神は選び間違えた
 
 晴れわたる大空を、一匹のドラゴンが飛んでいた。
 このドラゴンは魔界の人々から、その知性と神々しさから、「神の使い」として敬われていた。
 そして実際にドラゴンは神の使いであった。
 これから起こる大いなる災いから、魔界の民を救うために「選ばれし者」に会いに行くのだ。
 「神に選ばれし者」はもちろん神が決める。決められた者はドラゴンと「契約」を結ぶことにより、強大な力を手に入れることができ、大いなる災いに対抗する英雄になれるのだ。

「そろそろ『選ばれし者』のいる草原に着くはずだ」

 ドラゴンは高い山を越えて草原に入ると、ゆっくりと飛び目的の人物を探した。涼しい風が吹き、放し飼いの羊たちが草を食べている。
 その近くで休憩している一人の少女を見つけた。少女はその地の民族衣装を着ており、色白で長い金髪。遠目から見ても美しい。
(うむ、どうやらあれがその者らしいな)
 ドラゴンはその巨体をひるがえし、少女の目の前に降り立った。突風が吹き荒れて羊たちが暴れだす。少女もドラゴンを見て慌ててこう言った。
「なっなんですかぁ? あんたぁ。どこからきただぁ?」
「(すごく訛ってるなぁ)私を知らぬか。私は神の使いのドラゴン。今日はそなたに話があってきた」
 少女はちょっと考えているようだった。あごに手をあてて何か独り言を言っている。
 そして少したってから、ポンと手を打ってこう言った。

「あぁわかっただよ! いけにえの羊を増やせっちゅうんだな!? おめぇたちのせいであたすの可愛いヒツジが可愛そうに、殺されたんだ。メェ子を返せぇ!」
 思いっきり指差してドラゴンを非難する。
(どこまでも誤解だ。そんなつもりはないのに……)
「いや違う。そういう話では……」
「じゃあれだな? 村の娘を神に差し出せっちゅうんだな? あいにく村の娘はあたす一人だ。でぇもあたすは死んでもいかねー!」
 少女はおもいっきり横に口を引っ張って、ベェと舌を出した。
(だから違うと言うのに)
「今日はいけにえとか、そういう話で来たのではない」
「いけにえじゃない?」
 少女はまた考え出した。そしてドラゴンの顔を怪訝そうに見てこう言った。

「おめぇ……腹が減ったからってヒツジはやらんぞ?」
 卑しい奴だ、といった風にドラゴンを見ている。ドラゴンは少なからず悲しくなった。
「……どこまでもヒツジが大事かっ」
「あったりめぇだ。ここ40匹のヒツジはみんなあたすが世話してるぅ。いいか? あれがメメ、メェ太、メェ子二世……」
(ああ、きりがない。はやく契約を結ばせよう)
 ドラゴンはもう少女を無視して話を始めた。
「そなたは、大いなる災いを知っているか?」
「災いぃ?」

 とりあえずドラゴンは「契約の説明書」通りに話を進めだした。どうやら少女もドラゴンの話に興味が出たようだ。

「実は近いうちにこの魔界で戦争がおきることがわかったのだ。よいか? 魔界のことは魔界の民が決めねばならん。しかし神は選ばれし者に力を与えることにより、魔界を救うことを計画されたのだ。そしてその神に選ばれたのが……」
「わかったぁ! メェ太だな!? あの子はたすかにすげぇ肝のすわったヒツジだ。この前うちに狼が来たときもなぁ」
「違うメェ太ではない……そなただ」

 ──少女の動きがピタリと止まった。振りかざした手が硬直している。

「あっあたすぅ?」
「そうだ。お前が「神に選ばれし者」なのだ。私と契約を結べば強大な力を得ることができ、この魔界で英雄になれるのだ!」
 ドラゴンは心からキマッタ、と思った。
(この訛りの強い少女が強大な力を得て、これから起こる戦争に一石を投じる冒険ファンタジーが展開されるのだ……そして私はそのきっかけにすぎない、フッ)と、自分に酔いしれていた。
  
「あたすは嫌だ」
「そうだろう、では契約の……は?」
「あたすは嫌だって言ってんだ。メェ子をいけにえにした神の言うことなんか信じねぇ。戦争なんか起こらねぇよ! 帰ってくれ!」
「…………」


 勝手に暴走する少女を前に、ドラゴンは優しく微笑みこうつぶやいた。
 魔界なんか滅んじゃえ、と。



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