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雨と標的 人肌が暖かかった。 ゆっくりと瞼を開けると眼前に金色が広がる。 甘い蜂蜜の匂いはこの髪のせいだ。 頼みもしないのに勝手に腕枕をされ、男の胸に凭れかかる様にして雲雀は眠っていた。 それこそ、葉の落ちる音でも目覚めてしまう自分が熟睡してしまうとは何たる失態だ。 一寸の隙間もなくぴったりと沿った体と体。 どちらからそうしたのか、考えるのも頭が痛くなった。 肌蹴た胸元からは大事な指輪が零れ落ちていた。 ボンゴレリングの片割れは大事なものだと認識している。 だが、もう一つの指輪は何だか知らない。 ただこれを肌身離さずに身につけていろと赤ん坊に言われたからそうしている。 赤ん坊の言うことはいつも正しいのだから。 (噛み殺す) 身の回りを探したが、常備している得物はどこにもなく、今度は拳を握りしめて振り翳した。 「……」 静かに眠る彫りの深い、男の窪んだ瞼や高い鼻の陰影を眺めているうちに雲雀は上げていた拳を下ろした。 ディーノが身につけているガウンの肌蹴た胸元には自分と同じリングが金色のネックレスに繋がれていたのだ。 それに思わず触れかけて、手を引っ込める。 (ただの偶然だ) 肩に掛っている重たい腕を退かせ雲雀はだだっ広い褥の上から抜け出した。 「どうなっているのさ。この部屋は」 一つの部屋かと思っていた寝室の先にはまだ続きがあった。 リビングへ通じる扉を見つけ、雲雀は息を呑んだ。 ボンゴレ邸の綱吉が使っている洋館造の部屋にも引け劣らない豪奢なスィートルームを見渡しながら、あの男は何者なんだと眉根を寄せた。 出口を求めて暫く彷徨い、そして内鍵の掛った扉をみつけ、雲雀はカチャリと小さく音を立ててロックを外した。 ゆっくりと扉を開くと、傍らには寝ずの番をしている門番の男が椅子に座っていた。 「目が覚めたか。恭弥」 厳つい強面をした大人を前にしても雲雀の態度は怯むことはなかった。 随分と袖の余る黒いパジャマをダボつかせながら眼を擦っている姿を見やって、イワンはまだ主に愛されていない雲雀に少々がっかりした。 「これ以上、好き勝手に出歩いてもらっては困るな」 「どうして」 「ボスの命令だから、だ」 もう暫く、大人しくしてくれと言う大男に雲雀は「いやだ」とそっぽを向くと同時にグゥと腹が鳴った。 「腹が減ったのなら、電話でルームサービスを頼め」 だがなとイワンは意地悪く「ここには和食のサービスがないんだ」と告げた。 「嘘だ」 「嘘じゃねぇって。ボスは毎朝、焼き菓子と珈琲しかとらねぇからな」 「……」 「それが嫌なら、備え付けのキッチンがあるから好きなもん作って食べろよ。ああ、食材は冷蔵庫に一応揃えてあるぜ」 「それ、腐ってないだろうね?」 疑る雲雀に「失礼な奴だな」とイワンは大きな肩を揺らせて笑った。 「ボスの食生活は乱れ切っているからな。誰かが面倒見てくれるとありがてぇ」 嘗て、雲雀がそうしてくれたようにと祈る思いで男は言った。 「栄養士でも雇えばいいだろう?」 冷たく言い放ち、雲雀はスィートルームの扉を閉め切った。 「相変わらず、可愛げがねぇな…」 これが大の男を憔悴させた相手かと思うと、何だか切なくなる。 どこをどうとっても、ただの小生意気そうなガキにしか見えないのだから。 「おーい。恭弥、鍵閉めとけよ」 一応は命を狙われている身なのだということを教えてやった。 言われる間もなく雲雀は、内側からの鍵をかけた。 あんな物騒な輩が見張っているのだ。万一のことは滅多に起きはしないだろう。 折角の朝を台無しにされたくはないと雲雀は素足でリビングを歩きまわり、見つけた小型冷蔵庫の扉を開けた。 「起きてよ。ねぇ、起きて」 丁度いいくらいの重みが両肩に掛ってきた。 小さくて温かくて、自分はこの重みをくれている人を知っているとディーノは薄っすらと瞼を持ち上げる。 (恭弥――――) ただ、その愛しい名しか浮かんで来なかった。 霞がかかる意識の中でディーノの腕は自然に動いて、その細身を捕まえて抱き上げる。 そう、いつだって恋人は軽くて、華奢すぎることを自分は心配していた。 「んな――」 一瞬、我が身に何が起こったのか、わからなかった。 その身は浮遊感に襲われ、両脇したから伸ばされた手に抱きあげられていた。 「なにするのっ」 現実に呼び戻すには十分すぎる怒りを含んだ声と痛烈な痛みが顎にヒットした。 腕の中の雲雀は拳を震わせていた。 「この、じゃじゃ馬」 ディーノは暴れ馬を抱き上げた手を放して、下顎を押さえた。 「おー、いてぇな」 「寝ボケたあなたが悪い」 寝ボケたくらいで誰が好き好んで男を抱くかとディーノは突っ込みを入れる。 ムスっと不貞腐れていた雲雀は猫のように軽やかな身のこなしでベッドから抜け出すと、ドア口に立って屈している男を見下ろす。 「早くおきなよ」 「なんだよ」 こんな凶暴な子供は知らない。 不意打ちで殴られたことが余程ショックだったのか、自暴自棄になるディーノに雲雀は言葉を続ける。 「朝ごはん、できてるから」 「そうかよっ」 何もかもが嫌になって、これからの九日間をどう乗り越えればいいのかと金髪を掻き毟りながら、適当に返事をした。 ドア口に立っていた雲雀はそれ以上何も言うことなく、リビングへと消えて行った。 「え…。いま、なんて?」 ふっと顔を上げて、雲雀が先ほどまで立っていた場所を凝視した。 「何て言った。恭弥?」 乱れた寝間着のままディーノは大股でベッドを飛び降り、雲雀が待つ食卓へと走って向かう。 「おい、恭弥っ」 「朝から大声出さないで」 うるさいよと一喝されたが、追及せずにはいられなかった。 掴みとるように雲雀の細い手首を捉えて、無理やりこちらへ体を向けさせた。 「ボス。昨日の恭弥の制服、クリーニングから戻ってきたぜ」 ノックもそこそこに入室してきたボノが、少年に詰め寄るディーノの姿をリビングで見つけて「おっと」と、口を濁す。 「イワンの奴から、ボスは恭弥に手を出した様子はねぇって聞いて心配していたが…。朝からお盛んなことはイイことだぜ」 さっさとハメて、寄りを戻せと笑う部下に邪気はなかった。 「なっ。なに、言ってんだボノっ」 あからさまに取り乱しているディーノに雲雀は不潔な者を見る冷めた目で「へぇ…」とひとり呟く。 「待て。これは違うんだ。誤解だ恭弥!」 「あなた、変態だったんだ」 「ちげーって」 「だったら、僕が納得いくように説明しなよ」 さもなくば、得物の餌食になれと物騒なことを口走る弟子にディーノは「いや、そうだな。うん」とマフィアのボスらしからぬ及び腰な態度で中学生相手にへこへことしていた。 「あ…、じゃあ、俺は用済んだから行くぜ。喧嘩は程々にな」 不穏な空気を感じはじめたボノはいそいそと足音を立てずに退散していった。 それからディーノは誤解を解くために誠心誠意をこめて許しを乞いた。 (どこかで話がねじ曲がってないか?) 手を出していないのになぜと思いつつも、部下の失態は上司である自分にも責任があるのだからと割り切ることにした。 並盛中の制服をきっちりと着込んだ雲雀は行儀よく椅子に座り、食卓の上の朝食を箸で口に運んでいた。 「朝ご飯、いらないのかと思った」 「なんで、そういうことになるんだよ」 誰もいらないとは言ってないだろうと頬を子供のように膨らませ、ディーノは二人分の和食が用意されている食卓を嬉しそうに眺めていた。 「突っ立ってないで、食べたら?」 「おお」 まだ夢を見ているんじゃないかと疑いながら、ディーノは言われた通り向かい合わせの席に腰を落ち着けた。 「イタダキマス」 礼儀正しく合掌をしてからまずはじめに白い湯気をたてている味噌汁を一口啜った。 「うめぇ。恭弥の味だ!」 「なにそれ? あなた、僕の手料理、前にも食べたことがあるの?」 「あ、いや、その…」 思わず口が滑ったと、口を窄める男をじっと視界に捉えたまま雲雀は詰問の口調を更に強めた。 「だから、それは、俺が想像した通りの味だっていう意味で…」 しどろもどろと言い訳を述べるディーノに「そう」と短く答えて雲雀は食事を再開させる。 「どうして、朝飯なんか作ったんだ?」 「僕が和食を食べたかったからだよ」 「そっか。ルームサービスの和食は口に合わねぇのか」 「……」 「ん?」 「ここ、和食もあるの?」 「あるぜ。当然だろ」 何か変なことを言ったかと小首を傾げるディーノに雲雀はやられたと、扉の外に立つ門番を思い出し小さく舌打ちをする。 「あなたの部下に泣きつかれたんだよ。ボスの食生活は乱れ切っている。どうにかしてくれってね」 「イワンの奴…」 情けないボスだよねと、意趣返しのように口角の端を歪ませ、雲雀は無愛想にディーノを睨むのであった。 雲雀が学校へ登校する前にディーノは一台の携帯電話を手渡した。 「今日からこれを使え。こいつは砂漠の真ん中にいても使える衛星電話だ」 得意げに告げる男に雲雀は握られたメタリックボティを見つめて、「いらない」と一言素っ気なく言い放った。 突き返そうとする雲雀の手をやんわりと包み込み、ディーノはそんなこと言っていいのかと意地悪く口角を持ち上げた。 「お前の持っている携帯はもう使い物にならないぜ。データはすべてこっちの新品に移したからな」 「な…っ。僕の私物に勝手なことをするな!」 頬を引き攣らせ怒りを露わにさせる雲雀は仕込んでいたトンファーをブンと一振りさせた。 その攻撃をひらりと交わすと、ディーノは「落ち着けって」と撫で声で教え子の機嫌を取ろうとしたがそれは返って火に油を注ぐ行為となった。 こうなることはわかっていた。 だが、雲雀の身のことを思えば、一秒たりとも迷っている暇はなかった。 「お気に入りの並盛中校歌を着メロにしておいたから」 「そういう問題じゃない!」 また一振り、空気を振動させたがそれはヒットすることはなかった。 「こっちの方がぜってぇ便利だって。万一、恭弥が攫われても、居場所を突き止めることも簡単にできる」 「必要ないっ」 「おっと」 ブン、ブン、ブンと立て続けに繰り出される連続攻撃に元気がいいなとディーノは頼もしそうに白い歯を見せて笑う。 全く持って面白くない雲雀はこのまま学校に行くのをやめて、この男を本格的に噛み殺そうかと思った。 だが、今日は一週間に一度、風紀委員として校門に立つ日だったので委員長の自分が休むわけにはいかないと、敢え無く得物を仕舞った。 「学校まで送らせる」 「いらない」 「まぁ、そう遠慮すんなって」 「してないって」 それこそ、余計なお世話だと目で訴えたが、陽気なディーノには伝わらなかった。 ホテルの正面玄関にまわされた黒塗りの高級車のドアがドアマンの男によって開けられる。 「行ってらっしゃいませ。雲雀様」 恭しく頭を下げられ、雲雀が渋っているうちにディーノに背を押され、後部座席に押し込められた。 「刺客に気をつけろよ」 敵はお前の指輪と命を狙っていると耳元で囁き、ディーノは笑顔を崩さぬままヒラヒラと手を振る。 「僕を誰だと思っているの?」 「ハハ。そうだったな」 強気な視線を送る教え子にディーノは柔らかく微笑みかける。 「放課後、迎えに行く。また、屋上でやり合おうぜ」 その一言に耳をピンとさせ、雲雀は漆黒の瞳を爛々とさせた。 大きな掌がこちらに近づいてきたかと思うと、クシャリと黒髪を撫でられ大いに子供扱いされ憤慨する。 離せと声を尖らせて、すぐさまその手を退かせた。 「約束だよ」 「ああ」 必ずと頷くと、ドアは黒服によって閉められた。 (こいつはとんだ戦闘マニアだな…) 流石のディーノも舌を巻く。 雲雀が乗車した車にはマイケルが運転手を務め、護衛として助手席にボノが着いていた。 先頭車両が発進すると、後続の車があとを続く。 雲雀には最低でも三十人の護衛をつけてある。 ディーノはそれでも護衛が足りない気がしたが、これ以上人員を割くと今度はディーノの警護がいなくなってしまうとロマーリオから反対され、仕方なく諦めた。 自分の身など、どうとでも守れる。 それよりも心配なのは可愛い教え子の方だとディーノは重苦しい息を吐きだした。 この身さえ、多忙でなければ。 リボーンに招待されて日本へ来たと言っても、急ぎの仕事は母国からファックスで送られてくる。 並盛中に向かわせた部下たちは皆、学校の至る場所へ配置させ、警備面については万全を期していつもりでいるが、それでも自分が傍にいてやれないことが辛かった。 修行二日目の朝の風景でした。 どう考えてもディーノさんは胃が痛いというか、元恋人のことが心配で仕方ないようです。 親の心、子知らずとはまさにこのこと(笑)。 部下達は全面的にこの年の差カップルを応援しているようで、いい奴らだと涙を誘われました。オリキャラのマイケルはお気に入りです。 |