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ガラスの靴 「ディーノさん、どうしたんですか?」 ダンスが終わるとツナ姫が不思議そうな顔をしてディーノを見上げていた。 ディーノは先ほどまで視界に入っていた雲雀にそっくりの姫君の姿を探した。 「喉が渇きました。テラスで何か飲みましょう?」 「ああ…」 にこやかな笑顔で話し掛けられながらもディーノはどこかうわの空だった。 あの姫君は一体どこに行ったのか。 舞踏会は賑わいはじめたばかり。 ディーノは機会があればその姫君と一度話をしてみたいと思っていたのだ。 すると大広間の出口を潜る姫君をディーノは見つけた。 もう帰ってしまうのだろうか? 舞踏会は始まったばかりだというのにまさかとディーノは思った。 従者も連れずに一人で帰る様子の姫君。 「ツナ、悪いが少し席を外すぜ」 「ディーノさん?」 ディーノは歩き出した。 姫君の姿が大広間から消えるとディーノの歩幅は段々と大きくなっていった。 早歩きだった足が今では走り出していた。 大広間を抜けると赤い絨毯の敷かれた長い階段が城門まで続いていた。 「待って下さい!」 純白のドレスの姫君を見つけ、ディーノは思い切って声を掛けた。 ディーノの声に雲雀は痩せた白い肩をビクリと震わせた。 しかし、その歩みは止めずに寧ろ急ぐように階段を駆け下り始めたのだ。 「待って下さい!」 ディーノは何度も姫君に向かって呼び掛けた。 だが、当の雲雀は後ろを一度も振り返ることもなくまるでディーノから逃げるように門へ向かって走って行く。 「あなたと話がしたい。どうか止まってください」 雲雀との距離を詰めながら、ディーノは必死に言葉を紡ぐ。 どうしてここまでムキになってしまうのだろうと。 姫君の後ろ姿がディーノのよく知っている者と重なる。 (恭弥…?) そんなことがある筈がないと、ディーノは頭を振った。 「待って…。待ってくれっ」 長い階段を下り終え、門へ続く石畳をひたすら走る。 突然、姫君は石畳の歪みに足を取られて転んだ。 「あ…」 右足からガラスの抜け落ちディーノの足下まで転がった。 短い黒髪も素足の白さも本当に雲雀そっくりだった。 「あなたはどなたです? 一体どこからいらっしゃった?」 ディーノはガラスの靴を拾い上げて語り掛けた。 姫君は起き上がると頭を横に振った。 「お願い。どうか、それだけはお聞きにならないで下さい」 よく知っている声だった。 ディーノは前方にただずむ姫君の後ろ姿を見張るように見つめた。 「――恭弥?」 「違います」 気丈な声だった。 「なぜ、お前がここに…」 「違います」 その美しい顔に過ぎる孤独の影。 彼は決して振り返らない。 「一目見て、お前を愛するようになった」 「…………」 「お前の瞳を曇らせているものがなんなのか、瞳を過ぎる哀しみがなんなのか俺は知りたい。俺に慰められるものなら、この俺に受け止められるものなら……」 なんだってしたい。 ディーノの懸命な呼び掛けに雲雀はただ頭を振るばかりだった。 「身分を偽ったことは謝る。簡単に片づけられないことだと思っている。だが、真実を知れば、もう二度と俺に会ってはくれないと思ったんだ…」 「…………」 「ツナ姫と踊ったのは本心ではない。両親に無理矢理、勧められたんだ。決して見せ付ける為ではなかった」 こんなにも愛しているというのに上手く言葉が伝えられない。 ディーノはその歯痒さに下唇を噛んだ。 「舞踏会に来てくれたのは、俺のことを愛してくれているからじゃねぇのか?」 「違…」 雲雀は泣きながら頭を振るった。 「なぜ、泣く?」 「…………」 「会いたい人に会いに行く。それは正しい気持ちだぜ。嘗ての俺がそうだったから、間違ってはいない」 ディーノの力強い言葉に涙が止まらない。 こんなにも自分はディーノのことを―――― (だけど、僕はディーノに本当のことを話してはいない……) 継母と義姉に毎日こき使われ、上から下まで灰だらけになって働いていることを。 いつもディーノに会っているのは朝一番の汚れていない自分だったのだ。 「さようなら。ありがとう、ディーノ」 「恭弥っ」 城門の外へと消えていった雲雀をディーノは見つけることが出来なかった。 往来する多くの人込み。 両手に持ったガラスの靴。 異国の品で珍重され『幸せを呼ぶ靴』と人々に言い伝えられている。 「恭弥…」 ディーノは十二時を告げる鐘の音を聞きながら、星々が散りばめられた虚空を見上げていた。 |