◆新年雑感

 元旦を迎えるとあらゆることに「初」の字が被せられ、初日の出、初空、初詣で、初富士、初座敷と呼ぶものが多い。
 そのなかで、初座敷は俳句の季語にもあるように、大晦日の大掃除のあと、初春の「晴れの座敷」として元日の祝客を招待し、納めていた調度品を並べ、干支ゆかりの屏風なども「初屏風」で飾った。
 菜香亭の百五十畳敷の大広間には、文人墨客の扁額があり最も初座敷の呼称にふさわしい歴史的雰囲気を備えている。正月気分や正月風景は年々薄れてゆくが、歌留多や書き初めは菜香亭のもつ畳文化にふさわしい名残りで美しい日本の新春風物詩ともいえる。
 菜香亭の広い台所の一角に古井戸がある。囲い石だけの原形をとどめた井戸だが、往年はこの井戸も正月にはしめ飾りを置き、若水(わかみず)を汲んだことだろう。
 若水とは元日の朝早く汲む水のことで、年頭最初の儀礼行事とされ、神社や寺院ではその年の年男が正月三ヵ日の間は、早朝から汲み一般家庭でもそれぞれ若水で炊事を行い雑煮をつくったりした。
 日本民族事典によれば「若水は初水ともいう。神前に汲み供えたあと家族中で口をすすぎ、茶をたてこれを福茶といったが日本列島全土の伝承」だとある。
 日本だけでなく朝鮮半島や中国大陸にも、若水汲みの風習は農耕民族の間で現存し、日本と中国では元旦の行事だが、朝鮮半島では正月最初の辰の日に行われている。
 わが国は太平洋戦争で多くの歴史遺産を戦火で消失した。、
 明治初年から大正・昭和・平成へと純和風の文化空間を維持してきた菜香亭のたたずまいに対し、新しい年の始めに持った所感の一端である。


(平成19年1月15日発行第8号掲載)