのは体じゃねぇ」

 心だと、はしばみは語る。

「お前、俺に聞きてぇことが山ほどあるんだろう?」

 それをずっと押し殺していたなと、褒めてやるような口調でリボーンは告げた。

 ディーノは手摺の上にワイングラスを置くと、真正面から師と向き合った。

「ああ、あるぜ。本当に山ほどな」

 皮肉そうに歪められるはしばみ。

 もう、下手な誤魔化しはきかないなと嘗ての師は観念する。

「お前、今でもヒバリのことが好きか?」

 いきなり中核を突かれた気がした。

 忘れようと努力している過去を今更蒸し繰り返すつもりかと、ディーノは答えに窮する。

 リボーン相手に嘘はつけない。

 それに雲雀に対しても。

「答えろディーノ。返答次第であいつの運命はどうとでも変わる」

「運命って、どういう意味だ。リボーン?」

 ベランダの手摺の上に立っているリボーンの肩を掴み、ディーノは詰問する。

 その手は激情で震えていた。

これまで堪えていた感情が、恭弥という名を口にすることで解き放たれたかのようだった。

「おめぇにヒバリのカテキョーを頼みたい」

「え…」

「どうだ。引き受けてくれるかディーノ?」

「急にそんなことを言われても…。俺にだって守るべきファミリーや仕事があってだな」

 そう簡単に決断を下せるわけがない。

 ディーノが動揺をしているのは明らかだった。

(まぁ、無理もねぇか…)

 つい、この間まで二十五歳の雲雀と恋人として愛し合っていたのだ。

 ふぅとリボーンは一つ溜息をつく。

「何をチンタラと迷っていやがるんだ。へなちょこ」

「うるせー。お前に俺の気持ちがわかってたまるか!」

 劇的な再会を果たした恋人はディーノの知っている雲雀恭弥ではなかった。

 大人びた色香を漂わせる容姿は面影もなく消え失せ、ディーノの目の前に佇んでいたのは年端のゆかない幼い子供だった。

「一度惚れた相手なら、かたちはどうであれ、最後まで愛を貫き通すのがマフィアのボスってもんだ」

「……」

「それを放棄するというのなら、お前は用済みだ。明日にでもイタリアへ帰れ。時間がないんだ。俺はお前の傷心した心を癒すため日本へ呼んだわけじゃねぇ」

 仕事を依頼するために呼んだのだと、冷たく言い放つ師の言葉にディーノは下唇をきつく噛みしめる。

「…たく。好き勝手に言いやがって…」

 俯き加減に蜜色の前髪を垂らし、男は呟く。

 その表情は陰で隠され、はっきりと見極めることはできなかった。

「恭弥の身に、何か迫っているんだな?」

 誰かに命を狙われているとしたら?

 白昼夢の爆破事件と、後日、発見された水死体の身元。

 一見、無関係なように見えた点と線が今、ディーノの頭の中で繋がる。

「山のような疑問の答えはお前の返事次第だ。もう一度聞く。ヒバリのカテキョー、受けるのか、受けねぇのか二つに一つ。とっとと答えやがれ!」

 

 

 




 いきなりファイナルアンサーを突きつけられたディーノさん。
 そりゃ、動揺しない方がおかしいよ。愛した人が実は15歳の中学生だったなんてね(涙)。
 それでも愛を貫くのがマフィアのボスというものです。