舞踏会

 

 

 

 

 

散々、泣き腫らした後、雲雀は誰も居ない家へと戻った。

すると家の前に宅配業者の男が大きな荷物を持って立っていた。

「あ、こちらの家の方ですか?」

よかった…と安心したように宅配業者の男は雲雀を見て言った。

「遅くなってしまったのですが、お荷物をお届けに来ました」

「ご苦労様…」

雲雀はサインをすると荷物を受け取った。

家に入って蝋燭の明かりの下で差出人を確認すると父からのものだった。

雲雀は何気ない気持ちで中身を開けた。

すると中からは絹で作られた純白のドレスと首飾りの宝石、それにガラスで出来た珍しい靴が梱包されていた。

「これは、あの人たちへのお土産?」

雲雀はその場で呆然としていたが、箱の中に一枚の手紙を見つける。

 

 

このガラスの靴は貿易商でみつけたとても珍しいものです。

その国では幸せを呼ぶ靴と言われています――――

 

 

ほっそりとしたシンプルな形のガラスの靴。

雲雀は単純に興味を持って、ガラスの靴を履いてみた。

そのガラスの靴はぴったりと吸い付くように雲雀の細い足におさまった。

雲雀は輝くガラスの靴を見ながら思った。

このドレスと首飾りをつけたら、自分も舞踏会に行けるかもと。

時計の針を見ればまだ舞踏会に間に合う。

急いで雲雀は風呂を沸かして体中の灰を落とした。

体が綺麗になったところで、豪華な絹のドレスに袖を通した。

しなやかなタフタ地に金糸銀糸で縫い取りし、あちこちに宝石をちりばめた純白のドレス。

そして、更にドレスにぴったりの何連もの真珠の首飾りとイヤリングとブレスレット。

それに華奢な透き通ったガラスの靴。

雲雀はドレスを着るのは初めてだったが、普段から継母や義姉たちの着替えを手伝っていたので何ら問題はなかった。

それに雲雀は生まれ持った細くしなやかな体があったので、義姉たちのようにコルセットで胴を締め上げる必要は全くなかった。

化粧台の前に座って雲雀は櫛で細い髪を梳いた。

母譲りの癖のない自慢の髪。

派手な飾りは自分には必要ないと雲雀は自分に自信を持った。

化粧をすることに抵抗があったので雲雀は素顔のままでディーノに会いに行こうと家を飛び出した。

歩いて城へ行くのは少し無謀かとは思ったが、手段を考えている暇はない。

それでも大事なドレスを泥で汚してしまうことに躊躇っていると、見慣れた黒馬が雲雀の家に向かって来る。

「エンツィオ?」

どうして君がこんなところにと、雲雀は心底不思議がったが、気性の荒い人見知りをする馬は雲雀の前で止まると大人しく頭を垂れた。

「乗れ…っていうのかい?」

雲雀は振り落とされるのを覚悟に思い切って、エンツィオの背に跨った。

すると黒馬は雲雀を振り落とすどころか、城に向かって勢いよく走り出した。

「ワォ」

これでなんとか舞踏会に間に合うと雲雀は確信した。

 

 

 

 

 

雲雀は城内の馬小屋の前で降ろされた。

「ありがとう」

舞踏会はすでに始まっていたが、まだ充分間に合う。

馬の鬣を撫でてやり、雲雀は馬小屋の戸口の張り紙を読んだ。

「この納屋は夜の一時に閉まってしまうんだね」

ブルルと頷く黒馬。

「何、帰りも僕を家まで送って行ってくれるのかい?」

黒馬はすっかり雲雀に懐いていた。

「嬉しいよ。僕は十二時に城を出るから君は門の前で待っていてくれる?」

再びブルルと頷く黒馬の頭を撫でて雲雀は正門へと向かって歩き出した。

雲雀は誰のエスコートもなく城の大広間へとやって来た。

高鳴る鼓動。

辺りには豪奢に着飾った王侯貴族たちや娘たちが優雅な談笑を交わしていた。

明らかに雲雀とは別世界の人間ばかり。

雲雀の姿を見つけた門番が声を高らかにあげた。

「お客さまのお着き―――」

高らかにラッパが鳴らされ、楽団が音楽を奏でて新たな客の到着を告げた。

輝くシャンデリアの下で思い思いに着飾った者達は、和やかにお喋りを繰り広げていたが、雲雀の到着を告げる演奏でピタリと静まった。

大広間は水を打ったような静けさ。

皆の視線は雲雀に降り注がれていた。

「なんと、お美しい」

「まだ見たこともない方だわ。一体どこの方かしら?」

静まり返った静寂の中で溜息をつき、ひそひそと囁きを交わした。

雲雀の耳にはそんな人々の声は届かず、一心になってディーノの姿を探していた。

止まない雲雀に対する話題。

皆これほど美しい姫君を見たことがなかった。

老いた王と王妃も宮廷の華やかな美女に見慣れていたにも関わらず、雲雀を驚いて見つめないではいられなかった。

「どこの姫だ。あんな愛らしい姫がディーノの嫁になってくれれば……」

まだ縁談の決まらない一人息子の身を案じ、老いていた王と王妃は思わず目と目でそう囁き交わした。

「ディーノ、あの姫君にダンスを申し込んでみてはどうだ?」

国王の一言に仏頂面でそっぽを向いていたディーノは大広間に一人立つ雲雀を見た。

「恭弥…っ」

思わず浮き腰になって突いて出た台詞。

ディーノは慌てて開いた口を噤んだ。

雲雀によく似た女性が大広間に居た。

最後に別れたのは五日前。

結局、真実を告げることも、立ち去る雲雀に言葉をかけることもできず、あれで自分の恋は終わったのだとディーノは酷く落ち込んでいた。

雲雀によく似た姫君は、あっと言う間に王侯貴族の殿方たちに囲まれた。

従者も連れずに一人でふらふらと歩いていれば男達の恰好の的だ。

一曲踊って下さいとでも言い寄られているのだろう。

しかし、この姫君は首を縦に振ろうとはしなかった。

それどころか、人の波を押し分けて歩き出す。

きょろきょろと辺りをみっともないくらいに見回し、誰かを探している様だった。

ディーノはなぜか、雲雀に似た姫君のことが気になって仕方なく、ずっと王室の広間の上から見下ろしていた。

年老いた老婦人に姫君はぶつかり、頭を下げた。

人の良さそうな老婦人はにこにことしていて気さくに姫君と話を始めた。

姫君は何かを老婦人に尋ねている様子だった。

老婦人は人差し指を真っ直ぐに指した。

それはディーノのいる王室の広間のある方角だった。

姫君はドレスの端を摘んでお辞儀をし、それから再び大広間を歩き始める。

漆黒の瞳は真っ直ぐにこちらへ向いていた。

そう、ディーノのいる広間へと。

王室の広間は大広間から階段を上らなければ辿り着けない。

そこは一般の者が気安く立ち入れない場所だった。

一般で招待された者たちは大広間で舞踏会を楽しむ。

王室の者たちがそれを見て気に入った者を特別に王室の広間へと招待することもあるが殆どは高みの見物だった。

姫君は王室の広間へと続く階段の前で門番に止められた。

何度も門番に何かを訴えていた様子だったが、暫くして諦めたように溜息をついた。

細い首を命一杯に上へと反らして高みにある王室の広間を見上げていた。

不可解な行動ばかりとる姫君は人々の注目の的だった。

「ディーノ。ボンゴレ国のツナ姫がたった今、到着したぞ」

「はい」

直接、王室の間に通されたツナ姫。

噂通り、小さく愛らしい姫だった。

「ディーノさん、こんにちは」

ツナはディーノより八つ年下。

淡いピンク色のドレスを身につけ、ディーノが過去に出会ったどの姫君よりも礼儀正しく性格の穏やかな姫だった。

「ディーノ、折角だ。ツナ姫と下で踊ってきなさい」

「はい」

国王である父の立場も考えてディーノは頷いた。

「行こうか。ツナ」

「ええ」

左手を差し伸べたディーノはツナ姫のほっそりとした手を持って階段をエスコートした。

その見麗しいふたりの姿は大広間にいた者たちにもよく見えた。

「あれがディーノ様ね。なんて素敵なんでしょう」

「お噂以上の美男子だわ」

娘たちは夢中になって階段を降りてくるディーノを目で追っていた。

(やっぱり…ディーノだったんだ…)

雲雀は漸くディーノと出会え、拳を握り締めた。

「ディーノ様がエスコートしていらっしゃるのは、ボンゴレ国のツナ姫よ。なんて可愛らしい」

誰の目から見てもお似合いのふたりが広間の中央に踊り出た。

楽団の指揮者が指揮棒を振ると音楽が流れはじめた。

「今夜、ディーノ様がダンスのお相手に選ばれたのはツナ姫なのね」

「お似合いなふたりでいらっしゃるわ」

うっとりとディーノとツナのダンスを見守る人々。

雲雀はそんな人々の囁きとディーノの姿を冷めた目で見ていた。

(これが現実なんだ…)

ディーノはキャバッローネ国の王子で、自分は毎日灰をかぶって汗水働く使用人。

(たった、これだけのことじゃないか?)

真実なんて。

ディーノに問い質すまでのことはなかったのだ。

零れ落ちそうな涙を必死に堪え、雲雀はこれが最後だとディーノの姿を目に焼き付けた。

もう二度と会う事もないだろうと。

(さようなら…。ディーノ)

華麗なダンスが終わると、集まった観衆から拍手と賛美の声が湧きあがった。

雲雀は踵を返して大広間を去って行く。

(僕は馬鹿だ…。女の恰好までして、何をしに来たのだろう…)

そして、何を期待していたのだろう。

浅はかな希望だったのかもしれない――――