#[番号]11/2352
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]新室 踏静子之 手玉鳴裳 玉如 所照公乎 内等白世
#[訓読]新室を踏み鎮む子が手玉鳴らすも玉のごと照らせる君を内にと申せ
#[仮名],にひむろを,ふみしづむこが,ただまならすも,たまのごと,てらせるきみを,うちにとまをせ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,求婚,新室ほがい,祝い,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]新室を踏み鎮める子の手玉が鳴っていらっしゃる。その玉のように輝いておられるあなたを中にと申し上げなさい
#{語釈]
踏み鎮む子
出雲国造神賀詞
白御馬(しろみま)の前足の爪・後足(しりへあし)の爪、踏み立つる事は、大宮の内外(うちと)の御門(みかど)の柱を、上(うは)つ石(いは)ねに踏み堅め、下つ石ねに踏み凝らし、
続紀 宝亀元年三月 歌垣
処女らに男を立て添ひ踏み平らす西の都は万世の宮
考 地には踏み平し家には踏み静むてふ歌うたひてをどりなどする事あるべし。
古義 静(しづむ)とは、動(さわく)の反(うら)にて、此は新室の柱を築き建て、動(ゆる)ぐことなく、揺(うご)くことなからしめむと、堅固(かたを)に踏み鎮むるを云う
折口 家に災難のないように踏んで鎮める巫女たちが
手玉
10/2065H01足玉も手玉もゆらに織る服を君が御衣に縫ひもあへむかも
#[説明]
伊藤博 完成した新室にはじめて若者を招じ入れる歌で、親の立場に立っての詠らしい。すぐれた若者を新室に招じ入れるのは、その若者をやがて娘の連れ合いとして選ぶことを暗示しており、それ自体が予祝の行為であったのであろう。
#[関連論文]
#[番号]11/2353
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜邇 人見點鴨 [一云 人見豆良牟可]
#[訓読]泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも [一云 人見つらむか]
#[仮名],はつせの,ゆつきがしたに,わがかくせるつま,あかねさし,てれるつくよに,ひとみてむかも,[ひとみつらむか]
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,隠妻,枕詞,奈良,植物,地名
#[訓異]
#[大意]泊瀬の神聖なケヤキの木の下に自分が隠した妻よ。あかねさして照っている月夜に他人が見つけることだろうか
#{語釈]
斎槻
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1088H01あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる
10/1816H01玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
11/2353H01泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも
#[説明]
歌垣歌のような集団的な歌か
07/1276H01池の辺の小槻の下の小竹な刈りそねそれをだに君が形見に見つつ偲はむ
11/2656H01天飛ぶや軽の社の斎ひ槻幾代まであらむ隠り妻ぞも
#[関連論文]
#[番号]11/2354
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]健男之 念乱而 隠在其妻 天地 通雖<光> 所顕目八方 [一云 大夫乃 思多鶏備弖]
#[訓読]ますらをの思ひ乱れて隠せるその妻天地に通り照るともあらはれめやも [一云 ますらをの思ひたけびて]
#[仮名],ますらをの,おもひみだれて,かくせるそのつま,あめつちに,とほりてるとも,あらはれめやも,[ますらをの,おもひたけびて]
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]先 -> 光 [文][紀][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,隠妻,恋情
#[訓異]
#[大意]ますらをが思い乱れて隠したその妻であるよ。天地に照り通るとしても姿が現れることがあろうか [ますらをが思いいきり立って]
#{語釈]
ますらを 恋心など女々しさを起こさない立派な男子
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2355
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]恵得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾邇應依 人云名國
#[訓読]愛しと我が思ふ妹は早も死なぬか生けりとも我れに寄るべしと人の言はなくに
#[仮名],うつくしと,あがおもふいもは,はやもしなぬか,いけりとも,われによるべしと,ひとのいはなくに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしいと自分が思う妹は早く死んではくれないことだろうか。生きていたとしても自分に寄るだろうとは人は言わないことだから
#{語釈]
愛しと うつくしと 類聚名義抄 恵 うつくしふ 親子や夫婦の如き肉親の互いに情愛を注ぐさま
注釈、全注、全集、集成 うるはしと うつくしと に続く仮名書き例がない
端正や姿や整って立派な様
#[説明]
歌垣歌などの悪態をついた集団歌
大岡信 ふられた男のやけくその捨てぜりふ。いくら憎んでみても、ますます彼女はいとしいのです
#[関連論文]
#[番号]11/2356
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]狛錦 紐片<叙> 床落邇祁留 明夜志 将来得云者 取置<待>
#[訓読]高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
#[仮名],こまにしき,ひものかたへぞ,とこにおちにける,あすのよし,きなむといはば,とりおきてまたむ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]釼 -> 叙 [嘉][文][紀] / 得 -> 待 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,比喩,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの高麗錦の紐の片方が床に落ちている。明日の夜に来ようというのならば取り置いて待ちましょう。
#{語釈]
高麗錦 舶来の錦織り
10/2090H01高麗錦紐解きかはし天人の妻問ふ宵ぞ我れも偲はむ
11/2356H01高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
11/2406H01高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
12/2975H01高麗錦紐の結びも解き放けず斎ひて待てど験なきかも
14/3465H01高麗錦紐解き放けて寝るが上にあどせろとかもあやに愛しき
16/3791H06遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部
床に落ちにける
新考 男の朝帰りし後に下紐の落ちたるを見附し趣なり
総釈 文字どほり床に落ちにけると現在のことにし、来なむと言はばを目前の男に対して女の「来ますか来ませんか、来るとおっしゃるなら」と言ったのだと解すべきである。しかし来ないといふなら返すというのではないつまり来るまでは返さないといふのである。眼前男に対して女のいふ詞としてこそ、すべてが躍動して来る。
明日の夜 次の夜の意か
0/1817H01今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹朝妻山に霞たなびく
#[説明]
後朝の歌と解すべきか
#[関連論文]
#[番号]11/2357
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]朝戸出 公足結乎 閏露原 早起 出乍吾毛 裳下閏奈
#[訓読]朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
#[仮名],あさとでの,きみがあゆひを,ぬらすつゆはら,はやくおき,いでつつわれも,もすそぬらさな
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,恋情,後朝
#[訓異]
#[大意]朝帰るのに戸を出てあなたの足もとを濡らす露の原よ。早く起きて出ていって自分も裳の裾を濡らそうよ
#{語釈]
朝戸出 朝に戸を開けて帰る
0/1925H01朝戸出の君が姿をよく見ずて長き春日を恋ひや暮らさむ
11/2357H01朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
11/2692H01夕凝りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな
20/4408H04嘆きのたばく 鹿子じもの ただ独りして 朝戸出の 愛しき我が子
足結 膝のあたりで結んだ袴の裾
07/1110H01ゆ種蒔くあらきの小田を求めむと足結ひ出で濡れぬこの川の瀬に
記紀歌謡 宮人の足結の小鈴落ちにきと宮人動む里人もゆめ
#[説明]
別れを惜しむ気持ちで、出来るだけ一緒にいたい気持ちを詠む
類歌
07/1090H01我妹子が赤裳の裾のひづちなむ今日の小雨に我れさへ濡れな
11/2563H01人目守る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ
#[関連論文]
#[番号]11/2358
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]何為 命本名 永欲為 雖生 吾念妹 安不相
#[訓読]何せむに命をもとな長く欲りせむ生けりとも我が思ふ妹にやすく逢はなくに
#[仮名],なにせむに,いのちをもとな,ながくほりせむ,いけりとも,あがおもふいもに,やすくあはなくに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]何をしようとして命をむやみに長くと願っているのだろう。生きていたとしても自分が恋い思う妹にたやすく逢うことではないのに
#{語釈]
#[説明]
類想
04/0704H01栲縄の長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ
11/2377H01何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
#[関連論文]
#[番号]11/2359
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數々 應相物
#[訓読]息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
#[仮名],いきのをに,われはおもへど,ひとめおほみこそ,ふくかぜに,あらばしばしば,あふべきものを
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]命の限り自分は恋い思うが人目が多いので逢うことが出来ない。吹く風にあったならばたびたび逢うだろうものを
#{語釈]
息の緒に 命の限り 緒 長く続いているもの
04/0644H01今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
08/1453H01玉たすき 懸けぬ時なく 息の緒に 我が思ふ君は うつせみの
08/1507H03息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには
11/2359H01息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
11/2536H01息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
11/2788H01息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
12/3045H01朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして
12/3115H01息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
12/3194H01息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ
13/3255H04息の緒にして
13/3272H06人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
18/4125H02袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず
19/4281H01白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2360
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]人祖 未通女兒居 守山邊柄 朝々 通公 不来哀
#[訓読]人の親処女児据ゑて守山辺から朝な朝な通ひし君が来ねば悲しも
#[仮名],ひとのおや,をとめこすゑて,もるやまへから,あさなさな,かよひしきみが,こねばかなしも
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,旋頭歌,序詞
#[訓異]
#[大意]人の親が娘を置いて男から守るというその守山を通って毎朝毎朝通っていたあなたが来ないので悲しいことであるよ
#{語釈]
人の親処女児据ゑて 人の親は一般的に若い娘を置いて男から守るというその守山
守山の序詞
守山 代匠記 13/3222 終に泣児守山とあれば三諸山の別名なり
大系 茂る山をかけた木々の茂った山
注釈 守山は今もあちらこちらにあるように、どこともわからない。
山辺から 注釈 「から」通過点を示す 10/1945 守山のほとりを通って
朝な朝な あさなあさな あさなさな
全注 妻問いのため夜来た男の、後朝の別れをしてのち帰ることを言うのか
文字とおり朝通って来たことを言うのか
日々の意か
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2361
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]天在 一棚橋 何将行 穉草 妻所云 足<壮>嚴
#[訓読]天なる一つ棚橋いかにか行かむ若草の妻がりと言はば足飾りせむ
#[仮名],あめなる,ひとつたなはし,いかにかゆかむ,わかくさの,つまがりといはば,あしかざりせむ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]牡 -> 壮 [嘉][紀][温][矢]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]天にある日ではないが、一本の板橋をどのように渡って行こうか。若草の妻のもとへというので足を飾って行こう
#{語釈]
天なる 日と一つをかけた枕詞 7/1277
詞林釆葉抄 10/2081 天河の橋也
七夕の橋のイメージがあるか
代匠記 初三句は、独木橋(ひとつはし)の危をいかで渡るらむと労を思ひやりて、天河に彦星の渡る橋を引懸て云なり
棚橋 一枚板を渡しただけの質素な橋
足飾りせむ 西、紀 代匠記 あしをうつくし
童蒙抄 あしよそひせん
考 あゆひすらくを
略解 あゆひしたたす
古義 あゆひしたたむ 新考 ふねよそはくも 口訳 あゆひかためむ
新訓 あしよそひせよ
総釈、大系、私注 あしよそひせむ
全註釈 あしやかざらむ
全集、集成 あしかざりせむ
例え川に落ちたとしても、ほかでもない妻の所へ行くのだから、足をきれいに飾っていこうといったもの
#[説明]
全注 七夕の牽牛などに関連させないでも解釈しうるのであり、危ない板橋を渡って恋しい妻の所に行く男の心を詠んだ集団の歌謡と考えられる
#[関連論文]
#[番号]11/2362
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]開木代 来背若子 欲云余 相狭丸 吾欲云 開木代来背
#[訓読]山背の久背の若子が欲しと言ふ我れあふさわに我れを欲しと言ふ山背の久世
#[仮名],やましろの,くせのわくごが,ほしといふわれ,あふさわに,われをほしといふ,やましろのくぜ
#[左注]右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,求婚,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]山城の久世の若殿が欲しいという自分であるよ。軽率にも自分を欲しいという山城の久世であることだ
#{語釈]
山背の久背の若子
07/1286H01山背の久世の社の草な手折りそ我が時と立ち栄ゆとも草な手折りそ
原文 開木代 代匠記 06/1053「百樹成 山」 諸木山より開出す故か
井出至 三字で熟字訓 伐木地の意をあらわすヤマシロという語が存在したか
和名抄 山城国久世郡 京都府久世郡久御山町と城陽市、京都市伏見区淀
芳賀紀雄 渡来系の黄文連氏、栗隈氏 高度な文化地帯
久世の若殿様の意
あふさわに 原文 相狭丸 和爾氏を古事記 丸邇氏 あふさわにと訓む
08/1547H01さを鹿の萩に貫き置ける露の白玉あふさわに誰れの人かも手に巻かむちふ
軽はずみに 軽率に
#[説明]
歌垣の歌か。
#[関連論文]
#[番号]11/2363
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]岡前 多未足道乎 人莫通 在乍毛 公之来 曲道為
#[訓読]岡の崎廻みたる道を人な通ひそありつつも君が来まさむ避き道にせむ
#[仮名],をかのさき,たみたるみちを,ひとなかよひそ,ありつつも,きみがきまさむ,よきみちにせむ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]岡の周囲をまわっている道を人は通うな。そのままにしておいてあなたがいらっしゃる回り道にしよう
#{語釈]
岡の崎 岡のめぐり
廻みたる道 ぐるっと回っている道
避き道 回り道 人目を避ける道
11/2379H01見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る
#[説明]
歌垣歌か
古義 歌の意は、岡の岬を折り廻れるその路は、気遠くて、常に人のしらむ路なれば、わがしれる人の、ありありつつ吾が方へ通い座すとき、人目を避ける避路(よきみち)にせむを、たとひ他人は、その路のあることをしれりとも、そこをば通ることなかれ、となり
#[関連論文]
#[番号]11/2364
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]玉垂 小簾之寸鶏吉仁 入通来根 足乳根之 母我問者 風跡将申
#[訓読]玉垂の小簾のすけきに入り通ひ来ねたらちねの母が問はさば風と申さむ
#[仮名],たまだれの,をすのすけきに,いりかよひこね,たらちねの,ははがとはさば,かぜとまをさむ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,恋情,勧誘,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]玉垂の簾の隙間を通って入って来て通ってください。たらちねの母が尋ねられると風だと申しましょう
#{語釈]
玉垂の 玉を緒に貫いて垂らすという意味で、「を」にかかる枕詞
02/0194H08玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉藻はひづち 夕霧に 衣は濡れて 草枕
02/0195H01敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも
07/1073H01玉垂の小簾の間通しひとり居て見る験なき夕月夜かも
11/2556H01玉垂の小簾の垂簾を行きかちに寐は寝さずとも君は通はせ
小簾のすけきに 小は接頭語。簾の隙間
すけき すきまを意味する名詞か
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2365
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]内日左須 宮道尓相之 人妻<姤> 玉緒之 念乱而 宿夜四曽多寸
#[訓読]うちひさす宮道に逢ひし人妻ゆゑに玉の緒の思ひ乱れて寝る夜しぞ多き
#[仮名],うちひさす,みやぢにあひし,ひとづまゆゑに,たまのをの,おもひみだれて,ぬるよしぞおほき
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]垢 -> め [嘉][文][細]
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]うちひさす宮に行く途中に逢った人妻だから、玉の緒のように思い乱れて寝る夜が多いことだ
#{語釈]
うちひさす 宮の枕詞
04/0532H01うちひさす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦し遣ればすべなし
05/0886H01うちひさす 宮へ上ると たらちしや 母が手離れ 常知らぬ
07/1280H01うちひさす宮道を行くに我が裳は破れぬ玉の緒の思ひ乱れて家にあらましを
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2366
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]真十鏡 見之賀登念 妹相可聞 玉緒之 絶有戀之 繁比者
#[訓読]まそ鏡見しかと思ふ妹も逢はぬかも玉の緒の絶えたる恋の繁きこのころ
#[仮名],まそかがみ,みしかとおもふ,いももあはぬかも,たまのをの,たえたるこひの,しげきこのころ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,枕詞,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]まそ鏡を見るように逢いたいと思う妹にも逢わないことかなあ。玉の緒のように途絶えている恋が激しいこの頃であるよ
#{語釈]
見しか しか 願望の助詞
03/0343H01なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2367
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]海原乃 路尓乗哉 吾戀居 大舟之 由多尓将有 人兒由恵尓
#[訓読]海原の道に乗りてや我が恋ひ居らむ大船のゆたにあるらむ人の子ゆゑに
#[仮名],うなはらの,みちにのりてや,あがこひをらむ,おほぶねの,ゆたにあるらむ,ひとのこゆゑに
#[左注]右五首古歌集中出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]海原の航路に乗ったように自分は行方がさだまらないで落ち着かないで恋い思っているのだろうか。大船のようにゆったりとしているあの人のせいで
#{語釈]
海原の道に乗りてや 海原の航路に乗って進むように 行方が定まらない恋のたとえ
自分は恋い思って動揺している
大船のゆたにあるらむ人の子 態度がはっきりしない
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2368
#[題詞]正述心緒
#[原文]垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國
#[訓読]たらちねの母が手離れかくばかりすべなきことはいまだせなくに
#[仮名],たらちねの,ははがてはなれ,かくばかり,すべなきことは,いまだせなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]たらちねの母の手を離れてこんなにもどうしようもないことはまだしたことがないよ
#{語釈]
たらちねの 母の枕詞
母が手離れ 母の養育の手を離れてから 物心がついて年頃になって
初めて母にはうち明けずに、ひとりでの意か
かくばかりすべなきこと 恋の苦しさ
#[説明]
女性の立場の歌 本来女性の歌が収録されていたか、人麻呂が女性の立場で詠んだか
#[関連論文]
#[番号]11/2369
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆 [或本歌云 公矣思尓 暁来鴨]
#[訓読]人の寝る味寐は寝ずてはしきやし君が目すらを欲りし嘆かむ [或本歌云 君を思ふに明けにけるかも]
#[仮名],ひとのぬる,うまいはねずて,はしきやし,きみがめすらを,ほりしなげかむ,[きみをおもふに,あけにけるかも]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]世間一般の人が寝る安眠もしないで、いとしいあなたの目だけでも見たいと思って嘆くことだ 或本歌云 あなたを思っていると夜が明けたことだ
#{語釈]
味寐は寝ずて 安眠もしないで
12/2963H01白栲の手本ゆたけく人の寝る味寐は寝ずや恋ひわたりなむ
13/3274H04人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ
13/3329H09入り居恋ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずに
16/3810H01味飯を水に醸みなし我が待ちしかひはかつてなし直にしあらねば
いづれも女性の歌
はしきやし はしけやし 愛しけ・やし いとしい 愛すべき
#[説明]
女性の歌
#[関連論文]
#[番号]11/2370
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 戀死耶 玉鉾 路行人 事告<無>
#[訓読]恋ひしなば恋ひも死ねとや玉桙の道行く人の言も告げなく
#[仮名],こひしなば,こひもしねとや,たまほこの,みちゆくひとの,こともつげなく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]兼 -> 無 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]恋い死ぬのならば恋い死にせよというのだろうか。玉鉾の道を行く人が何も話してくれないことだ
#{語釈]
言も告げなく 全注 告げるは、自分が他人に話す意
告らなくと訓む
夕占問いをしている
折口信夫 日暮れ頃にする占い。辻に出て行き来の人の口うらを聞いて、自分の迷っていること、考えている事におし当てて判断する方法で、日の入った薄明かりのたそがれに、なるべく人通りのありそうな八街を選んで、話し放し過ぎる第一番目の人を待ったのである。夕方の薄明かりを選んだのは、精霊の最も力を得ている時刻だからであろう。遙かに時代が下がると、三つ辻と定めて、そこに白米を撒いて、区画をかいて、そこを通る人の話を神聖なものとして聴き、また禁厭の歌もあって、道祖の神に祈ったようである。
03/0420H05至れるまでに 杖つきも つかずも行きて 夕占問ひ 石占もちて
04/0736H01月夜には門に出で立ち夕占問ひ足占をぞせし行かまくを欲り
11/2506H01言霊の八十の街に夕占問ふ占まさに告る妹は相寄らむ
11/2613H01夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ
11/2625H01逢はなくに夕占を問ふと幣に置くに我が衣手はまたぞ継ぐべき
11/2686H01夕占問ふ我が袖に置く白露を君に見せむと取れば消につつ
14/3469H01夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ
16/3811H05母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ
17/3978H13思ひうらぶれ 門に立ち 夕占問ひつつ 我を待つと 寝すらむ妹を
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2371
#[題詞](正述心緒)
#[原文]心 千遍雖念 人不云 吾戀つ 見依鴨
#[訓読]心には千重に思へど人に言はぬ我が恋妻を見むよしもがも
#[仮名],こころには,ちへにおもへど,ひとにいはぬ,あがこひづまを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,隠妻
#[訓異]
#[大意]心には幾重にも恋い思うが人には言わない自分の恋い思う妻に逢う手だてもあればなあ
#{語釈]
#[説明]
人麻呂の隠り妻というよりは、心密かに恋い思っている女のことを言ったもの
#[関連論文]
#[番号]11/2372
#[題詞](正述心緒)
#[原文]是量 戀物 知者 遠可見 有物
#[訓読]かくばかり恋ひむものぞと知らませば遠くも見べくあらましものを
#[仮名],かくばかり,こひむものぞと,しらませば,とほくもみべく,あらましものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うものだとあらかじめ知っていたならば、遠くの方を見て逢わなければよかったのに
#{語釈]
遠くも見べく 遠くの方を見て離れていればよかった。なまじっか近くを見て逢ってしまったばっかりにの意
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2373
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何時 不戀時 雖不有 夕方<任> 戀無乏
#[訓読]いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
#[仮名],いつはしも,こひぬときとは,あらねども,ゆふかたまけて,こひはすべなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]枉 -> 任 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]何時といって恋しくない時はないけれども、夕方がやって来て恋い心はどうしようもなくつのることだ
#{語釈]
かたまけて 一方で待ち設けて その時が来る
02/0191H01けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
10/2133H01秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
10/2163H01草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
15/3619H01礒の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて
すべなし 原文「無乏」
13/3257H01直不来 自此巨勢道柄 石椅跡 名積序吾来 戀天窮見
13/3320H01直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見
により「窮」を「すべ」と訓める。貧乏困窮の身はなんとも詮方ないものであるので、せんすべも無きという意味で訓ませたか(童蒙抄)
「窮」と「乏」とは意味的におなじであるので、「乏」一字で「すべなし」と訓めるが、「ともし」との訓まれる例が多いので、「無」字をつけて、「なし」を強調した。(注釈)
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2374
#[題詞](正述心緒)
#[原文]是耳 戀度 玉切 不知命 歳經管
#[訓読]かくのみし恋ひやわたらむたまきはる命も知らず年は経につつ
#[仮名],かくのみし,こひやわたらむ,たまきはる,いのちもしらず,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]このように恋い続けることなのであろうか。たまきはる命もわからないで、年月だけは過ぎて行って
#{語釈]
命も知らず 命もどうなるかわからない状態で
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2375
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾以後 所生人 如我 戀為道 相与勿湯目
#[訓読]我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
#[仮名],われゆのち,うまれむひとは,あがごとく,こひするみちに,あひこすなゆめ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]自分より後に生まれてくる人は、自分のように恋をする道に会ってはくれるな。決して
#{語釈]
あひこすな 「こす」希求の意味の補助動詞 「な」禁止の終助詞
~してくれるな
「与」 許す、与えるの意味 許 こそ と訓まれる
訓義弁證 乞い取る 乞と与は同義
04/0660H01汝をと我を人ぞ離くなるいで我が君人の中言聞きこすなゆめ
08/1437H01霞立つ春日の里の梅の花山のあらしに散りこすなゆめ
08/1507H04散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 我が守るものを うれたきや
08/1560H01妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
08/1657H01官にも許したまへり今夜のみ飲まむ酒かも散りこすなゆめ
11/2375H01我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
11/2712H01言急くは中は淀ませ水無川絶ゆといふことをありこすなゆめ
15/3702H01竹敷の浦廻の黄葉我れ行きて帰り来るまで散りこすなゆめ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2376
#[題詞](正述心緒)
#[原文]健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度
#[訓読]ますらをの現し心も我れはなし夜昼といはず恋ひしわたれば
#[仮名],ますらをの,うつしごころも,われはなし,よるひるといはず,こひしわたれば
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]立派な男としてのしっかりした心も自分はない。夜昼と言わないで恋い思い続けると
#{語釈]
現し心 恋いに心を奪われている状態
07/1343H02[紅の現し心や妹に逢はずあらむ]
11/2792H01玉の緒の現し心や年月の行きかはるまで妹に逢はずあらむ
12/2960H01うつせみの現し心も我れはなし妹を相見ずて年の経ぬれば
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2377
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何為 命継 吾妹 不戀前 死物
#[訓読]何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
#[仮名],なにせむに,いのちつぎけむ,わぎもこに,こひぬさきにも,しなましものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]何をしようとして命を長らえたのであろう。我妹子に恋い思わない前に死んだほうがましだったのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2378
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吉恵哉 不来座公 何為 不猒吾 戀乍居
#[訓読]よしゑやし来まさぬ君を何せむにいとはず我れは恋ひつつ居らむ
#[仮名],よしゑやし,きまさぬきみを,なにせむに,いとはずあれは,こひつつをらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]ままよ。いらっしゃらないあなたをどうしていやがらずに自分は恋い思っているのだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2379
#[題詞](正述心緒)
#[原文]見度 近渡乎 廻 今哉来座 戀居
#[訓読]見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る
#[仮名],みわたせば,ちかきわたりを,たもとほり,いまかきますと,こひつつぞをる
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]見渡すと近い渡し場であるのに、遠回りしてもういらっしゃるかと恋い続けていることだ
#{語釈]
渡りを 渡し場 「を」間投助詞
#[説明]
渡し場から船を使えば早いのであるが、人目につくので遠回りをして来るという気持ち。
七夕歌の場面にも当てはまる。
#[関連論文]
#[番号]11/2380
#[題詞](正述心緒)
#[原文]早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不来座
#[訓読]はしきやし誰が障ふれかも玉桙の道見忘れて君が来まさぬ
#[仮名],はしきやし,たがさふれかも,たまほこの,みちみわすれて,きみがきまさぬ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしい誰がじゃまをしているのか。玉鉾の道を忘れてあなたはいらっしゃらない。
#{語釈]
誰が障ふれかも 誰がじゃまをしているのか あなたにとっていとしい人なのか
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2381
#[題詞](正述心緒)
#[原文]公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉
#[訓読]君が目を見まく欲りしてこの二夜千年のごとも我は恋ふるかも
#[仮名],きみがめを,みまくほりして,このふたよ,ちとせのごとも,あはこふるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの目を見たいと思って、この二晩は千年であるかのように自分は恋い思っていることであるよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2382
#[題詞](正述心緒)
#[原文]打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人
#[訓読]うち日さす宮道を人は満ち行けど我が思ふ君はただひとりのみ
#[仮名],うちひさす,みやぢをひとは,みちゆけど,あがおもふきみは,ただひとりのみ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]うち日さす宮へ登る道は人は大勢行くけれども、自分が思うあなたはただ独りだけだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2383
#[題詞](正述心緒)
#[原文]世中 常如 雖念 半手不<忘> 猶戀在
#[訓読]世の中は常かくのみと思へどもはたた忘れずなほ恋ひにけり
#[仮名],よのなかは,つねかくのみと,おもへども,はたたわすれず,なほこひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]忌 -> 忘 [文][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]世の中はいつもこのように片思いするものだと思うけれども、一方では忘れられないで、やはり恋い思うことだ
#{語釈]
世の中は常かくのみ 片思いをすること
はたた忘れず 旧訓 はてはわすれず 童蒙抄、考 あたわすられず
古義 半は吾者の誤り われはわすれず
新考 半は哥の誤り うたてわすれず
茂吉評釈 半手は本名の誤り もとなわすれず
新訓、全釈、全註釈、大系 かたてわすれず
井手至 万象名義 半 物の半ば、わけるの意と同時にかたはしの意味
はし、はた(端)に相当する
一方では忘れずにの意
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2384
#[題詞](正述心緒)
#[原文]我勢古波 幸座 遍来 我告来 人来鴨
#[訓読]我が背子は幸くいますと帰り来と我れに告げ来む人も来ぬかも
#[仮名],わがせこは,さきくいますと,かへりくと,あれにつげこむ,ひともこぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]我が夫は元気でいると、ここに帰ってきて自分に告げてくる人も来ないことだろうか
#{語釈]
#[説明]
留守中の妻が夫の身を案じている様子。中国詩の情詩に多い。
#[関連論文]
#[番号]11/2385
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<麁>玉 五年雖經 吾戀 跡無戀 不止恠
#[訓読]あらたまの五年経れど我が恋の跡なき恋のやまなくあやし
#[仮名],あらたまの,いつとせふれど,あがこひの,あとなきこひの,やまなくあやし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]簾 -> 麁 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの五年もたったが自分の恋の何の甲斐もない恋がやまないのも不思議なことだ
#{語釈]
<麁>玉 麁 荒いこと 粗末なこと アラ 普通「年」にかかる枕詞
五年 実際の年月か
我が恋 旧訓 わがこふる 全釈、注釈
代匠記 わがこひの 窪田評釈、全註釈、私注、大系
古義 あがこふる 全集
跡なき恋 痕跡もない恋 むなしい恋 甲斐もない恋
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2386
#[題詞](正述心緒)
#[原文]石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在
#[訓読]巌すら行き通るべきますらをも恋といふことは後悔いにけり
#[仮名],いはほすら,ゆきとほるべき,ますらをも,こひといふことは,のちくいにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]巌ですら割って通るような頑強なますらをですら恋ということは後になって後悔するようだ
#{語釈]
巌すら行き通るべきますらを 岩石ですら踏み通ってしまう頑強な猛々しい男
後悔いにけり 西 こひてふことはのちのくいあり
考 こひとふことは
全註釈、全集、集成 こひといふことは
略解 のちくひにけり
注釈 のちにくひにけり
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2387
#[題詞](正述心緒)
#[原文]日<位> 人可知 今日 如千歳 有与鴨
#[訓読]日並べば人知りぬべし今日の日は千年のごともありこせぬかも
#[仮名],ひならべば,ひとしりぬべし,けふのひは,ちとせのごとも,ありこせぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]促 -> 位 [細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]会う日が並んだならば(毎日行ったならば)人が知ってしまうだろう。会った今日の一日は千年のようにもあってはくれないだろうか
#{語釈]
日並べば 西 「促」 旧訓 ひくれなば
全注 「促」と考えるべき
万象名義 近也 速也 近づくの意味か せまらばの訓
注釈 色里ならばともかくも、日が暮れたら人が知るだろうちうのはおかしい
童蒙抄、考、新考 促は並の誤字 ひならべば
全註釈、注釈、私注、大系 ひならべば
「位」 万象名義 列也 ならぶ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2388
#[題詞](正述心緒)
#[原文]立座 <態>不知 雖念 妹不告 間使不来
#[訓読]立ちて居てたづきも知らず思へども妹に告げねば間使も来ず
#[仮名],たちてゐて,たづきもしらず,おもへども,いもにつげねば,まつかひもこず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]熊 -> 態 [西(訂正)][文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]立っても座っても手だてもわからないで恋い思うのだが、妹にそのことを告げていないので使いもやってこないことだ
#{語釈]
態不知 態 万象名義 意恣也姿也 新撰字鏡 意心恣也
「たづき」訓の関係不明。
「たづき」は手段、状態の意味があるので、姿と通じるところがあるか。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2389
#[題詞](正述心緒)
#[原文]烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
#[訓読]ぬばたまのこの夜な明けそ赤らひく朝行く君を待たば苦しも
#[仮名],ぬばたまの,このよなあけそ,あからひく,あさゆくきみを,またばくるしも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]ぬばたまのこの夜は明けるなよ。赤みが指す朝に帰っていくあなたをまた今晩まで待つのは苦しいことだから
#{語釈]
あからひく 赤みがかった 朝の枕詞 普通 女性の白い肌に赤みのさした美しさ
04/0619H05なりぬれば いたもすべなみ ぬばたまの 夜はすがらに 赤らひく
10/1999H01赤らひく色ぐはし子をしば見れば人妻ゆゑに我れ恋ひぬべし
11/2399H01赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに
待たば苦しも 略解 朝に別れて又来るを待つ間の苦しきがなり
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2390
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀為 死為物 有<者> 我身千遍 死反
#[訓読]恋するに死するものにあらませば我が身は千たび死にかへらまし
#[仮名],こひするに,しにするものに,あらませば,あがみはちたび,しにかへらまし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 者 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋いをすることで死ぬものであったならば、自分は千回も死に返ることだろう
#{語釈]
#[説明]
類歌
04/0603H01思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死にかへらまし
#[関連論文]
#[番号]11/2391
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
#[訓読]玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
#[仮名],たまかぎる,きのふのゆふへ,みしものを,けふのあしたに,こふべきものか
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉がほのかに光るようにほのかに昨日の夕べに会ったものなのに、今日の朝恋い思うようなものだろうか
#{語釈]
玉かぎる 原文 玉響 西 たまゆらに
松岡静雄 響は隔の誤写 たまかぎる
佐竹昭広 光ると響くは密接な観念 玲瓏 類聚名義抄 となる、てる
両方の意味 そのままでかぎると訓める。
夕べの出会いの淡く短かったことを指すか。
#[説明]
11/2394H01朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
11/2449H01香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
ちらっとだけ見て、後になって恋い思う様子 それと同様か
#[関連論文]
#[番号]11/2392
#[題詞](正述心緒)
#[原文]中々 不見有 従相見 戀心 益念
#[訓読]なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
#[仮名],なかなかに,みずあらましを,あひみてゆ,こほしきこころ,ましておもほゆ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]なまじっか見なければよかったのに。共に会って以来恋しい気持ちがますます思われてならない
#{語釈]
なかなかに なまじっか かえって
03/0343H01なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
04/0612H01なかなかに黙もあらましを何すとか相見そめけむ遂げざらまくに
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
09/1792H01白玉の 人のその名を なかなかに 言を下延へ 逢はぬ日の
11/2392H01なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
11/2743H01なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ
11/2743H02なかなかに君に恋ひずは縄の浦の海人にあらましを玉藻刈る刈る
12/2899H01なかなかに黙もあらましをあづきなく相見そめても我れは恋ふるか
12/2940H01なかなかに死なば安けむ出づる日の入る別知らぬ我れし苦しも
12/3033H01なかなかに何か知りけむ我が山に燃ゆる煙の外に見ましを
12/3086H01なかなかに人とあらずは桑子にもならましものを玉の緒ばかり
17/3934H01なかなかに死なば安けむ君が目を見ず久ならばすべなかるべし
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2393
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉桙 道不行為有者 惻隠 此有戀 不相
#[訓読]玉桙の道行かずあらばねもころのかかる恋には逢はざらましを
#[仮名],たまほこの,みちゆかずあらば,ねもころの,かかるこひには,あはざらましを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]行為 (塙) 行
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道を行かないであったならば、親密になって辛いこんな恋には会わなかったものなのに
#{語釈]
玉桙の道行かずあらば 旧訓 たまほこのみちをゆかずしあらませば 惻隠 は衍字
童蒙抄、考 みちゆかずして
新考 みちゆかずしあらば
全註釈、注釈 みちゆかずしてあらませば
大系、全集、集成 みちゆかずあらば
ねもころの 惻隠 考 ねもころ
本来、惻隠は、いたはしく思う、心を痛める 忍びがたく思う
ねもころ 親密なことの意にあわれだとか痛ましいという感覚を表現するために当てたか
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2394
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朝影 吾身成 玉垣入 風所見 去子故
#[訓読]朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
#[仮名],あさかげに,あがみはなりぬ,たまかきる,ほのかにみえて,いにしこゆゑに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]朝日に映る影のようにはかなく自分の身はなってしまった。玉かぎるうっすらと見えて去っていったあの子のせいで
#{語釈]
朝影 朝日に映る影 頼りなくおぼつかない意
痩せた様子を言うか
ほのかに 原文 風 法華経単宇 風 ほのかの訓
02/210,12/3037,3085など 髣髴 ほのかにだにもからの影響か
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2395
#[題詞](正述心緒)
#[原文]行々 不相妹故 久方 天露霜 <沾>在哉
#[訓読]行き行きて逢はぬ妹ゆゑひさかたの天露霜に濡れにけるかも
#[仮名],ゆきゆきて,あはぬいもゆゑ,ひさかたの,あまつゆしもに,ぬれにけるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]沽 -> 沾 [文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]どんなに行っても会わない妹ではあるのに、自分は空からの露霜に濡れていることだ
#{語釈]
行き行きて 行っても行っても 妹が旅に出たので、どんなに行っても
天の 露や霜は天から降ってくると考えられている。
10/2253H01色づかふ秋の露霜な降りそね妹が手本をまかぬ今夜は
#[説明]
妹が亡くなったか遠くの方へ行ったので、どんなに探してもこの世で会うことはない。そうではあるが会おうと思って、朝夜の露霜に濡れているという様子を詠んだものか。
或いは
妹が心変わりをしたか、片思いで振り向いてくれないので、どんなに行っても会ってはくれない
#[関連論文]
#[番号]11/2396
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉坂 吾見人 何有 依以 亦一目見
#[訓読]たまさかに我が見し人をいかならむよしをもちてかまた一目見む
#[仮名],たまさかに,わがみしひとを,いかならむ,よしをもちてか,またひとめみむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]偶然に自分と出会ったあの人をどのような縁でまた一目見られようか
#{語釈]
たまさかに 玉坂という地名
たまたま 思いがけず
#[説明]
一目ぼれの歌
#[関連論文]
#[番号]11/2397
#[題詞](正述心緒)
#[原文]蹔 不見戀 吾妹 日々来 事繁
#[訓読]しましくも見ぬば恋ほしき我妹子を日に日に来れば言の繁けく
#[仮名],しましくも,みぬばこほしき,わぎもこを,ひにひにくれば,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]ちょっとの間も会わないと恋しい我が妹を毎日毎日来るとうわさのひどいことだ
#{語釈]
しましくも ま 万象名義 不久也卒也 しばらく 少しの間の意
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2398
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<玉>切 及世定 恃 公依 事繁
#[訓読]たまきはる世までと定め頼みたる君によりてし言の繁けく
#[仮名],たまきはる,よまでとさだめ,たのみたる,きみによりてし,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]年 -> 玉 [万葉集略解]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]たまきはる我が生涯までと定めて頼みにしたあなたに寄ったことが世間のうわさのひどいことだ
#{語釈]
たまきはる 原文 年切 新考、全註釈、大系、注釈 としきはる
略解 年は玉の誤り たまきはる 全注、集成、釋注
世 自分の生涯
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2399
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朱引 秦不經 雖寐 心異 我不念
#[訓読]赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに
#[仮名],あからひく,はだもふれずて,いぬれども,こころをけには,わがおもはなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]赤みがかった美しいあなたの肌にも触れないで独りで寝たけれども、自分の気持ちが違っているとは自分は思ってはいないよ
#{語釈]
心を異には 気持ちが違っている あだし心を持っていない
#[説明]
全註釈 共に寝ないけれども、変わった心を持ってはいない旨を歌っている。初二句の表現が官能的で、その人を思う心をよくあらわしている。
#[関連論文]
#[番号]11/2400
#[題詞](正述心緒)
#[原文]伊田何 極太甚 利心 及失念 戀故
#[訓読]いで何かここだはなはだ利心の失するまで思ふ恋ゆゑにこそ
#[仮名],いでなにか,ここだはなはだ,とごころの,うするまでおもふ,こひゆゑにこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]どうして何かこんなにもひどく正気もなくなるまで思うのか。恋だからなのだろうか。
#{語釈]
利心 正気 しっかりした心
12/2894H01聞きしより物を思へば我が胸は破れて砕けて利心もなし
20/4479H01朝夕に音のみし泣けば焼き太刀の利心も我れは思ひかねつも
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2401
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 戀死哉 我妹 吾家門 過行
#[訓読]恋ひ死なば恋ひも死ねとか我妹子が我家の門を過ぎて行くらむ
#[仮名],こひしなば,こひもしねとか,わぎもこが,わぎへのかどを,すぎてゆくらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い死ぬならば恋い死にもせよというのか。我妹子が我が家の門を過ぎて行くのは
#{語釈]
#[説明]
通常は、待っている女が門を素通りする男に対して言う構図。これとは逆になっている。
#[関連論文]
#[番号]11/2402
#[題詞](正述心緒)
#[原文]妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無
#[訓読]妹があたり遠くも見ればあやしくも我れは恋ふるか逢ふよしなしに
#[仮名],いもがあたり,とほくもみれば,あやしくも,あれはこふるか,あふよしなしに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]妹のあたりを遠くからでも見ると不思議にも自分は恋い思うことか。逢うてだてもなくて。
#{語釈]
あやしくも 原文 恠 万象名義 異也怪也 変だ、不思議だ
自分の心はそうでもないはずなのにの意を込めている。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2403
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉久世 清川原 身秡為 齊命 妹為
#[訓読]玉くせの清き川原にみそぎして斎ふ命は妹がためこそ
#[仮名],たまくせの,きよきかはらに,みそぎして,いはふいのちは,いもがためこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]秡 [万葉集略解](塙) 祓
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,恋情
#[訓異]
#[大意]美しい久世の清らかな河原に禊ぎをして潔斎をする命は妹のためなのだ
#{語釈]
玉くせの 山城国久世郡 既出 2362 玉は美称
#[説明]
12/3201H01時つ風吹飯の浜に出で居つつ贖ふ命は妹がためこそ
20/4402H01ちはやぶる神の御坂に幣奉り斎ふ命は母父がため
#[関連論文]
#[番号]11/2404
#[題詞](正述心緒)
#[原文]思依 見依 物有 一日間 忘念
#[訓読]思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
#[仮名],おもひより,みてはよりにし,ものにあれば,ひとひのあひだも,わすれておもへや
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]心に思っては近寄り、会ってはさらに深く心が寄ったものであるから、一日の間も思いが忘れてしまうということがあろうか
#{語釈]
思ひ寄り 思っては近寄り
見ては寄り 会ってはさらに心が寄った
忘れて思へや
01/0068H01大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや
04/0502H01夏野行く牡鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや
11/2404H01思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
11/2410H01あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
15/3604H01妹が袖別れて久になりぬれど一日も妹を忘れて思へや
17/4020H02の浜を行き暮らし長き春日も忘れて思へや
18/4048H01垂姫の浦を漕ぐ舟梶間にも奈良の我家を忘れて思へや
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2405
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垣廬鳴 人雖云 狛錦 紐解開 公無
#[訓読]垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
#[仮名],かきほなす,ひとはいへども,こまにしき,ひもときあけし,きみならなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ,枕詞
#[訓異]
#[大意]垣根のように取り囲んで人はうわさをするが、高麗錦の紐をほどいて共寝をしたあなたではないことなのに。
#{語釈]
垣ほなす 垣根のように 垣根が家を取り囲むように人々が二人の間を囲む
04/0713H01垣ほなす人言聞きて我が背子が心たゆたひ逢はぬこのころ
09/1793H01垣ほなす人の横言繁みかも逢はぬ日数多く月の経ぬらむ
09/1809H03いぶせむ時の 垣ほなす 人の問ふ時 茅渟壮士 菟原壮士の 伏屋焚き
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
#[説明]
うわさには立っているが、実際には寝ていないことを恨んだ女の歌か。寝ることをせがんでいる気持ちもある
#[関連論文]
#[番号]11/2406
#[題詞](正述心緒)
#[原文]狛錦 紐解開 夕<谷> 不知有命 戀有
#[訓読]高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
#[仮名],こまにしき,ひもときあけて,ゆふへだに,しらずあるいのち,こひつつかあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]戸 -> 谷 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]高麗錦の紐をほどいて、夕方までもあるかどうかわからないはなかい命で、あなたを恋い続けていることでしょう
#{語釈]
夕だに知らずある命 夕方まですらあるかどうかわからない命 はかない命の意
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2407
#[題詞](正述心緒)
#[原文]百積 船潜納 八占刺 母雖問 其名不謂
#[訓読]百積の船隠り入る八占さし母は問ふともその名は告らじ
#[仮名],ももさかの,ふねかくりいる,やうらさし,はははとふとも,そのなはのらじ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌,占い
#[訓異]
#[大意]百尺もの船が隠れ入る浦ではないが多くの占いをして母は尋ねるとしてもその名前は言うまいよ
#{語釈]
百積の 百尺の船
百斛(さか) 百石のこと
大船のこと
隠り入る八占 大船が隠れ入る多くの浦ではないが、多くの占いの意で、占いの序詞
かづきいるる 潜き納(い)るる 水夫が潜って導き入れる浦
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2408
#[題詞](正述心緒)
#[原文]眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念<吾>
#[訓読]眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
#[仮名],まよねかき,はなひひもとけ,まつらむか,いつかもみむと,おもへるわれを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]吾君 -> 吾 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]眉根を掻き、くしゃみをし、衣の紐もほどけて、今頃は待っているだろうか。早く会おうと思っている自分であるのに
#{語釈]
眉根掻き
06/0993H01月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも
11/2408H01眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
11/2575H01めづらしき君を見むとこそ左手の弓取る方の眉根掻きつれ
11/2614H01眉根掻き下いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも
11/2614H02眉根掻き誰をか見むと思ひつつ日長く恋ひし妹に逢へるかも
11/2614H03眉根掻き下いふかしみ思へりし妹が姿を今日見つるかも
11/2808H01眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを
鼻ひ
11/2637H01うち鼻ひ鼻をぞひつる剣大刀身に添ふ妹し思ひけらしも
11/2808H01眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを
11/2809H01今日なれば鼻ひ鼻ひし眉かゆみ思ひしことは君にしありけり
#[説明]
眉根を掻いたり、くしゃみをするというのは会いたい人と会える予兆であるという考えから、早く相手に会いたいと思う自分だから、相手に予兆がおこっているだろうと考えたもの
#[関連論文]
#[番号]11/2409
#[題詞](正述心緒)
#[原文]君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒
#[訓読]君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも我が下紐の結ふ手いたづらに
#[仮名],きみにこひ,うらぶれをれば,くやしくも,わがしたびもの,ゆふていたづらに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたに恋い思ってしょんぼりしていると悔しいことにも自分の下紐を結ぶ手は無駄にばかりであって
#{語釈]
我が下紐の結ふ手いたづらに 下紐が自然とほどけて君が来る予兆かと喜んだが、結局はむなしく結んでしまう。ぬか喜びを言ったもの。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2410
#[題詞](正述心緒)
#[原文]璞之 年者竟杼 敷白之 袖易子少 忘而念哉
#[訓読]あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
#[仮名],あらたまの,としははつれど,しきたへの,そでかへしこを,わすれておもへや
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの一年は終わりになるが、敷妙の袖を交えて共寝したあの子を忘れて思うということがあろうか。
#{語釈]
あらたまの 原文「璞之」 掘り出したまま磨かれていない玉のこと
年は果つれど 年末になり今年も終わりになる
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2411
#[題詞](正述心緒)
#[原文]白細布 袖小端 見柄 如是有戀 吾為鴨
#[訓読]白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
#[仮名],しろたへの,そでをはつはつ,みしからに,かかるこひをも,あれはするかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]白妙の袖をほんのちょっと見ただけでこんなつらい恋を自分はすることであるなあ
#{語釈]
はつはつ ほんのちょっと わづかに
04/0701H01はつはつに人を相見ていかにあらむいづれの日にかまた外に見む
07/1306H01この山の黄葉が下の花を我れはつはつに見てなほ恋ひにけり
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
11/2461H01山の端を追ふ三日月のはつはつに妹をぞ見つる恋ほしきまでに
14/3537H01くへ越しに麦食む小馬のはつはつに相見し子らしあやに愛しも
14/3537H02馬柵越し麦食む駒のはつはつに新肌触れし子ろし愛しも
見しからに 見ただけで
04/0624H01道に逢ひて笑まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ我妹
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2412
#[題詞](正述心緒)
#[原文]我妹 戀無乏 夢見 吾雖念 不所寐
#[訓読]我妹子に恋ひすべながり夢に見むと我れは思へど寐ねらえなくに
#[仮名],わぎもこに,こひすべながり,いめにみむと,われはおもへど,いねらえなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い思ってどうしようもないのでせめて夢に見ようと自分は思うが寝ることが出来ないことだ
#{語釈]
恋ひすべながり 恋いこがれてどうしようもない
全注、注釈 恋ひてすべなみ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2413
#[題詞](正述心緒)
#[原文]故無 吾裏紐 令解 人莫知 及正逢
#[訓読]故もなく我が下紐を解けしめて人にな知らせ直に逢ふまでに
#[仮名],ゆゑもなく,わがしたびもを,とけしめて,ひとになしらせ,ただにあふまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]わけもなく自分の下紐をほどけさせて、他人には知らせるなよ。直接に会うまでは
#{語釈]
故もなく我が下紐を解けしめて 眉根と同じように自分を恋い思っている人がいるので自然とほどけてしまうということ。俗信があるか。
04/0562H01暇なく人の眉根をいたづらに掻かしめつつも逢はぬ妹かも
人にな知らせ 下紐に言ったもの。ほどけたことを他人に知られてはならないよ。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2414
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀事 意追不得 出行者 山川 不知来
#[訓読]恋ふること慰めかねて出でて行けば山を川をも知らず来にけり
#[仮名],こふること,なぐさめかねて,いでてゆけば,やまをかはをも,しらずきにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い思うことを慰めることが出来ないで、出て行ったので山も川もどことも知らないで来てしまったことである
#{語釈]
#[説明]
恋い心がいっぱいで上の空になっている様子。現し心がない状態
#[関連論文]
#[番号]11/2415
#[題詞]寄物陳思
#[原文]處女等乎 袖振山 水垣<乃> 久時由 念来吾等者
#[訓読]娘子らを袖振る山の瑞垣の久しき時ゆ思ひけり我れは
#[仮名],をとめらを,そでふるやまの,みづかきの,ひさしきときゆ,おもひけりわれは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 乃 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情,歌垣,奈良,天理,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]あの娘子に対して袖を振るその布留の山の神聖な玉垣のように長い昔から恋い思っていたことだ。自分は
#{語釈]
娘子らを 「ら」親称 「を」間投助詞
布留山 袖を振る布留山と掛けた
布留山 石上神宮付近の山
瑞垣 布留の社に廻らした玉垣を指す
#[説明]
天理布留地方の歌垣歌か。
04/0501D01柿本朝臣人麻呂歌三首
04/0501H01娘子らが袖布留山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我れは
#[関連論文]
#[番号]11/2416
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千早振 神持在 命 誰為 長欲為
#[訓読]ちはやぶる神の持たせる命をば誰がためにかも長く欲りせむ
#[仮名],ちはやぶる,かみのもたせる,いのちをば,たがためにかも,ながくほりせむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]ちはやぶる神のお持ちになっている命を誰のためにというだろうか。長くと望むのは
#{語釈]
神の持たせる命 命は、神の支配するものであるから。
#[説明]
「命」をテーマにして、相手へ恋情を訴えたもの
寄物としては、「神」
#[関連論文]
#[番号]11/2417
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨
#[訓読]石上布留の神杉神さぶる恋をも我れはさらにするかも
#[仮名],いそのかみ,ふるのかむすぎ,かむさぶる,こひをもあれは,さらにするかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,恋情,奈良,天理,地名
#[訓異]
#[大意]石上の布留の神杉が年を経て神々しくなっているが、自分も長年に渡る恋いをさらにすることであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2418
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]何 名負神 幣嚮奉者 吾念妹 夢谷見
#[訓読]いかならむ名負ふ神に手向けせば我が思ふ妹を夢にだに見む
#[仮名],いかならむ,なおふかみにし,たむけせば,あがおもふいもを,いめにだにみむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]どのような名前を背負っている神に手向けをしたならば、自分が恋い思う妹を夢にだけでも見ることが出来ようか。
#{語釈]
#[説明]
2415からここまでは、寄物は、「神」
#[関連論文]
#[番号]11/2419
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天地 言名絶 有 汝吾 相事止
#[訓読]天地といふ名の絶えてあらばこそ汝と我れと逢ふことやまめ
#[仮名],あめつちと,いふなのたえて,あらばこそ,いましとあれと,あふことやまめ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]天地という名前がなくなったその時にこそあなたと自分は逢うことがなくなるだろう
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/3004H01久方の天つみ空に照る月の失せなむ日こそ我が恋止まめ
寄物は、「天地」
#[関連論文]
#[番号]11/2420
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]月見 國同 山隔 愛妹 隔有鴨
#[訓読]月見れば国は同じぞ山へなり愛し妹はへなりたるかも
#[仮名],つきみれば,くにはおやじぞ,やまへなり,うつくしいもは,へなりたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]月を見ると国は同じであるよ。山が隔たっていとしい妹は隔たっていることだ。
#{語釈]
#[説明]
伝誦歌か
18/4073H01月見れば同じ国なり山こそば君があたりを隔てたりけれ
寄物は「月」
#[関連論文]
#[番号]11/2421
#[題詞](寄物陳思)
#[原文](も)路者 石踏山 無鴨 吾待公 馬爪盡
#[訓読]来る道は岩踏む山はなくもがも我が待つ君が馬つまづくに
#[仮名],くるみちは,いはふむやまは,なくもがも,わがまつきみが,うまつまづくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]来る道は岩を踏む山がなくて欲しい。自分が待つ君の馬がつまづくから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2422
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]石根踏 重成山 雖不有 不相日數 戀度鴨
#[訓読]岩根踏みへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも
#[仮名],いはねふみ,へなれるやまは,あらねども,あはぬひまねみ,こひわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]岩根を踏んで隔たっている山はないけれども、会わない日が多くなったので恋い続けることであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2423
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路後 深津嶋山 蹔 君目不見 苦有
#[訓読]道の後深津島山しましくも君が目見ねば苦しかりけり
#[仮名],みちのしり,ふかつしまやま,しましくも,きみがめみねば,くるしかりけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,広島,福山,地名
#[訓異]
#[大意]道の後の深津島山ではないが、しばらくの間もあなたの目を見ないと苦しいことだ
#{語釈]
道の後 吉備の道の後 備後の国のこと
深津島山 和名抄「深津 布加津」
養老五年「備後国安那郡を分かち、深津郡を置く」
地名辞書 後世地勢変化して、滄海多年は桑田となれば、今の福山近傍の田宅の間に、やや隆起したるは、古の島山の痕跡とも云うべきか。
現広島県福山市深津町、東深津町
注釈 山陽線福山駅の東郊線路の北の小丘
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2424
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紐鏡 能登香山 誰故 君来座在 紐不開寐
#[訓読]紐鏡能登香の山も誰がゆゑか君来ませるに紐解かず寝む
#[仮名],ひもかがみ,のとかのやまも,たがゆゑか,きみきませるに,ひもとかずねむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,地名
#[訓異]
#[大意]紐鏡の解くという能登香の山も誰のせいでか、あなたがいらっしゃるのに紐を解かないで寝るのだろう
#{語釈]
紐鏡 裏に紐の着いている鏡 紐鏡の(紐を)解か(な)ということで「のとか」に続けた
注釈 なとき(解くな)の意味
紐鏡の紐を解くなという山の名のように誰のせいであなたがいらっしゃるのに紐を解かないで寝ましょうか
能登香の山 岡山県英田郡作東町二子山 未詳
地名辞書 美作名所栞 二子山
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2425
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山科 強田山 馬雖在 歩吾来 汝念不得
#[訓読]山科の木幡の山を馬はあれど徒歩より我が来し汝を思ひかねて
#[仮名],やましなの,こはたのやまを,うまはあれど,かちよりわがこし,なをおもひかねて
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,恋情,羈旅
#[訓異]
#[大意]山科の木幡の山を馬はあるが、歩いて自分は来たことだ。あなたを思うとじっとしていられなくて
#{語釈]
山科の木幡の山 山科は、京都市東山区
木幡は、宇治市北部
02/0148H01青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2426
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]遠山 霞被 益遐 妹目不見 吾戀
#[訓読]遠山に霞たなびきいや遠に妹が目見ねば我れ恋ひにけり
#[仮名],とほやまに,かすみたなびき,いやとほに,いもがめみねば,あれこひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]遠い山に霞みがたなびいてますます遠く見えるように、遠く久しく妹の目を見ないので自分は恋い思ってしまったことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2427
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]是川 瀬々敷浪 布々 妹心 乗在鴨
#[訓読]宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
#[仮名],うぢかはの,せぜのしきなみ,しくしくに,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,京都,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]宇治川のあちらこちらの早瀬でしきりにうち寄せる波ではないが重ね重ね妹は心に乗ってしまったことであるよ
#{語釈]
宇治川の瀬々のしき波 しきりにうち寄せる波
11/2429H01はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
人麻呂歌集 原文 是川 旧訓 このかわ 和訓栞 是と氏は通じる うじがわ
#[説明]
類歌
02/0100H01東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも
10/1896H01春さればしだり柳のとををにも妹は心に乗りにけるかも
11/2427H01宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
11/2749H01駅路に引き舟渡し直乗りに妹は心に乗りにけるかも
12/3174H01漁りする海人の楫音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも
#[関連論文]
#[番号]11/2428
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千早人 宇治度 速瀬 不相有 後我つ
#[訓読]ちはや人宇治の渡りの瀬を早み逢はずこそあれ後も我が妻
#[仮名],ちはやひと,うぢのわたりの,せをはやみ,あはずこそあれ,のちもわがつま
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]ちはや人宇治の船渡り場の流れが速いので渡れないように、障害が多くて会えないがずっと自分の妻であることだ
#{語釈]
千早人 宇治の枕詞 霊威の激しい人の意で氏をほめる
宇治の渡り 全注 どのあたりかは不明。現在の宇治川の流路は、文禄三年(1594)に秀吉の土木工事によって変えられたらしい。秀吉はまず宇治川を巨椋池から切り離し、さらに伏見城下の新しい宇治川に掛けた豊後橋から巨椋池の中を南下する小倉堤などを築いたという。人麻呂の時代には流れの勢いが激しく、その彼方に大きく広がる巨椋池が眺められたのである
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2429
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]早敷哉 不相子故 徒 是川瀬 裳襴潤
#[訓読]はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
#[仮名],はしきやし,あはぬこゆゑに,いたづらに,うぢがはのせに,もすそぬらしつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしいが会わないあの子のせいで、無駄に宇治川の早瀬に裳の裾を濡らしたことだ
#{語釈]
裳裾 男が着用
09/1759 裳羽服津の
全註釈「モハキに就いては、裳および服の字を使っているのは、語義の考慮に入れて然るばく、裳は、婦人の腰部に纏う衣装であることを思へば、ハキは、それを著る意だらうとの推量が為される。類従名義抄には、著帯佩などの字にハクの訓がある。モハキの語は、日本霊異記下巻第三十八条の歌謡に『法師等乎裾着□□侮(あなづりそ)、そが中に腰帯、薦槌懸(さがれり)』といふのがある。裾は、衣服の下部をいふ字であるが、本集では『紅の玉裳裾引き行くは誰が妻』(1672)の如く、裳の義に使用されている。この霊異記の歌謡の意は、法師等を裳はきと侮るなかれ、その裳の中に、腰帯や薦槌がさがっているといふ意である。裳は、婦人以外では、法師がこれを著けたことは、催馬楽の老鼠にも、『西寺の老鼠、若鼠、御裳つんづ、袈裟つんづ、法師に申さん、師に申せ』の句があるので確かめられる。そこで法師の裳の中には、薦槌が下がっているといふので、モハキ津をこれに準じて考えれば、筑波山の女峰の陰部であることが知られる。
#[説明]
恋いの川渡りを主題にしたもの
#[関連論文]
#[番号]11/2430
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]是川 水阿和逆纒 行水 事不反 思始為
#[訓読]宇治川の水泡さかまき行く水の事かへらずぞ思ひ染めてし
#[仮名],うぢかはの,みなあわさかまき,ゆくみづの,ことかへらずぞ,おもひそめてし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]宇治川の水泡が逆巻いて流れていく水が逆流しないように、後戻りすることはなく、一途に思い始めたことだ
#{語釈]
事かへらずぞ 物事は後へ戻ることはない
思ひ染めてし 一途に思い始めた
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2431
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]鴨川 後瀬静 後相 妹者我 雖不今
#[訓読]鴨川の後瀬静けく後も逢はむ妹には我れは今ならずとも
#[仮名],かもがはの,のちせしづけく,のちもあはむ,いもにはわれは,いまならずとも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,恋情,地名,序詞
#[訓異]
#[大意]鴨川の下流の早瀬が静かなように後にも逢おうよ。妹には自分は無理をして今でなくとも。
#{語釈]
鴨川 考 山城国鴨川か
続紀 天平一五年八月 鴨川に幸す。名を改めて宮川と為す。
加茂町あたりの木津川の名称か。
後瀬 下流の瀬
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2432
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]言出 云忌々 山川之 當都心 塞耐在
#[訓読]言に出でて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり
#[仮名],ことにいでて,いはばゆゆしみ,やまがはの,たぎつこころを,せかへたりけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,比喩
#[訓異]
#[大意]言葉に出して言うと不吉なので山川の激流のように激する心をこらえていることだ
#{語釈]
#[説明]
類歌
07/1383H01嘆きせば人知りぬべみ山川のたぎつ心を塞かへてあるかも
#[関連論文]
#[番号]11/2433
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水上 如數書 吾命 妹相 受日鶴鴨
#[訓読]水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも
#[仮名],みづのうへに,かずかくごとき,わがいのち,いもにあはむと,うけひつるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,無常,誓約,水占
#[訓異]
#[大意]水の上に数字を書くようなはかない自分の命であるのに、妹に逢おうと神に誓いを立てたことだ
#{語釈]
うけひ 神と誓約すること。4/0767
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2434
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]荒礒越 外徃波乃 外心 吾者不思 戀而死鞆
#[訓読]荒礒越し外行く波の外心我れは思はじ恋ひて死ぬとも
#[仮名],ありそこし,ほかゆくなみの,ほかごころ,われはおもはじ,こひてしぬとも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]荒磯を越えて外へ出ていく波のように浮気な心を自分は思わないよ。あなたを恋い思って死ぬとも
#{語釈]
恋ひて死ぬとも なかなか逢えずに恋い思って死ぬとしても
#[説明]
類歌
11/2833H01葦鴨のすだく池水溢るともまけ溝の辺に我れ越えめやも
11/2451H01天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも異し手枕我れまかめやも
#[関連論文]
#[番号]11/2435
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海々 奥白浪 雖不知 妹所云 七日越来
#[訓読]近江の海沖つ白波知らずとも妹がりといはば七日越え来む
#[仮名],あふみのうみ,おきつしらなみ,しらずとも,いもがりといはば,なぬかこえこむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,琵琶湖,滋賀,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖の白波ではないがあなたの家を知らなくとも、妹のもとへと言うのならば七日かかっても山を越えて来ましょう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2436
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大船 香取海 慍下 何有人 物不念有
#[訓読]大船の香取の海にいかり下ろしいかなる人か物思はずあらむ
#[仮名],おほぶねの,かとりのうみに,いかりおろし,いかなるひとか,ものもはずあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,茨城,地名,枕詞,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]大船の香取の海にいかりを下ろし、そのいかではないがどのような人が物思いをしないであろうか
#{語釈]
大船の 楫取を香取にかけた枕詞
いかり 原文「慍」音 ウン 怒る、怒り 借訓文字
いかなる に音で続く序詞
物思はずあらむ 誰も物思いをしないということはないだろう
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2437
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]奥藻 隠障浪 五百重浪 千重敷々 戀度鴨
#[訓読]沖つ裳を隠さふ波の五百重波千重しくしくに恋ひわたるかも
#[仮名],おきつもを,かくさふなみの,いほへなみ,ちへしくしくに,こひわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]沖の藻を隠し続ける波のその幾重もの波ではないが幾重にもしきりに恋い続けることであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2438
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]人事 蹔吾妹 縄手引 従海益 深念
#[訓読]人言はしましぞ我妹綱手引く海ゆまさりて深くしぞ思ふ
#[仮名],ひとごとは,しましぞわぎも,つなてひく,うみゆまさりて,ふかくしぞおもふ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]人のうわさはしばらくの間だぞ。我妹よ。船の引き綱を引く海よりもまさって深く思っているのだから
#{語釈]
人言は 人のうわさ
綱手引く 引き船の綱
18/4062S01右件歌者御船以綱手泝江遊宴之日作也 傳誦之人田邊史福麻呂是也
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2439
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海 奥嶋山 奥儲 吾念妹 事繁
#[訓読]近江の海沖つ島山奥まけて我が思ふ妹が言の繁けく
#[仮名],あふみのうみ,おきつしまやま,おくまけて,あがおもふいもが,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,琵琶湖,滋賀,序詞,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖の島山ではないが、奥つまり将来を約束して自分が思う妹のうわさがひどいことだ
#{語釈]
沖つ島山 万葉見安 竹主島
拾穂抄 おきの島とて別に在
神名帳 蒲生郡奥津嶋神社 比良の東の沖 近江八幡市の沖の島か
奥まけて 奥を準備して 大系 将来をいろいろと考えて
#[説明]
異伝
11/2728H01近江の海沖つ島山奥まへて我が思ふ妹が言の繁けく
奥まへて 心の底から 深く
#[関連論文]
#[番号]11/2440
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]近江海 奥滂船 重下 蔵公之 事待吾序
#[訓読]近江の海沖漕ぐ舟のいかり下ろし隠りて君が言待つ我れぞ
#[仮名],あふみのうみ,おきこぐふねの,いかりおろし,こもりてきみが,ことまつわれぞ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]重 [古] 重石
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,地名,琵琶湖,滋賀,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖を漕ぐ船がいかりをおろして港に停泊しているように、家に滞在して隠ってあなたの便りを待つ自分であるぞ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2441
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠沼 従裏戀者 無乏 妹名告 忌物矣
#[訓読]隠り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告りつ忌むべきものを
#[仮名],こもりぬの,したゆこふれば,すべをなみ,いもがなのりつ,いむべきものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]隠り沼のように隠って密かに恋い思っているとどうしようもないので妹の名前を言ってしまった。慎むべきであるのに
#{語釈]
隠り沼 人に知られていない沼 下の枕詞
下ゆ 心の中で 人に知られないで 密かに
忌むべきものを 慎むべきもの うわさになるので
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2442
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大土 採雖盡 世中 盡不得物 戀在
#[訓読]大地は取り尽すとも世の中の尽しえぬものは恋にしありけり
#[仮名],おほつちは,とりつくすとも,よのなかの,つくしえぬものは,こひにしありけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]大地の土は取り尽くすとしても世の中の無くならないものは恋いであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2443
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠處 澤泉在 石根 通念 吾戀者
#[訓読]隠りどの沢泉なる岩が根も通してぞ思ふ我が恋ふらくは
#[仮名],こもりどの,さはいづみにある,いはがねも,とほしてぞおもふ,あがこふらくは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]水の滞った所の沢の泉にある岩根も水は貫き通すように、自分は貫き通して思うことだ。自分が恋い思うことは。
#{語釈]
隠りどの 隠った所 水の滞る所
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2444
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白檀 石邊山 常石有 命哉 戀乍居
#[訓読]白真弓石辺の山の常磐なる命なれやも恋ひつつ居らむ
#[仮名],しらまゆみ,いしへのやまの,ときはなる,いのちなれやも,こひつつをらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞,序詞
#[訓異]
#[大意]白真弓を射るその石辺の山は常磐にずっとあるが、そのようにずっとそのままの命であろうか。限られた命でも恋い思っていよう
#{語釈]
白真弓 射ると石のイをかけた枕詞
石辺の山 所在未詳
延喜式神名帳 甲賀郡石部鹿塩上神社 蒲生郡 石部神社
愛智郡 石部神社 野洲郡 馬路石部神社
命なれやも 「や」反語 長久の命であろうか。限られた命であるから悠長な気持ちになれないという意を含む
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2445
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海々 沈白玉 不知 従戀者 今益
#[訓読]近江の海沈く白玉知らずして恋ひせしよりは今こそまされ
#[仮名],あふみのうみ,しづくしらたま,しらずして,こひせしよりは,いまこそまされ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,琵琶湖,滋賀,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]近江の海に沈んでいる白玉のシラではないが、知らないで恋いをしていたよりは今こそ思いのまさることであるよ
#{語釈]
白玉 淡水であるから海の鮑玉のような真珠ではない。
カラスガイからも真珠が出来る。
白い石か
知らずして 親しく会わないで遠目に見ていた
今こそ こうして会って親しくした
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2446
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白玉 纒持 従今 吾玉為 知時谷
#[訓読]白玉を巻きてぞ持てる今よりは我が玉にせむ知れる時だに
#[仮名],しらたまを,まきてぞもてる,いまよりは,わがたまにせむ,しれるときだに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]白玉を手に巻いて持っている。今からは自分の玉にしよう。自分が会ってあなたを知っている時だけでも
#{語釈]
知れる時だに 会っている時だけでも
会っていないときは、何をしているかよくわからない気持ち
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2447
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白玉 従手纒 不<忘> 念 何畢
#[訓読]白玉を手に巻きしより忘れじと思ひけらくは何か終らむ
#[仮名],しらたまを,てにまきしより,わすれじと,おもひけらくは,なにかをはらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]忌 -> 忘 [類][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,比喩
#[訓異]
#[大意]白玉を手に巻いてあなたとつきあい始めた頃から忘れまいと思っていることなのにどうして終わるということがあろうか
#{語釈]
白玉を手に巻きしより つきあい始めること
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2448
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<白>玉 間開乍 貫緒 縛依 後相物
#[訓読]白玉の間開けつつ貫ける緒もくくり寄すれば後もあふものを
#[仮名],しらたまの,あひだあけつつ,ぬけるをも,くくりよすれば,のちもあふものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]烏 -> 白 [万葉考] [西(右書)] 焉 / 後 (塙) 復
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]白玉の間を開けながら通した糸も、たぐり寄せると玉が寄り合うように自分たちもまた後で会うものであるのに
#{語釈]
後もあふものを 例え時間が空いても必ず後には逢えると言ったもの
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2449
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]香山尓 雲位桁曵 於保々思久 相見子等乎 後戀牟鴨
#[訓読]香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
#[仮名],かぐやまに,くもゐたなびき,おほほしく,あひみしこらを,のちこひむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,飛鳥,地名,奈良,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]香具山に雲がたなびいてぼんやりとしている、そのようにちょっと見たあの子を後になって恋い思うことであろうか
#{語釈]
#[説明]
類歌
10/1909H01春霞山にたなびきおほほしく妹を相見て後恋ひむかも
10/1921H01おほほしく君を相見て菅の根の長き春日を恋ひわたるかも
#[関連論文]
#[番号]11/2450
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]雲間従 狭侄月乃 於保々思久 相見子等乎 見因鴨
#[訓読]雲間よりさ渡る月のおほほしく相見し子らを見むよしもがも
#[仮名],くもまより,さわたるつきの,おほほしく,あひみしこらを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]雲の間より渡る月がぼんやりとしているようにぼんやりと見たあの子を見る手だてもあればなあ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2451
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天雲 依相遠 雖不相 異手枕 吾纒哉
#[訓読]天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも異し手枕我れまかめやも
#[仮名],あまくもの,よりあひとほみ,あはずとも,あたしたまくら,われまかめやも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]天の雲の地面と寄り合うほど遠くにへだたって会わなくとも、他の女の手枕を自分は枕とすることがあろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2452
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]雲谷 灼發 意追 見乍<居> 及直相
#[訓読]雲だにもしるくし立たば慰めて見つつも居らむ直に逢ふまでに
#[仮名],くもだにも,しるくしたたば,なぐさめて,みつつもをらむ,ただにあふまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]為 -> 居 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]雲だけでもはっきりと立ったならば心を慰めて見続けていよう。直接会うまでは
#{語釈]
しるく 原文「灼」 万象名義 熱明也熱也 やけてきらきら輝く様子。
義訓
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2453
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]春楊 葛山 發雲 立座 妹念
#[訓読]春柳葛城山に立つ雲の立ちても居ても妹をしぞ思ふ
#[仮名],はるやなぎ,かづらきやまに,たつくもの,たちてもゐても,いもをしぞおもふ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,奈良,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]春柳を頭にかずらにするその葛城山に立ち上る雲ではないが、立っても座っても妹のことを思っている
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2454
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]春日山 雲座隠 雖遠 家不念 公念
#[訓読]春日山雲居隠りて遠けども家は思はず君をしぞ思ふ
#[仮名],かすがやま,くもゐかくりて,とほけども,いへはおもはず,きみをしぞおもふ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,地名,恋情,羈旅,望郷
#[訓異]
#[大意]春日山は雲居に隠れて遠いけれども、家は思わないであなたのことばかり思うことだ
#{語釈]
#[説明]
旅に出ている女が春日山を遠く望むあたりで詠んだものか
#[関連論文]
#[番号]11/2455
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我故 所云妹 高山之 峯朝霧 過兼鴨
#[訓読]我がゆゑに言はれし妹は高山の嶺の朝霧過ぎにけむかも
#[仮名],わがゆゑに,いはれしいもは,たかやまの,みねのあさぎり,すぎにけむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]自分のためにうわさを立てられた妹は、高い山の峰の朝霧が消えていくように、自分から遠ざかってしまったのだろうか
#{語釈]
過ぎにけむかも 折口、全釈、全註釈 亡くなってしまった
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2456
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷 益々所<思>
#[訓読]ぬばたまの黒髪山の山菅に小雨降りしきしくしく思ほゆ
#[仮名],ぬばたまの,くろかみやまの,やますげに,こさめふりしき,しくしくおもほゆ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]念 -> 思 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,地名,植物,枕詞,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの黒髪山の山菅に小雨が降り敷くように、しきりに思われてならない。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2457
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大野 小雨被敷 木本 時依来 我念人
#[訓読]大野らに小雨降りしく木の下に時と寄り来ね我が思ふ人
#[仮名],おほのらに,こさめふりしく,このもとに,ときとよりこね,わがおもふひと
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]大野に小雨がしきりに降ると雨宿りで木の下に寄り来るように、今が時節だとして寄って来てください。自分の恋い思う人よ。
#{語釈]
大野ら 広い野の意で特定の地名ではない
大野一帯に
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2458
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝霜 消々 念乍 何此夜 明鴨
#[訓読]朝霜の消なば消ぬべく思ひつついかにこの夜を明かしてむかも
#[仮名],あさしもの,けなばけぬべく,おもひつつ,いかにこのよを,あかしてむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]朝露のように消えるならば消えてしまいそうに恋い思い続けて、どのようにこの夜を明かそうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2459
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾背兒我 濱行風 弥急 急事 益不相有
#[訓読]我が背子が浜行く風のいや早に言を早みかいや逢はずあらむ
#[仮名],わがせこが,はまゆくかぜの,いやはやに,ことをはやみか,いやあはずあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]吾が背子が浜を行く風のようにますます早くうわさが早いのでか、ますます逢わないでいるのだろうか
#{語釈]
言を早みか うわさが早く伝わる
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2460
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]遠妹 振仰見 偲 是月面 雲勿棚引
#[訓読]遠き妹が振り放け見つつ偲ふらむこの月の面に雲なたなびき
#[仮名],とほきいもが,ふりさけみつつ,しのふらむ,このつきのおもに,くもなたなびき
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,望郷
#[訓異]
#[大意]遠く離れている妹が振り仰いで見て自分を偲んでいるであろうこの月の面に雲よたなびくなよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2669H01我が背子が振り放け見つつ嘆くらむ清き月夜に雲なたなびき
#[関連論文]
#[番号]11/2461
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山葉 追出月 端々 妹見鶴 及戀
#[訓読]山の端を追ふ三日月のはつはつに妹をぞ見つる恋ほしきまでに
#[仮名],やまのはを,おふみかつきの,はつはつに,いもをぞみつる,こほしきまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]山の端を追って間もなく隠れる三日月のように、やっとかろうじて妹を見たことだ。恋しいまでに
#{語釈]
山の端を追ふ三日月 山の稜線を追うようにして入る三日月
はつはつに ちょっと ほんのわづかに
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2462
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我妹 吾矣念者 真鏡 照出月 影所見来
#[訓読]我妹子し我れを思はばまそ鏡照り出づる月の影に見え来ね
#[仮名],わぎもこし,われをおもはば,まそかがみ,てりいづるつきの,かげにみえこね
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]我が妹が自分のことを恋い思っているのならば、まそ鏡の照り出している月の光のように姿が見えて来て欲しい
#{語釈]
影に見え来ね 面影に見えて欲しい
#[説明]
面影として見える
02/0149H01人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
03/0396H01陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを
04/0602H01夕されば物思ひまさる見し人の言とふ姿面影にして
04/0754H01夜のほどろ我が出でて来れば我妹子が思へりしくし面影に見ゆ
08/1630H01高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも
20/4322H01我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えてよに忘られず
#[関連論文]
#[番号]11/2463
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]久方 天光月 隠去 何名副 妹偲
#[訓読]久方の天照る月の隠りなば何になそへて妹を偲はむ
#[仮名],ひさかたの,あまてるつきの,かくりなば,なにになそへて,いもをしのはむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]久方の空に照っている月が隠れたならば、何になぞえて妹を偲ぼう
#{語釈]
何になそへて 月に妹の面影を見る
#[説明]
月に妹の面影を見ることを基本にしているか。
06/0994H01振り放けて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも
#[関連論文]
#[番号]11/2464
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]若月 清不見 雲隠 見欲 宇多手比日
#[訓読]三日月のさやにも見えず雲隠り見まくぞ欲しきうたてこのころ
#[仮名],みかづきの,さやにもみえず,くもがくり,みまくぞほしき,うたてこのころ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,鬱屈,序詞
#[訓異]
#[大意]三日月がはっきりとも見えないで雲に隠れて見たいと思うように、最近は妹に会わなくて見たいと思う。どうしようもないこの頃だ。
#{語釈]
うたて 程度の甚だしい様子
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2465
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我背兒尓 吾戀居者 吾屋戸之 草佐倍思 浦乾来
#[訓読]我が背子に我が恋ひ居れば我が宿の草さへ思ひうらぶれにけり
#[仮名],わがせこに,あがこひをれば,わがやどの,くささへおもひ,うらぶれにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,恋情,女歌,植物
#[訓異]
#[大意]我が背子に自分が恋い思っていると、我家の草までも物思いになりしょんぼりとしてしまっていることだ
#{語釈]
うらぶれ しょんぼりとしている
05/0877H01ひともねのうらぶれ居るに龍田山御馬近づかば忘らしなむか
07/1119H01行く川の過ぎにし人の手折らねばうらぶれ立てり三輪の桧原は
07/1409H01秋山の黄葉あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず
10/2143H01君に恋ひうらぶれ居れば敷の野の秋萩しのぎさを鹿鳴くも
10/2144H01雁は来ぬ萩は散りぬとさを鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり
10/2298H01君に恋ひ萎えうらぶれ我が居れば秋風吹きて月かたぶきぬ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2466
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝茅原 小野印 <空>事 何在云 公待
#[訓読]浅茅原小野に標結ふ空言をいかなりと言ひて君をし待たむ
#[仮名],あさぢはら,をのにしめゆふ,むなことを,いかなりといひて,きみをしまたむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]室 -> 空 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,野遊び,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]浅茅原の小野にしめ縄を張るようなむなしい嘘をどのような事情だと言ってあなたを待とうか
#{語釈]
#[説明]
来るよという言葉が嘘だったならば、どのように周りの人にいいわけしようかとなじったもの。
#[関連論文]
#[番号]11/2467
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路邊 草深百合之 後云 妹命 我知
#[訓読]道の辺の草深百合の後もと言ふ妹が命を我れ知らめやも
#[仮名],みちのへの,くさふかゆりの,のちもといふ,いもがいのちを,われしらめやも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]道のほとりの草深い中で咲いている百合の名前ではないが、後でとも言う妹の命をいつまでと自分は知っていようか。
#{語釈]
道の辺の草深百合
07/1257H01道の辺の草深百合の花笑みに笑みしがからに妻と言ふべしや
ゆり
08/1503H01我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る
妹が命を我れ知らめやも
いつまでも長らえているとは思えないから、今会いたいという気持ちを言ったもの
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2468
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<湖>葦 交在草 知草 人皆知 吾裏念
#[訓読]港葦に交じれる草のしり草の人皆知りぬ我が下思ひは
#[仮名],みなとあしに,まじれるくさの,しりくさの,ひとみなしりぬ,わがしたもひは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]潮 -> 湖 [類][古]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,うわさ,序詞,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]河口あたりの葦に混じっている草である尻草のしりではないが人はみんな知ってしまっている。自分の心密かな思いは。
#{語釈]
湖 みなと 和名抄 湖 大陂 おおきな堤
07/1288H01港の葦の末葉を誰れか手折りし我が背子が振る手を見むと我れぞ手折りし
"#[番号]03/0274"
"#[原文]吾船者 枚乃湖尓 榜将泊 奥部莫避 左夜深去来"
"#[訓読]我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり"
"#[番号]03/0352"
"#[原文]葦邊波 鶴之哭鳴而 湖風 寒吹良武 津乎能埼羽毛"
"#[訓読]葦辺には鶴がね鳴きて港風寒く吹くらむ津乎の崎はも"
港葦 水辺の葦
しり草 仙覚抄 鷺尻刺(さぎのしりさし)という草
和名抄 藺 弁色立成 鷺尻刺 莞に似て細堅、宜しく席を為すべき也
さんかくゐだ
編んでむしろのようにして尻に敷く草からか
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2469
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山<萵>苣 白露重 浦經 心深 吾戀不止
#[訓読]山ぢさの白露重みうらぶれて心も深く我が恋やまず
#[仮名],やまぢさの,しらつゆおもみ,うらぶれて,こころもふかく,あがこひやまず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]萬 -> 萵 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]山ぢさの白露が重いのでしおれているように、そのようにしおれた心も深く自分は恋い思うことがやまないことだ
#{語釈]
山ぢさ ゑごの木
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2470
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<湖> 核延子菅 不竊隠 公戀乍 有不勝鴨
#[訓読]港にさ根延ふ小菅ぬすまはず君に恋ひつつありかてぬかも
#[仮名],みなとに,さねばふこすげ,ぬすまはず,きみにこひつつ,ありかてぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]潮 -> 湖 [類][古]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]河口あたりで根を伸ばしている小菅のその根のように人目をぬすんで会うこともせず、あなたに恋い思い続けていると耐えられないことだ
#{語釈]
さ根延ふ さ 接頭語 根を延ばしている
ぬすまはず 人目をぬすんで会うこともせず
ふ 反復継続
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2471
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山代 泉小菅 凡浪 妹心 吾不念
#[訓読]山背の泉の小菅なみなみに妹が心を我が思はなくに
#[仮名],やましろの,いづみのこすげ,なみなみに,いもがこころを,わがおもはなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,序詞,恋情,地名,京都
#[訓異]
#[大意]山背の泉の小菅が風に靡いているように人並みに妹の心を自分は思っているわけではないことなのに
#{語釈]
山背の泉 木津あたり
なみなみに 靡くことと並にとを掛けた
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2472
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]見渡 三室山 石穂菅 惻隠吾 片念為 [一云 三諸山之 石小菅]
#[訓読]見わたしの三室の山の巌菅ねもころ我れは片思ぞする [一云 みもろの山の岩小菅]
#[仮名],みわたしの,みむろのやまの,いはほすげ,ねもころわれは,かたもひぞする,[みもろのやまの,いはこすげ]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,三輪,地名,植物,序詞,恋情,片思い,異伝
#[訓異]
#[大意]見渡したところの三室の山の巌に生えている菅、その根ではないが、懇ろに、しみじみと片思いをすることだ 一云 みもろの山の巌の小菅
#{語釈]
見渡しの 見渡したところにある
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2473
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]菅根 惻隠君 結為 我紐緒 解人不有
#[訓読]菅の根のねもころ君が結びてし我が紐の緒を解く人もなし
#[仮名],すがのねの,ねもころきみが,むすびてし,わがひものをを,とくひともなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情,失恋,枕詞
#[訓異]
#[大意]菅の根ではないが、ねんごろにあなたが結んだ自分の紐の緒をあなた以外に解く人もいない。
#{語釈]
#[説明]
浮気はしていませんよという歌
#[関連論文]
#[番号]11/2474
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山菅 乱戀耳 令為乍 不相妹鴨 年經乍
#[訓読]山菅の乱れ恋のみせしめつつ逢はぬ妹かも年は経につつ
#[仮名],やますげの,みだれこひのみ,せしめつつ,あはぬいもかも,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]山菅のように心が乱れて恋い思うことばかりさせて逢わない妹であることだ。いたづらに年月はたって。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2475
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我屋戸 甍子太草 雖生 戀忘草 見未生
#[訓読]我が宿の軒にしだ草生ひたれど恋忘れ草見れどいまだ生ひず
#[仮名],わがやどは,のきにしだくさ,おひたれど,こひわすれくさ,みれどいまだおひず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我が家の軒にはしだ草が生えているが、恋い忘れ草を確かめたがまだ生えていないようだ
#{語釈]
#[説明]
まだ相手のことを思い切れない様子を歌ったもの
#[関連論文]
#[番号]11/2476
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]打田 稗數多 雖有 擇為我 夜一人宿
#[訓読]打つ田には稗はしあまたありといへど選えし我れぞ夜をひとり寝る
#[仮名],うつたには,ひえはしあまた,ありといへど,えらえしわれぞ,よをひとりぬる
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]打つ田には稗はたくさんあるというが、その稗のように選ばれて抜き取られた自分はは夜を一人で寝ることだ
#{語釈]
打つ田 他例なし 代匠記 鍬を以て打田なり
選えし我れぞ 稗のように選ばれて抜き取られた自分
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2477
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足引 名負山菅 押伏 君結 不相有哉
#[訓読]あしひきの名負ふ山菅押し伏せて君し結ばば逢はずあらめやも
#[仮名],あしひきの,なおふやますげ,おしふせて,きみしむすばば,あはずあらめやも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山という名前を帯びている山菅を押し伏せるように押し伏せてあなたが縁を結ぼうというのならば逢わないではいられましょうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2478
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]秋柏 潤和川邊 細竹目 人不顏面 <公无>勝
#[訓読]秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに
#[仮名],あきかしは,うるわかはへの,しののめの,ひとにはしのび,きみにあへなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]君無 -> 公无 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,植物,枕詞,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の柏の葉が霧に潤うその潤和川のほとりの篠竹の芽ではないが、忍ぶということは他人には出来るが、あなたにはこらえきれないことだ
#{語釈]
秋柏 潤和にかかる枕詞 係り方未詳 代匠記 秋霧で柏の葉が濡れている様子からか
07/1134H01吉野川巌と栢と常磐なす我れは通はむ万代までに
11/2478H01秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに
11/2754H01朝柏潤八川辺の小竹の芽の偲ひて寝れば夢に見えけり
16/3836H01奈良山の児手柏の両面にかにもかくにも侫人の伴
19/4169H05見が欲し御面 直向ひ 見む時までは 松柏の 栄えいまさね
20/4301H01印南野の赤ら柏は時はあれど君を我が思ふ時はさねなし
20/4387H01千葉の野の児手柏のほほまれどあやに愛しみ置きて誰が来ぬ
潤和川 未詳
古義 潤比とあって和名抄 上総国市原郡湿津 宇留比豆
地名辞書 潤川(ウルヒ) 一名古家川 富士山の西南、富士市田子の浦に注ぐ潤井川
新考 播磨国明石郡伊川谷 潤和(じゅんな)
人には忍び 他人には会わなくともこらえられる
堪へなくに こらえられない 逢いたくてしかたがない
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2479
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]核葛 後相 夢耳 受日度 年經乍
#[訓読]さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ
#[仮名],さねかづら,のちもあはむと,いめのみに,うけひわたりて,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]さね葛のように後でも会おうと夢ばかりに神に誓って年が経っている
#{語釈]
うけひ
04/0767H01都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ
11/2433H01水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも
11/2479H01さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ
11/2589H01相思はず君はあるらしぬばたまの夢にも見えずうけひて寝れど
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2480
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀つ [或本歌<曰> 灼然 人知尓家里 継而之念者]
#[訓読]道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は [或本歌曰 いちしろく人知りにけり継ぎてし思へば]
#[仮名],みちのへの,いちしのはなの,いちしろく,ひとみなしりぬ,あがこひづまは,[いちしろく,ひとしりにけり,つぎてしおもへば]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,序詞,うわさ,露見,異伝
#[訓異]
#[大意]道のほとりのいちしの花の名のようにいちじるしくはっきりと人はみんな知ってしまった。自分の恋い思う妻は。或本歌曰 いちじるしくはっきりと他人が知ったことだ。ずっと思い続けていると
#{語釈]
いちしの花 未詳 注釈 すいば(すかんぽ)のことか
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2481
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大野 跡状不知 印結 有不得 吾眷
#[訓読]大野らにたどきも知らず標結ひてありかつましじ我が恋ふらくは
#[仮名],おほのらに,たづきもしらず,しめゆひて,ありかつましじ,あがこふらくは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,比喩
#[訓異]
#[大意]広い野原のあたりにとりとめもなく注連縄を張って、なんともどうしようもなく耐えられないだろう。自分が恋い思うことは
#{語釈]
大野らにたどきも知らず標結ひて 広い野原に注連縄を張ってもなんの意味もなく、とりとめもない そのようにとりとめもなく思ってることは耐えられないと言ったもの。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2482
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水底 生玉藻 打靡 心依 戀比日
#[訓読]水底に生ふる玉藻のうち靡き心は寄りて恋ふるこのころ
#[仮名],みなそこに,おふるたまもの,うちなびき,こころはよりて,こふるこのころ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]水底に生えている玉藻のようにうち靡いて心はあなたに寄って恋い思うこの頃であるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2483
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]敷栲之 衣手離而 玉藻成 靡可宿濫 和乎待難尓
#[訓読]敷栲の衣手離れて玉藻なす靡きか寝らむ我を待ちかてに
#[仮名],しきたへの,ころもでかれて,たまもなす,なびきかぬらむ,わをまちかてに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,髪
#[訓異]
#[大意]敷栲の袖を離れて玉藻のように靡いて寝ているであろうか。自分を待ちかねて
#{語釈]
敷栲の衣手離れて 自分に逢わないで自分の袖から離れて
11/2607H01敷栲の衣手離れて我を待つとあるらむ子らは面影に見ゆ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2484
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]君不来者 形見為等 我二人 殖松木 君乎待出牟
#[訓読]君来ずは形見にせむと我がふたり植ゑし松の木君を待ち出でむ
#[仮名],きみこずは,かたみにせむと,わがふたり,うゑしまつのき,きみをまちいでむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,植物,勧誘,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたが来ないと偲ぶよすがにしようと自分たち二人で植えた松の木よ。その松ではないがあなたを待ちつけるであろう
#{語釈]
待ち出でむ 待って出る 待ちつける
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2485
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]袖振 可見限 吾雖有 其松枝 隠在
#[訓読]袖振らば見ゆべき限り我れはあれどその松が枝に隠らひにけり
#[仮名],そでふらば,みゆべきかぎり,われはあれど,そのまつがえに,かくらひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,女歌,後朝,別れ,植物
#[訓異]
#[大意]袖を振ったならば見えるはずの限り自分は見送っているが、その松の枝にあなたは次第に隠れて行ってしまった
#{語釈]
#[説明]
後朝の別れか
#[関連論文]
#[番号]11/2486
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]珍海 濱邊小松 根深 吾戀度 人子姤
#[訓読]茅渟の海の浜辺の小松根深めて我れ恋ひわたる人の子ゆゑに
#[仮名],ちぬのうみの,はまへのこまつ,ねふかめて,あれこひわたる,ひとのこゆゑに
#[左注]或本歌<曰> 血沼之海之 塩干能小松 根母己呂尓 戀屋度 人兒故尓 /(以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉][類][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,大阪,植物,恋情,序詞,掛詞,地名
#[訓異]
#[大意]茅渟の海の浜辺の小松は根を深く張って、そのように懇ろに自分は恋い続けることだ。人の子であるために。
#{語釈]
人の子ゆゑに
11/2367H01海原の道に乗りてや我が恋ひ居らむ大船のゆたにあるらむ人の子ゆゑに
12/3017H01あしひきの山川水の音に出でず人の子ゆゑに恋ひわたるかも
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2486S
#[題詞](寄物陳思)或本歌<曰>
#[原文]血沼之海之 塩干能小松 根母己呂尓 戀屋度 人兒故尓
#[訓読]茅渟の海の潮干の小松ねもころに恋ひやわたらむ人の子ゆゑに
#[仮名]ちぬのうみの,しほひのこまつ,ねもころに,こひやわたらむ,ひとのこゆゑに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,大阪,地名,植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]茅渟の海の潮が引いた風景の小松の根、そのねではないが懇ろに心を尽くして恋い続けることであろうか。人の子であるから
#{語釈]
潮干の小松 潮が引いた風景の中の小松であって、潮が引いたら現れる小松の根ではない。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2487
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]平山 子松末 有廉叙波 我思妹 不相止<者>
#[訓読]奈良山の小松が末のうれむぞは我が思ふ妹に逢はずやみなむ
#[仮名],ならやまの,こまつがうれの,うれむぞは,あがおもふいもに,あはずやみなむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]看 -> 者 [嘉][文][類][紀] (塙) 去
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,地名,序詞,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]奈良山の小松の梢であるうれではないが、どうして自分が恋い思う妹に逢わないで終わることがあろうか
#{語釈]
奈良山の小松
04/0593H01君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松が下に立ち嘆くかも
うれむぞ どうして~あろうか
03/0327H01海神の沖に持ち行きて放つともうれむぞこれがよみがへりなむ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2488
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]礒上 立廻香<樹> 心哀 何深目 念始
#[訓読]礒の上に立てるむろの木ねもころに何しか深め思ひそめけむ
#[仮名],いそのうへに,たてるむろのき,ねもころに,なにしかふかめ,おもひそめけむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]瀧 -> 樹 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]磯のほとりに立っているむろの木の根ではないが、懇ろにどうして深くして思い始めたのだろう
#{語釈]
むろの木 天木香 ねず いぶき
03/0446H01我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき
03/0447H01鞆の浦の礒のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも
03/0448H01礒の上に根延ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか
11/2488H01礒の上に立てるむろの木ねもころに何しか深め思ひそめけむ
15/3600H01離れ礒に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも
15/3601H01しましくもひとりありうるものにあれや島のむろの木離れてあるらむ
16/3830H01玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2489
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]橘 本我立 下枝取 成哉君 問子等
#[訓読]橘の本に我を立て下枝取りならむや君と問ひし子らはも
#[仮名],たちばなの,もとにわをたて,しづえとり,ならむやきみと,とひしこらはも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物
#[訓異]
#[大意]橘の木の下に自分を立てて、下の枝を手にとって実になるだろうか。あなたと尋ねたあの子はなあ(今頃どうしているのかなあ)
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2490
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天雲尓 翼打附而 飛鶴乃 多頭々々思鴨 君不座者
#[訓読]天雲に翼打ちつけて飛ぶ鶴のたづたづしかも君しまさねば
#[仮名],あまくもに,はねうちつけて,とぶたづの,たづたづしかも,きみしまさねば
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,動物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]空の雲に羽を打ちつけて飛ぶ鶴ではないが、心細いことだ。あなたがいらっしゃらないので
#{語釈]
たづたづし 心細い
04/0575H01草香江の入江にあさる葦鶴のあなたづたづし友なしにして
04/0709H01夕闇は道たづたづし月待ちて行ませ我が背子その間にも見む
11/2490H01天雲に翼打ちつけて飛ぶ鶴のたづたづしかも君しまさねば
15/3626H01鶴が鳴き葦辺をさして飛び渡るあなたづたづしひとりさ寝れば
18/4062H01夏の夜は道たづたづし船に乗り川の瀬ごとに棹さし上れ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2491
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]妹戀 不寐朝明 男為鳥 従是此度 妹使
#[訓読]妹に恋ひ寐ねぬ朝明にをし鳥のこゆかく渡る妹が使か
#[仮名],いもにこひ,いねぬあさけに,をしどりの,こゆかくわたる,いもがつかひか
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]妹に恋い思って寝られない明け方に鴛鴦がここからこのように渡っていく。妹の使いだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2492
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]念 餘者 丹穂鳥 足<沾>来 人見鴨
#[訓読]思ひにしあまりにしかばにほ鳥のなづさひ来しを人見けむかも
#[仮名],おもひにし,あまりにしかば,にほどりの,なづさひこしを,ひとみけむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]沽 -> 沾 [文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,うわさ,他人,恋情,難渋,枕詞
#[訓異]
#[大意]物思いにあまったのでにほ鳥のように難渋してやって来たのを人が見つけただろうか
#{語釈]
にほ鳥 かいつぶり
03/0443H06いかにあらむ 年月日にか つつじ花 にほへる君が にほ鳥の
04/0725H01にほ鳥の潜く池水心あらば君に我が恋ふる心示さね
05/0794H05妹の命の 我れをばも いかにせよとか にほ鳥の ふたり並び居
11/2492H01思ひにしあまりにしかばにほ鳥のなづさひ来しを人見けむかも
12/2947H04にほ鳥のなづさひ来しを人見けむかも
14/3386H01にほ鳥の葛飾早稲をにへすともその愛しきを外に立てめやも
15/3627H10水手も声呼び にほ鳥の なづさひ行けば 家島は
18/4106H10にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる
20/4458H01にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2493
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]高山 峯行完 <友>衆 袖不振来 忘念勿
#[訓読]高山の嶺行くししの友を多み袖振らず来ぬ忘ると思ふな
#[仮名],たかやまの,みねゆくししの,ともをおほみ,そでふらずきぬ,わするとおもふな
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]支 -> 友 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,序詞,別離,送別
#[訓異]
#[大意]高い山の峰を行く鹿や猪が群をなしているように周りに人が多かったので袖を振らないで来たのだ。忘れているとは思わないでくれ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2494
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大船 真楫繁拔 榜間 極太戀 年在如何
#[訓読]大船に真楫しじ貫き漕ぐほともここだ恋ふるを年にあらばいかに
#[仮名],おほぶねに,まかぢしじぬき,こぐほとも,ここだこふるを,としにあらばいかに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,船旅,羈旅
#[訓異]
#[大意]大きな船の両舷に楫をたくさん貫いて漕ぐ間もこんなにも恋い思うのに、一年もあったならばどうだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2495
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足常 母養子 眉隠 隠在妹 見依鴨
#[訓読]たらつねの母が養ふ蚕の繭隠り隠れる妹を見むよしもがも
#[仮名],たらつねの,ははがかふこの,まよごもり,こもれるいもを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]たらつねの母が飼っている蚕が繭になって隠るように、家に閉じ籠もっている妹に逢う手だてもあればなあ
#{語釈]
繭隠り
12/2991H01たらちねの母が飼ふ蚕の繭隠りいぶせくもあるか妹に逢はずして
13/3258H02天地に 思ひ足らはし たらちねの 母が飼ふ蚕の 繭隠り 息づきわたり
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2496
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]肥人 額髪結在 染木綿 染心 我忘哉 [一云 所忘目八方]
#[訓読]肥人の額髪結へる染木綿の染みにし心我れ忘れめや [一云 忘らえめやも]
#[仮名],こまひとの,ぬかがみゆへる,しめゆふの,しみにしこころ,われわすれめや,[わすらえめやも]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,肥前,熊本,地名,序詞,植物,恋情,思い出,餞別,異伝
#[訓異]
#[大意]肥の国の人たちが額の髪を結んでいる染めた木綿ではないが、あなたに染まった心を自分は忘れることがあろうか 一云 われることが出来ようか
#{語釈]
肥人の 仙覚 こまひと 目安 高麗人也
管見、拾穂抄 うまひと 鳥も魚も肥えているのはうまい
地名辞書 コマビトとは熊人にて、求磨の国人の謂のみ。・・ ・其肥人(ひびと)とも書せるは、正しく肥国を本拠とせるが故にて、熊人と同義異文なるを知る
額髪 旧訓 ひたひかみ 古義 ぬかかみ
喜田貞吉 古代九州の風俗。魏志倭人伝 木綿を以て頭を招く
はちまきのようなもので額の髪を結ぶことか
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2497
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]早人 名負夜音 灼然 吾名謂 つ恃
#[訓読]隼人の名に負ふ夜声のいちしろく我が名は告りつ妻と頼ませ
#[仮名],はやひとの,なにおふよごゑの,いちしろく,わがなはのりつ,つまとたのませ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,薩摩,地名,露見,恋情,女歌,名告り
#[訓異]
#[大意]隼人の人たちの有名な夜の警護の声ではないが、はっきりと自分の名前は言いました。だから妻だと頼みにしてください。
#{語釈]
隼人 隼人の人 薩摩隼人
名に負ふ夜声 神代紀 是を以てホスセリの命の苗裔諸隼人等、今に至るまで天皇の宮垣の傍を離れず、吠狗に代わりて仕え奉る
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2498
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]剱刀 諸刃利 足踏 死々 公依
#[訓読]剣大刀諸刃の利きに足踏みて死なば死なむよ君によりては
#[仮名],つるぎたち,もろはのときに,あしふみて,しなばしなむよ,きみによりては
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]剣大刀の諸刃の鋭利なのに足を踏んで死ぬのならば死のうものを。あなたのためならば
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2636H01剣大刀諸刃の上に行き触れて死にかもしなむ恋ひつつあらずは
#[関連論文]
#[番号]11/2499
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我妹 戀度 劔刀 名惜 念不得
#[訓読]我妹子に恋ひしわたれば剣大刀名の惜しけくも思ひかねつも
#[仮名],わぎもこに,こひしわたれば,つるぎたち,なのをしけくも,おもひかねつも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,うわさ,名前,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い続けていると剣太刀の刃ではないが名が惜しいということも思うことも出来ないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2500
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝月 日向黄楊櫛 雖舊 何然公 見不飽
#[訓読]朝月の日向黄楊櫛古りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ
#[仮名],あさづきの,ひむかつげくし,ふりぬれど,なにしかきみが,みれどあかざらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,宮崎,時間
#[訓異]
#[大意]朝月の日向の黄楊櫛が古くなるようにつきあってから年月が経ったが、どうしてあなたが見ても見飽きるということがあろうか
#{語釈]
朝月の 日の枕詞
07/1294H01朝月の日向の山に月立てり見ゆ遠妻を待ちたる人し見つつ偲はむ
日向黄楊櫛 日向が黄楊櫛の産地だったか
古りぬれど 黄楊櫛が古びていくように、古くはなったがの序詞
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2501
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]里遠 眷浦經 真鏡 床重不去 夢所見与
#[訓読]里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡床の辺去らず夢に見えこそ
#[仮名],さとどほみ,こひうらぶれぬ,まそかがみ,とこのへさらず,いめにみえこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]里が遠いので恋い思ってしょんぼりとしている。まそ鏡ではないが寝床のあたりを離れないで夢に見えたいものだ
#{語釈]
まそ鏡 見えるにかかるのと床の辺去らずを形容している
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2502
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真鏡 手取以 朝々 雖見君 飽事無
#[訓読]まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な見れども君は飽くこともなし
#[仮名],まそかがみ,てにとりもちて,あさなさな,みれどもきみは,あくこともなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]真澄の鏡を手に取り持って毎朝毎朝見るように、いつも見ているがあなたは見飽きることもないよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2503
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]夕去 床重不去 黄楊枕 <何>然汝 主待固
#[訓読]夕されば床の辺去らぬ黄楊枕何しか汝れが主待ちかたき
#[仮名],ゆふされば,とこのへさらぬ,つげまくら,なにしかなれが,ぬしまちかたき
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]射 -> 何 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,女歌,空虚,
#[訓異]
#[大意]夕方になると寝床のあたりを離れない黄楊枕よ。どうしてお前はその主を待つことが出来ないでいるのか
#{語釈]
黄楊枕 2/216 木枕 注釈 長方形の木の枕が私の家にも子供の頃いくつも残っていた
#[説明]
男を待っている女の心境
#[関連論文]
#[番号]11/2504
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]解衣 戀乱乍 浮沙 生吾 <有>度鴨
#[訓読]解き衣の恋ひ乱れつつ浮き真砂生きても我れはありわたるかも
#[仮名],とききぬの,こひみだれつつ,うきまなご,いきてもわれは,ありわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]戀 -> 有 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]ほどいた着物が乱れているように恋い乱れ続けて水に浮いた砂ではないが生きながらえても自分はい続けていることだ
#{語釈]
浮き真砂 水に浮くほど小さい砂 ウキとイキの類似音繰り返しの枕詞
11/2734H01潮満てば水泡に浮かぶ真砂にも我はなりてしか恋ひは死なずて
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2505
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]梓弓 引不許 有者 此有戀 不相
#[訓読]梓弓引きてゆるさずあらませばかかる恋にはあはざらましを
#[仮名],あづさゆみ,ひきてゆるさず,あらませば,かかるこひには,あはざらましを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,嘆き,女歌
#[訓異]
#[大意]梓弓を引いて緩めないように、心を許さないであったならばこんな辛い恋いには会わなかったのに
#{語釈]
引きてゆるさず 引いて緩めない 心を許さない
12/2987H01梓弓引きて緩へぬ大夫や恋といふものを忍びかねてむ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2506
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]事霊 八十衢 夕占問 占正謂 妹相依
#[訓読]言霊の八十の街に夕占問ふ占まさに告る妹は相寄らむ
#[仮名],ことだまの,やそのちまたに,ゆふけとふ,うらまさにのる,いもはあひよらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,占い,恋情
#[訓異]
#[大意]言霊が飛び交う多くの辻で夕占を問う。占いがまさに現れる。妹は寄ってくることだろう
#{語釈]
言霊の 言葉の霊 夕占の原因
夕占 折口信夫 日暮れ頃にする占い。辻に出て行き来の人の口うらを聞いて、自分の迷っていること、考えている事におし当てて判断する方法で、日の入った薄明かりのたそがれに、なるべく人通りのありそうな八街を選んで、話し放し過ぎる第一番目の人を待ったのである。夕方の薄明かりを選んだのは、精霊の最も力を得ている時刻だからであろう。遙かに時代が下がると、三つ辻と定めて、そこに白米を撒いて、区画をかいて、そこを通る人の話を神聖なものとして聴き、また禁厭の歌もあって、道祖の神に祈ったようである。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2507
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉桙 路徃占 占相 妹逢 我謂
#[訓読]玉桙の道行き占に占なへば妹に逢はむと我れに告りつも
#[仮名],たまほこの,みちゆきうらに,うらなへば,いもにあはむと,われにのりつも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,占い,恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]玉鉾の道を行く人の占いで占うと妹に逢うだろうと自分に告げたことだ
#[説明]
占
11/2613H01夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ
14/3469H01夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ
6/3811H05母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ
#[関連論文]
#[番号]11/2508
#[題詞]問答
#[原文]皇祖乃 神御門乎 懼見等 侍従時尓 相流公鴨
#[訓読]すめろぎの神の御門を畏みとさもらふ時に逢へる君かも
#[仮名],すめろぎの,かみのみかどを,かしこみと,さもらふときに,あへるきみかも
#[左注](右二首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞
#[訓異]
#[大意]すめろぎの神の御殿を恐れ多いと伺候していた時に会ったあなたであるよ。
#{語釈]
すめろぎ すめらみこと 澄めら命、澄めるギ
政治的・宗教的に聖別された神的超越性をいいあらわす特殊な尊称
すめろぎ 本来は地域の首長、統率する神
すめかみ 天皇が幣帛を奉る神 班幣制度のもとでの神
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2509
#[題詞](問答)
#[原文]真祖鏡 雖見言哉 玉限 石垣淵乃 隠而在つ
#[訓読]まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
#[仮名],まそかがみ,みともいはめや,たまかぎる,いはがきふちの,こもりたるつま
#[左注]右二首( / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]真澄鏡ではないがたとえ会ったとしても言うことがあろうか。玉かぎる岩で囲まれた淵の水のように隠っている妻よ
#{語釈]
岩垣淵
02/0207H04岩垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れぬるがごと
11/2509H01まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
11/2700H01玉かぎる岩垣淵の隠りには伏して死ぬとも汝が名は告らじ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2510
#[題詞](問答)
#[原文]赤駒之 足我枳速者 雲居尓毛 隠徃序 袖巻吾妹
#[訓読]赤駒が足掻速けば雲居にも隠り行かむぞ袖まけ我妹
#[仮名],あかごまが,あがきはやけば,くもゐにも,かくりゆかむぞ,そでまけわぎも
#[左注](右三首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,通い
#[訓異]
#[大意]赤駒の足の運びが速いので雲居はるかに隠れて行きそうだ。今のうちに袖を枕にしなさいよ。我が妹よ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2511
#[題詞](問答)
#[原文]隠口乃 豊泊瀬道者 常<滑>乃 恐道曽 戀由眼
#[訓読]こもりくの豊泊瀬道は常滑のかしこき道ぞ恋ふらくはゆめ
#[仮名],こもりくの,とよはつせぢは,とこなめの,かしこきみちぞ,こふらくはゆめ
#[左注](右三首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]消 -> 滑 [西(訂正)][嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,女歌,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]隠口のりっぱな初瀬の道はつねにぬかるんですべりやすい危ない道ですよ。恋い思うのならば気をつけて。
#{語釈]
恋ふらくはゆめ 原文 戀由眼 尓心由眼 と解釈して「なが心ゆめ」と訓む
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2512
#[題詞](問答)
#[原文]味酒之 三毛侶乃山尓 立月之 見我欲君我 馬之<音>曽為
#[訓読]味酒のみもろの山に立つ月の見が欲し君が馬の音ぞする
#[仮名],うまさけの,みもろのやまに,たつつきの,みがほしきみが,うまのおとぞする
#[左注]右三首( / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]足音 -> 音 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,女歌,枕詞,三輪山,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]味酒の三諸の山に立ち上る月のように会いたいと思うあなたの馬の音がすることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2513
#[題詞](問答)
#[原文]雷神 小動 刺雲 雨零耶 君将留
#[訓読]鳴る神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ
#[仮名],なるかみの,すこしとよみて,さしくもり,あめもふらぬか,きみをとどめむ
#[左注](右二首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]雷が少し鳴ってさし曇って雨も降ってはくれないだろうか。そうすればあなたを留めようものなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2514
#[題詞](問答)
#[原文]雷神 小動 雖不零 吾将留 妹留者
#[訓読]鳴る神の少し響みて降らずとも我は留まらむ妹し留めば
#[仮名],なるかみの,すこしとよみて,ふらずとも,わはとどまらむ,いもしとどめば
#[左注]右二首( / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,後朝
#[訓異]
#[大意]雷が少し鳴って雨が降らなくとも自分は留まろう。妹が留めるのならば
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2515
#[題詞](問答)
#[原文]布細布 枕動 夜不寐 思人 後相物
#[訓読]敷栲の枕響みて夜も寝ず思ふ人には後も逢ふものを
#[仮名],しきたへの,まくらとよみて,よるもねず,おもふひとには,のちもあふものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]敷妙の枕が鳴って夜も寝られない。恋い思う人には後々会うものであるのに
#{語釈]
敷栲の枕響みて 代匠記 枕動は下にもよめり。展転反側する故なり。
寝返りを打って枕がきしむ意か
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2516
#[題詞](問答)
#[原文]敷細布 枕人 事問哉 其枕 苔生負為
#[訓読]敷栲の枕は人に言とへやその枕には苔生しにたり
#[仮名],しきたへの,まくらはひとに,こととへや,そのまくらには,こけむしにたり
#[左注]右二首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,答歌
#[訓異]
#[大意]敷妙の枕は人に話しかけるだろうか。その枕はあなたが来られないので苔が生えているよ
#{語釈]
苔生しにたり
11/2630H01結へる紐解かむ日遠み敷栲の我が木枕は苔生しにけり
#[説明]
枕が鳴ると言ったのに対して、相手に問いかけていると解釈して、言問うと言ったもの。
#[関連論文]
#[番号]11/2517
#[題詞]正述心緒
#[原文]足千根乃 母尓障良婆 無用 伊麻思毛吾毛 事應成
#[訓読]たらちねの母に障らばいたづらに汝も我れも事なるべしや
#[仮名],たらちねの,ははにさはらば,いたづらに,いましもあれも,ことなるべしや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,障害,母親
#[訓異]
#[大意]たらちねのあなたのお母さんが障害となって遠慮していたならば、あなたも自分も結婚出来ようか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2518
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾妹子之 吾呼送跡 白細布乃 袂漬左右二 哭四所念
#[訓読]我妹子が我れを送ると白栲の袖漬つまでに泣きし思ほゆ
#[仮名],わぎもこが,われをおくると,しろたへの,そでひつまでに,なきしおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,送別,後朝,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子が自分を見送るとして、白妙の袖がずくずくになるまでに泣いたことが思われてならない。
#{語釈]
#[説明]
旅に出た時のうたか、後朝の時か。
#[関連論文]
#[番号]11/2519
#[題詞](正述心緒)
#[原文]奥山之 真木乃板戸乎 押開 思恵也出来根 後者何将為
#[訓読]奥山の真木の板戸を押し開きしゑや出で来ね後は何せむ
#[仮名],おくやまの,まきのいたとを,おしひらき,しゑやいでこね,のちはなにせむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]奥山の立派な木の板戸を押し開いて、とにかく出ていらっしゃいよ。後々になったらどうするのですか。今が大事なのです。
#{語釈]
奥山の真木の板戸 深遠とした奥山の立派な木で造った頑丈な板の扉
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2520
#[題詞](正述心緒)
#[原文]苅薦能 一重S敷而 紗眠友 君共宿者 冷雲梨
#[訓読]刈り薦の一重を敷きてさ寝れども君とし寝れば寒けくもなし
#[仮名],かりこもの,ひとへをしきて,さぬれども,きみとしぬれば,さむけくもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,共寝
#[訓異]
#[大意]刈った薦の一枚だけの敷物を敷いて寝ているが、あなたと寝ているので寒くもないことだ
#{語釈]
刈り薦の一重 刈った薦の一枚だけの敷物。ゴザみたいなもの
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2521
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垣幡 丹<頬>經君S 率尓 思出乍 嘆鶴鴨
#[訓読]かきつはた丹つらふ君をいささめに思ひ出でつつ嘆きつるかも
#[仮名],かきつはた,につらふきみを,いささめに,おもひいでつつ,なげきつるかも
#[左注]
#[校異]刺 -> 頬 [類][紀][細][温]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]かきつばたのように美しい紅顔のあなたをふと思い出して嘆息していることだ
#{語釈]
かきつはた カキツバタのように美しい
いささめに かりそめに ついちょっと
大系 ゆくりなく 突然 出し抜けに
原文 率 名義抄 にはかに ゆくりなし
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2522
#[題詞](正述心緒)
#[原文]恨登 思狭名<盤> 在之者 外耳見之 心者雖念
#[訓読]恨めしと思ふさなはにありしかば外のみぞ見し心は思へど
#[仮名],うらめしと,おもふさなはに,ありしかば,よそのみぞみし,こころはおもへど
#[左注]
#[校異]磐 -> 盤 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恨み,恋歌
#[訓異]
#[大意]恨めしいと思っていた折りであったので、外からばかり見ていたことだ。内心は恋い思っていたが
#{語釈]
思ふさなはに 西 しさないはさらは
さなはに 不明 注釈 恨めしく思う気持ちであったので
私注 思う折から
「たけなは」のように時をあらわす「なは」があり、それに接頭語「さ」が付いた語か
代匠記 うらみんとおもひてせなは有しかはとよむべし。心は、せながつらさをかねてうらみむとおもひて有しかば
古義 うらみむと思ひなづみてありしかば
全註釈 おもほさくなは 思ほさく汝はの意か
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2523
#[題詞](正述心緒)
#[原文]散<頬>相 色者不出 小文 心中 吾念名君
#[訓読]さ丹つらふ色には出でず少なくも心のうちに我が思はなくに
#[仮名],さにつらふ,いろにはいでず,すくなくも,こころのうちに,わがおもはなくに
#[左注]
#[校異]刺 -> 頬 [嘉][文][紀]
#[鄣W],枕詞,恨み,恋歌
#[訓異]
#[大意]美しい顔色には出ないが、少なくとも気持ちの中で自分が思っていないということはないよ
#{語釈]
さ丹つらふ 「さ」接頭語 「丹つら」美しい顔色 「ふ」は経る
色にかかる枕詞
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2524
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾背子尓 直相者社 名者立米 事之通尓 何其故
#[訓読]我が背子に直に逢はばこそ名は立ため言の通ひに何かそこゆゑ
#[仮名],わがせこに,ただにあはばこそ,なはたため,ことのかよひに,なにかそこゆゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,女歌
#[訓異]
#[大意]我が背子に直接会ったらこそうわさに名前は立つでしょうが、言葉を交わしただけなのにどうして立つのだろう。それだけのために
#{語釈]
立ため 已然条件法
そこゆゑ それだけのために
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2525
#[題詞](正述心緒)
#[原文]懃 片<念>為歟 比者之 吾情利乃 生戸裳名寸
#[訓読]ねもころに片思ひすれかこのころの我が心どの生けるともなき
#[仮名],ねもころに,かたもひすれか,このころの,あがこころどの,いけるともなき
#[左注]
#[校異]思 -> 念 [嘉][細][京]
#[鄣W],片思い,恋歌
#[訓異]
#[大意]懇ろに片思いをするからだろうか、この頃の自分の心が生きているともないのは
#{語釈]
心ど
03/0457H01遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし
03/0471H01家離りいます我妹を留めかね山隠しつれ心どもなし
11/2525H01ねもころに片思ひすれかこのころの我が心どの生けるともなき
12/3055H01山菅のやまずて君を思へかも我が心どのこの頃はなき
13/3275H01ひとり寝る夜を数へむと思へども恋の繁きに心どもなし
17/3972H01出で立たむ力をなみと隠り居て君に恋ふるに心どもなし
19/4173H01妹を見ず越の国辺に年経れば我が心どのなぐる日もなし
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2526
#[題詞](正述心緒)
#[原文]将待尓 到者妹之 懽跡 咲儀乎 徃而早見
#[訓読]待つらむに至らば妹が嬉しみと笑まむ姿を行きて早見む
#[仮名],まつらむに,いたらばいもが,うれしみと,ゑまむすがたを,ゆきてはやみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋歌
#[訓異]
#[大意]待っているだろうところ、自分がやって来たらうれしいのでとニコニコする姿を行って早く見よう
#{語釈]
待つらむに いつになったら来るだろうか、まだしばらくは来ないのだろうかと待っている 自分がいきなり訪ねることで、予期していなかった嬉しさがあるだろうという想像
#[説明]
類歌
11/2546H01思はぬに至らば妹が嬉しみと笑まむ眉引き思ほゆるかも
#[関連論文]
#[番号]11/2527
#[題詞](正述心緒)
#[原文]誰此乃 吾屋戸来喚 足千根乃 母尓所嘖 物思吾呼
#[訓読]誰れぞこの我が宿来呼ぶたらちねの母に嘖はえ物思ふ我れを
#[仮名],たれぞこの,わがやどきよぶ,たらちねの,ははにころはえ,ものもふわれを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],障害,恋歌,母親,枕詞
#[訓異]
#[大意]誰だ。この自分の家にやって来て自分の名前を呼ぶのは。たらちねの母に叱られて物思いをしている自分なのに。(ほかでもないあなたのせいなのに)
#{語釈]
嘖はえ 責め叱られる
14/3529H01等夜の野に兎ねらはりをさをさも寝なへ子ゆゑに母に嘖はえ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2528
#[題詞](正述心緒)
#[原文]左不宿夜者 千夜毛有十万 我背子之 思可悔 心者不持
#[訓読]さ寝ぬ夜は千夜にありとも我が背子が思ひ悔ゆべき心は持たじ
#[仮名],さねぬよは,ちよにありとも,わがせこが,おもひくゆべき,こころはもたじ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋歌
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]共寝をしない夜が長くあろうともあなたが後悔するような気持ちは持ちませんよ
#[説明]
類歌
03/0437H01妹も我れも清みの川の川岸の妹が悔ゆべき心は持たじ
#[関連論文]
#[番号]11/2529
#[題詞](正述心緒)
#[原文]家人者 路毛四美三荷 雖<徃>来 吾待妹之 使不来鴨
#[訓読]家人は道もしみみに通へども我が待つ妹が使来ぬかも
#[仮名],いへびとは,みちもしみみに,かよへども,わがまついもが,つかひこぬかも
#[左注]
#[校異]<> -> 徃 [嘉][紀]
#[鄣W],嘆き,恋歌,使者
#[訓異]
#[大意]家の人は道もいっぱいに通うが、自分が待つ妹の使いが来ないことだろうか
#{語釈]
家人 代匠記 妹の家の人
童蒙抄 人の使い人をさす
古義 此方の家内の人は、めしつかふ者まで
新考 里人
全註釈 使用人、家の人 増訂本 奴婢のこと
道もしみみに 量の多いこと 一杯に しみら
03/0460H02なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うち日さす 都しみみに
10/2124H01見まく欲り我が待ち恋ひし秋萩は枝もしみみに花咲きにけり
11/2529H01家人は道もしみみに通へども我が待つ妹が使来ぬかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
12/3062H01忘れ草垣もしみみに植ゑたれど醜の醜草なほ恋ひにけり
13/3270H02醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに
13/3297H02昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに 寐も寝ずに 妹に恋ふるに
13/3324H01かけまくも あやに畏し 藤原の 都しみみに 人はしも 満ちてあれども
13/3324H06しぐれの秋は 大殿の 砌しみみに 露負ひて 靡ける萩を 玉たすき
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2530
#[題詞](正述心緒)
#[原文]璞之 寸戸我竹垣 編目従毛 妹志所見者 吾戀目八方
#[訓読]あらたまの寸戸が竹垣網目ゆも妹し見えなば我れ恋ひめやも
#[仮名],あらたまの,きへがたけがき,あみめゆも,いもしみえなば,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの寸戸の竹垣の編み目からでも妹が見えたならば自分は恋い思うということがあろうか
#{語釈]
あらたまの 地名説 遠江国麁玉郡寸戸 未詳 序詞となる
14/3353H01あらたまの伎倍の林に汝を立てて行きかつましじ寐を先立たね
14/3354H01伎倍人のまだら衾に綿さはだ入りなましもの妹が小床に
14/3354S01右二首遠江國歌
正述心緒なので序詞はそぐわない
竹垣をめぐらした建造物 あらたまのは枕詞
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2531
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾背子我 其名不謂跡 玉切 命者棄 忘賜名
#[訓読]我が背子がその名告らじとたまきはる命は捨てつ忘れたまふな
#[仮名],わがせこが,そのなのらじと,たまきはる,いのちはすてつ,わすれたまふな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,うわさ,名前,恋情
#[訓異]
#[大意]我が背子のその名前は他には言わないとして、自分はたまきはる命も捨てたことだ。だから自分を忘れなさらないでね
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2532
#[題詞](正述心緒)
#[原文]凡者 誰将見鴨 黒玉乃 我玄髪乎 靡而将居
#[訓読]おほならば誰が見むとかもぬばたまの我が黒髪を靡けて居らむ
#[仮名],おほならば,たがみむとかも,ぬばたまの,わがくろかみを,なびけてをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋歌,女歌
#[訓異]
#[大意]いいかげんだったならば誰が見ようというので、自分の黒髪を靡かせていようか。ほかでもないあなたに見せようというからなのだ。
#{語釈]
おほならば 大凡ならば よい加減であったならば
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2533
#[題詞](正述心緒)
#[原文]面忘 何有人之 為物焉 言者為<金>津 継手志<念>者
#[訓読]面忘れいかなる人のするものぞ我れはしかねつ継ぎてし思へば
#[仮名],おもわすれ,いかなるひとの,するものぞ,われはしかねつ,つぎてしおもへば
#[左注]
#[校異]念 -> 金 [嘉][文][紀] / 金 -> 念 [西(訂正右書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],女歌,疎遠,恋情
#[訓異]
#[大意]顔を忘れてしまうというのはどのような人がするものなのだろうか。自分は出来ないことだ。いつも思い続けて
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2534
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不相思 人之故可 璞之 年緒長 言戀将居
#[訓読]相思はぬ人のゆゑにかあらたまの年の緒長く我が恋ひ居らむ
#[仮名],あひおもはぬ,ひとのゆゑにか,あらたまの,としのをながく,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恨み,女歌,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]共に恋い思ってくれない人ではあるのに、あらたまの年月長く自分は恋い思っていることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2535
#[題詞](正述心緒)
#[原文]凡乃 行者不念 言故 人尓事痛 所云物乎
#[訓読]おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを
#[仮名],おほろかの,こころはおもはじ,わがゆゑに,ひとにこちたく,いはれしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]いい加減な気持ちでは思ってはいるまいよ。自分のために人にひどくうわさを立てられたものなのだから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2536
#[題詞](正述心緒)
#[原文]氣緒尓 妹乎思念者 年月之 徃覧別毛 不所念鳧
#[訓読]息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
#[仮名],いきのをに,いもをしおもへば,としつきの,ゆくらむわきも,おもほえぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],片恋い,恋情
#[訓異]
#[大意]命にかけて妹のことを思うと年月の経っていく分別も思われないことだ
#{語釈]
息の緒に
04/0644H01今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
08/1453H01玉たすき 懸けぬ時なく 息の緒に 我が思ふ君は うつせみの
08/1507H03息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには
11/2359H01息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
11/2536H01息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
11/2788H01息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
12/3045H01朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして
12/3115H01息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
12/3194H01息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ
13/3255H04息の緒にして
13/3272H06人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
18/4125H02袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず
19/4281H01白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2537
#[題詞](正述心緒)
#[原文]足千根乃 母尓不所知 吾持留 心<者>吉恵 君之随意
#[訓読]たらちねの母に知らえず我が持てる心はよしゑ君がまにまに
#[仮名],たらちねの,ははにしらえず,わがもてる,こころはよしゑ,きみがまにまに
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [嘉][文][紀]
#[鄣W],枕詞,母親,女歌
#[訓異]
#[大意]たらちねの母に知られないで自分の持っている心は、ええいままよ。あなたのお好きなように。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2538
#[題詞](正述心緒)
#[原文]獨寝等 茭朽目八方 綾席 緒尓成及 君乎之将待
#[訓読]ひとり寝と薦朽ちめやも綾席緒になるまでに君をし待たむ
#[仮名],ひとりぬと,こもくちめやも,あやむしろ,をになるまでに,きみをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]独りで寝たとしても薦がすり切れるということがあろうか。しかし綾の筵は紐になってしまうまであなたを待とう
#{語釈]
薦朽ちめやも 薦を下敷きにして綾筵を敷いているので、転々反惻して筵がすり切れるとしても薦は大丈夫ということか。
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2539
#[題詞](正述心緒)
#[原文]相見者 千歳八去流 否乎鴨 我哉然念 待公難尓
#[訓読]相見ては千年やいぬるいなをかも我れやしか思ふ君待ちかてに
#[仮名],あひみては,ちとせやいぬる,いなをかも,われやしかおもふ,きみまちかてに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]会ってから千年も過ぎただろうか。違うのだろうか。自分はそのように思うことだ。あなたを待ちがてにして。
#{語釈]
#[説明]
重出
14/3470H01相見ては千年やいぬるいなをかも我れやしか思ふ君待ちがてに
14/3470I01[柿本朝臣人麻呂歌集出也]
#[関連論文]
#[番号]11/2540
#[題詞](正述心緒)
#[原文]振別之 髪乎短弥 <青>草乎 髪尓多久濫 妹乎師<僧>於母布
#[訓読]振分けの髪を短み青草を髪にたくらむ妹をしぞ思ふ
#[仮名],ふりわけの,かみをみじかみ,あをくさを,かみにたくらむ,いもをしぞおもふ
#[左注]
#[校異]春 -> 青 [嘉][紀] / 曽 -> 僧 [嘉][文][細]
#[鄣W],植物,恋情
#[訓異]
#[大意]振り分けた髪が短いので青草を髪に束ねる妹のことをひたすら思うことだ
#{語釈]
振分けの髪 かむろ髪
02/0123H01たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか
07/1244H01娘子らが放りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む
伊勢物語
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
女、返し、
くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき
#[説明]
万葉考
いときなき女の児の長き髪をうらやっみて、かつら草と名つけて、わかく長き草をおのが髪にゆひそへなどすると今もあり
#[関連論文]
#[番号]11/2541
#[題詞](正述心緒)
#[原文]徊俳 徃箕之里尓 妹乎置而 心空在 土者踏鞆
#[訓読]た廻り行箕の里に妹を置きて心空にあり地は踏めども
#[仮名],たもとほり,ゆきみのさとに,いもをおきて,こころそらにあり,つちはふめども
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,恋情
#[訓異]
#[大意]徘徊する行箕の里に妹を置いて心は空にあることだ。土は踏んでいるが
#{語釈]
た廻り 行箕の里の枕詞
行箕の里 未詳
心空にあり地は踏めども
12/2887H01立ちて居てたどきも知らず我が心天つ空なり地は踏めども
12/2950H01我妹子が夜戸出の姿見てしより心空なり地は踏めども
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2542
#[題詞](正述心緒)
#[原文]若草乃 新手枕乎 巻始而 夜哉将間 二八十一不在國
#[訓読]若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎くあらなくに
#[仮名],わかくさの,にひたまくらを,まきそめて,よをやへだてむ,にくくあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]若草の妻の初めての手枕を巻き始めて一夜でも隔てていられようか。いやではないことなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2543
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾戀之 事毛語 名草目六 君之使乎 待八金手六
#[訓読]我が恋ふることも語らひ慰めむ君が使を待ちやかねてむ
#[仮名],あがこふる,こともかたらひ,なぐさめむ,きみがつかひを,まちやかねてむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情,使者
#[訓異]
#[大意]自分が恋い思うこともいろいろ話して慰めようと思うあなたの使いを待ちかねていることだ
#{語釈]
待ちやかねてむ
04/0619H08君が使を 待ちやかねてむ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2544
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<寤>者 相縁毛無 夢谷 間無見君 戀尓可死
#[訓読]うつつには逢ふよしもなし夢にだに間なく見え君恋ひに死ぬべし
#[仮名],うつつには,あふよしもなし,いめにだに,まなくみえきみ,こひにしぬべし
#[左注]
#[校異]寐 -> 寤 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],女歌,恋情,夢
#[訓異]
#[大意]現実には会う手だてもない。夢だけでも絶えず見えてくれあなたよ。そうでなければ恋いに死にそうだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2545
#[題詞](正述心緒)
#[原文]誰彼登 問者将答 為便乎無 君之使乎 還鶴鴨
#[訓読]誰ぞかれと問はば答へむすべをなみ君が使を帰しやりつも
#[仮名],たぞかれと,とはばこたへむ,すべをなみ,きみがつかひを,かへしやりつも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,使者,母親
#[訓異]
#[大意]あの人は誰だと問われると答えるすべがないので、あなたの使いを帰しやってしまったことだ
#{語釈]
誰ぞかれ
10/2240H01誰ぞかれと我れをな問ひそ九月の露に濡れつつ君待つ我れを
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2546
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不念丹 到者妹之 歡三跡 咲牟眉曵 所思鴨
#[訓読]思はぬに至らば妹が嬉しみと笑まむ眉引き思ほゆるかも
#[仮名],おもはぬに,いたらばいもが,うれしみと,ゑまむまよびき,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]思いがけない時に行ったならば妹がうれしいだろうからとほほえむ眉引きが思われてならないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2547
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是許 将戀物衣常 不念者 妹之手本乎 不纒夜裳有寸
#[訓読]かくばかり恋ひむものぞと思はねば妹が手本をまかぬ夜もありき
#[仮名],かくばかり,こひむものぞと,おもはねば,いもがたもとを,まかぬよもありき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うものだとはあの時は思ってもいなかったので、妹のたもとを枕にしない時もあったよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/2924H01世の中に恋繁けむと思はねば君が手本をまかぬ夜もありき
12/2867H01かくばかり恋ひむものぞと知らませばその夜はゆたにあらましものを
#[関連論文]
#[番号]11/2548
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是谷裳 吾者戀南 玉梓之 君之使乎 待也金手武
#[訓読]かくだにも我れは恋ひなむ玉梓の君が使を待ちやかねてむ
#[仮名],かくだにも,あれはこひなむ,たまづさの,きみがつかひを,まちやかねてむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,枕詞,使者
#[訓異]
#[大意]こんなにも自分は恋い思っているだろう。玉梓のあなたの使いを待ちかねることでしょうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2549
#[題詞](正述心緒)
#[原文]妹戀 吾哭涕 敷妙 木枕通而 袖副所沾 [或本歌<曰> 枕通而 巻者寒母]
#[訓読]妹に恋ひ我が泣く涙敷栲の木枕通り袖さへ濡れぬ [或本歌曰 枕通りてまけば寒しも]
#[仮名],いもにこひ,わがなくなみた,しきたへの,こまくらとほり,そでさへぬれぬ,[まくらとほりて,まけばさむしも]
#[左注]
#[校異]通而 [嘉](塙) 通 / 歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉][紀]
#[鄣W],恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]妹に恋い思って自分が泣く涙が、布団の木枕にしみ通って袖までも濡れたことである。或本歌にいう。枕を通って枕とすると寒いことだ
#{語釈]
木枕 02/0216
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2550
#[題詞](正述心緒)
#[原文]立念 居毛曽念 紅之 赤裳下引 去之儀乎
#[訓読]立ちて思ひ居てもぞ思ふ紅の赤裳裾引き去にし姿を
#[仮名],たちておもひ,ゐてもぞおもふ,くれなゐの,あかもすそびき,いにしすがたを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]立ってても思い、座っていても恋い思う紅の赤裳の裾を引いて去った妹の姿を
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2551
#[題詞](正述心緒)
#[原文]念之 餘者 為便無三 出曽行 其門乎見尓
#[訓読]思ひにしあまりにしかばすべをなみ出でてぞ行きしその門を見に
#[仮名],おもひにし,あまりにしかば,すべをなみ,いでてぞゆきし,そのかどをみに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]者思いが余ってしまったので、どうしようもなく出て行ったことである。その思っている人の門を見に
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/2948H01明日の日はその門行かむ出でて見よ恋ひたる姿あまたしるけむ
#[関連論文]
#[番号]11/2552
#[題詞](正述心緒)
#[原文]情者 千遍敷及 雖念 使乎将遣 為便之不知久
#[訓読]心には千重しくしくに思へども使を遣らむすべの知らなく
#[仮名],こころには,ちへしくしくに,おもへども,つかひをやらむ,すべのしらなく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,使者
#[訓異]
#[大意]気持ちでは千重にも重ね重ねしきりに恋い思うが、使いをやろうにもどうしてよいかわからないことだ
#{語釈]
千重しくしくに
10/2234H01一日には千重しくしくに我が恋ふる妹があたりにしぐれ降れ見む
#[説明]
心には幾重にも思うが逢えない嘆き
03/0409H01一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きかたき
10/2234H01一日には千重しくしくに我が恋ふる妹があたりにしぐれ降れ見む
11/2371H01心には千重に思へど人に言はぬ我が恋妻を見むよしもがも
11/2437H01沖つ裳を隠さふ波の五百重波千重しくしくに恋ひわたるかも
12/2910H01心には千重に百重に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも
#[関連論文]
#[番号]11/2553
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夢耳 見尚幾許 戀吾者 <寤>見者 益而如何有
#[訓読]夢のみに見てすらここだ恋ふる我はうつつに見てばましていかにあらむ
#[仮名],いめのみに,みてすらここだ,こふるあは,うつつにみてば,ましていかにあらむ
#[左注]
#[校異]寐 -> 寤 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]夢ばかり見てすらこんなにもひどく恋い思う自分は現実に会ったならばましてどのようなものだろう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2554
#[題詞](正述心緒)
#[原文]對面者 面隠流 物柄尓 継而見巻能 欲公毳
#[訓読]相見ては面隠さゆるものからに継ぎて見まくの欲しき君かも
#[仮名],あひみては,おもかくさゆる,ものからに,つぎてみまくの,ほしききみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]面と向かっては顔を自然と隠されるものなのに続いて会いたいと思うあなたであることだ
#{語釈]
相見ては面隠さゆる 気恥ずかしくて
ものからに ~ではあるのに ~なのに
04/0766H01道遠み来じとは知れるものからにしかぞ待つらむ君が目を欲り
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2555
#[題詞](正述心緒)
#[原文]旦<戸>乎 速莫開 味澤相 目之乏流君 今夜来座有
#[訓読]朝戸を早くな開けそあぢさはふ目が欲る君が今夜来ませる
#[仮名],あさとを,はやくなあけそ,あぢさはふ,めがほるきみが,こよひきませる
#[左注]
#[校異]戸遣 -> 戸 [嘉]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]朝の戸を早くは開けるなよ。会いたいと思っている君が今夜いらっしゃるから
#{語釈]
あぢさはふ 目の枕詞 語義未詳 あじ鴨が捕らえられて動けない網の目からの続きか
#[説明]
召使いに言ったという設定の歌か。今夜いとしい君が来られるので、朝は君の帰りを出来るだけひきとどめたいので、早々と朝扉を開けるなと言ったもの。
#[関連論文]
#[番号]11/2556
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉垂之 小簀之垂簾乎 徃褐 寐者不眠友 君者通速為
#[訓読]玉垂の小簾の垂簾を行きかちに寐は寝さずとも君は通はせ
#[仮名],たまだれの,をすのたれすを,ゆきかちに,いはなさずとも,きみはかよはせ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,母親
#[訓異]
#[大意]玉垂の簾の垂れているのを行きかねて、共寝をすることは出来なくとも、あなたはお通いください。
#{語釈]
玉垂の小簾 011/2364
行きかちに 原文「徃褐」 訓未詳 旧訓 ゆきかちに 代匠記 ゆきかてに
考 もちかゝげ
全註釈 かてに かちに 同じ 行きかねての意
#[説明]
11/2364H01玉垂の小簾のすけきに入り通ひ来ねたらちねの母が問はさば風と申さむ
と同じく、通ると簾が音がして人に知られるので出入りが出来ない様子を歌った
#[関連論文]
#[番号]11/2557
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垂乳根乃 母白者 公毛余毛 相鳥羽梨丹 <年>可經
#[訓読]たらちねの母に申さば君も我れも逢ふとはなしに年ぞ経ぬべき
#[仮名],たらちねの,ははにまをさば,きみもあれも,あふとはなしに,としぞへぬべき
#[左注]
#[校異]者 [嘉] 七 / 羊 -> 年 [嘉][文][紀]
#[鄣W],女歌,母親,
#[訓異]
#[大意]たらちねの母に申し上げるとあなたも自分も会うことはなくて年ばかりが経ってしまうだろう。(だから秘密で会いましょう)
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2517H01たらちねの母に障らばいたづらに汝も我れも事なるべしや
男が女の母親の許可を得ようと言ったものに対する女の答え歌か
#[関連論文]
#[番号]11/2558
#[題詞](正述心緒)
#[原文]愛等 思篇来師 莫忘登 結之紐乃 解樂念者
#[訓読]愛しと思へりけらしな忘れと結びし紐の解くらく思へば
#[仮名],うつくしと,おもへりけらし,なわすれと,むすびしひもの,とくらくおもへば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]いとしいと思っているようだ。忘れるなと結んだ紐がほどけるのを思うと
#{語釈]
結びし紐の解く
11/2408H01眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
人に思われると紐がほどける俗信
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2559
#[題詞](正述心緒)
#[原文]昨日見而 今日社間 吾妹兒之 幾<許>継手 見巻欲毛
#[訓読]昨日見て今日こそ隔て我妹子がここだく継ぎて見まくし欲しも
#[仮名],きのふみて,けふこそへだて,わぎもこが,ここだくつぎて,みまくしほしも
#[左注]
#[校異]<> -> 許 [西(右書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]昨日会って、今日一日だけ隔てている。我妹子がこんなにひどく続いていつも会いたいと思うだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2560
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人毛無 古郷尓 有人乎 愍久也君之 戀尓令死
#[訓読]人もなき古りにし里にある人をめぐくや君が恋に死なする
#[仮名],ひともなき,ふりにしさとに,あるひとを,めぐくやきみが,こひにしなする
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]人もいない古びた里にいる人(自分)をかわいそうにあなたは恋死にさせるつもりなのか
#{語釈]
めぐくや めぐし 05/0800 いたわしい かわいそう
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2561
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人事之 繁間守而 相十方八 反吾上尓 事之将繁
#[訓読]人言の繁き間守りて逢ふともやなほ我が上に言の繁けむ
#[仮名],ひとごとの,しげきまもりて,あふともや,なほわがうへに,ことのしげけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]人のうわさのはげしい合間をうかがって逢うとしても、やはり自分のまわりにうわさが激しいことだろうか
#{語釈]
人言の繁き間 人のうわさのはげしい合間 人のうわさがしばらくやんでいる間
守りて うかがって
11/2591H01人言の繁き間守ると逢はずあらばつひにや子らが面忘れなむ
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2562
#[題詞](正述心緒)
#[原文]里人之 言縁妻乎 荒垣之 外也吾将見 悪有名國
#[訓読]里人の言寄せ妻を荒垣の外にや我が見む憎くあらなくに
#[仮名],さとびとの,ことよせづまを,あらかきの,よそにやわがみむ,にくくあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ
#[訓異]
#[大意]里の人たちがうわさをして妻だという人を荒垣のよそながら自分は見よう。いやではないことなのに
#{語釈]
言寄せ妻 うわさをして自分の妻だと言い寄せる人
07/1109H01さ桧の隈桧隈川の瀬を早み君が手取らば言寄せむかも
荒垣の よその枕詞 荒垣 すきまが多い垣根 外が透けて見えることから言うか
#[説明]
実際とは違う残念さを言ったもの 本当はうわさ通りに自分の妻だったらいいのにという気持ち
#[関連論文]
#[番号]11/2563
#[題詞](正述心緒)
#[原文]他眼守 君之随尓 余共尓 夙興乍 裳<裾>所沾
#[訓読]人目守る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ
#[仮名],ひとめもる,きみがまにまに,われさへに,はやくおきつつ,ものすそぬれぬ
#[左注]
#[校異]裙 -> 裾 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]人目をうかがうあなたに従って自分までも早く起きて、(帰りを見送ったら草の露に)裳の裾が濡れてしまったことだ
#{語釈]
人目守る 人目をうかがって早く帰る
#[説明]
人目にたたないように早めに起きて帰る恋人を見送るとして、まだ朝早いので草には露が一杯で裳の裾が濡れたという情景
#[関連論文]
#[番号]11/2564
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夜干玉之 妹之黒髪 今夜毛加 吾無床尓 靡而宿良武
#[訓読]ぬばたまの妹が黒髪今夜もか我がなき床に靡けて寝らむ
#[仮名],ぬばたまの,いもがくろかみ,こよひもか,あがなきとこに,なびけてぬらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの妹の黒髪は今夜もだろうか自分がいない寝床に靡かせて寝ていることだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2565
#[題詞](正述心緒)
#[原文]花細 葦垣越尓 直一目 相視之兒故 千遍嘆津
#[訓読]花ぐはし葦垣越しにただ一目相見し子ゆゑ千たび嘆きつ
#[仮名],はなぐはし,あしかきごしに,ただひとめ,あひみしこゆゑ,ちたびなげきつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,垣間見
#[訓異]
#[大意]花の美しい葦の垣根越しにただ一目だけともに見たあの子だけなのに、何度も嘆息したことであるよ
#{語釈]
花ぐはし 花が美しい
記紀歌謡
八島国 妻枕きかねて 遠々し 高志の国に 賢し女を 有りと聞かして 麗し女を 有りと聞こして さ婚ひに 在立たし 婚ひに 在通はせ
#[説明]
一目惚れの苦しさ
#[関連論文]
#[番号]11/2566
#[題詞](正述心緒)
#[原文]色出而 戀者人見而 應知 情中之 隠妻波母
#[訓読]色に出でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠り妻はも
#[仮名],いろにいでて,こひばひとみて,しりぬべし,こころのうちの,こもりづまはも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,隠妻
#[訓異]
#[大意]顔色に出して恋い思うと他人が見て知ってしまうだろう。だから心の内に密かに思っている隠り妻はなあ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2567
#[題詞](正述心緒)
#[原文]相見而<者> 戀名草六跡 人者雖云 見後尓曽毛 戀益家類
#[訓読]相見ては恋慰むと人は言へど見て後にぞも恋まさりける
#[仮名],あひみては,こひなぐさむと,ひとはいへど,みてのちにぞも,こひまさりける
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [西(左書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]ともに逢ったら恋い思う気持ちは慰むと人は言うが、逢って後にこそいっそう恋いがつのることであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2568
#[題詞](正述心緒)
#[原文]凡 吾之念者 如是許 難御門乎 退出米也母
#[訓読]おほろかに我れし思はばかくばかり難き御門を罷り出めやも
#[仮名],おほろかに,われしおもはば,かくばかり,かたきみかどを,まかりでめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]いい加減に自分が思っていたならば、こんなにも出入りの難しい御門を退出して来ようか
#{語釈]
難き御門 出入りの厳重な宮廷の門
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2569
#[題詞](正述心緒)
#[原文]将念 其人有哉 烏玉之 毎夜君之 夢西所見 [或本歌<曰> 夜晝不云 吾戀渡]
#[訓読]思ふらむその人なれやぬばたまの夜ごとに君が夢にし見ゆる [或本歌曰 夜昼と言はずあが恋ひわたる]
#[仮名],おもふらむ,そのひとなれや,ぬばたまの,よごとにきみが,いめにしみゆる,[よるひるといはず,あがこひわたる]
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉]
#[鄣W],恋情,夢,女歌,異伝
#[訓異]
#[大意]自分を思うその人なのであろうか。そうでもないのに、ぬばたまの夜ごとにあなたが夢に見えることだ 或本の歌に曰く 夜昼と言わず自分は恋い続けることだ
#{語釈]
その人なれや や 反語的な意味 その人なのだろうか。そうでもないのに
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2570
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是耳 戀者可死 足乳根之 母毛告都 不止通為
#[訓読]かくのみし恋ひば死ぬべみたらちねの母にも告げずやまず通はせ
#[仮名],かくのみし,こひばしぬべみ,たらちねの,ははにもつげず,やまずかよはせ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,母親
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うと死にそうなので、たらちねの母にも言わないでやまないでお通いなさい。
#{語釈]
母毛告都 注釈、告げつ 告げました 母の許可を得た
告げず 母に言うと仲を引き裂かれそうなので言っていない。だから
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2571
#[題詞](正述心緒)
#[原文]大夫波 友之驂尓 名草溢 心毛将有 我衣苦寸
#[訓読]大夫は友の騒きに慰もる心もあらむ我れぞ苦しき
#[仮名],ますらをは,とものさわきに,なぐさもる,こころもあらむ,われぞくるしき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]男の人は友達と騒ぎ合って慰める気持ちもありましょう。しかし女である自分は友達と慰め合うこともなく、苦しいことだ
#{語釈]
大夫 殿方、男の人
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2572
#[題詞](正述心緒)
#[原文]偽毛 似付曽為 何時従鹿 不見人戀尓 人之死為
#[訓読]偽りも似つきてぞするいつよりか見ぬ人恋ふに人の死せし
#[仮名],いつはりも,につきてぞする,いつよりか,みぬひとごひに,ひとのしにせし
#[左注]
#[校異]尓 (塙)(楓) 等
#[鄣W],女歌,恨み
#[訓異]
#[大意]嘘もそれらしくするものだ。いつの頃から逢わない人を恋い思って人が死んだだろうか
#{語釈]
偽りも似つきてぞする 嘘、偽りもそれに似たようにすることだ
04/0771H01偽りも似つきてぞするうつしくもまこと我妹子我れに恋ひめや
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2573
#[題詞](正述心緒)
#[原文]情左倍 奉有君尓 何物乎鴨 不云言此跡 吾将竊食
#[訓読]心さへ奉れる君に何をかも言はず言ひしと我がぬすまはむ
#[仮名],こころさへ,まつれるきみに,なにをかも,いはずいひしと,わがぬすまはむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]心までも差し上げているあなたに、どうしてまあ言わないことを言っただどと自分が嘘を言いましょうか。
#{語釈]
奉れる 差し上げる 献上する
言はず言ひし 言わないことを言った
我がぬすまはむ ぬすむ 嘘を言う
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2574
#[題詞](正述心緒)
#[原文]面忘 太尓毛得為也登 手握而 雖打不寒 戀<云>奴
#[訓読]面忘れだにもえすやと手握りて打てども懲りず恋といふ奴
#[仮名],おもわすれ,だにもえすやと,たにぎりて,うてどもこりず,こひといふやつこ
#[左注]
#[校異]之 -> 云 [嘉][類]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]顔だけでも忘れもしようかと手を結んで打ってみるがそれでも懲りないことだ。恋いという奴は。
#{語釈]
手握りて 手を結ぶ げんこつにする
恋といふ奴
12/2907H01ますらをの聡き心も今はなし恋の奴に我れは死ぬべし
16/3816H01家にありし櫃にかぎさし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2575
#[題詞](正述心緒)
#[原文]希将見 君乎見常衣 左手之 執弓方之 眉根掻礼
#[訓読]めづらしき君を見むとこそ左手の弓取る方の眉根掻きつれ
#[仮名],めづらしき,きみをみむとこそ,ひだりての,ゆみとるかたの,まよねかきつれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]愛しいあなたを見ようとするからこそ、左手の弓を取る方の手で眉根を掻いたのだ
#{語釈]
めづらしき めづ(賞美する)べき 讃美すべき 愛しい
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2576
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人間守 蘆垣越尓 吾妹子乎 相見之柄二 事曽左太多寸
#[訓読]人間守り葦垣越しに我妹子を相見しからに言ぞさだ多き
#[仮名],ひとまもり,あしかきごしに,わぎもこを,あひみしからに,ことぞさだおほき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],垣間見,うわさ
#[訓異]
#[大意]人目をうかがって葦の垣根越しに我妹子をともに見ただけなのに、うわさがあれこれと多いことだ
#{語釈]
人間守り 人目を見守る 人のいない間をうかがって
からに ~だけなのに
09/1803H01語り継ぐからにもここだ恋しきを直目に見けむ古へ壮士
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
さだ 考 くさぐさといひ定むる人言ぞ多きという也
大系 たしかにの意か。さだは定む、さだかになどの語幹か
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2577
#[題詞](正述心緒)
#[原文]今谷毛 目莫令乏 不相見而 将戀<年>月 久家真國
#[訓読]今だにも目な乏しめそ相見ずて恋ひむ年月久しけまくに
#[仮名],いまだにも,めなともしめそ,あひみずて,こひむとしつき,ひさしけまくに
#[左注]
#[校異]羊 -> 年 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]せめて今だけでももの足りない思いをさせるなよ。ともに逢わなくて恋い思うであろう年月が長いだろうから
#{語釈]
目な乏しめそ 満足いかない思い 寂しい思いをさせるな
10/2017H01恋ひしくは日長きものを今だにもともしむべしや逢ふべき夜だに
#[説明]
男が長旅に出る直前か。
#[関連論文]
#[番号]11/2578
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朝宿髪 吾者不梳 愛 君之手枕 觸義之鬼尾
#[訓読]朝寝髪我れは梳らじうるはしき君が手枕触れてしものを
#[仮名],あさねがみ,われはけづらじ,うるはしき,きみがたまくら,ふれてしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]朝の寝起き髪を自分は梳らないよ。いとしいあなたの枕の手に触れたものなのだから
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2579
#[題詞](正述心緒)
#[原文]早去而 何時君乎 相見等 念之情 今曽水葱少熱
#[訓読]早行きていつしか君を相見むと思ひし心今ぞなぎぬる
#[仮名],はやゆきて,いつしかきみを,あひみむと,おもひしこころ,いまぞなぎぬる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,逢会
#[訓異]
#[大意]早く行っていつになったらあなたをともに逢うだろうかと思っていた心は、今平穏になったことだ
#{語釈]
#[説明]
やっと逢えたので、心が落ち着いた様子
#[関連論文]
#[番号]11/2580
#[題詞](正述心緒)
#[原文]面形之 忘戸在者 小豆鳴 男士物屋 戀乍将居
#[訓読]面形の忘るとあらばあづきなく男じものや恋ひつつ居らむ
#[仮名],おもかたの,わするとあらば,あづきなく,をとこじものや,こひつつをらむ
#[左注]
#[校異]戸 (塙)(楓) 左
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]顔形が忘れるとあるならば、つまらなく男であるのに恋い続けていようか。(忘れられないから男であるのにつまらなく恋い続けることになるのだ)
#{語釈]
面形 顔の形 おもかげ
あづきなく つまらない あじけない
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2581
#[題詞](正述心緒)
#[原文]言云者 三々二田八酢四 小九毛 心中二 我念羽奈九二
#[訓読]言に言へば耳にたやすし少なくも心のうちに我が思はなくに
#[仮名],ことにいへば,みみにたやすし,すくなくも,こころのうちに,わがもはなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]言葉に出して言うと耳には簡単に聞こえる。だから言葉には出さないが、心の中では自分は恋い思っていないということはないよ
#{語釈]
#[説明]
「好きだ」と言うことは簡単なことが軽薄に聞こえるので言わないが、心の中では思っていると言ったもの
#[関連論文]
#[番号]11/2582
#[題詞](正述心緒)
#[原文]小豆奈九 何<狂>言 今更 小童言為流 老人二四手
#[訓読]あづきなく何のたはこと今さらに童言する老人にして
#[仮名],あづきなく,なにのたはこと,いまさらに,わらはごとする,おいひとにして
#[左注]
#[校異]枉 -> 狂 [万葉集略解]
#[鄣W],自嘲
#[訓異]
#[大意]つまらなく何の戯言だろうか。今更子供のような物言いをする。老人であるのに
#{語釈]
あづきなく何のたはこと つまらなく何の戯言か。
相手を好きになったか、言われたのだろう
#[説明]
いい年をして、相手を好きになったか、「好きだ」と言われて、自問自答しているか、相手をなじっている
02/0129H01古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむたわらはのごと
#[関連論文]
#[番号]11/2583
#[題詞](正述心緒)
#[原文]相見而 幾久毛 不有尓 如<年>月 所思可聞
#[訓読]相見ては幾久さにもあらなくに年月のごと思ほゆるかも
#[仮名],あひみては,いくびささにも,あらなくに,としつきのごと,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]羊 -> 年 [嘉][紀][温]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]ともに出会っていくらも経っていないのに、長い年月のように思われることだ
#{語釈]
相見ては幾久さにもあらなくに 前にあってからそうも時間は経っていないのに
知り合ってからそれほど時間は経っていないのに
年月のごと ずいぶん逢っていないように
ずっと古くから付き合っていたように
#[説明]
04/0666H01相見ぬは幾久さにもあらなくにここだく我れは恋ひつつもあるか
#[関連論文]
#[番号]11/2584
#[題詞](正述心緒)
#[原文]大夫登 念有吾乎 如是許 令戀波 小可者在来
#[訓読]ますらをと思へる我れをかくばかり恋せしむるは悪しくはありけり
#[仮名],ますらをと,おもへるわれを,かくばかり,こひせしむるは,あしくはありけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]立派な男だと思っている自分をこんなにも恋い思わせるのは悪いことである
#{語釈]
#[説明]
大夫と恋い
12/2907H01ますらをの聡き心も今はなし恋の奴に我れは死ぬべし
#[関連論文]
#[番号]11/2585
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是為乍 吾待印 有鴨 世人皆乃 常不在國
#[訓読]かくしつつ我が待つ験あらぬかも世の人皆の常にあらなくに
#[仮名],かくしつつ,わがまつしるし,あらぬかも,よのひとみなの,つねにあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]このようにしながら自分が待つ甲斐があってはくれないか。世の中の人はみんな無常ではかないものなのに
#{語釈]
#[説明]
自分がこのように待っている甲斐があって逢うことが出来ないかという気持ちを言ったもの。無常であるからなおさら待つ甲斐がないかということ。
#[関連論文]
#[番号]11/2586
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人事 茂君 玉梓之 使不遣 忘跡思名
#[訓読]人言を繁みと君に玉梓の使も遣らず忘ると思ふな
#[仮名],ひとごとを,しげみときみに,たまづさの,つかひもやらず,わするとおもふな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,
#[訓異]
#[大意]人のうわさがひどいのであなたに玉梓の使いもやらないだ。忘れたとは思うなよ
#{語釈]
#[説明]
12/2886H01人言はまこと言痛くなりぬともそこに障らむ我れにあらなくに
#[関連論文]
#[番号]11/2587
#[題詞](正述心緒)
#[原文]大原 <古>郷 妹置 吾稲金津 夢所見乞
#[訓読]大原の古りにし里に妹を置きて我れ寐ねかねつ夢に見えこそ
#[仮名],おほはらの,ふりにしさとに,いもをおきて,われいねかねつ,いめにみえこそ
#[左注]
#[校異]故 -> 古 [嘉][紀][細] / 乞 (塙)(楓) 乍
#[鄣W],地名,飛鳥,恋情
#[訓異]
#[大意]大原の古くなった里に妹を置いて自分は寝ることが出来ないことだ。夢に見えて欲しい
#{語釈]
大原の古りにし里
02/0103H01我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2588
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夕去者 公来座跡 待夜之 名凝衣今 宿不勝為
#[訓読]夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりぞ今も寐ねかてにする
#[仮名],ゆふされば,きみきまさむと,まちしよの,なごりぞいまも,いねかてにする
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,待つ,女歌
#[訓異]
#[大意]夕方になるとあなたがいらっしゃると待った夜の習慣がついた。今も夜を寝られないでいることだ
#{語釈]
なごりぞ もうあなたと別れた今でも来るのを待って寝られなかった夜の名残
#[説明]
12/2945H01玉梓の君が使を待ちし夜のなごりぞ今も寐ねぬ夜の多き
#[関連論文]
#[番号]11/2589
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不相思 公者在良思 黒玉 夢不見 受旱宿跡
#[訓読]相思はず君はあるらしぬばたまの夢にも見えずうけひて寝れど
#[仮名],あひおもはず,きみはあるらし,ぬばたまの,いめにもみえず,うけひてぬれど
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]ともに恋い思わないであなたはいるらしい。ぬばたまの夢にも見えないことだ。誓って寝るけれども
#{語釈]
うけひ 神に誓約する
04/0767H01都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ
11/2433H01水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも
11/2479H01さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ
#[説明]
4/0767H01都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ
#[関連論文]
#[番号]11/2590
#[題詞](正述心緒)
#[原文]石根踏 夜道不行 念跡 妹依者 忍金津毛
#[訓読]岩根踏み夜道は行かじと思へれど妹によりては忍びかねつも
#[仮名],いはねふみ,よみちはゆかじ,とおもへれど,いもによりては,しのびかねつも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]岩根を踏んで夜道は行かないと思うが、妹に心が寄ってこらえることが出来ないことだ
#{語釈]
岩根踏み夜道は行かじ 夜の暗がりでつまづいて危ないので
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2591
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人事 茂間守跡 不相在 終八子等 面忘南
#[訓読]人言の繁き間守ると逢はずあらばつひにや子らが面忘れなむ
#[仮名],ひとごとの,しげきまもると,あはずあらば,つひにやこらが,おもわすれなむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ
#[訓異]
#[大意]人のうわさがひどいのでその間を盗んで逢おうと思って逢わないでいると遂にはあの子の顔を忘れてしまうことであろうか
#{語釈]
間守ると
11/2561H01人言の繁き間守りて逢ふともやなほ我が上に言の繁けむ
11/2576H01人間守り葦垣越しに我妹子を相見しからに言ぞさだ多き
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2592
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 後何為 吾命 生日社 見幕欲為礼
#[訓読]恋死なむ後は何せむ我が命生ける日にこそ見まく欲りすれ
#[仮名],こひしなむ,のちはなにせむ,わがいのち,いけるひにこそ,みまくほりすれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]恋い思って死んでしまったら後は何になろうか。自分の命が生きている日にこそ逢いたいと思うのだ
#{語釈]
#[説明]
04/0560H01恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ
#[関連論文]
#[番号]11/2593
#[題詞](正述心緒)
#[原文]敷細 枕動而 宿不所寝 物念此夕 急明鴨
#[訓読]敷栲の枕響みて寐ねらえず物思ふ今夜早も明けぬかも
#[仮名],しきたへの,まくらとよみて,いねらえず,ものもふこよひ,はやもあけぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]敷き妙の枕が動いて寝ることが出来ない。物思いをする今夜は早くも明けないことだろうか
#{語釈]
枕響みて
11/2515H01敷栲の枕響みて夜も寝ず思ふ人には後も逢ふものを
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2594
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不徃吾 来跡可夜 門不閇 褁怜吾妹子 待筒在
#[訓読]行かぬ我れを来むとか夜も門閉さずあはれ我妹子待ちつつあるらむ
#[仮名],ゆかぬわれを,こむとかよるも,かどささず,あはれわぎもこ,まちつつあるらむ
#[左注]
#[校異]子 [細](塙) 之
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]行かない自分を来るだろうかと夜も門を閉ざさないで、ああ我妹子が待ち続けているのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2595
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夢谷 何鴨不所見 雖所見 吾鴨迷 戀茂尓
#[訓読]夢にだに何かも見えぬ見ゆれども我れかも惑ふ恋の繁きに
#[仮名],いめにだに,なにかもみえぬ,みゆれども,われかもまとふ,こひのしげきに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]せめて夢だけでもどうして見えてくれないだろうか。見えていても自分が迷っているのだろうか。恋いが激しいので
#{語釈]
普通の文構造
夢にだになど見えぬかも。見ゆれども恋いの繁きに我れ惑ふかも
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2596
#[題詞](正述心緒)
#[原文]名草漏 心莫二 如是耳 戀也度 月日殊 [或本歌<曰> 奥津浪 敷而耳八方 戀度奈牟]
#[訓読]慰もる心はなしにかくのみし恋ひやわたらむ月に日に異に [或本歌曰 沖つ波しきてのみやも恋ひわたりなむ]
#[仮名],なぐさもる,こころはなしに,かくのみし,こひやわたらむ,つきにひにけに,[おきつなみ,しきてのみやも,こひわたりなむ]
#[左注]
#[校異]云 -> 曰 [嘉]
#[鄣W],恋情,異伝
#[訓異]
#[大意]慰める気持ちもなくてこのようにばかり恋い続けているのだろうか。月日の経つほどに
或本歌に曰う 沖の波のように重ね敷いてばかり恋い続けることだろうか
#{語釈]
慰もる 慰むるの古い形 自分の心を慰める
月に日に異に 月日とともにますます
04/0598H01恋にもぞ人は死にする水無瀬川下ゆ我れ痩す月に日に異に
04/0698H01春日野に朝居る雲のしくしくに我れは恋ひ増す月に日に異に
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2597
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何為而 忘物 吾妹子丹 戀益跡 所忘莫苦二
#[訓読]いかにして忘れむものぞ我妹子に恋はまされど忘らえなくに
#[仮名],いかにして,わすれむものぞ,わぎもこに,こひはまされど,わすらえなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]どのようにして忘れるものだろうか。我妹子に恋いは勝るが忘れられないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]
#[番号]11/2598
#[題詞](正述心緒)
#[原文]遠有跡 公衣戀流 玉桙乃 里人皆尓 吾戀八方
#[訓読]遠くあれど君にぞ恋ふる玉桙の里人皆に我れ恋ひめやも
#[仮名],とほくあれど,きみにぞこふる,たまほこの,さとひとみなに,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,枕詞,女歌
#[訓異]
#[大意]遠くあってもあなたにだけ恋い思っている。玉鉾の里人のみんなにでも自分が恋い思うということがあろうか
#{語釈]
#[説明]
里遠く離れた男と恋愛しているのか。それとも男が旅に出ているのか。
同じ里の誰かに心が引かれることはないと言ったもの。
#[関連論文]
#[番号]11/2599
#[題詞](正述心緒)
#[原文]驗無 戀毛為<鹿> <暮>去者 人之手枕而 将寐兒故
#[訓読]験なき恋をもするか夕されば人の手まきて寝らむ子ゆゑに
#[仮名],しるしなき,こひをもするか,ゆふされば,ひとのてまきて,ぬらむこゆゑに
#[左注]
#[校異]無 [嘉][細] 无 / <> -> 鹿 [嘉][古][紀] / 暮 [西(上書訂正)][嘉][古][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]甲斐もない恋いもすることか。夕方になると他人の手を枕として寝るだろうあの子なのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]