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所持品からも身元を割り出すことはできなかった。 ホテルに帰ると間もなく雲雀は発熱した。 どうも様子がおかしいと気づいたディーノは有無を言わせず熱を測った。 急に抱く体を重く感じたのは、雲雀が自分の意志で立ち続けられなかったからだ。 「熱があるじゃねぇか」 返事をするのも億劫そうにしている雲雀は憔悴しきった仔猫のように大人しかった。 ディーノは雲雀を抱き上げると襲撃の件で慌ただしく動き回っていた部下を呼び止め、雲雀の容態を彼に診させた。 「解熱剤を処方する。一応、ボンゴレに襲撃の件と容態を知らせた方がいいだろう」 「そうだな」 彼はただの子供ではない。 大事なボンゴレの預かり子。 ディーノはすぐさまボンゴレ邸の綱吉へ連絡をとった。 電話に出た綱吉はディーノの人柄を全面的に信頼しており、特にキャバッローネを咎めることはしなかった。 それどころか、身を張って守ってくれたディーノに感謝する。 『ヒバリさん、風邪をこじらせて入院をしたことがあるんです』 今回もそうならなければいいのですがと憂いを口にする。 「そうだったのか?」 『ええ。そういうときは決まって環境変化が原因だったんですが…』 そう指摘されて、明らかに原因は自分にあると自覚する。 『ああ見えて、ヒバリさんとても繊細なんです』 あの神経の図太さでかと、思わずディーノは我が耳を疑った。 『俺だっていまだに信じ難いですよ。でも、それが真実なんです』 今でこそ、並盛最強と人々から恐れられているが、一皮剥けば彼もまた人間でその脆さも知っていると綱吉は家庭教師であるディーノに話してくれた。 雨が降りしきるなか、傘もささずに居させたことは配慮が足りなかった。 電話を切ると、汗や埃で汚れた体を清潔に拭ってやり、清潔なパジャマに着替えさせた。 「ボス、薬ができたぜ」 薬を持ってきたロマーリオは、サイドテーブルに水差しと共に置いた。 「薬を飲ませる前に少しでも腹に何か入れた方がいいと思うんだが」 寝入っている雲雀を見やって、何か好きそうなものをとロマーリオが呟くと、ディーノは先ほどコンビニで買ってきた食糧のことを思い出した。 買い物袋の中身をテーブルの上に並べて、「恭弥」と殊更優しく眠っている雲雀に呼びかけた。 「恭弥、風邪薬を用意したぜ」 すると、それまで閉じていた薄い瞼がゆっくりと開かれる。 「…いらない」 「そうやって人の好意を無下にするなって。お前、強くなりたいんだろう?」 涼しげな顔をして雲雀を煽るディーノに傍で聞いていたロマーリオはなかなかと感心する。 「いい子だな。お前の好きなもん喰わせてやっから」 何がいいと尋ねると、小さな口が開かれた。 「プリン」 「わかった」 ディーノは本当に嬉しそうに微笑み、そして、雲雀の上肢を起き上がらせた。 自分の手から食べさせる気満々のディーノは封を開けたプリンとプラスチック製の小さなスプーンを左右に持ち、雲雀の傍らに添うようにして座る。 「ほら、あーんして」 「やだ」 誰がそんな恥ずかしい真似をといまだ消えぬ反骨精神で睨みやり、ロマーリオを退室させた。 「これで誰も見てねぇ」 「そういう問題じゃない」 スプーンの上でプルプルと震えるプリンを口許へ運ぶ。 それを雲雀はしかめっ面で見据えていた。 「少しでも喰っておかねぇと、薬が飲めねぇぞ」 万全なかたちでやり合おうぜと後押しされれば、差し出されたそれを無視するわけにはいかなかった。 「あんまり食欲ないんだけど」 と、仏頂面で言いながら、ディーノの手の中にあるものを要求した。 それこそ遺憾だと言わんばかりの雲雀にディーノはスプーンの上のプリンを口の中へ押し込んだ。 一旦、口に入れてしまえば吐き出すわけにもいかず、不本意ながらも飲み込んだ。 「ほら、もう一口」 やめろと言う前にまた一口、口に含まされ雲雀はプリンを味わうこともなくまた飲み込んだ。 「ゆっくり、味わって喰えよ」 雲雀が口を開くたびにそれみよがしとディーノはスプーンの上の物体を食べさせていった。 下手に出ながらも上手く言い含められている気がしてならない。 「次は何にする?」 サイドテーブルの上に並べられた食糧を指し示されて、雲雀は不機嫌そうに「いらない」とその身をクッションの上に深く沈ませた。 「恭弥の好きなもん喰わせてやっから」 何がいいと優しく訊ねると、更に雲雀はなまじりをつり上げさせた。 強気で誰にも屈しない孤高の浮雲。 そういうところを含めてディーノは雲雀のことを気に入っていた。 「もっと、我儘になっていいんだぜ?」 目の前にあるはしばみが甘く微笑みかけている。 この男にとっては、ただの生意気な子供の発言としか受け止められていないのだろう。 どう粋がってみせても、十七歳という年齢差は埋まらない。 それにと、雲雀はこちらを飽くことなく見つめている男を見て思った。 (この人といると懐かしい気持ちになる…) 上掛けを握りしめ、雲雀はじっと金色の蜜髪を眺めた。 出会ったばかりの相手に望郷にも似た感情を抱くなんてどうかしている。 吐き捨てようとするが、それができない。 「ん。疲れたか?」 正直、気だるい。 薄い体を壊れ物のように扱い、ディーノは雲雀を横たわらせた。 「喉渇くだろ。熱があるときは、水分をとった方がいい」 リビングに備え付けてある冷蔵庫から良く冷えたスポーツ飲料水のペットボトルを雲雀に渡した。 雲雀は少し頭を浮かせて水分をとり、飲み終わるとペットボトルをディーノに返した。 「野菜…」 「ん?」 ペットボトルをサイドテーブルの上に置くディーノの背に雲雀はポツリと呟く。 「野菜が食べたい…」 瑞々しく冷たいものと告げると、弾かれたようにディーノは顔をあげて太陽のように微笑んだ。 「サラダか? それとも、サンドウィッチにするか?」 黒髪を撫でながら嬉しそうに訊ねてくる男に気安く触るなと言うのも鬱陶しくなって、雲雀は軽く彼を見上げたままコクンと小さく頷いた。 「よし、待ってろ。すぐに作らせるからな!」 ばたばたと慌ただしく寝室から金髪が出て行く。 室内は途端に静かになった。 (騒がしい…) イタリア人は皆ああなのかとうんざりしながら、それでも不思議な安堵感に包まれる。 ディーノがいなくなった途端、時ばかりが足早に過ぎ去っていく。 退屈を持て余していると、隣の部屋から駆けて来る足の音が近づいてきてバァンとけたたましく扉は開かれた。 「待たせたな。恭弥!」 「うるさい」 病人がいることを忘れてないかと、なまじりをあげるとディーノは「わりぃ」と頭を掻いた。 蔦のレリーフが美しい皿の上に並べられた出来立てのサンドウィッチは新鮮な野菜をふんだんに使用したものだった。 「こっちがマスタード入りで、こっちがマスタード抜き」 好みがわからなかったので、とりあえず同じものを二種類ずつ作らせたというディーノに雲雀はマスタードが塗られていない方を選んだ。 もう一度、ディーノは雲雀の身を起き上がらせると、恭しく皿を差し出した。 「お好きな物をどうぞ」 まるで傅く召使のようにディーノが言うので、雲雀は意地が悪いなと毒づき、一切れを手に取る。 あむと、小さな口でサンドウィッチを食み、むぐむぐと咀嚼する。 まるで子リスみたいだなと、幼い少年を眺めながらディーノは漸く傍にあった丸椅子に腰を落ち着き、自分はマスタードが塗ってる方を口にした。 「うめぇか?」 「普通」 野菜独自の食感を楽しみながら雲雀は表情を変えずに答えた。 「水」 「おう」 飲み掛けのペッドボトルを差し出し、一口含むと容器をディーノに突き返す。 三切れほど食すと、もうお腹いっぱいと告げて、雲雀は大人しくなった。 看病をするディーノの心情としては、もっと食べてほしかったのだが元々小食な雲雀に無理強いをするのは酷というものだった。 「次は薬な」 水差しとロマーリオが処方した粉末状の薬を差し出すと、雲雀は苦虫を噛み潰したかのような顔をしてみせる。 「なんだよ。薬、嫌いか?」 「…感覚が鈍るからヤダ」 「なんだよそれ。ガキの言う台詞じゃねぇな」 マフィアも顔負けだ。 図星を突かれた雲雀は視線を横に逸らせて表情を強張らせている。 そんなところはまるで子供だなとディーノは口許を綻ばせたが、次の瞬間には厳しい家庭教師の顔をして告げた。 「薬を飲めば楽になる。養生するためにも今は我慢するんだ」 大人の言う正論。 素直に頷くのは癪だったが、この男とやり合えないことはもっと我慢ならなかった。 黙って薬に手を伸ばす。 並々に注がれた水差しを受け取り、粉薬を一気に水で流しこんだ。 「いい子だ。恭弥」 頭をまた撫でられ、小さな猫の額に唇が落とされる。 「子供扱いするなっ」 イタリア式のあやし方にいい加減、嫌気がさしてきた雲雀はキスされた額を抑えながら心底嫌そうな顔をしてみせる。 「そんな顔すんなって。結構、傷つく」 「あなたの気持ちなんて知らない」 熱に浮かされた目で言う雲雀にディーノは切なげに瞳を揺るがせた。 そして「もう子供は寝る時間だ」と、その身を横たわらせる。 熱を帯びた体は思いのほか、熱かった。 「また、子供扱いして…」 不服そうに顔を上げると、真摯な眼差しとぶつかり雲雀は息を呑んだ。 熱に浮かされているのは自分ではなく、彼ではないのかと思ってしまうほどに。 「恭弥――――」 こんなに近くにいるのに。 どうして、愛しい子は思い出してくれないのだろうか。 堪らずにディーノは薄く開かれた唇に己が唇を軽く押し当てる。 「……」 長くこの場に居続ければ抑えが利かなくなりそうですぐに離れた。 だが、それは同時に多くの痛みを伴った。 「Buona notte」 ディーノは逃げるようにして寝室を後にした。 さすがはイタリア男と褒めてやらなくてはなりません。 |