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運命の引力 その情報は瞬く間に並盛全土に知れ渡った。 並盛商店街に設置されている掲示板に貼り付けられた果たし状には、並盛の秩序である雲雀恭弥の名が記されてあった。 筆に覚えのある者が代筆したのか、半紙に墨で力強く書かれた文字に日時と場所が明確に記されてある。 「きっと、この果たし状を書いた奴は大したことないスよ。十代目」 そう断言をしたのは自称、ボンゴレ十代目の右腕――獄寺隼人。 「どうして、そうわかるのさ。獄寺君?」 不思議そうに訊ねる綱吉に山本が代わりに答えた。 「本当にヒバリを倒せると思っているなら、こんなまわりくどいやり方なんてしねぇよ。直接、本人に手渡すだろ?」 「そうっスよ。俺はこういう姑息なやり方は好きじゃないっス。なんか、思いっきり陰謀めいてますよ。やられた風紀委員の奴らも穏やかじゃあなかったし…」 果たし状が貼られたと同時に、並盛の空気は一気に張りつめていった。最も、当事者である雲雀はどこ吹く風、面白そうにしていた。 「だからって、俺は雲雀の心配なんかしちゃいませんよ」 「獄寺君…」 アイツはそう簡単にやられるような玉じゃない。 (嫌な感じだ…。いくらヒバリさんでも、まだゴーラ・モスカ戦で負った怪我が治っていないはず…) どんな屈強の戦士でも一週間やそこいらで傷が完治するわけがない。 「どうしました。十代目?」 「ツナ?」 数歩先で立ち止まる獄寺に綱吉は「なんでもない」と努めて笑顔を繕ってみせる。 黒塗りの高級車が家の前に停車していた。 「ただいま」 脱いだ靴をそのままに綱吉はトタトタと二階へと続く階段をのぼっていく。 「大変だよ。リボーン!」 ヒバリさんがと言いかけて、綱吉は自室のドアを開け放つと、鼻をつくエスプレッソの強い香りがした。 家庭教師が良く好んで口にする液体が注がれたティーカップが二つ。 視線を巡らせば、良く見知った端正な顔立ちの金髪の青年が、腰掛けていた綱吉のベッドから立ち上がるところだった。 「ディーノさん、いらっしゃい」 突然、沢田家を訪れた来訪者に笑顔を向けると同時に、ディーノはいつになく険しい表情で「悪いな」と低く呟き、部屋を出て行こうとする。 「あれ。もう、帰っちゃうんですか?」 たったいま学校から帰ってきたばかりだというのに。 残念がる弟分に僅かにはしばみの瞳を細め、足早に去って行った。 「ディーノさん!」 「ほっとけ。あんな奴」 「リボーン?」 いつになく冷淡な物言いの家庭教師に綱吉は眉根をひそめる。 「何があったんだよ。ディーノさん、なんだか物凄く怖い感じで帰っていったけど」 人好きのする笑顔は微塵にもなった。 「アイツもまだまだ青ちょろいガキだってことだ。まぁ、近く面白いモンが見られそうだからツナも楽しみにしておけ」 「面白いものって…。また、ワケわかんないことをお前はっ」 「で、ツナ。ヒバリがどうとか話していたが、どうした?」 話題を百八十度転がされ、綱吉は本来の目的を思い出した。 一方のリボーンは綱吉の言いたいことを薄々予感していた。 (ボスとしてファミリーを案じる心には合格点をやらねぇとな) だが先程、血相を変えて出て行った彼は雲雀のボスでもファミリーでもなかった。 不躾に開かれた扉。デスクで仕事をしていた雲雀の手が止まった。 「恭弥!」 並盛最強の雲雀を名前呼びする男は応接室を訪問する度、長身を持て余して戸口の枠に頭をぶつけていたものだった。 だが、今回はそんな失態は起きなかった。 「お前、不良たちと勝負するって話し、本当か?」 彼は挨拶も蔑ろに、いきなり本題に突入した。 「これだ」 大股でデスク越しにまで詰め寄り、ディーノはジャケットのポケットからクシャクシャになった半紙を突き出した。 誰も恐れを成して指一本、触れずにいた果たし状をこの男は剥ぎ取って来たのだ。 「文面が古風すぎて翻訳するのに手こずっちまったが…。一人が大勢とやりあうなんて、ガキのする喧嘩じゃねぇ」 「マフィアのあなたに言われたくない台詞だね。それに、これは僕自身の問題。他人のあなたには関係ないよ」 「恭弥っ」 他人という言葉が刃物となって、ディーノの胸に突き刺さった。 こちらを睨む金髪を一瞥し、雲雀はツイとそっぽを向く。 相変わらずの可愛げのない態度だが、今のディーノはそれを一々注意する余裕さえなかった。 「どうしたの。そんなに苛立って。なんなら、手っ取り早い解消法を教えてあげようか」 そう言って雲雀は椅子から立ち上がった。 「ねぇ。屋上に行こうよ」 「今はそんな気分じゃねぇ。それより、俺の話しを聞け」 「僕に命令するな」 雲雀は暫くの間、そのはしばみを覗き見ていた。 「お前の話しは、今度じっくり聞いてやる」 「別に。僕はあなたに話しなんてないよ」 僅かに椅子を軋ませ、掛け直した雲雀は方肘をデスクらついた頬杖の状態で呟く。 「単刀直入に言う。不良たちとは戦うな。恭弥、お前、ゴーラ・モスカにやられた怪我が――」 「失礼だね、あなた。そんなのやってみないとわからないだろう」 僕が負けるとでもと、不愉快そうにディーノを睨みすえる。 「確率はゼロじゃねぇ」 「…交渉決裂だね」 これ以上、話し合っても無駄だと踏んだ雲雀は再び立ち上がるとディーノを横切り、ドアノブに手をかけた。 「聞けって!」 ディーノが咄嗟に伸ばした左腕の爪先が掴んだ雲雀の手首に喰い込む。 「手を放し――」 無理矢理、半身を振り向かされた状態で雲雀の重心は後ろに傾いた。 「きょうや…」 やるせなく名を呼ばれ、一瞬、何が自分の身に起こったのか解せなかった。 (え…) 逞しい二の腕ががっしりと雲雀の体を抱きしめていた。 本気で阻止したければ、実力行使に踏み切るのが常套手段。 それはマフィアの世界でも同じだとばかり思っていたのだが、どうやら目の前の男は違うらしい。 ディーノが与えたのは、拘束とは程遠い熱い抱擁だった。 「恭弥。俺の可愛い恭弥…。頼むから、話しを聞いてくれ」 耳元で名を繰り返し呼ばれるたび頭の芯が痺れ、甘美な世界に引きずり込まれそうになる。 「恭弥の強さを疑っているんじゃない。でも、今の恭弥は手負いの獣と同じだ」 「僕は負けない」 俯いたままくぐもった声が耳に届いた。 「勝ったとしてもだ。あとで取り返しのつかないことになったら、どうするつもりだ?」 「どういうこと?」 大人しく腕の中で耳を傾けてくれている雲雀の愛憎深まるばかりの丸い頭を見つめた。 「傷の癒えない足を酷使すれば、どうなるのか。それくらいのこと、恭弥にだってわかるだろう?」 「うるさい…」 余計なお世話だと顔を上げれば、はしばみとかち合い唇が震えた。 「な…に」 刹那、唇に生暖かい感触が合わさる。 「んっ」 雲雀は目を凝らしたまま肩をビクンと揺らす。 突然のことに思考が追いつかず、ただ、ぼんやりと目の前にあるはしばみを見つめる。 唇と唇だけが触れ合うキスはどれほどの時間を要したのか。 「わりぃ…」 名残惜しげに唇を離すと、桜桃のように赤く熟れた雲雀の唇がやけに色ぽく視界に飛び込んできた。 「俺は、恭弥のことが心配なんだ」 それは絞り出すように告げられた。 「リボーンからお前のことを聞かされて。それで居ても立ってもいられなくなって、イタリアから飛んできた」 「…イタリアって、どこ? 並盛から、どれだけ離れているの? そんなに簡単にいつも来られるところじゃないんだろう?」 雲雀の薄い肩が微かに戦慄いていた。 「頼むから、無茶をしないでくれ…」 皮肉の一つも言ってやりたかったが、実際に零れたのは掠れた吐息だけ。 「そんなの僕の自由だよ」 「恭弥っ」 また、キスされる。 「俺は、お前のことを――」 「勝手なことばかり言わないでっ」 「聞いて。恭弥」 「やだ…」 振り払おうとする手をがっしりと掴まれ、再び顎を上へと向かされた。 「ん…」 生理的に潤んでいる雲雀の瞳に魅せられ、ディーノはまたその端正な顔を寄せてくる。 「や…だ」 キスしないで。雲雀は弱々しく抵抗を示した。 純粋な力比べならば、大人のディーノの方に分があることは非を見るより明らか。 まるで親ライオンが子にしてやるかのようにペロンと上唇を舐められて、白い頬に朱が走った。 「は、ぁ…」 どのタイミングで息継ぎをしていいのかわからない。 雲雀は苦しげに吐息を零す。 すぐに足腰をやられ、ディーノの広い胸に項垂れた。 指輪を目にしたディーノは雲雀が自分の言いつけを守り、肌身離さず所持してくれていたことを心底嬉しいと思った。 「恭弥――」 彼は恭しく指輪を繋ぐ細身の鎖に触れた。 「僕に断わりもなく、勝手に押し付けて――」 「この指輪は恭弥のものだ。他の誰のものでもない」 「知らないよ。そんなこと」 あなたが勝手に決めたことだろうと、声を上擦らせながら雲雀は捲くし立てた。 いま思えば、すべての原拠がこの指輪にあることに気づく。 彼は我が物顔で雲雀のテリトリーに侵入しただけではなく、心の中までも荒らしてゆく。 「――――らないよ。こんなもの」 「恭弥?」 幾度も飽くことなくその感触を確かめた指輪をきつく握り締め、肩を戦慄かせた。 「いらないって、言ってるんだ!」 そうすれば、あなたと出会うこともなかった。 その瞬間、ディーノのなかで母親と過ごした幼き日々が、光りの如く過ぎっていった。 * * * どうして、あんなことに。 (僕はどうかしている…) そっと触れると頬が熱い。微熱をおびた目許に鋭利さは消え失せ、体内に木霊す鼓動はいつになく早い。 学校を後にした頃は確か西の空に陽が傾いていた。 薄皮一枚隔てて刻まれた烈火の衝撃。 (僕は僕だ。何者にも邪魔されない。自由に生きる) だから、放っておいて。お節介面をして他人事に首を突っ込まないでほしい。 ディーノが施したきつい抱擁も、噛み付くような口接けも全てが熱い。 自宅マンションに戻ると、雲雀は電灯もつけずにベッドの上へ傾れ込んだ。 (僕はただ強い奴を噛み殺したいだけだ…。なのにどうして、あの人は僕の中に踏み込んでくる?) すべて忘れたい。 「…君か」 「ヒバリ、ヒバリ」 「水と餌の場所はわかるだろう。君の好きにしていいから」 僕は疲れているんだと、らしくもない台詞が薄明かりの部屋に響いて消えていく。 「ヒバリ、カナシイ? ヒバリ、サビシイ?」 「僕にそんな感情…あるわけないだろう」 主の元気の無さに、首を傾げていた小鳥もすぐに大人しくなり、餌場のあるベランダへと飛んで行った。 悲しいもなにも、漸く望み通り自由になったというのに、微塵にも嬉しくないのだ。 (あの人が何を考えているのか、わからない…) こんな惨めたらしい気持ちにさせるなんて、あんまりだ。 この2人、どうなってしまうんだろう…(汗)。まだまだハッピーエンドには程遠い気がします。 互いが分かり合うまでの障害とか苦悩って必要なものだと思うのですが…。コミュニケーションがうまくとれないDHに萌えです/// |