涙

 

 

 

 

 

次に目覚めた時、雲雀の視界には今朝植えたばかりのハシバミの小枝が映った。

ディーノが敷いた毛皮のマントの上に横たわっていた雲雀は暫くの間はその場で何度も瞬きをしていたが、意識がはっきりと戻ってくると次に黒髪の男を探した。

そう、自分をこんなにも淫らにさせた憎い男を。

「ディーノ」

しっかりとした口調で横に座って衣服を整えているディーノの名を呼んだ。

激しい行為の後の為か、両者とも若干頬が熱い。

「なんだ、恭弥」

「なんだって。何、その言い方?」

昨日までの他人行儀さはどこへ行ってしまったのか。

否、体を繋げることで人とはここまで心を急速に近づけることができたのか。

「体を拭こう」

「な…」

ディーノは小川の水で濡らしてきた手拭で雲雀の体を拭きはじめた。

腹や脚にこびりついた情事の跡を丁寧に拭うディーノの眼差しは至極真面目なものだった。

「・・・・・・」

雲雀はそんな彼をただ黙って見つめる。

よく観察すれば、ディーノはかなり整った美貌を有していた。

体を綺麗に拭って貰った後はあちこちに散らばった雲雀の衣服を拾い集めて、これまたディーノが甲斐甲斐しく着せてやった。

着替え終わった雲雀は感覚の無い下半身を庇いながら近くに転がっていた丸太の上に腰を降ろした。

「…ここ、お母様の墓前なんだよ」

「・・・・・・」

かなり恨みがましく言ってやった。ディーノは無言で雲雀の母の墓を見つめていた。

「あなたって、頭に血が上ると、慎みも何も考えないでしょう?」

「・・・・・・」

やはりディーノは無言だった。

雲雀はだんまりを続けるディーノを見て溜息をついた。

「お墓の傍に植えてあるのはハシバミの枝。今朝、お父様が僕に送って来てくれたものなんだ」

「恭弥の父君が?」

「そうだよ」

雲雀はディーノに父のことを語った。

「お父様は今、遠い異国でお仕事をしているんだ。このハシバミの枝は僕への土産なんだ」

「…変わった土産だな」

「そう?」

「…普通は、そう思う」

 普通を強調して、漸くディーノは笑ってくれた。

ふたりはハシバミの枝を眺めながら静かな森のざわめきを聞いていた。

「ハシバミの枝は、何十年と長い年月をかけて大きくなっていく。秋がきて冬が過ぎ、春がやってくる頃、小枝は新芽をふいて少しずつ大きく育っていく。そして大きくなった木の枝に葉がなる。夏には青々とした葉を繁らせ、秋にはおいしい実がなる。お腹を空かせた小鳥や動物たちが集まってきてその実を食べる。そして、ある日、この木の前を通り過ぎる旅人が小枝を折ってまた別の地にそれを植えるんだ。こうしてハシバミの木は増えていくんだ。それって、どんなお土産よりも素敵なことだと思わない?」

楽しげに語る雲雀の瞳はやはり汚れのない空のように澄んでいた。

ディーノは「ああ」と頷き、そして雲雀を愛しいと思った。

いつも共に居られたら…と。

それからディーノは墓前で、先ほどの非礼も含めて雲雀とふたりで手を合わせた。

そして、いつもの様に別れ道に差し掛かった。

「恭弥…」

馬を引いていた手を離して、ディーノは雲雀を森の出口付近で強く抱き締めた。

「ディーノ?」

それには雲雀も驚いた様子で、ただ弓なりになって彼の抱擁を受け止めるだけだった。

「きょう…や…」

吐息と共に紡がれる名。

もはや、雲雀は抵抗をしない。

ただ目を閉じて、彼の体温を感じ取ろうとしていた。

ああ、この人の腕の中はなんて心地良いのだろうと。

一方のディーノは身分を偽り、雲雀と接していることが辛かった。

しかし、真実を告げてしまえばもう二度と彼は自分に会ってはくれないだろう。

それぞれの思いが交差していた。

「どうしたの? 今日のあなたは…ちょっと変」

雲雀が声を発する度にディーノの抱擁が強くなった。

ほんの少しの息苦しさと幸福を雲雀は痩せた体で実感していた。

(僕はディーノのこと…どう思ってるんだろう…)

漸く解放された時は、ふたりとも暫くは無言になっていた。

「恭弥」

「なに?」

「…いや、なんでもねぇ」

「?」

いつもは歯切れよく話す彼なのに、今日に限っては歯の奥にものを詰まらせた物言い。

ディーノは別れ際にキスをして、馬に乗った。

いつ見ても立派な毛並みの馬だな…と雲雀は見上げる。

こうして見ているとディーノはどこかの国の王子様みたいだなと。

「恭弥…明日は」

「・・・・・・」

「明日は…用があって会えないんだ」

「え…」

躊躇いがちなディーノの言葉に雲雀は大きく目を見開いた。

一陣の強い北風がふたりの間を吹き抜ける。

「明後日も…その明々後日も……」

「・・・・・・」

城では舞踏会の準備で今日も大忙しだった。

明日からディーノは部屋で国中の娘たちに向けて招待状を書かなければならないのだ。

これは父である国王からの命なのでいつものように逃げ出すわけにはいかなかった。

逃げだせば、即ツナ姫との結婚式が待っている。

「そう…」

雲雀は素気ないくらいに簡素な返事で返した。

「すまねぇ」

「別に。気にしないよ」

ただ、毎日、ディーノが会いに来てくれていたこと事態が特別過ぎたのだと、雲雀は自身に言い聞かせてる。

「それで、次はいつ会えるの?」

ぽつりと呟いた雲雀にディーノは閉口した。

(何、それ?)

何も返してこないディーノに雲雀の頭は真っ白になった。

胸に飛来したのは絶望の二文字。

「帰る」

「恭弥…」

いつもよりも早足で。

背中に届いたディーノの声があまりにも小さくて遠くて…。

気がついた時は駆けだしていた。