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好きな人ができたのはほんの数週間前。その子は大事な教え子だった。 ディーノの教え子はまだたった十五歳で世間の荒波を知らず、それまで自由奔放に生きてきた。 束縛を嫌う雲の守護者に相応しい性格の持ち主だった。 (まさか、自分の生徒に惚れちまうとはな…) 指輪の問題も含めてどうしたものかと、よく眠れず朝を迎えた。 頭がぼんやりとする。気だるく、体を起こすことが面倒だ。 壮絶を極めたヴァリアーとリング争奪戦から数日が経過した。 束の間の安息に心を落ち着かせていたのは、つい数日前まで。 沢田綱吉をはじめ、獄寺隼人、山本武、ランボ、イーピン、笹川京子と、次々と彼らファミリーが行方知れずになる。 それを不穏に感じたディーノは彼らの消息を部下に命じて捜索させた。 並盛では、今ちょっとした騒動にまで発展し、穏やかだった並盛の風紀が乱れ始めていた。 その只ならぬ匂いを敏感に感じ取っていたのは、雲の守護者である雲雀も同じだった。 (かったるいとか、言ってる暇はねぇ。今はこいつを、恭弥を完璧に仕上げることだけに専念しねぇと…) 上掛けを見やると、隣にちょうど人一人分の小さな膨らみがあった。 「恭弥、朝だ」 起きろと頭上から、優しく声をかけた。 すると、小さな膨らみがモゾリと動いて、上掛けの仲から黒くて丸い頭が姿を現す。 「よく眠れたか?」 ディーノの指先と穏やかな微笑を身じろぎもせずに受け止めた雲雀は、何事もなかったかのようにベッドから起き上がる。 白く長い脚が、小さく引き締まった尻が、華奢な背中が、項が惜しげもなくディーノの眼前に晒される。 昨晩、情を交わした幼い身体はすぐさまバスルームへと消えて行った。 その一連の行動を見守ったあと、ディーノは頭を抱えて「なにしてんだ。俺」と深く反省をする。誰が教え子に手を出していいと言った。 そんなこと、リボーンに知れたらただでは済まされない。 それこそ、ボンゴレの守護者を汚した刑であの世送りだ。 (でも、好きになっちまったんだから、仕様がねぇ。それに、俺を恭弥にけしかけさせたのはリボーンだ) その責任の半分は彼にもあると、らしくもなくグダグダと言い訳を連ねているうちに制服に着替えた雲雀がバスルームから出て来る。 「まだ、そんな格好してるの。だらしない」 冷たくあしらわれることにはもう慣れっこだった。 「腹、減ったろ? 今、ルームサービスを頼むからな」 寧ろ、その方が己の立場を忘れずに済むとディーノは無理矢理笑顔をつくって大事な教え子に微笑んだ。 「ねぇ、いつまでこんなことを続ける気?」 ホテルの部屋で精神鍛錬に時間を費やす。雲雀のリングに炎が点らない。昨日はその不安と苛立ちで荒々しく教え子を抱いてしまった。 屋上に行ってやり合おうとせがむ目が痛いくらいにディーノを突き刺す。 それでもディーノは精神鍛錬の修行をやめさせようとはしなかった。 厳しい表情のまま「続けるんだ」と短く言い、再び雲雀を精神統一に入らせる。 休憩時間になると、「どんなにやったって無駄だよ」と雲雀は珍しく愚痴を口にした。指輪に炎を点せなんて、あなたふざけているのと。 「ツナの死ぬ気の炎は、ザンザスとの戦いで見ただろう。あの炎は何もツナだけが出せる代物じゃねぇんだ」 指輪を持つ者ならば、誰にでもできる能力なのだと、ディーノは根気強く雲雀に語り聞かせた。 「お前の覚悟を炎にイメージして指輪に宿すんだ。要領はこれまで教えたのと同じ。戦闘マニアのお前なら、簡単にできると思ったんだが…」 「…悪かったね」 いい加減聞き飽きたと、踵を返して部屋を出て行こうとする。 「どこに行く?」 「ここはうんざりする。外の空気が吸いたい」 子供らしく我侭を口にする可愛い教え子に、そうだなと苦笑いを浮かべた。 ホテルの屋上はちょっとした庭園になっていた。 草花や植木が人工的に植えられた小さな公園をディーノは貸し切り、雲雀とふたり時を過ごす。 眠いと言う雲雀が可愛くて、つい休憩時間を延ばしてしまう。 本来ならば、こうして悠長に過ごすこともどうかと思うが。 ひとり、またひとりと神隠しに遭うボンゴレの守護者たち。 雲雀の番はいつなのか。 ディーノは膝の上に頭を預けて眠るその安らかな寝顔を見守る。 せめて、この子が指輪に炎を点せるようになるまでは。 指輪の力のこと、炎の使い方をまだ教え子は学んではないと、知らず知らずのうちに溜息を溢した。 「また、指輪のこと」 「え…」 「考えていたんだろ?」 「…はい」 千里先までも見透かす漆黒の瞳に見つめられては、惚れた弱味か嘘はつけなかった。 「嫌い」 今、あなたの頭の中は指輪のことで一杯だと、雲雀は両手で顔を覆い、唇を震わせた。 「あなたとは別れる」 「ちょ…、待てよ。簡単に別れるとか軽々しく口にするな。こればっかりは、怒るぞ。…って、言いすぎだなこりゃ。悪かった。でも、それは全部、お前の為で…」 「うるさいっ」 大人の御託なんかどうでもいい。指輪に炎は点せず、師であるディーノの期待に応えられないことは雲雀自身、相当堪えている様だった。 自分だけではなく、雲雀も指輪の存在に翻弄されている。 そのことに漸くディーノは気づいた。 「ごめん。昨日、こんな俺に抱かれて、恭弥も嫌な思いしたんだな…」 「……」 悔しいのか、拗ねているのか、なかなか顔を見せてくれない雲雀のすべらかな黒髪をディーノはすくって梳いた。 「愛してる。頼りねぇ、俺を許してくれるか?」 「…そんな言い方、するな。あなたは世界でたったひとりの先生なんだから」 家庭教師としての誇りを持ちなよと、漸くお目にかかれた秀麗な額や頬に唇を落とす。 ディーノが触れていく箇所がポツリ、ポツリと小さな炎を点し、雲雀の冷えた心を温めてゆく。 最後にディーノが行き着いたのは、淡い桜色の小さな唇。 食めば柔らかく弾力があり、いつまでも吸い付いていたいと願う愛しい唇だ。 「ディーノ…」 「あー。くそ。時間がねぇっていうのに、やりたくなったっ」 「まだ外は明るいよ」 今日の修行はこれでお仕舞いかと、からかう雲雀を勢い良く抱き上げ、そのままペントハウスの寝室へと直行する。 四の五の言わせず、感情の赴くまま、可愛い教え子を抱いた。 今度は嫌な思いなんか、させやしない。 執拗に唇を重ね合わせ、不満の音も言わせぬ程、その身体を愛してやった。 これまでの蟠りを埋めるように、ふたりは愛し合った。 満足したのか、頬を薔薇色にさせた雲雀は大人しくベッドの上に横たわっている。 一方のディーノも今朝方まで眠れなかったことが嘘のように睡眠不足が解消された。 「俺と恭弥を結びつけてくれたのは、確かにこの雲の指輪だったのに。このままだと、コイツに恭弥との仲を引き裂かれそうだ」 「大袈裟なことを言うね」 「でも、少しはそう思うだろう? ボンゴレリングには強大な力がある。その力に惹かれて、悪い輩がリングを狙う…。間違ってはねぇだろ?」 そう問われれば、否定はできない。 ムカつくよと雲雀は今、この胸に沸々と湧き上がる炎のような思いを率直に言い表した。 そう。ムカつくと。 「あれ。恭弥…、ちょっと待て」 「どうしたの?」 急に左腕を掴まれ、指輪の嵌った手を高く掲げられた。 「今の、もう一回。もう一回、言ってみろ。俺の可愛い子猫ちゃん」 「その言い方、態と? 幾らイタリア人だからって、言っていいことと悪いことがある。ムカつくよ。あなた」 「ん!」 「だから、ムカつくって――」 掲げた左手から紫色の炎が点る。 「ワォ」と、大きく目を見開らかせ雲雀は、珍しく戸惑いの声をあげた。 「そっか。そういうことか。恭弥にとっての覚悟は、ムカつきだったのか…」 何て恭弥らしいと、ディーノは肩を震わせて笑った。どうして、こんな簡単なことに気づかなかったのかと。 「ちょっと。これ、おさまらないんだけど?」 「うーん。恭弥のムカつきを宥めるには――」 炎を上手くコントロールできない雲雀の顔をクイと自分の方へ向け、ディーノは綺麗に微笑んだ。 「好きだぜ。恭弥」 唇に唇を合わせると、嘘のように紫の炎は消えた。 「俺が先生で良かったな。恭弥」 どういう仕組みで炎が消えたのか理解できていない雲雀は暫くの間、目を瞬かせ、嬉しそうにこちらを見ている男を睨むのであった。 〔完〕 2008.11.09 Sweet10 コトリ |