迷子王子

 

 

 

 

 

雲雀が継母たちに苛められている一方、お城では大変なことがおきていた。

「ボスはどこだ?」

「さあ、見てねぇぜ」

この城の近衛兵隊長であるロマーリオは本日、七度目の胃痛に常備していた薬を飲み干した。

「ボスの奴、一体どこに行ったんだ?」

今日は大切な近隣諸国の姫君とのお見合いの日だというのに。

「うぉぉぃ。また、跳ね馬がとんずらしたのか?」

「スクアーロ!」

ロマーリオと同じく近衛兵であるスクアーロは仏頂面に腕組をしていた。

「笑いごとでは済まされん! これで、ボスが見つからなかったら、十回目の破談になるのだからな!」

「今までのお見合い相手のお姫さんは皆、綺麗どろこばかりだっていうのに。あのバカ馬は何を考えていやがるんだ――」

ディーノとは幼馴染であるスクアーロの意見にロマーリオは胃を痛めた。

「だが、跳ね馬がとんずらする気持ちもわからなくはねぇ」

「スクアーロ?」

不意に真剣な表情をして発言をしたスクアーロにロマーリオは眉根を寄せた。

「考えてもみろ。一度も会ったことのない、しかも勝手に決められた相手と結婚するのは、普通どう考えたって嫌なものだ。お前もちょっとはアイツの気持ちを考えてやれ」

最もなスクアーロの意見にロマーリオも渋々と頷く。

「そうだな。幾ら、キャバッローネ国の為だらかといっても、好きな相手も選べずに結婚するのは不憫だよな……」

「ああ見えても、まだ二十二だ。恋もしたいお年頃だと思うぜ? せめて、盛大な合コンパーティとかを開いて、アイツ好みの娘を選ばせてやりてぇな」

「合コンパーティか…。スクアーロにしては良いアイデアだ。世継ぎのためだ。検討してみよう」

王と王妃が心配しているのは一人息子であるディーノに花嫁がいないこと。

毎日、仕事ばかりの息子を見て、「この子には一生お嫁さんは見つからないかも…」と心配しているのだ。

(王と王妃は特に花嫁の身分は気にしてはいない様子だし…)

取敢えず、進言してみるのもいいだろうと、ロマーリオは謁見の間へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「参ったな…」

城下の森へと遠乗りに出たまではよかったものの、ディーノはすっかり道に迷ってしまっていた。

滅多に城から外へ出ることのないディーノは、近辺に民家を探すが郊外のためか、なかなかみつからない。

ディーノの愛馬、エンツィオは黒い毛並みの立派な馬で気性が激しい。

城内でこの馬を乗りこなすことができるのはディーノくらいだった。

「俊足なのはいいが、たまに不機嫌になって変な道を走りたがる癖だけは勘弁してくれよな…」

手綱を引きながら陽の差す森を歩いていると、広まった場所へと出た。

ブルルと息を荒くするエンツィオの声にディーノは人の気配を感じ取った。

広い森をよく見渡せば、木陰の方でしゃがんで薪を拾う民を発見した。

ディーノはその者に迷うことなく声をかけた。

これで、この森を抜けることができると。

「もし、そこの人―――――」

「なんだい」

よく通るテノールの声を耳にした美しい少年が顔を上げ振り向いた。

「……」

「どうしたの。騎士様」

少年は馬を連れたディーノの恰好と腰から下げている剣を見て旅の騎士だと思い込んでいた。

ディーノが言葉を詰まらせたのは、その少年の汚れのない澄んだ声と瞳のためだった。

衣服は貧しいものだったが、その内に秘めた輝きが木々の緑と共に辺りを穏やかにさせていた。

彼の周りには野うさぎやリス、小鳥たちが何の警戒心もなく近寄っている。

「…実は道に迷ってしまって」

「それは随分と間抜けな騎士様だね。この森は小道が多くて、地元の者でもよく迷うんだよ」

短い黒髪を微風になびかせながら少年は道案内を快く引き受けてくれた。

「丁度、僕も薪拾いがてらに散歩をしていたところ。ついでだから、森の外まで案内してあげるよ」

「助かったぜ。すまない」

律儀に感謝の言葉を述べるディーノに少年は「困った時はお互い様だよ」と当然のように答えた。

灰を被ったような汚い身形とは反対に、なんて綺麗な心の持ち主なのだろうと、ディーノはその白く細い顔を見つめてぼんやりと思った。

少年は道端に落ちている薪になりそうな小枝を見つけては背負っていた籠に入れていった。

「この森に詳しいようだが、よくここへ来るのか?」

「そうだね」

ディーノの質問に少年は頷く。

「僕は毎日この森で薪を拾うよ。流石に雨の日は出掛けないけれど。こうして森の中を歩くことが唯一の楽しみなんだ」

「楽しみ?」

ぽつりと少年が洩らした言葉にディーノは首を傾げた。

森を歩くことが楽しみだなんて変わっているなと。

「あなたにこんなことを話していいのかわからないけど、僕は幼い頃亡くなった母とこうしてよく森を散歩していたんだ」

「そっか」

どこか寂しげに語る思い出話しにディーノは触れてはならないことだったのかもしれないと、少し後悔をした。

「ここが出口だよ」

少年と過ごした時間は瞬く間に過ぎていった。

「僕の家はこの近く。街はこの道を真っ直ぐに進んだ方向にあるから。あの城を目指して行けば、迷うことはないと思うよ」

親切に少年が指差したのは、ディーノの住む城の塔だった。

「どうも親切にありがとう」

「当然のことをしたまでだよ」

分かれ道に只住む少年。

ディーノは何故かこの少年と別れたくないと思った。

「その…礼をしてぇんだが。その、背に背負っている重そうな籠を家まで届けさせてくれないか?」

ディーノ自身驚くような言葉が口から付いて出た。

目の前の少年は一瞬だけ目を見開いて、首を横に振る。

「折角だけど、これは僕の仕事」

「そっか…。余計なことを言ったな。ごめん」

頬を僅かに赤らめてディーノは頷く。

「いいよ。今日、少しの間でもあなたと話しが出来て僕はそれなりに有意義だったから」

素直に気持ちを述べる少年に今度こそディーノの胸は高鳴った。

「お…俺も。お前と話が出来て…。その…楽しかった」

しどろもどろと告げるディーノに少年はどこか嬉しそうに頷いた。

そして「さようなら」と別れを告げ、少年は街とは反対側の道を歩き出した。