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夕刻、西の空が斜陽で染まる頃、ディーノと雲雀は夫妻に見送られながら牧場を後にした。 沢山の土産と思い出を胸に、フェラーリは再びアウトストラーダにあがった。 「あんなにたくさん貰って、どうするつもり?」 雲雀が指摘しているのは今日持ち帰ったフロマージュのことだった。 「ワインにチーズは外せねぇだろう」 「あなた、ワインのことになると締まりがなくなるね。良くないよ」 「仕様がねぇだろう。これが唯一の楽しみなんだからさぁ」 仕事に追われる生活のなかでの至と福といえば昔はワインだったが、今はそれに付け加えて雲雀が傍にいる。 だらしなく言う男に雲雀はなまじりをつりあげ、それがメタボの第一歩だと内心毒づいた。 「知らないよ。食べすぎてお腹が出ても」 「ひでー。恭弥は俺の見てくれだけに惹かれたのかよ?」 一応、自分が美男子であることは自覚ある発言だった。 運転しながら悲壮そうに顔を歪めるイタリア男に「もし、そうだとしたら、尚更大変だね」と雲雀は口角をつらした。 「ひでー。ひでーよ、きょーや…」 「なんとでも言うがいい」 脅迫とは有効的に行うものである。 拗ねて自信を失いかけているこの男にはいつまでも若々しく健康でいてほしいと願っている。 だからこそ、自滅の道を辿るなんて以ての外だ。 雲雀の心配をよそにディーノは腹を鳴らせて、どこかに寄って晩御飯を食べないかと提案する。 「腹も減ったし、手っ取り早くアウトグリルにでも行くか」 「アウトグリル?」 「気軽に利用できてなんでもあるぜ。ピッツァにパスタに野菜にチーズ…肉料理や魚料理、恭弥の大好きなハンバーグだって」 一体どんな所だと不思議がっていると、道路の真向かいに横長な大きな建物が視界に入ってきた。 上下線、片側二車線のアウトストラーダを跨って建っているそれがアウトグリルだった。 イタリア全土ほか、欧州各国、北南米、豪州、インドにまで事業を展開させる世界最大規模の飲食サービス店。 数多くの飲食テナントが軒を揃えるアウトグリルは夕食時ということもあり大勢の客でごった返していた。 なんとか空いた駐車スペースに車を止めることができたディーノは足付きの巨大な箱型の建物を見上げて、参ったなと呟いた。 群れを何よりも嫌う恋人をここへ連れてきたことは間違いだったのかも知れない。 「あー、恭弥…」 「ハンバーグ」 「へ?」 ここはよそうかと口にしかけたとき、強めな語調で雲雀が遮った。 「食べさせてくれるんだろう。お腹、空いた」 「でも、群れがいるぜ? アウトグリルは基本セルフサービスだ。群れの中で飯食って平気なのか?」 気分を害さないかと心配をするディーノになまじりを上げて雲雀は約束を違えるつもりかと訴えた。 「破るつもりはねぇけど。ただ、ここでなくともハンバーグは食べられるし、少し我慢すれば幾らだって――」 「やだ。ここがいい」 それこそ機嫌を損ねだした恋人にディーノは慌てた。 「わかった。わかったから」 「はじめから、連れて行ってくれればいいんだ」 財布の紐を握っているのはディーノ。 でも、選択権は雲雀にあった。 愛らしく口を曲げている恋人の手を取り、ディーノは建物に向かって歩きだした。 建物の中に入ると、想像通りに大勢の客で賑わっていた。 今日が休日ともなれば尚更だ。 最初、顔を顰めていた雲雀だったが、各店舗から漂ってくる食欲をそそる匂いに殺意は相殺されてゆく。 セルフサービス式のレストランを皮切りに、ピッツェリアやパール形式のカフェなど多様なスタイルの店舗があるなか、ディーノは雲雀を連れてセルフサービス式のレストランへと向かった。 赤旗に白字で店名が描かれたその店はイタリアでは手頃に利用できるレストランとして有名だった。 「恭弥、何にする?」 「ハンバーグ」 「はいはい。わかったから、迷子にならねぇようにちゃんと着いて来いよ」 雲雀にもプラスチック製のトレイを持たせ、ディーノはまず先に目当てのハンバーグを探した。 プリモアピットのカウンターではリゾットかパスタを選べた。 プリモアピットとはイタリアで前菜と主菜の中間に位置する第一の皿を意味し、配給する店員に問われてディーノは雲雀にどうすると訊ねた。 雲雀はリゾットをディーノはパスタを選んで、セコンドアピットのカウンターへと進んだ。 先ほど、雲雀はハンバーグを注文した場所でディーノは肉料理か魚料理かと注文を聞かれて魚料理を選んだ。 それからサラダバーでサラダを見繕って、ドリンクバーで適当に飲み物を選び、あとはふたりで食べようとパニーノの皿を取った。 最後に精算を済ませ、ディーノは空いたテーブルへと雲雀を引っ張って行った。 「やれやれ…」 漸く椅子に落ち着けたディーノは目の前で空腹そうにしている雲雀に「どうぞ」と笑顔で言った。 雲雀は好物をはじめに食べる主義だった。 がっつくようにハンバーグを食べる雲雀に美味いかと訊ねると、普通と答えってくる。 確かに空腹時であれば、即製物も美味く感じるものだ。 生ハムにルッコラ、フレッシュチーズを挟んで温められたパニーニを雲雀に勧め、自分は熱いピッツァを摘まんだ。 「ピザ、食べすぎないでよ」 「このくれぇで腹は出ねぇよ…」 「あなた、偶に驚くくらい大食いするから。ほら、ついこの前も」 確かに先日、ピッツェリアから届けられたピッツァを二枚ほどひとりでディーノは平らげた。 仕事が立て込んでいて昼食もままならなかったため、内緒で出前を頼んだのだ。 その現場を見ていたのかと執務室での秘密を思い出し、ディーノは表情を苦くさせた。 「心配ねぇって。ほら、恭弥もニンジン喰え」 「ニンジン嫌い」 「好き嫌いしてたら、大きくなれねぇぞ?」 偉そうに言う男には嫌いな食べ物なんてなに一つもなく、図体は見上げるほど大きかった。 「……」 ディーノとセックスをするとき、いつも体格差を思い知らされる。 彼が本気を出せば自分など一溜まりもない。 完成されたディーノの体に比べ、成長期で未熟であることを自覚する雲雀は睨みつけるようにニンジンが盛られたサラダの器を見つめ、無言でフォークを持った。 「いい子だ。恭弥」 男の子は食べて大きくなるんだと微笑んで、オイルの入った緑色の瓶を手に持ってサラダの上から掛けてやる。 イタリアには即製品ドレッシングがない。 サラダにはエキストラヴァージンオイルとアチェート・バルサミコをかけて食べた。 「いつかあなたの背を追い越して、地に這いつくばらせてやる」 「その息で野菜を残らず食べるんだぜ。楽しみにしているよ」 「〜〜」 悔しいがまだ今の自分ではディーノにあらゆる面で勝てない。 盛あげられたサラダを前にして顔を歪ませる雲雀を面白そうに眺め、ディーノは眠気覚ましにエスプレッソ・ドッピオで締め括った。 外に出てみると日はすっかり沈んでおり、あおり見れば星空が広がっていた。 「ワォ…」 日本とは違う星座が宙に描かれていることに雲雀は感嘆した。 「そっか。こっちでの星空を見るのは初めてだったか」 頷く恋人と共にディーノは立ち止まって空を見た。 「日本でもこうやって恭弥と星を見たな」 あの頃はリング保持者となるべく修行中の身だった。 リボーンの命で並盛を離れ、人里離れた旅館で雲雀と共に時を過ごした日々を彷彿させる。 「日本での日々はあっという間だったな。たった十日間で恭弥を強く鍛えろとリボーンから脅されたことがもう随分前のことにように思えてくる」 「あなた、赤ん坊に脅されて僕の家庭教師になったの?」 意外そうに目を丸くして訊ねる恋人にディーノは頷いた。 「元恋人の家庭教師を引き受けなくちゃなんねぇ俺の複雑な気持ちが恭弥にわかるか?」 あの時は随分思い詰めたものだと呟く男に雲雀は眉根を寄せる。 「でも、今は恋人だ」 その限られた時間で無理やり自分をものにした癖にと雲雀は小恥ずかしそうに言い返した。 「そうだな。当初は絶対振られんの覚悟の上で恭弥に言い寄ったんだぜ。どうだ。男前だろう?」 「流石はイタリア男だね」 「その言い方、ヒデーのな…」 一頻り笑ったあと、ディーノは深く息をついた。 「恭弥にはマジで感謝している。こんな十七も年上の俺を選んでくれて…。イタリアまで一緒に来てくれて、どう感謝していいのか……」 「……」 ディーノは言葉もなく幼い恋人を見つめた。 こんなとき、どんな言葉をかければいいのか、人生も零愛経験も豊富ではない雲雀はわからない。 「愛してる」 お前のいない人生なんて考えられない。 甘くも深い言葉が雲雀の胸を掴む。 闇夜でも眩い金色に雲雀は目を細めて告げた。 「あなたはもっと自信を持って」 「恭弥?」 「僕は自分の意志でここにいる。理由なんて考えなくていい。僕が言いたいことはそれだけだ」 「…わかった」 頷くディーノは幸せそうに微笑んでくれた。 それからふたりは家へ帰るために車に乗った。 何の束縛もない夢のような時間は終わりを告げようとしている。 一抹の寂しさを感じながらも最後までふたりきりでいられる時間を大事にしようと思った。 他愛もない会話を重ね、笑い、愛を歌って、心に触れ合う。 アウトストラーダ―を降り暫く走ると、見慣れた港町の明かりが小さな星屑のように広がって見えた。 「あなたのシマの明かりだね」 「ああ。あの明かりを見るたびに、心が落ち着くよ。結局、俺が帰る故郷はここだけだからな」 キャバッローネが代々受け継ぎ、守ってきた町の明かり。 漸く帰ってきたのだという実感と共にディーノの表情は緩んでいく。 「恭弥にとっては第二の故郷となる場所だな。気に入ってくれると嬉しいんだが…」 「……」 「なんだもう眠いのか?」 「別に」 言葉数が少なくなってきた雲雀に寝ていろと伝えると、反骨精神をくすぐられた雲雀はごしごしと目元を擦って、漆黒の瞳をぱしぱしと大きく瞬かせた。 「お前…」 素直に眠っていればいいもののと思ったが起きてしまったものは仕方ない。 「今日は色んなところに行けて楽しかったな。なぁ、今日の俺は恭弥の目から見て何点だった?」 最初から最後まで男はしっかり雲雀をリードしてくれていて、へなちょこでもなかった。 十二分に満足させてくれたディーノには満点を贈りたい。 どうして伝えようかと黙り込んでいる幼い恋人に、返事はベッドの中ででも聞かせてくれと意地悪く囁いた。 「またしようなデート。イタリア語がわかってきたら、映画やオペラに連れて行ってやるぜ」 「チョコレート工場に連れて行ってくれる約束も忘れないで」 恭弥は花より団子だなと破顔した。 「わーてるって。幾らチョコが好きだからって、工場長になるって言うのはナシだかんな」 「そこで笑うな。噛み殺すよ」 「おい…。運転中は勘弁してくれ」 嬉しそうに言う男の横顔を見上げ、雲雀はフンと小さく息をつく。 様々な選択肢の中でこの男を選んだことを後悔させないでほしい。 この胸に感じたフィーリングを、運命を雲雀は信じたかった。 ボンゴレからの使者 屋敷に戻ってきたのは午後九時前だった。 主の帰りを今かと待ち侘びていたのは仕事を終えた黒服たちと所要ができたリコだった。 「ディーノ様!」 「おかえり、ボス」 それぞれの面々を見てディーノは何事かと玄関ホールの異様な光景に目を瞠った。 出迎えた皆は好き好きに名を呼んで、瞬く間に人垣ができあがる。 「ディーノ様、お疲れのところ申し訳ありませんが、こちらの書類に判をお願いします」 リコは早口に捲くし立てるように告げた。 ズイと黒集りを掻き分け、小難しい顔をした有能な部下がディーノ愛用のペンと書類を眼前につき付ける。 「急ぎか?」 「ええ、あなた様が出掛けられて二時間後に催促の電話がかかりまして…」 彼の隣で眠そうにして立っていた雲雀は少しムッとした表情でリコを睨み、一方のディーノはすぐさま仕事顔をして書類の文面に目を通す。 「留守の間、ご苦労だったな」 内容を承諾したディーノはスラスラとサインをして、書類をリコに手渡した。 書類を受け取ったリコはディーノに一礼をすると、すぐにその場から立ち去って行く。 相変わらず仕事熱心な部下にディーノは苦笑いを浮かべ、それから他の部下たちに向き合った。 「ボス、恭弥とのデートはどうだった?」 「楽しさに感けて、今日は帰ってこないんじゃないのかって話していたら、リコの奴が急に怒り出しやがって…」 「ハハ。リコらしいな」 自分がキャバッローネのボスだということを一日たりとも忘れたことはない。 それをわかっていてリコは信じてやれない同胞に向かって吠えたのだろう。 「これは俺と恭弥からの土産だ。皆で分けてくれ」 ディーノが部下に手渡した紙袋の中身はマーケットで購入したオーガニックを謳った蜂蜜やサラミ、フロマージュが入っていた。 「これ、恭弥が選んでくれたのか?」 「ありがとうよ」 「今日はボスにたっぷり甘えられたか? 我儘言い過ぎて、ボスを困らせなかっただろうな?」 「まあ、可愛い仔猫の我儘を聞き入れるのも男としての喜びだけどよー」 次々と言葉が投げかけられ、雲雀はこの場にいる黒服全員を噛み殺したくなった。 「君達、死にたいの?」 据わった目のまま得物を取り出すので、ディーノは慌てて凶暴な恋人を抱え上げた。 「ちょっと離してっ」 「ほら、もう風呂に入って寝る時間だって」 手の中でもがく雲雀を笑顔で宥め、ディーノはスタスタと歩きだす。 離して、あいつを噛み殺すんだと叫ぶ声が次第に遠ざかってゆくなか、黒服たちは流石ボスとじゃじゃ馬の手懐けに感嘆した。 不機嫌な雲雀を連れて一緒に風呂に入り、寝間着に着替えると夫婦部屋であるディーノの部屋へと向かう。 ドアの前にはロマーリオが立っていた。 「あー恭弥。先に部屋で休んでいてくれ」 立て込んだ大人の事情、ディーノは眠たそうにしている恋人にそう告げて腹心と向き合った。 「俺の留守中、なにかあったか?」 リコがそうであったように確認してみるとロマーリオは重苦しく引き結んでいた口を開いた。 「デート中に水を差すような真似はしたくなかったから、ボスの帰りを待っていた」 「そっか」 知らぬところで部下に気を使わせていたのだとディーノは彼の心配りに感謝した。 「昼頃、ボンゴレから連絡があった」 ぼそりと眼鏡は低く言う。 「用件は?」 雲雀をキャバッローネで預かるようになって一週間が過ぎている。 日本にいる綱吉たちも任命式の準備のため、そろそろイタリアへ発ってもおかしくない時期だ。 ディーノは幾分緊張した面持ちで用件を聞いた。 「遅いよ」 ロマーリオとの話は特に込み合うまでには至らなかった。 眠ずに寝室でディーノを待っていた雲雀は彼が姿を見せるとムクリと上掛けの中からまん丸とした頭を出して男を見上げた。 「わりぃ」 先に眠っていても良かったのにと思いながら片膝をつき、ベッドを軋ませてディーノは褥にもぐり込んだ。 「あったけぇな。恭弥が寝床を暖めてくれて助かったぜ」 子供の体温は思いのほか高い。 人間湯たんぽだなと破顔し、ディーノは暖をとるために小さな恋人を抱き寄せた。 「こうすると、寒さなんて吹き飛ぶな」 普段は手のつけられないやんちゃな暴れん坊もベッドの中では従順と大人しい仔猫に変わる。 それを知っているのはディーノだけだ。 漆黒の毛並を掌で撫でつけながら男は体を本格的に横たわらせ、一息をついた。 「…疲れてるの?」 「いや。このくれぇ、どうってことない」 気丈に返すディーノだったが、疲労感は彼の快活な微笑みにまで滲んでいた。 他人に対して弱味を見せない態度は気に入ったが、自分にまで虚勢を張ってほしくはないと思った。 雲雀は労いをかけるように唇へキスをおくる。 「あなたはよく頑張ったよ」 「恭弥?」 「百点が満点なら僕はあなたに百点をあげるよ。ベッドの中で教えてあげる約束だったからね」 「光栄だな」 律義な雲雀の性格に愛おしさを覚えながらディーノは微笑む。 晒された小さな額にキスをおくり、唇を額から眼尻、鼻筋、最後に桜色の唇へと到達すると雲雀は大人しく瞼を閉じる。 「いいか?」 疲れているのなら止めるがという彼の言葉に雲雀は小さく首を振り、四肢の力を抜いた。 そうするとすぐに男の手が伸びてきてパジャマの釦の合わせ目を外す。 脱がされる様を雲雀は直視することはない。 常に視線を外へと逸らし、衣服が擦れ合う音だけを聞いていた。 「白くて綺麗だ」 率直に感じた感想を述べるディーノに雲雀は馬鹿じゃないのと強がりを言う。 ぷっくりと小粒な胸飾りに指が這い、弄られながら下肢の衣を脱がされ睫毛の先を震わせた。 頬を上気させながら身体の隅々まで愛され、最後に猛りを受け入れた。 「あー…」 心地良い息遣いのなかでふたりは果てた。 「も…無理……」 ディーノも充分に満足していた。 それから雲雀はディーノが差し出した腕の上に頭をのせて瞼を閉じた。
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