◆春と菜香亭

 毎年春が来ると、旧菜香亭では板前氏やお手伝いの女性たちが瀬戸内へ潮干狩に出かけることがあり、料理に数々の貝が並んだ。明治以来菜香亭の料理は山口のふるさと料理、ちしゃなます、いとこ煮など料理の素材のすべてが身近であり、季節を感じさせるものであった。
 瀬戸内の陽光を浴びて育った格別甘味のあるワケギも、この時季のヌタ和えに合わせるのは、やはりイカではなくて旬のアサリである。店の客に瀬戸内の貝料理が振る舞われはじめると菜香亭を包む山口盆地も春たけなわ。
 150畳敷大広間の東側に植えられた秋田フキも見事に連なって若芽を並べ、それが「おごうさん」の店自慢であったこともなつかしい。
 現在でも旧菜香亭から移植された北庭の隅にある秋田フキの芽吹きに思い出を重ねる人も多い。
 現在、移築後の菜香亭からも、明治、大正、昭和の面影があざやかに並ぶ扁額と畳表に伝わる顧客の足音にも偲ばれる。
 明治から昭和まで政治家や文化人も菜香亭で交わした山口ことばによる数々の話しの盛り上げ役には四季折々の郷土料理の存在も大きかったであろう、文化サロン菜香に春が香る。


(平成28年3月31日発行第40号掲載)