1.1. 正書法
音節文字の用法は若干の内在的な限定を伴う。最も注目すべきは、表現不可能な複合的な子音連結である。しかしながら、ヒッタイト語音韻論の理解に、より大きな障害が書記習慣にある。それは、有声閉鎖音と無声閉鎖音、主として歯閉鎖音の混乱である。これは、dVとtVの記号が同じ語の中で別々に出現したときによく見られる。VCの記号は、語末が無声閉鎖音の時にのみあらわれ、CVの記号は、両唇あるいは軟口蓋の閉鎖音の時にあらわれ、有声の場合よりも無声の場合に頻繁にあらわれる。語の内部の重複する閉鎖音と単一の閉鎖音の分布を観察してみると、特に古い記述では、重複は無声化を表し、重複の欠如は有声化を表す。(無声/有声の対立は、時々硬音と軟音の対立として音声的に解釈される。それはおそらく、張りのある音とゆるみ音を意味している。簡単にするため、この章では無声閉鎖音と有声閉鎖音について述べることにする。)有声化の対立は語の内部でのみ音価を持つが、語頭や語末では中和される注1。
正書法の問題は母音の長さも関係しているが、一般にはCV-V-VCとV-VCは長(おそらく強勢)母音を表示し、CVCはCV-VCに相当するということで意見が一致している。
1.2. 子音
1.2.1. 閉鎖音
ヒッタイト語には、両唇音、歯音、軟口蓋音、円唇軟口蓋音の4組の閉鎖音があり、すべて無声音と有声音が語の内部でありうる。次に挙げる例の中で、大文字で書かれた無声閉鎖音は、有声化の対立が中和された場合を表示している。
(注:青字は唇音化した音)
/p/:appa,'back';suppi-,'pure'
/b/:apas,'that one';
#/P/:pir,'house';para,'forwards';
/P/#:ep,'take'(imperative);
/t/:katta,'downwards';atta,'father';
/d/:edi,'on this side';watar,'watar';
#/T/:taru,'wood';tarna-,'to leave';
/T/#:kessarit,'hand'(instrumental);
/k/:tuekka,'body';
/g/:sagahhi,'I know';
#/K/:katta,'downwards';kessara,'hand';
/K/#:lak,'turn'(imperative);
/k/:maninkuwa-,'near';akkusk-,'to drink';
/g/:sakuwa,''eyes;
#/K/:kuis,'who';kuen-,'to kill';
/K/#:takku,'if'.
1.2.2. 破擦音
ヒッタイト語は、破擦音を1つ持っている。/ts/であり、有声の対を持たない。それは、語頭、語中、語末にあらわれる。それは次の例である。
/ts/:zahhiya-,'tofight';uizzi,'(s)he comes';panzi,'they go';ammedaz,'me','mine'(abl).
1.2.3. 摩擦音
ヒッタイト語の摩擦音は、/s/と/h/(張りのある音、語の内部に音重複がある場合)と/h/(ゆるみ音、語の内部に音重複がない場合)である。音重複した/s/は、/s:/で表示され音価を持つ。
(注:赤字は有声声門摩擦音)
/s/:ser,'over';esanzi,'they sit';
/s:/:essanzi,'they make';assu-,'good';
/h/:pahhur,'fire';tehhi,'I put';
/h/:mehur,'time';
#/H/:hastai,'bones';haranis,'eagle';
/H/#:suppiyah,'purifi'(imperative).
1.2.4. 共鳴音
ヒッタイト語の共鳴音は、/m/と/n/の2つの鼻音、側面音/l/、ふるえ音/r/、/j/と/w/の2つの接近音あるいは半母音である。音素/r/は語頭にはあらわれない。鼻音と流音の音素もまた音重複を伴って対立している。
/m/:lammar,'hour';
/m:/:anda,'into';nai-,'to turn';kunan,'killed'(part.neuter);
/n:/:kunnan,'on the right';
/l/:lahha-,'war campaign';lalan,'tongue';malai,'(s)he agrees';
/l:/:mallai,'(s)he grinds';
/r/:arnu-,'to carry';tarmis,'nail';ara-,'right';
/r:/:arra-,'to wash';
/j/:iukan,'yoke';sius,'god';
/w/:newa-,'new';watar,'water'.
1.3. 母音