S・A

 

 

 

 目覚めたときには登校時間を二時間も過ぎていた。

 まただと、怒りのままにベッドから起き上がると下肢に鈍い痛みが走った。

 しかし今は熱や下肢を襲う痛みより、この体を綺麗に洗い流したい。

 一応はディーノの手によって汚れは綺麗に拭い去られていたが、散々舌に舐め尽された行為を思い出すと違和感は拭えない。

 足腰に力を入れて、よろめきながら雲雀はバスルームを目指した。

「恭弥、なにやってんだ!」

 洗面所までたどり着いたところで背後から怒声が、かなり焦りの含んだ声があがった。

 様子を見に行こうと寝室に行けば忽然と雲雀は姿を消していた。

 二度も恋人を失ってしまうのかとディーノは顔を蒼白にさせて周辺を探していたのだ。

「シャワーを浴びるだけ」

 邪魔しないでときつい眼差しを向けると、安堵したディーノは「そうなら、そうと早く言ってくれ」と華奢なその身を背後から抱き締めた。

「急にいなくなって、心配したんだぞ」

 一発、殴られるかと覚悟をしていたが、思いのほか雲雀からの決定打は繰り出されなかった。

「無茶をさせて悪かったな」

 体、平気じゃないよなと呟やくと、「放して」と小さく告げられたので、ディーノは名残惜しげにその身を放した。

 バスルームの一角にあるシャワーブースに行きながら衣服を脱ぎ散らかし、フラフラと全裸になってコックを開いた。

 熱いシャワーが降り注ぐなか、雲雀はのろのろとボディスポンジを手に持った。

 後ろから様子を見ていたディーノはボティソープで濡れたスポンジを奪う。

「体、辛いだろ。俺が洗ってやるよ」

「いらない」

「いいから、遠慮すんなって」

 俺がしてやりてぇんだよと、自分勝手な意見を述べて、自らが濡れるのも厭わず小さな体を磨きはじめた。

「濡れるよ」

 袖捲りをしているワイシャツは既に肌が透けるほどに濡れぼそっていた。

 両手足を丹念に磨いた後は、肉付きの薄い背中を洗って、最後にディーノは正面から雲雀の体を見た。

 赤く散った花弁はいまだ鮮明に残っていた。

「なに見てんの?」

「あ、いや…」

 嫌でも意識してしまう男の視線に耐え兼ねて、雲雀はプィとそっぽを向いた。

「なぁ、恭弥」

「……」

「もう、胸の痛みはとれたか?」

 脇腹のあたりにスポンジが這って、ビクリと雲雀は小さな体を強張らせた。

「なに言って」

 泡で滑るスポンジはじわじわと上へと這い上がり、乳輪のあたりを絶妙に掠める。

「あっ」

「まだ痛いのか? ん?」

 先ほどから痛いくらいに緊張していた体は容易く、ディーノの手の内に落ちた。

 熱い雨が降り注ぐなか腰から軽々と持ち上げられて、ひんやりと冷たい壁に背中を預けながら口接けを貪った。

「ん…、ふ、んん……」

 キスされながら胸飾りを弄られ、意識が遠のいてしまいそうだった。

「恭弥、痛い?」

「ふ…ぅ」

 開かされた股の下からディーノ膝が割ってきて、脚で雲雀の全体重を支えた。

「や、あ…、んっ」

「それとも、気持ちいいのか?」

「あ、ぅ…」

 自由になった双方の親指と人差し指で硬く尖った乳首を何度も執拗に弾く。

甘く耳元で囁き、震えながら喘ぐ雲雀が可愛いと心底思った。

「辛かったら、俺にギュウてしてみな?」

「やだ…」

 雲雀が素直に縋りつくまで胸を愛してやり、それから体を拭いて抱えたままバスルームを出た。

 体中を赤くして、まるで茹であがったパスタのようにふやけたふたりはバスロープを羽織ったままベッドの上で大の字になった。

 ディーノに至っては、すっきりとした顔をしており、雲雀は悔しげに唇を噛んだ。

「朝飯、喰えそうか?」

 天井を見上げながら訊ねるディーノに雲雀は気だるそうに答える。

 ほんのりと頬を染め、ふやけた様子で頷く子供を見て、良かったとディーノは容態が回復方向にある様子に安堵する。

「何が喰いたい?」

「…野菜」

「ん。わかった。また、サンドウィッチ頼んでやるよ」

 いい大人がすっかり手玉にとられていた。

 内線電話で部下に朝食を持ってくるよう命じ、それから糊のきいたワイシャツに着替えズボンを穿く。

 年相応に落ち着いた格好をしていた。

 普段、修行を行うとはきラフな格好をし、幾分若作りをしているようであるディーノが正装をしているとは何かあると雲雀は目敏く気づく。

「修行、しないの?」

 寝転んでいた顔を上げると、答えをはぐらかせるように小さな額にキスをされた。

 そのあまりにも自然な動作に雲雀は身構える暇も与えられなかった。

「大人しくしていろよ」

 にこやかに微笑まれ、クシャリと髪を撫でられた。

「じき、マイケルが食事を運んでくる。あいつを付けておくから、何かあったらすぐ言えよ」

 バサリと上着に袖を通すディーノに「あなたは?」と、上肢を起こす。

 ディーノは起き上がろうとする雲雀を手で制した。

「ボンゴレ邸に呼ばれている。なに、昼には戻って来れるさ」

「……」

 ボンゴレと聞き、あまりいい表情をしない雲雀にディーノは僅かに眉根を寄せた。

「僕のせいであなた、しゃれこうべ達に呼ばれたんじゃ…」

「心配ないぜ。修行は順調に進んでいる」

 お前が案ずることは何もないと微笑んでみせて、その頬に、少し迷って薄い唇にキスをおくる。

 雲雀はほんのりと頬を薔薇色にさせて、じっと男を見つめていた。

 なんだろう、この安堵感は。

 これがマフィアのボスたる大きさなのかと雲雀は思った。

「行ってくる」

 スーツの裾を翻し出て行く男を無言のまま雲雀は見送る。

 不思議と嫌悪感はなかった。むしろ当たり前のように彼の口接けを受け止めていた。

 一体自分はどうしてしまったのだろう。

 言いようのない不安とそして、彼に愛されていることに胸が震えた。

 

 

 

 

 

「ボス、急にどうしちまったんだろうな」

「ああ、全くだ」

 部屋を警護している門番たちの立ち話がリビングで大人しく読書をしていた雲雀の耳にも届いた。

「今朝から人が変わっちまって、へなちょこじゃなくなっちまった」

「昔からボスがへなちょこじゃなくなるときは、そういう対象ができたときだからな」

 そういう対象と曖昧な表現をする黒服たちは嬉しそうに会話を弾ませていた。

「そうだったな。男に箔が付いたというか。あの様子じゃ、ボスは恭弥と寄りを戻せたようだな」

「恭弥とハメたのか? こんなにも早くくっついちまうなんてな」

 何日で寄りを戻すか、仲間内で賭けをしていたらしい。

「恭弥は東西一の幸せ者だ。ボスに愛されて、惚れない奴はいねぇって」

 さすが俺たちのボスだと誇らしげに語り合う内容に雲雀は傍耳を立てた。

(どういうこと?)

 全く話している意味がわからないなと幼い雲雀は息をつき、マイケルが淹れてくれた紅茶を啜った。

それから置時計の盤面を見る。

 昼には戻って来ると男は言った。約束を違えるはずはない。

 もう半分以上読んでしまった文庫本に栞をさして、腰かけていた長椅子にごろりと横になる。

 雲雀がどうしてもリビングにいたいと駄々をこねたので、マイケルが「そんなにボスのことが好き?」とからかわれたものだから、本気で噛み殺そうと思ったくらいだ。

 勝手に部屋の外へ出れば、またいつ襲撃されるかわからないので、散々きつくディーノに言い咎められている。

 無視することは簡単だったが、雲の守護者の家庭教師を引き受けたということは同時に同盟ファミリーの柱であるボンゴレに対して二心ない忠誠を示していることになる。

(ファミリーがどうなったって僕には関係ないけれど、あの人に借りを作ったままなのは嫌だからね…)

 そう自身にここに留まる理由を言いきかせ、やけに広く感じるリビングを見渡した。

「ディーノ…」

 知らない男に身体の隅々までも愛された。

ベッドのなかで、シャワールームでも。

今朝は乳首を一方的に愛されるだけだった。

雲雀だけを気持ちよくさせて、挿入はなかった。

男にギュウとしがみついて、命一杯胸の切なさを伝えた。

ディーノに触れられると逆らえなくなる。

 触れてほしくて、つまらない意地を張ることが愚かに思える。

 不思議だった。

抱かれていると、ずっと以前からディーノのことを知っているような錯覚にとらわれる。

「帰ったぞ。恭弥」

 豪快に扉が開かれた。

 黒のスーツの上下に白のトレンチコートを羽織ったディーノは長椅子に大人しく腰かけていた雲雀をみつけて、ホッと安堵の表情を見せた。

 どうやら、言いつけを守っていい子にしていたようだ。

 子供の元に踏み寄ってその滑らかな頬に、そして唇にキスをおくる。

「いい子で留守番できたか?」

「子供扱いしないで」

 単純に腹が立ったが、男はニコニコと微笑んでいるばかりで相手にはしてくれない。

「マイケルから電話で、まだ熱があって辛そうだと聞いて――。ずっと心配していた…」

「…勝手に悪化させないで」

 先ほどまで人恋しく思っていたことが嘘のように、ディーノの顔を見た途端、それまでの寂しさが吹き飛んだ。

「熱は…? まだ、辛いか?」

 額と額を合わせる。

 彼の金髪の前髪がふわりと触れる。

雲雀は大人しくしたまま「ないよ」と答える。

「少し熱いな。今日も大人しく寝てろ」

 修行はお預けだと言い放つディーノに冗談じゃないと雲雀はなまじりをあげた。

「僕を雲の守護者にするって約束、反故にするつもり?」

修行の期間はたった十日。

丸二日ものんびり過ごしていいわけがない。

 非難の声もディーノは敢えて無視した。

「誰もお前に修行をつけしねぇとは言ってねぇ。暫くの間、並盛から離れる。修行の場所を変えるんだ。午後にはここを出発する」

「どうして?」

「様々な状況下で戦うことも、いい経験値になると思ったからだ」

 疑いの眼差しを向けながら、雲雀は「そう」と呟いて長椅子に座った。

「大丈夫か?」

 ネクタイを緩めながら、ディーノもその隣に腰かける。

 雲雀のために長椅子には沢山の背もたれ用のクッションと温かな膝掛けが用意されていた。

 クッションの間におさまる雲雀はまるで縫いぐるみか人形のように愛らしかった。

「出発するまでの間、横になるってろ。俺が帰ってくるまで無理して起きていたんだろう?」

 マイケルがそう言っていたとディーノは嬉しそうにはにかみ、雲雀の髪を撫でた。

 一方の雲雀は自意識過剰な男の発言に朱を走らせた。

「ベッドまで運んでやる」

 その言葉は卑猥に聞こえた。

 まだ本調子ではない雲雀を心配し、ディーノは軽い身を横抱きにして立ち上がる。

「ひとりで歩ける」

「駄目だ」

 抱っこは嫌だと言う雲雀の声は却下された。

 寝室に入ると、綺麗にベッドメイキングされていた。

 清潔なシーツの上に雲雀を慎重に下ろし、捲れたパジャマの裾を直そうと腕を伸ばした。

 白い陶磁器のような肌と小さなお臍。

 暑いからと言って大きく寛げられていた胸元からは、ピンク色の愛らしい乳首が惜しげもなく晒されていて、思わず喉仏を上下させた。

 熱に潤む漆黒の瞳。

考えるまでもなく、伸ばしかけていた手を脇腹へと忍ばせた。

 骨に覆われていない柔らかな部分を撫で、それからプクリと存在を主張する乳首に触れる。

「やだ。するな…」

 十分に雲雀を堪能したはずなのに、もう飢えがまわってきている。

 クニクニと乳首を撫でくりまわしながら、雲雀の様子を窺った。

別段、辛そうにはしていない。

 体の下で愛らしく跳ねる存在を手放したくはなく、震えている小鳥に「ごめんな」と呟く。

 それからディーノは雲雀の素肌を愛した。雲雀は荒々しく愛されながら、喘ぎ声を途絶えさせることはなかった。

 不慣れな行為に緊張を隠しきれない細い肢体を隈なく撫で、「愛してる」とたくさんの言葉をかけた。

 不思議と胸が熱くなる。

この男が言う陳腐な言葉がこんなにも胸に響くなんてどうかしている。

「ふ…ぅ…ン」

 最初、雲雀の身体は硬かったが、徐々に解きほぐされていく。

「そこ…ばっかり……」

敏感な乳首を両方同時に弄られながら、小さく鳴く。

摘まんで挟まれ、擦られながら、根負けして男に縋った。

「そんなとこ、嘗めるな…っ」

「気持ちいい?」

「ふわぁ…っ」

 涙を浮かべて、乱れに乱れる。

「恭弥、もう少し…触るだけだから…」

 ぐったりとする子供に最後のお願いとディーノは乞うた。

どうしてだか、一向に欲がおさまらない。

「ディーノ…、ディーノ…っ」

 記憶がなくても、この身体が男のことを覚えている。

「ん。恭弥、可愛い。愛してるよ」

 もう、辛抱できなかった。

 ディーノの自身が既に高ぶっており、どうしようもなく雲雀を欲している。

「恭弥――」

 先っぽだけだから。

 そう囁いて、ベルトの金具を性急に外しはじめる。

「あ…」

 体中のあちこちを弄られながら雲雀は固く目を閉じ、切なげに睫毛の先を震わせた。

 

 

 

 

 



 傍から見ていても相思相愛に見えます。記憶がなくたって本能で雲雀は好きなオスを嗅ぎわける。
 ディーノさんが報われてよかったよ(涙)。
 ここまで書いてきて、自分がディーノスキーだと気づいた。やっぱり、私は攻めがスキー(庵、手塚然り)。