ふるさと発見

 文殊岳 
標高445m  

 
 地元有志により、文殊岳頂上付近が整備されて、素晴らしい展望ができるようになりました。


                                                      (16.4.25)


 文殊岳のいわれ


 推古17年、聖徳太子(月輪法皇)が清涼地村(今の周南市鹿野)に薬師の道場清涼寺をひらかれ、そこ
には数多くの諸堂が建てられました。
 しかし、この清涼寺は、山岳地帯で交通の便が悪く、冬は積雪にとざされるので次々に衰退が進みました。
文治2年(1186年)東大寺再興の大勧進職俊乗房重源上人が、大仏殿造営の木材を求めて当地に下向
されたとき、退廃した清涼寺の諸堂を付近の村に移し再建されたもので、上村には月輪寺薬師堂、三谷村
国木には、釈迦堂を移され、文殊は串村の明光風靡な文殊岳山頂に移されました。
 その後、野火に罹災したとき、文殊様は、手洗川にお飛びになりましたが、村人がこれを助けあげて、改
めて串村の本光寺の境内に堂を建て、これを安置しました。
 こうして、知恵の文殊といわれるご縁日には、遠近を問わず多くの老若男女が袖を連ね参拝することで
知られ、いまでは、2月18日庄方観音ご縁日、5月5日の薬師大縁日と併せ徳地三大縁日の一つとしてよ
く知られています。                                      (徳地町役場 経済課)




                                                                          

  
文殊岳頂上からのスライドショー









                    
長者ヶ原湿原 (鯖)

         

長者ヶ原湿原

 長者ヶ原湿原は、標高710メーターに位置し、中国山地では稀な高冷湿原(面積0.9ヘクター
ル)です。湿地植物の自生や昆虫、鳥類も多数生息しています。
 また、近くに次のような伝説が残っています。

  「茶滓山伝説」
 昔ここに長者が住んでいました。朝夕飲む茶滓を捨てたのが山となったと伝えられています。
この小山の何処かに白南天が植えられその下には、金の鞍が埋められていると伝えられてい
ます。
 長者ヶ池を守る会




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