04

 

 

 

 喉の渇きを覚えて目を覚ますと、隣によく見知っている男が一緒に眠っていた。それまで断片的であった記憶が一つの線となり、雲雀は「あ」と小さく声を洩らす。

「ん。恭弥…?」

 その身じろぎに気がついたディーノは長く豊かな金色の睫毛を震わせて目蓋を開けた。

 見開かれたそのはしばみは、幸せそのものを映し出していた。

「よく眠れたか? 昨日は無茶させて悪かった」

 艶やかな肌と頬。半身を起こし、ベッドの上で両膝を抱えるようにして座るディーノから醸される幸せオーラは、いつにも増してキラキラと輝いていた。

「痛いところはあるか?」

 華奢な体を気遣う視線。屈辱だと思う前に彼の視線から逃れたい一心で、雲雀は体をベッドの外へと向けた。

「…っ」

 脚を絨毯の上に伸ばそうとした瞬間、体が不安定に傾いて、前のめりに突っ伏しそうになった。

「おっと」

 その寸前で止まったのは、後方から伸ばされたディーノの腕が雲雀をキャッチしたからだ。

「大丈夫か。恭弥?」

「触るな!」

 感謝の意など、到底、頭には思い浮かばなかった。

 それよりも、彼を振り返ることができない。

 行為のあとで訪れる震えは、両手足、そして薄い肩にまでも広がっていた。

 全く生き物として機能しなくなった身体をどうしたものかと、雲雀は途方に暮れた。

 あからさまな雲雀の動揺を感じとったディーノは、思いのほかこの幼い身体に無茶をさせていたことを思い知る。

 やはり、抱くべきではなかったのか。

 純粋で清純な幼い性にセックスは余りにも刺激的すぎた。

「恭弥…」

 ゆっくりと撫でるようにその背を擦った。

 最初はビクリと震え、息を呑んでいた雲雀もその手に悪意がないことを知ると、次第に落ち着きを取り戻していく。

 俯き加減にシーツの波を見つめていると、不意に体が後ろに引き寄せられ、彼の腕の中に閉じ込められていた。

「恭弥は俺と寝たことを後悔してるか?」

「な…」

 首元に顔を埋め、訊ねてくるディーノの声は必死を通り過ぎて、か細いものだった。

 常に自信たっぷりで覇気が満ちている彼とは程遠く、そうさせているのは紛れもない自分なのだと雲雀は不謹慎にも嬉しくなってしまった。

「俺は恭弥のことが好きだ。この気持ちはずっと変わらない。だから、もし恭弥がまだ俺のことを受け入れられないというのなら、俺は待つよ――」

 これまでそうしてきたようにと、言葉を紡ぎ、そっとその身を放した。すっかり言葉を無くしてしまったディーノに何か言わなくてはと頭を回転させる。

「喉が渇いた。お茶を持ってきて」

「…おう」

「熱い紅茶がいい」

「わかった」

 全裸のままベッドから抜け出ていくディーノに毛を逆立て、雲雀は咄嗟に視線を外した。

「な…」

 自分も彼と同様に全裸で同じ一つのベッドにいた事実をまざまざと思い知らされて、耳の端まで真っ赤になった。

 クローゼットの中からバスローブを取り出すとディーノはそれを羽織り、内線電話の受話器をあげた。それから間もなく、ルームサービスのワゴンを押して黒服が部屋に入って来た。

「朝早くから、悪いな」

「いえ」

 一晩中、警護をしていたのか、ディーノの要請に赴いたのはグイードだった。

 彼が部屋に入ってくるや、雲雀は咄嗟にその身に上掛けを巻きつかせ、なんで入れたのと非難する視線でふたりを睨む。

 これでは、つい先程までディーノと一緒に過ごしていたことがダダ漏れではないかと頭を重くさせた。

 一方のグイードは雲雀存在など、然程珍しくない様子で見過ごし、手際よく紅茶を淹れていく。そして、最後にディーポットと茶器を応接セットのテーブルの上に置いた。

「あんがとな」

 一礼をして部屋を出て行くグイードを見届けてから、雲雀は声を上げた。

「バカ馬! あなたにはデリカシーっていうものがないの?」

「ん?」

 雲雀の分の紅茶をベッドまで運んでいたディーノは目を丸くさせて、何のことやらと不思議そうにこちらを見ていた。

「あれじゃあ…。僕とあなたが一夜を過ごしたことが筒抜けじゃないかっ」

 漸く、雲雀の言いたいことが理解できたディーノは苦笑いを浮かべ、「わりい」と詫びた。

「マフィアのボスともなると、公私なんてないようなものなんだ。いつなん時も部下に警護されているからな。あいつは俺が恭弥のことを好きだってことは日本に来る前から知っていたし、共に一夜を過ごせば、ベッドの上で何をしていたかなんて聞かなくてもわかる」

 そう説明をして、ディーノは雲雀にソーサーごとカップを持たせた。

「…もしかして、あなたの部下全員、そうだって知っているの?」

「ん。まあ、日本に同行してくる奴らは俺の気持ちを知っているし、屋敷に居る近しい奴らも…そうだよな」

「……」

 イタリア本国にて、ディーノが「恭弥、恭弥」と連呼している姿が容易に想像できた。

「どうした。恭弥?」

「…頭が痛い」

「頭痛薬、持ってこさせるか?」

「いい。いらない」

 はぁ、と溜息を零し、雲雀は茶色く透き通るティーカップの中の水面を見つめた。

「茶でも飲んで落ち着けよ」

「だって」

「あいつは従順に仕事をこなしただけだ。非があるのなら、俺を責めてくれ」

「……」

 この男はどこまで甘いのかと、マフィアのボスらしからぬ発言に眉根を顰めつつ、紅茶を口に含んだ。

 冷え切った体中が心から温まり、ホッとする。身体の震えも、頭痛も納まった。

 幾つもクッションを重ねているベッドの背に身を預け、雲雀は水面に揺らぐ自らの顔を覗きこんだ。

 口では何だかんだと皮肉を叩きながらも、結局は心の内で許してしまっている。彼の甘さが感化してしまったのだと、雲雀は諦めたように目蓋を閉じた。

「…僕は人を好きになったことがないから、あなたが言ってることがよくわからない」

「え?」

「どんなことを訊かれても、今は何も応えられない」

「恭弥」

「それでも、待つというのなら、あなたの好きにすればいい。僕が言いたいのは、それだけだよ」

 グイと紅茶を飲み干し、頬を高潮させている雲雀の横顔を窺いながら、これは彼なりの強がりではないのかとディーノは推測した。

(なにせ気位の高い戦闘マニアだからな。こうなることくらいは、想像していたさ)

 今は応えられないと、態々釘を刺してくれた雲雀の優しさに感謝をする。これがあからさまな拒絶だったら、ディーノはもう二度とこの子には触れないと決めていたのだから。

「ありがとう。恭弥。俺は何年だって、お前を待つ覚悟がある。だから、これからも好きでいさせてくれ」

「好きにしたら」

「ああ。好きにする。俺のことを好きにさせてみせる」

 よくもまあ、次から次へと歯の浮くような台詞が言えるものだと雲雀は心のうちの動揺を彼に悟られぬよう毅然と振舞う。

そして、紅茶のお代わりを要求した。

 

 

 

 

 

 脱がされて、皺くちゃになったままの制服は大急ぎでクリーニングに出された。

 制服が戻ってくるまでの間、全裸で過ごすわけにはいかなかった雲雀はディーノの提案で服を買うことにした。

 ホテルから程近いブティックから、雲雀の身の丈に合いそうな服を片っ端から持って来させ、気に入った一着を購入する。

 こんな我侭がまかり通るのも、ディーノがホテルの上客であるからだった。

 まるで誂えたかのように、ぴったりとフィットするフォーマルスーツに雲雀も満更ではない様子だった。

「これからは、色々とスーツを着て出かける行事も増えるだろう? 恭弥もスーツの一着くらいは持っておいて損はないと思うぜ」

 だから、ちょうど良かったなとディーノは微笑み、その黒髪を撫でた。

 それからふたりは大きな三角窓から温かな朝日が降り注ぐ、ホテル内のレストランでディーノと雲雀は少し遅い朝食をとった。

 昨晩の激しい運動がたたってか、今朝はいつも以上に食欲旺盛だった。

 籠に積まれたクロワッサンやトーストを素手で掴み、シャクシャクと齧っていく。

「恭弥、自家製のジャムと蜂蜜があるぜ」

「塗って」

 面倒だからと、体よくディーノを鼻で扱き使った。その様子を傍で護衛していた数人の黒服が「おいおい」と互いの顔を見合って困惑する。どこの世界にマフィアのボスを小間使いさせる中学生がいるものかと。

「美味いか。恭弥?」

「まあ、悪くはないね」

 菜園直送のサラダと養鶏場直送の玉子料理はふわふわのオムレツと目玉が二つの目玉焼き。

 オリジナルのトリュフソースは濃厚な味わいをプラスさせ、酵素ポークのももハムは、引き締まった身の食感を味わうことができた。

 気持ちいいくらい食べてくれる雲雀の食べっぷりに惚れながら、グラスに野菜ジュースを注ぎ、恋人の前に差し出した。

「普段から、それくらい食べるのか?」

「食べるよ。朝ご飯は一日の英気を養うのに大事だからね。それに、お腹が空いてたら、噛み殺せない」

「へぇ…」

 その割りに小柄で華奢なことが不思議だと、ディーノは思った。

 一方、ディーノは朝食を食べる習慣がなく、熱いエスプレッソを片手に、育ち盛りで食べ盛りの恋人を温かく見守っていた。

「あなたは食べないの?」

「ん、ああ。朝はいつもコイツだけでいいんだ」

 コイツとは勿論、イタリア人が愛飲するエスプレッソのことである。

「…お腹、空かないの?」

 雲雀の方から話題を振ってくるなんて、付き合い始めて初めてのことだった。

(セックスしたお陰かな?)

 身体が一つに繋がって、少しは親近感を持ってくれるようになったのか。嬉々としながら、雲雀の質問に答える。

「これがあんま空かねぇんだ。朝、腹に入れるならビスコッティを一、二枚齧るくらいかな」

「ふぅん」

「あ、でも、その分、昼は食べるぜ。この前なんか、ルーカが持って来たピザを三枚も平らげた」

 ルーカとは、ディーノのシマにいるピザ屋の亭主の名前だ。幼い頃から、ここの店のピザを贔屓にしているとディーノは簡単に説明をする。

「恭弥がイタリアに来た時は、ルーカの店のピザを喰わせてやるからな」

「あなた、どれだけピザが好きなの?」

 三枚も食べて馬鹿じゃないと、目を細める雲雀に「毎日食べても、飽きねぇな」と笑ってみせた。そんなディーノを雲雀は無表情のままジッと見つめ、そして、彼の下腹あたりで視線を止めた。

「あなた、十年後、気をつけた方がいいよ」

「なにが?」

「今は問題なさそうだけれど、そのうち日頃の食生活が身体に影響してくるはずだ」

「え?」

 雲雀の言わんとしていることが解せずに、ディーノははしばみを瞬かせた。

 傍でディーノを警護していた黒服たちは、雲雀の言葉の意味を早々に理解して、「プッ」と吹き出したり、肩を震わせて笑いを堪えている者もいた。

 そんな部下と至極真面目な顔をして忠告をする雲雀を交互に見やり、ディーノのハテナは数を増すばかりだ。

「僕は御免だからね」

「なにが?」

「十年後、メタボになったあなたとは戦ってあげないから」

「えー」

 不機嫌そうにフイと視線を反らせる雲雀にディーノは素っ頓狂な声を上げた。すると、普段は絶対に口を挟まない部下たちが一斉に笑い出して、「ボス。恭弥に嫌われるなよ」とか「当分、ピザは控えた方がいいぜ」とからかいの声が飛ぶ。

「うるせーっ。テメーら」

 部下に冷やかされ、そして、最愛の人から警告を受けたディーノは意気消沈し、冷や汗をかきながら「まさか俺が…」とエスプレッソを啜りながら、表情が青ざめさせた。

 

 

 




 こんな感じでディーノさんと雲雀のお付き合いが始まっていきます。
 成り行きというか、勢いでディーノに抱かれた雲雀は現時点で彼を恋人とは認識しておりません(相当、天然だからな/笑)。
 笑いあり、シリアスありで物語りは展開してゆきます。
 続きはDHオンリーにて発行です。