◆初代内閣総理大臣伊藤博文公没後100年記念企画展「菜香亭に残る書展〜伊藤博文をめぐる人々〜」開催


 平成21年10月1日(木)から31日(土)まで、大広間下の間展示室において、初代内閣総理大臣伊藤博文公没後100年記念企画展「菜香亭に残る書展〜伊藤博文をめぐる人々〜」を開催しました。

 初代内閣総理大臣伊藤博文が没して100年の節目の今年、山口市菜香亭では、菜香亭に残る掛軸のうち、伊藤博文に関わりのあった方々の書を一堂に会した企画展を開催しました。

 「 伊藤博文と菜香亭に想う」
      館長 福田礼輔 

 記録によると伊藤博文は1889(明治22)年と99(明治32)年の2度菜香亭を訪れている。
 89年は旧藩主毛利敬親の法要が行われたときで、10年後の99年は日本史年表に『伊藤博文は新政党立憲政友会を組織するため長野県を皮切りに中部、関西、中国を歴訪』とあり、山口県では下関、萩、山口、三田尻、徳山、柳井を遊説し、山口町では5月31日に講演と懇親会が菜香亭で持たれた。
 当時発行の防長新聞に次の記事がある。
=防長の有志が主催せる歓迎会は午後七時より菜香亭にて開かれ、亭の門柱には大国旗を交叉し庭園の樹木には無数の球灯を連ねて不夜城とし、百余人の会員も全て参集し徳田夜会代表が歓迎のあいさつ、次に伊藤候の謝意が述べられたあと一同盃を挙げて談笑に入り、時に八軒屋より打ち上ぐる花火の音聞え候も杯を手にして座客の間に入り数十名の芸妓も絃歌を奏し会は午後十時まで続けりと。
 著作「明治という国家」の中で司馬遼太郎は「伊藤は松下村塾での初等教育だけだが天性の聡明さを持ち、女好きではあっても一方で私財を貯え私的権力を張ることがなく、無邪気で快活で人の意見をよく聴いた」と述べている。「一家天地自春風」(一家の天地はおのずから春風)は伊藤博文が菜香亭主人に贈った扁額である。



●初代内閣総理大臣伊藤博文公没後100年記念企画展
  「菜香亭に残る書展〜伊藤博文をめぐる人々〜」
○日  時:平成21年10月1日(木)〜10月31日(土) 
    ※毎週火曜日休館
○観覧時間:午前9時〜午後5時
○会   場:大広間下の間展示室
○観 覧 料:大人100円・小人50円(大広間観覧含む)
○展 示 品:井上馨(甥が伊藤の養子伊藤博邦)
        桂太郎(五女が伊藤の養子文吉の妻となる)
        杉孫七郎(伊藤の国葬を取り仕切る、長州三筆の1人)
        谷 干城(伊藤内閣の農商務大臣)
        鳥尾小弥太(奇兵隊参謀、陸軍中将)
        野村素軒(長州三筆の1人)
        野村靖(松下村塾生、妹が伊藤の先妻)
        東久世通禧(元老院・貴族院・枢密院の副議長)
        毛利元徳(旧萩本藩主)
        毛利元昭(元徳の子)
        毛利元敏(旧長府藩主)
        林友幸(奇兵隊参謀、明治天皇皇女養育主任)
        土方久元(伊藤内閣の農商務大臣・宮内大臣)
        山縣有朋(元勲)
        山田顕義(松下村塾生、伊藤内閣の司法大臣)