小枝

 

 

 

 

 

雲雀の父親は高い身分の生まれで、継母はそれに惹かれて一緒になったに違いない。

雲雀家に嫁いだら、前にも勝る贅沢三昧の生活ができると、あてこんで嫁いで来たのだ。

最初、屋敷へ来た時は禁欲的で静かな雰囲気に大いに戸惑っていたものだった。

しかし、戸惑っているのも束の間、継母本来が下隠していた下品でけばけばしい雰囲気に雲雀家は染め上げられてしまったのだ。

ある時、雲雀が母の形見の真珠の首飾りを小箱から出して眺めているのを目敏く見つけた義姉が見つけてこう言った。

『まあ、なんて素適な首飾り。男のあんたなんかには勿体無いわ。私にちょうだいな!』

『お好きなら、どうぞ』

雲雀はそう答えるしかなかった。

これは母の形見の品なのだとはどうしてもいえなかった。

継母や義姉に逆らい辛い風にあたるのはどうでもよかったが、自分の母を罵る彼女たちの汚らしい言葉だけは聞きたくなかったのだ。

雲雀は父の幸せの為にも耐えた。

『恭弥、新しいお母さんを本当の母と思って大切に仕えるのだよ? もう亡くなったお母さんのことは忘れなさい。その方がお前のためなんだ。お前にとっても私にとっても、新しい生活が始まったんだよ…』

父の言葉に雲雀は実際、亡くなった母を忘れることなど出来はしないと思ったが、周囲の幸せを案じて頷いた。

(お母さんごめんなさい。僕は嘘をつきました。でも、心の中ではいつもお母さんを一番に愛しています。だから、これから先も僕のことを天国から見守っていて下さい…)

自分ひとりがこの生活に耐えれば、皆が幸せになれると。

雲雀は亡くなった母のことを口にすることも出来ずに従う他はなかった。

新しい母も最初は雲雀を可愛がる素振りを見せていたが、一度、父が他の国へと長期に仕事に出掛けると次第に地を出してきた。

『ほら、これを洗っておいて』

まるで召使のように下着や靴下を差し出される。

『私たちはこれから出掛けるから、あとはよく掃除をしておいて、それから洗濯物は籠の中に入っているから洗っておいてちょうだい。あ、お夕飯の用意もしておくんだよ』

いつもこんな調子でていよく雲雀を使っていた。

雲雀は途方に暮れて後に残された。それでもどうしても嫌とは言えなかった。

自分がこんな仕打ちを受けていることをどうして父に言えようか。

父は孤独だったのだ。

新しい母が来ることで、父は漸く孤独を癒すことができたのだ。

そんな父に、どうして自分が継母たちに苛められているなどと言えよう…。

雲雀はそういつも考えていた。

黙って耐えているうちに、雲雀の悲惨さは日増しにエスカレートしていった。

朝早く起きて水汲み、暖炉の火を起すことから始まって、料理、洗濯、皿洗い、さらには家中の床磨きまでやらされた。

一日中、雲雀はエプロンを身につけて箒や雑巾を持って広い屋敷を行ったり来たりしていたのだった。

継母や義姉たちは大きな金縁の鏡や綺麗な羽布団の掛かったベッドのある広い部屋に寝ることが出来たが、雲雀は違った。

一日が終わると暖炉の隅っこに行って、灰の中に腰を降ろすしかなかったのだ。

そういうわけで、この家で雲雀は皆から『灰かぶり』と呼ばれていた。

ある時、父が仕事に出掛ける前に娘たちに訊ねた。

「お前たち、これから私は長い間、異国の地に赴くことになるが、お土産には何がほしい?」

父の申し出に二人の義姉たちは喜びの声をあげた。

「私は素適なお洋服」

「私は綺麗な宝石」

義姉たちは期待に満ちた目で父を見ていた。

「それで、雲雀は何がほしいんだい?」

雲雀は父に問われたが、暫くの間はじっと黙っていた。

自分がここで何かを言ったとしても継母や義姉たちに睨まれるのが手に取るようにわかっていたからだった。

父の前では猫を被っていても、父が一旦仕事で出かければ一層苛められる。

「僕はなにもいらないよ、お父様」

「そんなことはあるまい。義姉さんたちは皆、欲しい物を言ったよ。お前に欲しい物がないわけないだろう? 遠慮せずに言ってごらん?」

どこまでも優しい父の言葉に雲雀の心はぐらついた。

だが、これから大切な仕事に赴く父に余計な心配はかけたくない。

雲雀はじっと堪えて、そして口を開いた。

「僕はなんでもいいよ、お父様」

雲雀は寂しげに言った。

「お父様が街からお帰りになる時、一番先に帽子にぶつかった木の小枝を折って持って帰って来てください」

母譲りの気丈夫さを振り絞って雲雀は言葉を紡いだ。

「なんてお馬鹿なの、灰かぶりは」

「木の小枝ですって。笑っちゃうわ」

父が出掛けた後、義姉たちから散々嫌味を言われ続けた。

雲雀はそんな嘲笑う継母や義姉たちを尻目に部屋の床を雑巾で掃除していた。