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運動会、秋の遠足、学園祭と一連行事が終わった並盛中はそれはそれは静かなもので、粛々と冬の到来を待っていた。 ハロウィンを過ぎれば、街はクリスマス一色ムードで毎年イルミネーションやリーフなどの飾りを見るたびに雲雀はうんざりとしていた。 何せこれからの季節、並盛の繁華街は慌しくなっていく。 猫の手も借りたくなるこの時期、雲雀は風紀委員長として精力的に活動を行っていた。 「ジャポーネのクリスマスは準備が早いんだな」 駅通りの繁華街――百貨店の前を通りかかったディーノは足を止め、正面入り口前に飾られた大きなクリスマスツリーを見上げて感嘆した。 「ハロウィンを過ぎれば、もうクリスマスか」 ショーウインドウのディスプレイはイエス・キリスト誕生絵巻を機械仕掛けの人形達がユニークに再現している。 「あなたの国のクリスマスは違うの?」 「んー。飾り付けが華やかなのはジャポーネと変わりねぇが、ここまで早くから準備はしねぇな。それに、イタリアのクリスマスは大半の店が午前中に閉めちまって、静かなもんだぜ」 「じゃあ、あなたたちは何をしているの?」 「イヴは家族が集まって、夜は厳かに食事をする。あとは、深夜から二十五日にかけてミサに参加するぜ。まあ、ジャポーネみたいに朝から晩まで賑やかに騒ぐってことはまずねぇな」 「ふぅん…」 それは随分と厳粛で慎ましいクリスマスだと雲雀は羨ましく思った。 「どうした恭弥?」 師走の忙しさを思いつめる眼差しにディーノは無垢な瞳を瞬かせた。 「ここがイタリアだったら、よかったよ」 「え?」 そうすれば、クリスマスの日に羽目を外す者もいないだろうと、ありもしないことを想像し、雲雀は短息をつく。 「…そんなに忙しいのかよ。並盛のクリスマスは?」 「忙しいなんて言葉じゃ片付けられないよ。噛み殺しても、噛み殺しても切りがないくらい風紀を乱す輩がたくさん出没する」 「へぇ…」 苛々とした口調で雲雀は言い、賑やかなクリスマスムードから一変、脱却するように歩みを速めた。 「なあ、恭弥。今年のクリスマスの予定は?」 「勿論、風紀の見回りに決まっている」 「あ、やっぱり…」 遠慮がちに問うてみたが、答えは予想通りのものが返って来た。 一方の雲雀も先ほどからブツブツと思案に明け暮れているディーノのことが気にかかっていたが、どうせ取るに足らないことなのだろうと高を括り知らぬ振りを決め込んでいた。 「着いたよ」 「約束は公園の噴水前までだろう?」 往生際の悪い子供のように唇を尖らせるディーノに「わかったよ」と雲雀は頷いた。 「なに?」 言いたいことがあるなら、さっさと済ませて。そう訴える雲雀の視線と、迷いを捨てきれていないディーノの視線がかち合った。 「最後にキス、していいか?」 「え…」 ポソリと低く囁かれ、漆黒の瞳が俄かに見開かれた。 「これから、また当分、恭弥に会えない日が続くんだ。それくらいしねぇと、仕事、頑張れそうにねぇ…」 呆れ返るほど、見苦しい言い訳と理由だった。 「駄目な大人だね」 僕とのキス一つで仕事の成果が左右されるなんて。 迷惑げな面を忘れずに雲雀は「早くして」と、そっぽを向いて呟いた。 素直ではない恋人に目尻を和らげながら、ディーノは「Grazie」と感謝を述べる。 「ん…」 鼻にかかった甘い吐息と共に唇は離れていった。 「恭弥、お前…」 どうしたのかと、唇が動く前に「待ってろ」と、この場に押し留められた。 「恭弥っ!」 前触れもなく顎を掴まれ、上を向かされた。キスされる。 しかし、いつまで経っても熱い口接けはこなかった。 (何なの、これ…?) 呆然とされるがままに雲雀は硬直し、その場に立ち尽くしていた。 「これで、よし」 潤った雲雀の唇を満足げに眺め、ディーノは大きく頷く。 「唇の皮が捲れてんぞ」 「……」 それが一体どうしたと、雲雀は無言のまま見つめ返した。 「これ、やるから。次に来るときまでに治しておけ」 ホラと掌に握らされたのは、桜の柄がプリントされた桜色のリップクリーム。 「なんで、僕があなたに命令されなくちゃならないの?」 散々翻弄され、脅かされた雲雀はムッとしながら反発する。 「命令なんかじゃねぇ。これは、お願いだ」 お願いと殊更、強調された雲雀は相手の真意を見抜くべく鋭く見据えた。 「クリスマス・イヴを祝うキスが、唇の荒れたままじゃ良くねぇ。俺は滑らかで艶やかな恭弥の唇にキスしたい」 真顔で言う台詞かと、軽く眩暈を覚えながら、雲雀は頬を薔薇色に染め上げた。 諦めにも似た境地で雲雀は彼から桜色のリップクリームを受け取った。こうでもしなければ、イタリアに帰りそうにないからだ。 「…クリスマスは忙しいって話したよね。あなた、人の話を聞いていなかったの?」 「それは聞いた。でも、会いたい気持ちは止められねぇ。俺も風紀の見回り手伝うからさ、終わったあとは恭弥の時間を俺にくれよ? 今年はジャポーネで過ごすクリスマスと決めたんだ。やっぱ隣に好きな人がいねぇとな…」 寂しくて堪らないと、儚げに微笑むから、それ以上、雲雀は何も言えなくなった。 それから毎日、雲雀は唇のケアを怠らなかった。 駅通りにある大型液晶ディスプレイに流れるコマーシャル。 『潤いピュアな桜色。天使の唇でこの冬、彼のハートをゲットする』 華やかなCMソングと共に仲睦まじい恋人たちが幸せそうに微笑み合っている。 クリスマスなんて群れて煩いだけだと思いながらも目の端に留まったのは、いつかディーノと見たショーウインドウの中の機械仕掛けの人形達だった。 〔完〕 2008.11.09 Sweet10 コトリ サクラ★リップス ―H― |