◆菜香亭探訪研修会「大内義隆最期の道を辿る〜大内義隆生誕500年記念〜」開催

今年は大内義隆生誕500年にあたることにちなみ、大内義隆が陶晴賢の反乱にあって逃亡し始めた大内氏館より、自刃した長門大寧寺までの最期の道の史跡を探訪しました。実施日は9月30日。命日の1551年9月1日が太陽暦では1551年9月30日にあたることによります。

 当日は25名の参加者にお集まり頂きました。今回の講師は、福田館長と、山口市史編纂室の斎藤智恵さんです。はじめに大内義隆の菩提寺龍福寺に参り、資料館を見学しました。そして歩いて大内氏館跡を巡り、大内義隆が落ちのびはじめた築山館跡の築山神社へ参詣しました。義隆は築山館から法泉寺(いまの五十鈴ダム辺)をぬけ、吉敷の凌雲寺へと向かったといわれています。画像は凌雲寺跡(国史跡)での様子です。曼珠沙華の美しい季節でした。義隆もこの季節の中、最期の道を辿っていたことでしょう。凌雲寺跡には石垣が残っています。石垣の作りは朝鮮の影響を受けているものかもしれないといわれています。大内氏の国際性が窺えます。

 義隆が船出したであろう野波瀬港をみたあと、荒れた海のため再上陸して参詣した仙崎港の八坂神社そばで食事。そして青海島の大内義隆像を車窓から見学。山肌にあり、陶器でできた像で、山口を向いてたっているそうです。湯本温泉手前にかかる義隆橋を越え、旅の最終目的地大寧寺に到着。顔が映らなかったという姿見など見学ののち、本堂で大寧寺の岩田住職のお話を伺いました。最後に、大内義隆墓にお参りしました。みなさん大内義隆におもいをはせられて感慨深げな様子でした。