灰のなかの豆

 

 

 

 

 

雲雀が薪拾いから帰ってくると継母と義姉たちがいつになく騒いでいた。

雲雀家に届けられた招待状。

この国の王子様の宮殿で舞踏会が開かれることになったそうだ。

国中すべての娘たちを招待して、その中から気に入った者を妻として娶ると。

「さあ、わたしたちの靴を磨いて、お洋服にアイロンをかけてちょうだい」

五日後の舞踏会に向けて国中の若い娘の居る家々が大忙し。

「キャバッローネ国のディーノ様といえば、この近隣諸国の王子様たちの中でも一番の美男子だって聞くわ!」

「王宮に入ったら今以上に贅沢三昧よ。私、絶対にディーノ様のお目に叶うよう綺麗になってみせる!」

意気込む義姉たちの会話を聞きながら雲雀は何十足とある高価な靴を磨いていた。

使用人のようにこの家で扱われている雲雀にとって舞踏会は無縁で興味はわかなかったが、ただ一つだけ気になることがあった。

それは、この国の王子の名前だった。

雲雀は王室の話題には疎かったのだ。

(ディーノ…)

その名が偶然であってほしいと雲雀は願った。

 

 

 

 

 

舞踏会の前日、街へと買い出しに出掛けた時のことだった。

街でも明日開かれる舞踏会の噂で持ちきりだった。

舞踏会に招待されるのは、十五から二十歳までの未婚の女性だったら身分を問わないそうだ。

但し、当日舞踏会に着て行くドレスがある者に限るらしい。

市場で重い買い物を済ませ、郊外の家に戻ろうとした雲雀はふと路上の絵描きに目を止めた。

その絵描きの男が描いている絵があまりにも雲雀の知っている人物に似ていたからだ。

(ディーノ…?)

雲雀はそろそろとその絵描きの男の元へ向かった。

「ねぇ。今、あなたが描いている人は誰?」

絵を描いていた男は筆を止めて雲雀を見た。

「これはこの国の王子、ディーノ様の肖像画だよ」

「!」

雲雀は手に持っていた買い物袋を路上にゴトリと落とした。

「ディーノ様はよくお忍びでお城を抜け出され、城下町に姿をみせるんだ。私は運良く、ディーノ様を二度拝見することができたな」

少し自慢げに話す絵描きの男。

雲雀はまたひとつ質問をした。

「その時の王子はどんな格好をしていた?」

「確か、いつも黒い立派な毛並みの馬を連れられて、騎士のような格好をしていたよ」

絵描きの男の返した言葉に雲雀は絶句した。

(まさか…ディーノが王子だったなんて……)

真実は時として残酷な結末を迎える。

雲雀は落とした買い物袋を拾いあげ、その場を去った。

そして、覚束ない足取りで家へと帰った。

(ディーノは僕を…暇潰し程度に抱いたの?)

帰り道、ずっとそんなことを考えていた。

考えれば考えるほど、虚しくなって雲雀は知らずと涙を流した。

(あの時、会えないと僕に言ったのは、舞踏会があるからだったんだね…)

結婚をするからもう暇潰しをする必要がなくなったと。

雲雀は絶望する中で真実に辿り着いた。

それはあまりにも残酷だった。

 

 

 

 

 

「さあ、急いで髪を結って、コルセットで胴を締め上げてちょうだい。ヒバリ、舞踏会は九時からよ。間に合わなかったらあなたの所為よ?」

継母や義姉たちに急かされながら、雲雀は忙しく立ち働いていた。

てきぱきと手を動かしながらも考えているのは、あの男のことばかり。

あれからどんなに彼のことを忘れようと思ったか。

毎朝、薪拾いに森へ出掛けてもディーノの姿は見当たらなかった。

「僕も連れて行って」

「は?」

全ての支度が終え、手配していた馬車がやって来たところで雲雀は自分でも信じられない言葉を口にしていた。

「お前がだって、灰かぶり? お前が舞踏会に行くだって?」

「…そうだよ」

継母は真剣に頷く雲雀をみてせせら笑った。

義姉たちもからからと笑った。

「灰かぶりが舞踏会? それこそ前代未聞だろうよ。お前のそんな姿を見て宮殿中が大笑いになるわ!」

「それにドレスも宝石もないじゃないか。一体どんな格好をしてお前が舞踏会に出るというの?」

「それでも…僕は舞踏会に行きたい」

真っ直ぐな瞳で雲雀は継母を見て言った。

雲雀はディーノに会って真実を確かめたい一心だった。

たとえどんなに灰で汚れた姿でも、宮殿中で笑われても構わなかった。

森で会ったディーノは有りの侭の雲雀を見て綺麗だと言ってくれたのだから。

そのあまりの真剣さに継母も義姉たちも一様に言葉を失った。

「では、こうしましょう。台所の灰の中に皿一杯の豆をたくさんこぼしたの。お前がその豆を元通りに拾ってくれたら一緒に連れて行ってあげなくもないわ」

継母の意地悪い難題に雲雀は一瞬顔を曇らせたが、舞踏会までの時間を考えると迷っている暇はなかった。

裸足のまま台所へ走り暖炉の灰の中に飛び込み豆を拾い始めた。

こんな屈辱的なことを強いられるのは雲雀のプライドに反していたが、それもただ舞踏会へ行くが為。

舞い上がる灰に涙を浮かべながら雲雀は必死の思いで豆を拾い集める。

そしてどうにか皿の中にすべての豆を拾い集め、再び馬車の中で待つ継母のところへ行った。

「この通り、灰の中の豆をすべて拾ったよ」

「そのようだね」

雲雀が持つ皿の中の真っ黒な豆を汚そうに見て継母は頷いた。

「約束通り僕も連れて行って」

こんなに早く難題を片付けてしまった雲雀に継母は内心焦った。

しかし、うろたえたのも束の間、さっさと気を取り直してこう切り返した。

「だめだめ。やっぱり気が変わったわ。お前は舞踏会に連れて行けない。第一着て行くドレスもないし、ダンスを習ったこともないでしょ? お前の方もその場に溶け込めなくて寧ろ困るばかりよ。私たちだって恥をかくことになるじゃないの!」

「僕を騙したの?」

「騙したなんて人聞きの悪い。それに、ディーノ様だって、灰だらけのお前を見れば折角の舞踏会なのに気分を害してしまわれるわ。わかったかい?」

「・・・・っ」

継母はそう言い捨てると、馬車の御者に出発するように命じる。

ぽつんとその場に残された雲雀は闇夜に煌々と照らす城を見上げた。

耳を澄ませば人々の楽しげな声と華やかな音楽が聞こえてきそうだ。

「・・・・・」

雲雀は居た堪れなくなって森へと駆け出した。

そして、母の墓の前で大いに泣いた。

いつだって涙を堪える事ができたのに、今夜に限っては涙を堪えることができないのだ。

「お母様…。僕は…。僕は……っ」

どうしてこんなにも哀しいのだろう。

どうして涙が後から後から溢れ出すのか。

彼と出会うまで、こんな感情は知らなかったと雲雀は墓前に蹲った。